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燃えつきない流星

「ひとりでも生きていける力がほしかった」


 それが、ロザミア・ルフィネースが冒険者を目指した理由だ。


 ロザミアは貧しい農家の家に生まれた。

 父や母と共に朝から晩まで働き、ほんの少しの食事をとり眠りにつく。

 物心がついたときには、それがあたり前の日常であり、ロザミアという幼い少女にとって世界のすべてだった。


 食べることで精いっぱいな暮らしの中で、ロザミアに弟ができた。

 ロザミアが五歳の時のことだ。


 父も母も、もちろんロザミアだって喜んだ。

 母の代わりに弟の面倒をみていたのはロザミアだ。

 可愛くないはずがないではないか。


 小さな自分のあとを、もっと小さな弟がおぼつかない足取りでついてくる。

 それを見て、ロザミアはほんの少しだけお姫様気分を味わうことができた。

 騎士()を従えた、お姫様になれたような気がしたのだ。


 しかし、そんな貧しくも楽しい日々は長く続かなかった。


 ――蝗害こうがい


 飢餓蟲バッタの群れが畑を襲い、全てを喰らいつくして去っていく。

 本当に、あっという間の出来事だった。

 ロザミアが一〇歳、弟のカリスが五歳の時のことだ。


 糧を失った父と母が、途方に暮れていたのをいまでも憶えている。

 苦しい生活は更に苦しくなった。

 あの強情な父が涙を流せるだなんて、思ってもみなかった。


 わかってはいる。

 わかってはいるのだ。

 ああ(・・)するほか、どうしようもなかったということは。

 家族のため――食べるために、生きるためにロザミアを教会に預けるしかなかったということは。


 口減らしのため、教会へ奉公にだす。

 苦渋の選択だったと思う。ロザミアだって理解はしているつもりだ。


 もちろん教会の神父様にはいまも感謝している。

 読み書きの他に、初級ながら回復魔法と補助魔法を教えてもらえたし、日々の食事も家にいた時より多かったぐらいだ。

 それでも、ロザミアはどうしても心の片隅で「自分は両親に捨てられた」と考えてしまうのだ。


 けっきょく――自分はお姫様なんかではなかった、と。


 それ以降、ロザミアは一度も家族と会っていない。

 もし家族と会ってしまったら、心の底から溢れてくる激情に耐える自信がなかったからだ。


 だからロザミアはひとりでも生きられる力を求めた。

 幸いにも神聖魔法が使える。

 だから、十五歳になったその日、成人となったその日にロザミアは冒険者ギルドの扉を叩いたのだ。


 試験を受けて、合格して、ピカピカの冒険者証を手に入れた。

 冒険者証をなくさないようにぎゅっと胸に抱き、ひとりで生きていこうと心に誓った。


 仲間はすぐにできた。

 治療師ヒーラーは貴重だ。

 初級しか使えないとはいえ、パーティへの勧誘はひっきりなし。


 引く手あまたな状況のなかロザミアが選んだのは、自分と歳の近い初心者パーティ。

 ぶっきらぼうな剣士がリーダーを務める、へっぽこなパーティだ。


 正直に言おう。

 とても楽しかった。とても居心地がよかった。

 ひとりぼっちになったロザミアに、また居場所ができたのだから。


 ――なくしたくない。


 いつしかロザミアはそう想うまでなっていた。


 それなのに――オークキングという危険な魔物が、ロザミアの居場所を奪おうと襲いかかってきた。

 その姿は、ぜんぜん似てないのにいつかの飢餓蟲の群れと重なってみえた。


 剣士は残り、戦士はロザミアを担いで逃げた。

 戦士は、ロザミアを安全なところで降ろしたら剣士を助けに行く、と言った。


 ロザミアは無茶だ、とも、無理だ、とも言った。

 でも、戦士は笑うだけで聞き入れてくれなかった。


 ――ひとりぼっちになっちゃうぐらいなら、死んだほうがいい。


 そう思ったときだ、あの(マサキ)が現れたのは。

 へんてこりんな格好でへんてこりんな事を言い、へんてこりんな世界へと転移した(跳んだ)

 へんてこりんな物をかき集めてきたマサキは言う。


「さあ、みんなを助けにいきましょう!」


 ロザミアは、マサキのことを馬鹿だと思った。本気でそう思った。

 いまままで出会ってきたどんなひとよりも、大馬鹿野郎だと。


 だって、自分だけならまだしも小さな女の子までいたのだ。

 それなのにマサキは言う。


「みんなを助けにいきましょう」


 と。

 すべてを預けてしまいたくなるような、力強い瞳でそう言ってくるのだ。

 いま思えば、胸の鼓動が早まったのはあのときからなのかも知れない。


 かくて、マサキのおかげでオークキングは倒すことができた。

 ロザミアがあのときのことを愚痴まじりに、一緒に戦った小さな女の子に言うと、


「お兄ちゃんはながれぼしみたいなひとだから、リリアたちのおねがいごとをかなえてくれるんだよ」


 とおすまし顔で言われてしまった。


 流れ星。

 言われてみれば納得だ。

 特に、不意に現れるところなんか流れ星にそっくりだ。

 たいていの流れ星は願い事を言う前に消えてしまうが、マサキは違う。

 ずっとそこにある、言うなれば消えない流れ星だ。


 マサキのおかげでロザミアは居場所を失わずにすんだ。

 それどころか、大切なひとがいっぱい増えた。

 ロザミアの世界は広がったのだ。


「ロザミィさーん、この箱どこ置きますー?」

「ああ、ちょ――ちょっとマサキ、その箱は触らないで――」

「おわぁっ」


 派手な音をたててロザミアの流れ星がすっ転び、箱がひっくりかえる。


「いてててて……ん? これは……」


 あたりに散乱した布きれの一枚を流れ星がつまみ上げ、ロザミアは顔を朱に染めた。


「マサキだめっ! かえ、返して――」

「うわー。おねーちゃんこんな下着パンツはいてんるんだね」

「――っ」


 引っ越しの手伝いにきていた小さな女の子の呟きを背に、ロザミアは顔を真っ赤にしながら流れ星を部屋から追い出すのだった。


 今日からは、この部屋が自分の居場所になる。

 流れ星も一緒だ。


 ロザミアは、なんだか無性に家族に会いたくなった。

 消えることのない流れ星と一緒なら、家族と笑顔で再会できる気がしたからだ。

次から3章がはじまります。


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