第2話 命がけのレース
俺とリリアちゃん(あと吉田さんも)は、出走前の競走馬を見ることができる、パドックへときていた。
吉田さんの説明によると、このパドックという場所は馬の状態をチェックできる場所だそうで、毛ヅヤや筋肉などを直接自分の目で見て、予想の材料にするんだとか。
俺やリリアちゃんは馬が可愛いからほっこりした目で見てるんだけど、吉田さんは違う。
『ジーオーは体が重いのか? いや、しかし……シンホワイトドールの実績が伊達じゃないとしたらどうだ? まてまて、ナイチンゲールが外からくる可能性も……』
すっごい真剣な顔をして、ずっとブツブツ自問自答を繰り返している。
なんか声をかけちゃいけない雰囲気だ。
俺は吉田さんのおじゃまにならないよう、小声でリリアちゃんに話しかける。
「リリアちゃん、リリアちゃんはどの馬が一等賞になると思う?」
柵のすき間から嬉しそうに競走馬たちを見ているリリアちゃんは、
「うーんとねぇ~…………あの子! あのしろいお馬さんっ」
ちょっとだけ迷ったあと、一頭の白い馬を指さした。
「ふんふん。11番のボクジョウオーかー。え~っと、……単勝で7倍。よし、買いだな」
俺はリリアちゃんが指さした白い馬の番号をマークカードに記入する。
馬券は、いま記入したマークカードと現金を自動販売機に入れることで購入できるのだ。
「お兄ちゃんはどのお馬さんだとおもうのー?」
「んー、そうだなぁ……」
俺は審馬眼なんぞ持っていない。
パドックの裏にある電光掲示板を見やり、勝率の高い馬を選ぶぐらいだせいぜいだ。
「俺はバルバロかラフレシアかなー。ほらっ、あの馬と、そっちの黒い馬。このどっちかだと思うんだよねー」
「えー、でもあっちのお馬さん、げんきないよ? 黒いお馬さんも、なんかこわがってるみたい」
「なんだって? んー、きっと駆けっこがはじまったら本気だすタイプなんだよ。うん、そうに違いない」
「ふーん。そうなのかなー」
リリアちゃんの予想とは別に、手堅く馬連でバルバロとラフレシアをマークカードに記入する。
1着と2着になる馬の組合せを当てる馬連でも、当たれば4倍だ。
といっても、賭けてるの金額はぜんぶ100円なんだけどね。
自動販売機におカネとマークカードをいれて馬券を購入。
出走まであと数分。
はやく観客席に移動しないと。
「よーし! リリアちゃん、レース――じゃなくて、駆けっこを見に行こう!」
「ん!」
場内にファンファーレが鳴り響き、レースがはじまる。
先頭集団がゴール前のストレートにはいると、観客席は歓声や怒号で盛りあがり、隣の吉田さんからは発狂したような叫びがあがった。
「みんながんばれー!」
純粋な気持ちで声援を贈るリリアちゃん。
髪の毛を掻き毟っている吉田さんには、是非ともリリアちゃんを見習ってもらいたい。
「お兄ちゃん、お馬さんはやいねー」
「そーだね。すっごいはやかったね」
「リリアもお馬さんにのってみたーい!」
「こんどムロンさんに頼んでみようか?」
「ん!」
結論からいうと俺の予想は大外れで、リリアちゃんの予想したボクジョウオーが接戦を制し、1位でゴールしたのだった。
初心者の俺はともかくとして、経験者の吉田さんよりもピタリと当てるリリアちゃんはすごいと思う。
リリアちゃんは自分の予想してた馬が1位でニッコニコ。
俺もリリアちゃんのおかげで500円儲かったからニッコニコ。
吉田さんは髪の毛むしってピッカピカ。
なぜ吉田さんが薄毛になったのか、その理由が垣間見えた気がした。
『吉田さん、次のレースは――』
『やります! ええ、やりますとも! 当然じゃないですかっ』
『ですよねー』
『近江さん、パドックへ行きましょう』
『は、はい』
このあともレースは続いた。
負けた分を取り戻そうと、次から次へと馬券を買う吉田さん。
俺も自分なりに予想して馬券を買ってはみたけど、外してばっか。
逆に、リリアちゃんの予想した馬はどれも好成績を叩きだしていた。
