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第1話 芝と風と

 横須賀行の総武線快速に乗り、武蔵小杉で南武線に乗り換え府中本町駅へ。

 吉田さんと待ち合わせしている府中競馬場は、錦糸町から電車で1時間ちょっと。

 土曜日の午前中ということもあり、電車内はそれなりに空いている。


「お兄ちゃん、お馬さんがかけっこするの?」

「そうだよリリアちゃん。馬同士が競争するんだ」

「うわー! リリアはやく見たいなー」


 昨日の夜あっち(異世界)に転移したとき、たまたま遊びに来ていたリリアちゃんに競馬場のことを話したら、


「リリアもいってみたい!」


 とキラッキラした瞳でそう言ってくるもんだから、ついつい連れてきてしまったのだ。

 もちろん、ムロンさんからリリアちゃんを連れだす許可はもらっている。 


 イザベラさんがこっそり教えてくれたんだけど、こうしてたまに俺がリリアちゃんを遊びに誘うから、ムロンさんもイザベラさんも夫婦だけの時間が取れて感謝してるんだとか。


 さらに「内緒ですよ」とイザベラさんに前置きされてから、「マサキにならリリアを任せてても大丈夫だ」とムロンさんが言っていることも教えてくれた。

 となれば、お世話になっているムロンさんの期待を裏切るわけにはいかない。

 俺はリリアちゃんの手を放さないよう、しっかりと握った。


 今日の俺とリリアちゃんは、お揃いのパーカーを着ている。

 三十路のおっさんが可愛い女の子を連れ歩いてたら、いまのご時世、通報されかねない。

 そこで、俺はリリアちゃんとペアルックになることで周囲に仲良しアピールしてみたんだけど……どうやらまわりのひとたちからは親子と間違われちゃってるみたいだな。


 キュートな笑顔を振りまくリリアちゃんを、みんな優しげな目で見つめている。

 隣のご婦人からは、「可愛らしい娘さんですね」と褒められちゃたぐらいだ。

 リリアちゃんは日本人要素ゼロなんだけど、ハーフの子と思われちゃったのかも。


「お兄ちゃん、お馬さんがいるとこまだー?」

「まだー。あと10分ぐらいかな」

「はーい」


 吉田さんに知人の子どもを連れていっていいか訊いてみたら、「どうぞどうぞ」と歓迎されてしまった。

 なんでも、競馬場には親子連れも多いんだとか。

 競馬場っておじさんたちが馬券を握りしめて人生賭けてるイメージだったんだけど、吉田さんの話を聞くと、どうやらそうでもないらしい。


「競馬場か……ギャンブルは初めてだなー」


 正直、俺は賭け事があまり好きではない。

 会社の元同僚に、ギャンブルで身を滅ぼしたひとがいるからだ。

 競馬大好きだった内田さん。彼はいまどこでなにをしているんだろう……。

 俺が貸した2万円はいつか返ってくるのかな?


