第7話 ふたりだけの夜
「中島、今日はありがとな。そんじゃ……かんぱーい!」
「かんぱーい」
浴衣姿になった俺と中島は、瓶ビールをグラスに注ぎ乾杯。
温泉で汗を流し水分を失った体を、キンキンに冷えてやがるビールが潤していく。
ここは山梨の温泉旅館。
レンタカーを借りた俺は、朝早く錦糸町を出発して中島と合流。
そこで中島の会社のひとたちと一緒に水力発電機の設置作業を手伝わせてもらい、いろいろと勉強させてもらったのだった。
おかげで、異世界のマイホームにも水力発電機を設置する目途が立ったぞ。
ある程度の人数と魔法を使っちゃえば、たぶんなんとかなるはずだ。
「それにしても驚いたよ。近江が水力発電に興味もつなんてさ」
「そ、そうか?」
「そりゃそうだよ。でも、なんで急に水力発電なんか欲しがったんだ?」
中島が不思議そうに訊いてくる。
疑問に持つのも当然だよね。
東京に――というか錦糸町に住んでる限り、水力発電なんか必要とするわけないんだから。
「い、いやー、じ、実は最近、地方に家を買ったんだけどさ……」
「なんだって!? 近江が家を買ったのかい?」
「あ、ああ」
「へぇー。驚いたなぁ。いったいどこに買ったんだ? あ、待て待て! 『地方』ってことは……。はっは~ん。さては近江……こんどこそ脱サラして農家にジョブチェンジするつもりなんだろ? そうなんだろっ? な? なっ?」
「ジョブチャンジはしないって! なんてーか、ちょっとお買い得だったから別荘感覚で買ってみただけだって!」
「なんだぁ、残念」
心底残念そうに肩を落とす中島。
こいつはどんだけ俺を農家にしたいんだか。
「それで、その別荘の場所はどこなんだ?」
「え、えっと……ななな、なんていうのかな、そのっ、よ、ヨーロッパっぽいところだよ」
「おいおいおい、まさか……海外か?」
「ま、まあな。ヨーロッパっぽいとこにある家を買ったんだ」
「うわぁ、いいなー。海外に別荘かー。ちょっと憧れちゃうなぁ」
「だろ? ほら、俺は独身だからさ。独り身であるがゆえの自由ってやつだよ。ちょーっと冒険しちゃったんだ」
いくら親友の中島でも、まさか異世界に別荘があるとは思うまい。
俺のしどろもどろな説明でも、なんとか信じてくれたみたいだ。
「それで、その家には電気がきてないから、なんとかしたくてさ。それで水力発電なんかどうだろう? って思ったんだよ」
「なるほど。それでか。急に近江が『水力発電』とか言うもんだから、何ごとかと思っちゃったよ」
「ははは、ごめんごめん」
「いいって、それよりどうだった今日は? 近江だけでなんとかなりそうか?」
「ああ! 勉強になったよ!」
「できるなら専門家に設置作業を任せるのが一番だけど、海外だとそうもいかないもんな。近江がひとりでできるようになりたい、って言っていた意味がわかったよ」
中島はうんうんと頷いてビールをゴクリ。
俺は空いたグラスにビールを注ぎながら、「だろー」と言ってごまかしておいた。
「中島、今日はホント助かったぜ。最近はお前に借りをつくってばっかだな。いつかドカンと返させてくれ」
「そうかい? 僕の方こそ近江には返しきれない借りがあるんだけどなぁ。具体的には150万円分ぐらいの借りが」
「150万……? ああ、特注ネットのことなら気にしないでくれよ。俺が必要としてただけだしさ」
「そうは言っても、金額が金額だろ? なんか、『取引先とのもめ事を上手く収めた』ってことで、会社にも評価されちゃったみたいだし。僕はもう近江に足を向けて寝れないよ」
「おーい。さすがにそれは大げさすぎだろ」
「だよね? 僕も嫁さんも、寝るとき近江がどっちの方角にいるかなんて気にしてないしな」
「ちょっとは気にしてくれよ! あ、でもカオリちゃんの足なら向けられてもいいかもなー」
「なーに言ってんだよ近江。僕の嫁は――カオリは渡さないぞ!」
「ヒュ~♪ お熱いねー!」
「茶化すなよ、中学生かっ! ……ならさ、それじゃお互い貸し借りなし、ってことにしないか近江?」
中島が急に真面目な顔をするもんだから、俺もつられてキリリと表情を引き締める。
「おう! 中島がそれでいいなら俺は構わないぜ。親友同士なんだ、貸し借りとかじゃなくて、困ってたら助けるのはあたり前だしな」
「し、親友とか……。はぁ、近江は昔っから、恥ずかしげもなくそんなこと言うんだもんなぁ。まっすぐ過ぎて羨ましいよ。変わらずに大人になった近江がね」
「そうか? 俺はカオリちゃんと結婚したお前が羨ましいよ」
「へっへーん。それは僕の自慢のひとつだな。大いに羨ましがってくれ」
「言ったなー。こいつー」
「おおっ、やったな?」
中島の首に腕をまわしてぐりぐりしたのがきっかけで、プロレスがはじまった。
並んで敷かれた布団をリングに見立て、技の応酬を繰り返す。
まるで学生時代に戻った気分だ。
「ギブ? ギブ?」
「ノー! ノオォォォッ!!」
卍固めをキメられながらも、必死に首をふる中島。
しかたがない。
ならば次は雪崩式ブレーンバスターからのエビ固めで、3カウントフォールといかせてもらいますか。
とか思っていたら、旅館の女将さんから内線でお叱りを受け、俺と中島はしょんぼりしながらお酒をちびちび飲むのだった。
そんでもって翌週。
俺は水力発電に必要な機器を中島経由で買い揃え、異世界のマイホームの前にたっていた。
マイホームで電気を使えるようにするために、今回は近江シェアハウスの人員を総動員してある。
「みんなっ、準備はいい?」
俺の呼びかけに、
「ん!」
「いいわよ」
「はい」
「はいですっ」
リリアちゃん、ロザミィさん、キエルさんにソシエちゃんの4人が答えた。
みんな汚れてもいい服に着がえ、手には軍手をつけている。
「よーし。じゃあいまから水路をつくります。キエルさんとソシエちゃんは精霊魔法で地面に溝をつくってください。図面はこれになります」
「わかりました」
「ソシエもわかりましたっ」
キエルさんとソシエちゃんのエルフ姉妹が、大地の精霊を呼び出して裏庭に溝をつくりはじめる。
この溝を水路につなげて、取水パイプと排水パイプを設置する予定だ。
「リリアちゃんとロザミィさんは、ふたりがつくった溝にレンガを敷きつめてください」
「ん!」
「わかったわ」
ホームセンターで防水シートとレンガを大量買いしてある。
溝にレンガを敷きつめ水路を固め、そのうえに防水シートを被せパイプを通す。
さらに見栄えをよくするためにタイルを装飾してオシャレに。
みんなが汗水たらしてもくもくと作業し続け、太陽が消えかけたころ、ついに水力発電システムが完成した。
水路を流れる水がエコな電気を生みだし、灯りをともす。
煌々と光を発するランプを見て、俺は涙を流した。
「お兄ちゃん、だいじょーぶ?」
リリアちゃんになでなでされながら、ただ静かに涙を流すのだった。
握りこんだ拳を天に突きあげながら、俺はひとり呟く。
「やった……やったぞ中島」
そう。俺はついにやったのだ。
異世界の近江家に、電気が通ったのだ。