どうやら、ビギナーズラックってやつは可愛い女の子がお好きらしい。
まー、幸運の女神さまもおっさんには微笑みたくないか。
「お兄ちゃん、あのお馬さん、げんきないよ」
「ん? どれ?」
「あの子。あの茶色いお馬さん」
「どれどれ……ウラウララか。変わった名前だな」
俺とリリアちゃんがウラウララを見ていると、
『近江さん、次は大穴狙いですか?』
と吉田さんが声をかけてきた。
『大穴……ですか?』
『ええ。近江さん、いまウラウララを見ていませんでした? あの馬はいままで一度も勝ったことがない、未勝利の馬なんです。正直、あまりおすすめはできませんね』
『へー。勝ったことがないんですか。倍率はっと……んなっ、単勝で500倍だって!?』
ぶっちぎりの不人気馬ってやつですか。
もしも勝ったら100円が5万円になっちゃうとか、心が揺れ動いちゃうぜ。
『連敗続きの馬ですからね。それぐらいにはなるでしょう』
『そうなんですか。なんか超大穴狙いで買っちゃいそうですよ。はははー』
『そうですか。なら、応援馬券を買ってやってください』
『応援……馬券?』
『はい。応援馬券とは、自分の好きな馬を応援するという意味を込めて、馬名の上に【がんばれ!】と印字されるんですよ』
『へー。面白いですね、それ』
『でしょう? ですから、もし買うなら応援馬券にしてやってください。ウラウララのことを……忘れないためにも』
『忘れない? 今日の記念ってことですか?』
『いいえ』
吉田さんが首を横にふる。
そして、少しだけ寂しそうな目を俺に向けてきた。
『勝てない馬は引退するしかありません。そして引退した多くの馬は……処分されてしまうんです』
『なんですって!? そ、それ本当ですかっ?』
『ええ。競走馬は経済動物なんです。維持費だけでもそれなりの費用がかかりますしね。最終的に引退した馬の未来を決めるのは馬主なのですが……結果を残せなかった馬に、明るい未来が訪れることはそうありません』
『そんな……』
『一度も勝ったことのないウラウララは、いつ引退してもおかしくありませんからね。ひょっとしたら今日が最後のレースになるかもしれない。……ですから近江さん、ウラウララのことを忘れないためにも、できれば応援馬券を選んでやってください』
『……買います。応援します!』
目に涙が滲んでくるのが、自分でもわかった。
俺は拳を握り、続ける。
『でも、それは忘れないためなんかじゃなく、本当に――本当に本当にっ、心の底から応援するためです! いち、1万円ぶん買ってきます!!』
『あ、近江さん――』
『リリアちゃんを見ててください!!』
マークカードにウラウララの番号を、記入し、応援馬券を購入。
まさか応援馬券が二倍のお金がかかる(単勝と複勝分)とは知らなかったけど、バリバリ財布にあったなけなしの2万円で購入してやったぜ。
俺はパドックに戻り、リリアちゃんに顔を向ける。
「リリアちゃん、」
「ん? なーにお兄ちゃん」
「あのお馬さん……リリアちゃんが元気がないって言ったお馬さんを、ふたりで応援しよう!」
「ん! わかった」
「ありがと、リリアちゃん」
幸運の女神さまに愛されてるリリアちゃんの応援なら、ウラウララにも届くかもしれない。
藁にもすがる想いってやつだ。
俺は、ほんの数メートル先にいるウラウララを見た。
ウラウララは、市場にドナドナされてく子牛みたいな、寂しそうな瞳をしている。
まるで、自分の運命を知っているいるとでも言いたげな、とても哀しそうな瞳だった。
どうしてそんな顔してるんだよ?
がんばれよ。
きっとできるって! 勝てるって!!
そんな俺の強い想いは、
『ウラウララがんばれ! 大丈夫だって! お前なら勝てる! 絶対に勝てる!!』
言葉となってあふれだし、そしていつしか――――
『諦めるなよ! お前ならやれるって! きっとできるって!! 勝てるよ! 勝たなきゃダメなんだよぉぉぉぉっ! ハイブーストッ!!」
魔法となって放たれていた。




