最終話 おっさん大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ!!
その日、ズェーダには激しい雨がふっていた。
昏倒したグリフォンをでっかいブルーシートにくるんでズェーダまで運んだ俺たちは、雨にもかかわらず住民みなさま方から凄まじい歓声でもって迎え入れられた。
いつもはむっつり顔の門番さんですら手を叩いて喜んでいたぐらいだ。
なぜかといえば、理由はいたって単純。
グリフォンが絶好調に街の近くを飛び回っていたもんだから、流通は滞り物価は上昇。
街にあるありとあらゆるものがお高くなってしまったため、住民のみなさまは日に日に不満を募らせていたのだ。
そんなほっといたら暴動にまで発展しそうな状況のなか、彗星の如くさっそうと俺たちが登場し、問題を解決してきたからさあ大変。
なんだか街がドえらい騒ぎになってしまっていた。
大歓声のなか馬車でグリフォンを運びながら進む。
ゴドジさんなんか調子にのっちゃって、
「こいつがグリフォンだぁ!!」
と叫びながらブルーシートをぺろり。
気を失ってぐったりしてるグリフォンの顔をみた住民のみなさまは、
「「「うおおぉぉぉぉぉぉおおおっ!!!」」」
と完璧なリアクションを返してくれていた。
これはなかなか気持ちがいいぞ。
ためしに俺も片手をあげて「いえーい」って言ってみたら、
「よくやってくれたっ!」
「ありがとう! そしてありがとう!」
「あんたらこそズェーダで一番の冒険者だっ!」
次々と感謝の言葉が降りそそいできた。
ズェーダの街のみなさまは心底困っていたんだな。
大人も子供も性別も、種族だって関係なく俺たちに笑顔を向けている。
嬉しさから涙を流しているひとだって一人やふたりじゃない。すっごいたくさんいた。
見てるか中島?
お前の考えた作戦は、こんなにも多くのひとたちを笑顔に変えたんだぞ。
でも中島は日本にいるから見れないよな。親友として残念だよ。
俺とゴドジさんが調子にのるのを横目に、ロザミィさんはほっとしたような、ムロンさんはやれやれと、ゲーツさんはハウンドドッグの名が売れて嬉しそうに、それぞれ三者三様な顔で歓声に応えながらみんなで冒険者ギルド『黒竜の咆哮』へと向かう。
もちろん、グリフォンを引き渡して報酬を受け取るためにだ。
受付嬢レコアさんの説明によると、報酬であるラビアンローズ国の金貨は俺たちが使ってるアーパス国金貨の1.2倍の価値があるそうで(ムロンさんは知らなかった)、グリフォン捕獲の報酬はなんと金貨2400枚にもなった。
これは嬉しい誤算だ。
ラミレス商会に支払う金額は残り1800枚。ムロンさんに借りた400枚をお返ししても、まだ200枚も残る。
この200枚はムロンさんとゲーツさんたちハウンドドッグへの報酬に充てさせてもらおう。うんそうしよう。
でも、まずはその前にキエルさんとソシエちゃんを助けにいかないとだね。
そうと決まればすぐに行動だ。
レコアさんが手続きをして報酬を準備してくれているあいだ、俺たちは一度解散して荷物を解き、あとで冒険者ギルドで待ち合わせることにした。
俺はロザミィさんと一緒に(なぜかついてきた)ズェーダのマイハウスでお風呂にはいって疲れをとる。
ロザミィさんと軽く食事をとってからまた冒険者ギルドへ。
仲間たちと合流して、ぬるぬるになったグリフォンにドン引きしているレコアさんから報酬をゲット。
無事に金貨2400枚もの報酬を得た俺たちは、降りしきる雨のなかラミレス商会にむかって歩きはじめた。
傘をさす俺にロザミィさんがひっついている。
雨に濡れたくないのか、密着度がけっこー高い。
「ろ、ロザミィさん」
「うん? どうしたのマサキ?」
「え……いや、えと……あ、雨、強いですねー」
「そうね。早くやんでくれないかしら」
ロザミィさんが空を見てまゆを寄せては、俺の腕をぎゅっと胸に抱く。
うーむ。密着度が増してしまった。
大きめの傘だから、そんなにくっつかなくても大丈夫なはずなんだけどなー。
左腕にロザミィさんのヌクモリティを感じながらそんなことを考えていると、いつの間にかラミレス商会へと着いていた。
「じゃあ……入りますよ?」
俺は振り返り、みんなに確認をとる。
みんなは一斉にコクンと頷いていた。
「失礼しまーす!」
扉を開けなかにはいると、すでにジャマイカンさんが待っていた。
「……やっと来たか」
ジャマイカンさんは俺たちが本当にグリフォンを捕まえてくるだなんて、思ってもみなかったんだろう。
不機嫌さを隠そうともしないでそう言ってきた。
「いやー、お待たせしちゃったみたいですみません。でも期日まで1日ありますから問題ないですよね?」
「フン」
俺の言葉にジャマイカンさんが面白くなさそうに鼻を鳴らす。
あー、こりゃ不機嫌さマックスだな。
フサフサになった俺の髪を見た課長の反応にそっくりだもん。
こりゃさっさと清算しちゃいましょうか。
契約書はあるけど、どたんばで破棄されたらたまったもんじゃないもんね。
「ジャマイカンさん、約束の金貨です」
俺はジャマイカンさんにずっしりと重い革袋を渡す。
なかには金貨が1800枚はいっている。
