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第8話 錦糸町の鐘は二度鳴る

「ふぅ……あっぶなかったぁ」


 あまりにもヤバかったもんだから、切り札の転移魔法を使っちゃったぞ。

 でも、その甲斐あって――


「え? え? マサキお兄ちゃん、ここどこ!?」


 リリアちゃんは無事だ。

 俺は胸をなで下ろせば、リリアちゃんはキョロキョロとあたりを見まわす。

 まあ、ジャイアント・ビーに囲まれた森から、突然俺の部屋に転移したんだから当たり前か。


 異世界(向こう)とこっちは時間の流れが同じらしく、窓から外を覗くとちょうど日が落ちたころだった。

 俺はテーブルの上に置いてある照明のリモコンを握り、ボタンを押す。


「ポチっとな」

「わ、まぶしー」


 いきなりに部屋が明るくなったもんだから、リリアちゃんが手で目をおおう。

 ひと言いってから点ければよかったかな。


「うー……お兄ちゃん、ここどこなの?」


 眩しいのか、目をしぱしぱさせたリリアちゃんが質問してきた。

 なんとか状況をつかもうと、薄目を開けながらキョロキョロしている。

 さてどうしようかな? 反射的に連れて来ちゃったから、なんて言ってごまかそう。


「んっとねー……ここはお兄ちゃんの部屋……そう、魔法の部屋なんだよ!」

「まほーのお部屋?」


 意味がわからないんだろう。

 リリアちゃんは不思議そうな顔で首を傾げる。


「そう、ここは魔法の部屋なんだ。だから見たことない物がいっぱいあるでしょ?」


 我ながら苦しい言い訳だと思う。


「うん。へんてこなものが……いっぱいだね」


 でも、リリアちゃんは純真無垢であるがゆえに信じたようだ。

 棚に飾ってあるボトルシップをつんつんしている。


 いま俺たちがいる部屋にはテレビとローテーブル、ふたりがけのソファが置いてあって、棚にはゲームや趣味のカメラなんかが並んでる。

 家賃8万5千円の、俺だけの城だ。間取りは2DKでぜんぶ六畳。

 ひとり暮らしをするには十分すぎる広さだと思う。

 

