第8話 スピリットギャル 前篇
自家発電できるようになった異世界近江家は、劇的に過ごしやすくなった。
調子にのった俺は、追加で水力発電機をさらに2台お買上げ。
気づけば各部屋に照明はもちろんのこと、キッチンには冷蔵庫と電子レンジ。
リビングにはエアコンにテレビ(BDプレイヤーとゲーム機付)と、数々の電化製品を持ち込んでしまっていた。
なんか、これ錦糸町の自宅より過ごしやすいんじゃないか? ってぐらいの勢いだ。
とくにテレビなんか、60インチのでっかいやつを買っちゃったもんだから、映画がもう楽しいこと楽しいこと。
ついつい5.1chサラウンドスピーカーセットまで設置して、リビングをホームシアター化しちゃったぞ。
週末は駅前のTUTAYANで映画をレンタルして、異世界の自宅で観るのが最近の俺のジャスティスだった。
「マサキ、また『えーが』みてるの?」
ソファに腰かけ、昼間からビール片手に映画を見ていると、2階から降りてきたロザミィさんが話しかけてきた。
「ええ、ちょっと懐かしいのをみつけちゃって」
「ふーん」
気のない返事をしつつ、俺の隣に座るロザミィさん。
俺が借りてきた映画は、FBI捜査官がサーファーのフリしておとり捜査する物語で、90年代の名作映画のひとつに数えられている。
サーフィンするシーンがやたらかっこいいもんだから、当時はこの映画に影響されて陸サーファー(※陸地に生息する波乗りしないサーファー)が大量発生したらしい。
「ねえマサキ、この男のひとなにしてるの?」
「これですか? サーフィンっていって、水に浮きやすい板で波に乗っているんですよ」
「ふーん、かわったことしてるわね。それにしても……大きな湖じゃない。マサキの世界にはこんな大きな湖があるのね」
「やだなー、これは湖じゃなくて海ですよ」
「………………え? う――海ですってっ!?」
「おわぁっ」
海って言葉に反応したロザミィさんが、急に大きな声を出すもんだからビックリしちゃったよ。
思わずソファからずり落ちそうになってしまった。
「これが海……」
そう呟いて、食い入るように映画を見ているロザミィさん。
なんか黙りこくっちゃったぞ。
「ろ、ロザミィさん、」
「…………」
「おーい、ロザミィさんやーい」
「……ん、なに?」
返事はあっても視線はテレビ画面にくぎ付けだ。
「ひょっとして……ロザミィさん海を見たことないんですか?」
「しょ、しょうがないじゃない……。だってさ、この国から出たことがないんだから……」
そう言ったロザミィさんは、拗ねたようにちょっとだけ唇をとがらせている。
「あー、そうなんですかー……って、ちょっと待ってください。アークシーズ王国って海ないんですか?」
「知らなかったの? アークシーズから一番近い海がある国でも、そこにいくまで国をひとつ越えなきゃならないのよ」
「へー」
「きっとあたしだけじゃなくて、ムロンの旦那だって海を見たことがないはずよ。もちろん、リリアのお嬢ちゃんもね」
こっちでの移動手段は馬車が主流だ。
馬車で国を横断するなんて、簡単にできることじゃない。
おカネだってかかるし、道中モンスターや盗賊なんかの危険もある。
旅行気分で行けるような距離じゃないのだ。
「ねえねえ、マサキは海を見たことがあるの?」
「海ですか? ここ数年はいってませんけど、ちっちゃいころは毎年親に連れられて行ってましたねー」
「ま、毎年ですって!?」
「ええ。父親が海釣りが好きなひとで、ことあるごとに連れてかれてたんですよ」
俺はうねうねした虫をどーしても釣り針につけることができなくて、練りエサばっか使ってたけどね。
そのせいか、あんまり魚が釣れなかったなー。
「……マサキ、ひとつ質問していいかしら?」
「いいですよ。なんです?」
「ひょっとして…………キンシチョーって海近いの?」
「錦糸町から海ですか? 東京湾なら1時間もしないですね」
「……。『イチジカン』って、あの『トケー』の長い針がひと回りであってるわよね?」
「あってますよ」
壁にかけてある鳩時計を指さすロザミィさんに、俺は頷いてみせる。
しばしの沈黙のあと、急にロザミィさんが叫んだ。
「連れてって!」
「ちょっ!? う、海にですか?」
「そうよ!」
ロザミィさんは俺の手を取り、潤んだ瞳を向けてくる。
「お願いよマサキ。あたしね、一生に一度でいいから海を見てみたかったのっ。ずっと……ずっとずっと、子供のころからの夢だったのっ!」
「子供のころからの、夢……?」
「うん、そうよ。夢なのっ」
「それはまた、なんとも可愛い夢ですね」
「もうっ、茶化さないでよ」
「ははは、すみません」
「ねえマサキ、海がしょっぱいって本当? 水かさが増えたり減ったりするのは? 湖なんかくらべものにならないぐらい大きいんでしょ?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
ロザミィさんったら、スカイツリーを見たときより目がキラッキラしているぞ。
リリアちゃんにも負けないぐらいの輝きっぷりだ。
それにしても、子供のころからの夢かー。
日本人の感覚でいえば、オーロラとかウユニ塩湖に憧れるのと一緒なんだろうな。
どちらも、日本からはそう簡単にいける場所じゃない。
となれば……だ。
「なら、いっちゃいますか。海に」
「……え?」
島国である日本じゃ、海なんて半日もあればいける場所だ。
ロザミィさんの夢を簡単に叶えることができる。
普段お世話になってるぶん、ここいらで恩返しさせてもらおうじゃないの。
「ホントに!? ホントにいいのっ?」
「もちろんですよ。どうせ行くならきれいな海にいきたいんで、そうですねー……。らいしゅ――じゃなくて、7日後! ロザミィさんの予定さえ空いてれば、7日後に行きましょう」
「行くわ! ぜったいに行く!!」
ロザミィさんが力強く言う。
「約束よマサキ! 約束だからね!」
「はいはい、約束しますって」
「ぜったいだからね!」
ちょうど日本は夏真っ盛り。
何年も海にいってなかったから、俺もそろそろいってみたかったんだよね。
一緒にいく相手がロザミィさんなら、きっと楽しいプチ旅行になるぞ。
「それじゃいろいろと準備しないとだな。水着に日焼け止めと……あ、そうそ、レンタカーも予約しないと」
「マサキ、あたしも手伝うわ!」
ロザミィさんのテンションが高い。
心なしか、鼻息も荒い気がするぞ。
「ありがとうございます。そんじゃ、お買い物に付き合ってもらっていいですかね?」
「――ッ。もちろんよ!」
このあと、俺はロザミィさんを連れて錦糸町に転移し、急きょ決まった来週の海に向けていろいろとお買い物をするのだった。




