第9話 スピリットギャル 後編
「ねえ、まだ? まだなの?」
「まだです。まーだ」
きれいな海を求めて伊豆までやってきた俺は、駐車場に車を停めたあと、荷物を持ってロザミィさんとビーチへ向かう。
ロザミィさんは早く海が見たいのか、ずっとそわそわワクワクしている。
「まだ歩く?」
「もうちょいですよ」
ビーチに近い駐車場は全て埋まっていたため、歩いて10分ぐらいのとこしか空いていなかったのは残念だったな。
おまけに本日の気温は35度。
そのせいで、車から降りてたったの数分しかたってないのにもう汗だくになってしまったぞ。
それでも数年ぶりの海ということもあり、俺のテンションは割と高めだ。
隣のロザミィさんなんか、高いのを通り過ぎてもう童心にかえりつつある。
さっきからずっと、「まだなの?」、「ねえまだなの?」、「海は? 海はまだ?」とループしながら何度も訊いてきていた。
まるで小さな子供みたいだ。
でも、ずーっと昔から憧れを抱いていた『海』にやっと行けるんだ。
子供に戻っちゃうのも仕方ないよね。
歩道を右に曲がり、まっすぐ進む。
すると、そこには――
「さあ、つきましたよ!」
ブルー(海)がどこまでも広がっていた。
「どうですロザミィさん? これが海ですよ」
「………………」
ロザミィさんは太陽の眩しさに少しだけ目を細めながらも、人生ではじめて見る海に視線は釘付け。
「いやー、俺も海に来るの久しぶりだなー」
「………………」
「日焼け対策もバッチリなんで安心してくださいね」
「…………」
なんかもう、言葉もないらしい。
ロザミィさんはただただ、黙って海を見ている。
本当の感動に立ち合ったとき、ひとってこうなるのかもしれないな。
こんなに感動してくれるなら、リリアちゃんやキエルさんとソシエちゃんのエルフ姉妹も連れてきたかったなー。
最近のリリアちゃんとソシエちゃんは、ふたりでイザベラさんのぬいぐるみ作りを手伝っているらしく、なんでも大作を作るだとかで海に来れなかったのだ。
お姉さんのキエルさんも、
『生活費は自分たちで稼がせてください』
と言い、ムロンさんとレコアさんの紹介で、冒険者ギルド併設のカフェで働きはじめてしまった。
いまでは冒険者たち(主に男たち)の人気者になっているとか。
つまり、今日の俺はロザミィさんとふたりっきりなのだった。
ふたりっきりの海なのだった。
「さ、ビーチまで行きますよ」
「あ……」
いつまでも突っ立ていたら太陽に焼き殺されてしまう。
俺は立ち尽くすロザミィさんの手をとり、浜辺へと歩きはじめた。
海の家から借りたビーチチェアとパラソルを設置して、砂浜にレジャーシートを広げて拠点を確保。
「準備オッケー。ロザミィさんお待たせしました。それじゃ、海いきましょうか?」
「うんっ!!」
ロザミィさんから気合十分なお返事がかえってくる。
服の下にもう水着を着ておいたから、海に入る準備はすぐにできた。
俺の水着はタンスから引っぱりだしてきた、丈が膝まであるサーフパンツ型。
ロザミィさんのは、青いビキニタイプの水着だ。
どうしてビキニをチョイスしてしまったのかはわからないけど、お胸の自己主張が強いロザミィさんが着ると破壊力抜群。
さっきからビーチにいるメンズの視線を一身に集めてしまっている。
もっとも、本人は海に夢中で気づいていないみたいだけど。
「ねぇマサキ、えと、手を……手をね。手をつないでもいい?」
「へ? 手ですか?」
「うん。だ、だって、海って深いんでしょ? その……足がつかなかったら怖いなって……」
「足が?」
「……うん」
「ひょっとして……ロザミィさん泳げないんですか?」
俺の質問の答えは、すぐに返ってきた。
ロザミィさんたら顔を真っ赤にして、
「…………うん」
と、恥ずかしそうに頷く。
なんてこった。
ロザミィさんたらカナヅチだったのか。英語でいうとハンマーってやつだ。
でも、異世界じゃプールとかなさそうだもんな。
川や湖も、場所によってはモンスターが出るって聞くし。
案外、体育の授業で強制的に泳がされる日本とは違い、異世界には泳げない人がたくさんいるのかも。
「ロザミィさん、海に慣れるまで俺の手を放しちゃダメですよ?」
「――うんっ!」
俺の差し出した手を、ロザミィさんがギュッと握ってくる。
「いっきますよー! うおぉぉぉっ!!」
「きゃっ!?」
久しぶりの海。
それも絶好調に晴れているし、隣には可愛いロザミィさん(水着バージョン)。
これでテンションがあがらないはずがない。
俺はロザミィさんの手をひきながら海へ全力でダッシュ。
そのまま――