「お兄ちゃん、ハチはどこにいったの?」

「いいかいリリアちゃん、ハチがどこかにいったんじゃなくて、お兄ちゃんたちが違う場所に転移したんだ。お兄ちゃんの魔法で、ここに転移してきたんだよ」

「てんい……ってなに?」

「う~ん、そうだなぁ……転移魔法っていうのは、いまいるところから違う場所に一瞬で移動する魔法なんだ」

「ふーん……じゃあここは森じゃないの?」

「そうだよ。ここはね――」


 俺はちょっとだけ考えを巡らしてから、ニヤリとひとの悪い笑みを浮かべる。


「魔法の国なんだ」

「まほーの国!?」

「うん、魔法の国。こっちに来てごらん」


 カーテンを引いて窓を開けると、俺はリリアちゃんの手を引いてベランダに連れ出す。


「ほら、見てごらん」

「うわーーーーーーーーーー!!」


 俺の指さす先、そこにあるのは墨田区の新たなシンボル、スカイツリー。

 俺が住んでる錦糸町は、スカイツリーのある押上まで徒歩15分。

 俺の部屋は、7階建てマンションの最上階にある。そのベランダからは、遮る物なくスカイツリーを見ることができるのだ。

 いまリリアちゃんは、青くライトアップされたスカイツリーを目を丸くして見ていた。


「お兄ちゃん! すごいよ、すごいっ! おっきなお城がきらきらひかってるよ! ねえねえ、あそこには神さまがすんでるの?」


 リリアちゃんは興奮しながら俺の服を引っぱる。

 神さまですって。もうやだ、ちょー可愛い。


「あはは、あそこには誰も住んでないんだよ」

「えー、そうなの?」

「うん。あの塔はスカイツリーっていってね、観光名所なんだ」

「ふーん。かんこーめーしょかー」


 リリアちゃんの目はスカイツリーに釘付けだ。

 たぶん俺の言葉も右から左に違いない。

 試しに「あそこに登ることもできるんだよ」と言ってみたけれど、リリアちゃんからはやっぱり「ふーん。そうなんだー」としか返ってこなかった。

 上の空なのは間違いない。


「さて、どうしようかねー」


 リリアちゃんはキラッキラした瞳でキラッキラしたスカイツリーを眺めている。

 こりゃしばらくは動きそうにないな。


 そこで俺は、自分とリリアちゃんが泥だらけなのに気づく。

 あれだけ森の中を駆けずりまわったんだ。それも当然か。


 俺はとりあえず泥だらけの靴を脱いで玄関に置き、お風呂の湯沸かしボタンを押す。

 リリアちゃんの靴も脱がして足を拭いてあげてから(拭いてる時もずっとスカイツリー見てる)、泥の落ちたフローリングの掃除。


 掃除がひと段落つくのと、お風呂のチャイムが鳴るのは同時だった。

 お湯がはり終わったのだ。全自動バンザイ。


「リリアちゃん、お風呂に入ろっか?」

「んー? おふろってなーに?」

「お湯をためた大きな桶のことだよ。リリアちゃんは、お風呂は知らない?」

「うん。リリアはじめて聞いたよ」

「そっかー。お風呂はね、体をきれいにするところなんだよ。リリアちゃんは体をきれいにするとき、どうしてるの?」

「リリアねー、お母さんと一緒に近くの川にはいるんだよ」


 そういえばムロンさんの家には井戸がなかったな。

 となると生活に使う水を運ぶのも大変だろうから、お風呂知らないのも当たり前か。

 お風呂のために水を運ぶぐらいなら、川に飛びこんだ方がよっぽど楽だしな。


「そうなんだ。じゃあ冷たかったでしょ?」

「そうなんだよ! 夏はきもちいーんだけどね、リリア寒いときは川にはいるのきらいなの!」


 リリアちゃんは両手をギュッと握って話す。

 そりゃ冬の川に入るのなんて、罰ゲーム以外のなにものでもないもんな。


「ふっふっふ、ならリリアちゃんにお風呂を教えてあげよう。すっごく気持ちいいんだよ」

「そうなの?」

「そうなんだよ。じゃあ、こっちにおいで」

「ん」


 俺はリリアちゃんの手を引いて脱衣所へ連れていく。

 脱いだ服は洗濯機に放りこみ、一緒に浴場に入る。


「お兄ちゃん、これがおふろ?」

「そうだよ。手を入れてごらん」

「ん……うわー! あったかいねー」


 リリアちゃんはお風呂に入れた手を動かして、じゃばじゃばかきまわしている。

 その顔はすっごく楽しそうだ。


「じゃあ、まずは髪を洗おっか?」

「うん」


 俺はリリアちゃんを風呂イスに座らせ、シャンプーを手で泡立たせてから髪を洗いはじめた。


「お兄ちゃん、目がいたいよー」

「あ、ごめん! リリアちゃん目を閉じてて」

「う~、いたいよー」


 失敗した。シャンプーで目を痛めるって、なんで思いつかなかったんだろう。

 もし自分に子供がいたら、あたり前のように気づいたんだろうな。


「あ、そういえば……」


 俺は姉ちゃんが子供を連れて泊まっていったことを思いだした。


「リリアちゃん、ちょっと待ってて。……えーっと、確かここに……あった!」


 あの時、甥っ子のためにシャンプーハットを買ったんだった。

 俺は洗面台の棚からシャンプーハットを取り出し、リリアちゃんに被せる。


「これなにー?」

「これはね、髪を洗っても目が痛くならない帽子だよ」

「へー。おっきなぼーしだね」

「じゃあリリアちゃん、髪を洗うよ」

「うん!」


 俺はリリアちゃんの髪をゴシゴシ洗う。

 一度流してから、こんどはリンスをつけて、浸透させている間に体を洗ってあげる。

 リリアちゃんは石鹸が泡立つのが面白かったのか、なんども息を吹きかけて泡を飛ばしていた。


「流すよー」

「はーい」

「よーし。リリアちゃん、きれいになったよ」

「ありがとお兄ちゃん。なんかいい匂いするねー」

「だろー? お兄ちゃんのお気に入りなんだ。じゃ、お風呂に入ろっか?」

「うん!」


 リリアちゃんを抱っこして一緒に浴槽に入る。


「あったかいねー」


 すぐにリリアちゃんはトロンとした顔になった。お風呂が相当気持ちよかったらしい。

 設定温度は40度。長く入るには、ちょうどよい温度だ。


「リリア眠くなっちゃったー」


 そう言って、リリアちゃんは目をこする。

 ジャイアント・ビーに襲われ、森の中を逃げて、緊張の連続だったんだ。

 お風呂に入ってリラックスしたら、一気に眠気がきてしまったんだろう。


「リリアちゃん、あと10数えたら出ようか?」

「えー、リリアずっとここにいたいよー」

「だめだよ。お風呂に長くいるとのぼせちゃうからね」

「ちぇー」


 リリアちゃんが口を尖らす。

 それでも、


「「いーち、にーい、さーん、……」」


 俺と一緒に数を数えてくれた。


「「ろーく、しーち、はーち、きゅーう、」」


 リリアちゃんの可愛らしい声が、お風呂場に響く。


「「じゅう!」」


 そして10数えて、俺とリリアちゃんは一緒に立ち上がった。


 さて、次は夕ご飯を作るかー。

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