「お兄ちゃん、『ふちゅーほんまち』についたよ」


 内田さんのことを思いだしていた俺の服を、リリアちゃんがちょいちょいと引っぱってきた。

 最近のリリアちゃんはアニメを見まくっていた成果か、日常会話ぐらいなら日本語も話せるし、絵本とかで勉強して『ひらがな』ぐらいなら読み書きできるようになっている。

 子どもは吸収が早いとはいえ、リリアちゃんはホント賢い子だと思う。


「お、もう着いたか。降りるよリリアちゃん」

「んっ」


 リリアちゃんははじめて乗った電車が気に入ったのか、ホームから走り去っていく電車が見えなくなるまで手を振っていた。


「競馬場は……。あ、直通通路があるんだな」


 駅から競馬場までは直接つながっているみたいだな。

 俺はリリアちゃんと手を繋いだまま、通路を進む。

 屋根のついた通路は、さながらテーマパークのエントランスのよう。


 通路の両端には、レジャーシートや折りたたみの椅子に座りこんだひとたちが、どこまでも長い列をつくっている。

 警備員さんに聞いてみたところ、明日の大きな大会(?)の入場券を手に入れるためにいまから並んでいるんだとか。


 駅から歩くこと10分ばかり。

 俺とリリアちゃんは、目的の東京競馬場へとたどり着いた。


 今日は大きな大会の前日だから、入場は無料とのこと。

 入場門をくぐり抜けて、目に飛び込んできた景色に、


「うわ~! お兄ちゃんすごいね!!」


 リリアちゃんが歓声をあげた。

 視界の左側にそびえ立つ、圧巻の観客席。

 とんでもなくでっかい映像スクリーン。

 コースの中心部には遊具場もあるみたいで、遠目からでも子供が遊んでいるのが見えた。


「ホントだ。凄いねリリアちゃん!」

「ん!」


 観客席を除いて大きな建物が他にないから遠くまで見ることができるし、なにより芝の緑が太陽の光を反射して輝いちゃうもんだから、解放感がハンパない。

 都内にこんな開放的な場所があったなんて、はじめて知ったぞ。


「お兄ちゃん、リリアあそこいってみたい! あそこ!」


 リリアちゃんが指さすのは遊具場のある広場だ。

 6メートルぐらいはあるでっかい馬の空気人形が、つぎつぎと子どもを飲み込んでいくのが見える。

 きっと、中にはいって跳びはねたりできる子供専用のヤツなんだろうな。

 キッズな心を忘れない俺もなかにはいってみたいぜ。


「いいねー。あとでいってみようか?」

「ホント!? ホントお兄ちゃん!? いいのっ?」

「もちろんだよ」

「やったー!」


 嬉しさからリリアちゃんがぴょんぴょん跳びはねる。

 それが目印になったのか、


『近江さん、可愛らしいお連れさまですね』

『あ、吉田さん』


 吉田さんと合流することができちゃったよ。


『よかった。ちょうどいま近江さんに連絡しようと思っていたところです』

『ははは、すみません。はじめて競馬場にきたものですから、この景色に圧倒されてました……』

『いえいえ、その気持ちはわかりますよ。私に誘われてはじめてここに来た方は、だいたい近江さんと同じような顔をしますからね』

『それを聞いて安心しました。今日はよろしくお願いしますね、吉田さん』

『こちらこそ、ですよ』


 吉田さんが茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべた。


『あ、そうだ吉田さん。ぼくの友人の子で、リリアちゃんていいます』

『ハジメマシテー。リリアデ-ス』

『おや、日本語を話せるんですね。初めましてリリアさん。吉田です』

『アクシュー』

『握手ですか? よろしくお願いしますね』

『コレデ、リリアトオジサン、トモダチィー』

『はっはっは、いやー、可愛らしい子ですね、近江さん』


 リリアちゃんと握手した吉田さんが、デレデレになった顔を俺に向けてくる。


『ははは、よく言われます。リリアちゃん可愛いですからねー』

『私は娘がいなかったので、近江さんが羨ましい』

『いや、僕の子じゃないですし……』

『それでもですよ。こんな可愛らしい子と親子気分を味わえてるんですからね』

『なるほど。確かに』


 手をつないでペアルックしちゃってるからね。

 ムロンさんには申し訳ないけど、今日一日だけは父親気分を味わわせてもらっちゃうぜ。


『では近江さん、案内しましょう。わたしについてきてください』

『はい。お願いします』

『オネガシマース』


 吉田さんの後ろを、俺はリリアちゃんと手をつないでついていく。

 東京競馬場にはいろんな施設があった。


 フードコートやカフェエリア。

 コンビニにマッサージ屋さん。

 観客席の近くには、公園や博物館に乗馬センターまであった。


 その中でリリアちゃんが一番興味を示したのは、パドックという施設だった。

 パドックでは出走前の馬を間近で見ることができるため、リリアちゃんが大喜びしていたのだ。


 なんでも、


「リリアこんなにきれいなお馬さんは見たことない!」


 とのこと。

 大喜びするリリアちゃんを見て、俺も吉田さんもほっこりしちゃったよ。


『近江さん、お昼にしますか?』


 気づけば、もう12時を過ぎていた。

 1時間ぐらい歩いてたのに、まだ全部の施設をまわりきれていない。

 競馬場がこんなに大きいなんて知らなかった。


『そうですね。お昼にしましょうか』


 そろそろ空腹を感じはじめていた俺は、頷いてそう答えた。





『……そうでしたか。旅行中に……』

『ええ。休暇を使ってヨーロッパっぽい国を旅してるときに、リリアちゃんのご両親と知り合いまして。いまでは家族ぐるみのお付き合いをさせてもらってます。まぁ、僕はまだ家族がいないんですけどね』

『近江さんのような方なら、引く手あまたでしょうに』

『いえいえ、ぜんぜんモテないんですよ』

『本当ですか? 実は近江さんが気づいていないだけでは?』

『えー、そんなことはないですって。いや、本当にこれっぽっちもモテなくて、だいぶ前から諦めてんですから』

『またまたー。近江さんは上手いなぁ』

『吉田さんってばひどい!』


 一緒にお昼を食べるうちに、吉田さんともだいぶ親しくなってきた。

 きっと、リリアちゃんがいるからだろうな。

 お互いに、少しだけ口調がくだけてきたぞ。

 仕事上の関係から、プライベートでも飲みにいっちゃうぐらいの関係にはなれたかもしれない。


『さて、近江さん、』


 昼食をとり、会話がひと段落したタイミングで、吉田さんがそう切り出してくる。


『はいはい、なんでしょう?』

『わたしはこれから馬券を買いにいこうと思うのですが……近江さんはどうします?』


 なんか、吉田さんがめっちゃソワソワしてる。というか、目に炎が宿っている。

 さては馬券を買いにいきたくてしょうがなかったな?

 馬券を買いたい欲求を抑えてまで、いろいろと案内してくれた吉田さんには感謝しないとだ。


『そうですねー……』


 錦糸町からわざわざ競馬場にまできたんだから、一回ぐらいやってみようかな?

 一口100円からできるって話だし、なによりビギナーズラックってヤツがあるかも知れないもんね。

 俺は少しだけ考えたあと、


『せっかくなんで、僕もやってみます!』


 と答えるのだった。

 隣から『リリアモヤルー』と声があがったような気がしたけど、聞こえないフリをしておいた。

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