「うわっぷっ!!」
「きゃあ!?」
ちょうどタイミングよくやってきたでっかい波に、「ざっぱーん」とのまれてしまう。
「ぺっ、ぺっ……。うへぇ、海の水飲んじゃった」
「マサキ……しょっぱい。水が……すごくしょっぱいの」
波にのまれ、そのまま砂浜まで運ばれる俺とロザミィさん。
まるでうちあげられた魚だ。
とくにロザミィさんなんかは頭に海藻がのっていて、見た目だけならちょっとしたホラーでしかない。
「だ、大丈夫ですかロザミィさんっ!? くっ……海め。やってくれたな……」
「ましゃき……口の中が……しょっぱいよぉ」
「ロザミィさん、ここは危険です。いったん退きましょう」
「そんな――せっかくの海なのよ!?」
「大丈夫です。俺に秘策があります」
「え? 『秘策』……ですって? わかったわ。マサキ……あたしはあなたを信じる」
波にもみくちゃにされたのがちょっと楽しかったのか、ロザミィさんは俺の芝居につきあってくれるた。優しいな。
テンション高めな俺たちは、お互い芝居かかったしぐさで拠点まで戻っていく。
バスタオルで顔を拭き、ペットボトルの水で口をゆすいだあと、俺は荷物の山からある物を取りだした。
「マサキ、それはなに?」
「ふっふっふ。これはですねー」
俺は不敵な笑みを浮かべ、荷物から取りだした物を掲げる。
「浮輪です!」
「『ウキワ』……?」
「そう浮輪! これをこうして、っと」
「え? なになに?」
俺は浮輪をロザミィさんにすぽんとくぐらす。
「ロザミィさん、この浮輪を手で持って腰の位置で維持してください。これがあれば水に浮きますんで」
「わ、わかったわ」
「じゃあ、海にリベンジしにいっきますよー!」
「おー!」
俺は、再びロザミィさんの手をひいて走りだした。
「すごい……浮いてるわ!」
すぐに浮輪に慣れ、海を楽しみはじめるロザミィさん。
「うおー! かかってこいやー、海めー!!」
俺もシャチの浮輪に乗ろうとしてはひっくりかえり、そのたびに波に流され砂浜にうちあげられる。
もう楽しすぎてヤバいのなんの。
「マサキー!」
「ロザミィさーん」
このあと俺とロザミィさんは、バナナボートに挑戦したり、海(水)の上を走れるか? と魔法を使いながら検証してみたりと、波にも負けず、風にも負けず、夏の暑さにも負けない丈夫な体で海を全力で楽しむのだった。
「そろそろ帰りますよー」
「えー。もうちょっとだけ」
すっかり日は暮れ、浜辺にはカップルが等間隔で並び置物みたくなっている。
そんな夜の砂浜を、俺とロザミィさんは並んで歩いていた。
「マサキ、今日はありがとね。あたしを海に連れてってくれて。『クルマ』の準備とか、大変だったんでしょ?」
「そんなの気にしなくていいんですよ。俺も年甲斐もなくはしゃいじゃいましたしね。それに、すっっっごい楽しみましたから」
「うふふ、確かにはしゃいでわね。マサキが海の上走りはじめたとき、あたしびっくりしたんだから。まわりの人たちも驚いてたみたいだし」
「ははは、アレはやりすぎちゃいましたねー。浜辺の視線を独り占めしちゃいましたから」
「あたしは見てて面白かったけどなー」
ロザミィさんは思い出したようにクスクス笑う。
「ねえマサキ、」
「なんです?」
「また……海に連れてってくれる?」
小首をかしげてそう聞いてくるロザミィさんに、俺は胸を叩いて答える。
「もちろんですよ!」
「……ありがと」
「じゃあ、帰りますか?」
「うふふ……。ヤダ」
「ヤダって……いやでも、」
「ふっふーんだ。あたしを捕まえられたら帰ってあげるわ」
ロザミィさんは俺にあっかんべーしたあと、そう言って走りだす。
「あ、ちょ――ちょっと待ってくださいよ!」
慌てて追いかける俺。
「こっちよー」
「くっ、やるな!」
砂浜で追いかけっことか、そんなカップルっぽいことをやりながら最後まで海を楽しんだ俺たちは、帰りの車のなか、
「い、痛い! 肌がめっちゃ痛い! ロザミィさん、これもう回復魔法使っちゃいません?」
「ダメよマサキ。せっかく海にいった記念なんだから。回復魔法は禁止よ!」
「うぅ……。背中がシートにあたってめっちゃ痛いよぉ」
日焼けし、火傷した肌に大いに苦しめられていた。
翌日、ゆでだこみたく真っ赤になった肌をムロンさんたちからかわれ、そのさらに数日後には、ロザミィさんが立派な黒ギャルに変貌を遂げていたのだった。
報告がちょっと遅くなってしまいましたが書籍化します。
これも読んでくださっているみなさんのおかげです。
本当にありがとうございます。
詳細は活動報告の方で順次お知らせしていきますね。