皮袋を受け取ったジャマイカンさんは、後ろに控えているボボサップのひとりを呼んだ。
「おいお前、なかの金貨を数えろ」
「はいっ」
ボボサップが金貨を数え、ピッタリなことをボスであるジャマイカンさんに伝える。
沈黙が訪れ、やがてジャマイカンさんは恨めし気な視線を俺に向けてきた。
「……驚いたぞコノエ。まさか本当にあのグリフォンを捕獲してくるとはな」
「俺は大したことしていません。ぜんぶ協力してくれたみんなのおかげですよ。それより……これで契約成立、ですよね?」
「ああ、そうだな。あのエルフどもを連れていくがいい。おい、連れてこい」
ジャマイカンさんが取り巻きのボボサップに指示をだす。
しばらくして、ボボサップがキエルさんとソシエちゃんのふたりを連れてきた。
俺を見たふたりの顔に、笑顔が花開く。
「マサキ様!」
「お待たせしましたキエルさん」
「マサキさまっ。ソシエはっ、ソシエはお待ちしておりました!」
「あはは。がんばったね、ソシエちゃん」
俺はふたりとの再会を喜ぶ。
キエルさんもソシエちゃんも、目に涙を浮かべては零さないように必死になって堪えていた。
きっとジャマイカンさんの前では泣きたくないんだろうな。
「あの、マサキ様、」
「はいはい、なんですキエルさん?」
「お借りしていたマジックアイテムをお返しします」
キエルさんがタブレットPCとボイスレコーダーを俺に手渡してきた。
目で、何かを訴えてきながら。
「コレ、役にたちましたか?」
俺の問いかけにキエルさんとソシエちゃんは同時に頷いた。
「ええ。とても役にたちました」
「ソシエもっ、ソシエもいっぱい遊ばせてもらいました!」
「おおー。それはよかった」
俺はソシエちゃんをなでなでしながら、タブレットPCとボイスレコーダーを起動して動作確認する。
「なるほどなるほど」
しっかりと役立ってくれたみたいだな。
一通り確認し終えた俺は、不機嫌さすーぱーマックスなジャマイカンさんに向き直る。
「ジャマイカンさん」
「なんだ、まだ私に用があるのか?」
「いや-ははは……。こないだ言ったことを憶えてるかなー、って思いまして」
「ん? 『言ったこと』だと? ああ、専属契約のことか?」
「いやいや、違いますって」
俺はパタパタと手を振ってニヤリと笑う。
「キエルさんとソシエちゃんの身元を、『ラミレス商会が保証する』って話ですよ」
「なにを急に……。その者たちはザンカール帝国の奴隷だったのを、私が直々に買い取ってきたと――」
ジャマイカンさんの言葉にわざと被せるようにして、ボイスレコーダーの再生ボタンを押し込む。
『人狩りから貴様たちを買い取ったのは幸運だったな』
「――ッ!?」
自分の声に、自分の言葉に、ボイスレコーダーから聞こえてくるその内容に、ジャマイカンさんの顔色がかわった。
『ザンカール国のミリシャ領を治めるグエン男爵と私は親しくてな。贈物と引き換えに様々な証明書を発行してもらっているのだよ』
「な、な、な……」
魚みたいに口をパクパクさせるジャマイカンさん。
この録音を聞くかぎり、ずっとひどいことをしてきたみたいだな。
悪人に慈悲なんか必要ない。
いまこそ正義を執行するとき。
断罪を開始しちゃうぜ。
「このマジックアイテムは、まわりの音を保存することができるんです。例えば――」
俺はジャマイカンさんを見据え、続ける。
「悪行の告白とか、ですかね。ジャマイカンさん、この声って誰かに似てると思いませんか?」
「くっ……。わ、私が話したという証拠にはならんだろう。だ、だだ、誰かが私の声を真似ているのかもしれんではいかっ!」
「あっれー? 俺べつにこれがジャマイカンさんの声だなんてひと言も言ってないんですけどねー」
「――ッ」
「おっかしーなー。これジャマイカンさんの声に似てるのかなー? みんなはどー思います?」
俺は振り返り、一連のやり取りを眺めていたみんなに聞いてみる。
最初に反応したのは、やっぱりムロンさんだった。
どうやら俺の意図もわかってくれたらしい。
「オレにはそこにいるクソ野郎の声にしか聞こえねぇな。なあ、ゲーツ。お前もそう思うだろ?」
「ああ! おれもそう思うぜ兄貴」
ゴドジさんも「おれもおれもー」と同意を示す。
ロザミィさんはキエルさんとソシエちゃんのふたりを背に隠し、守るようにして立ってくれていた。
万が一に備えているんだろう。
「ジャマイカンさん、これほんとーにジャマイカンさんの声じゃないんですか? なんか、ザンカール国のグエン男爵さんの話とか、すっごい具体的なんですけどー?」
「だ、黙れ黙れ! お、音を保存するだと!? そんな――そんなマジックアイテム聞いたこともない!」
「いや、ですからここにあるじゃないですかー。ほら、ほら、ほーら」
俺は天使みたいな笑顔を周囲に振りまきながら、ボイスレコーダーをみんなにアピールしてみせる。
ボイスレコーダーからは、ジャマイカンさんがグエン男爵なる人物との悪行三昧がクライマックスにさしかかろうとしていた。
「おいクソ野郎。この話が本当なら……大問題になるぜ」
「ですよねームロンさん。罪もないひとたちを無理やり奴隷にしていたみたいですし」
「そうみてぇだな。マサキ、この件はオレがギルドを通じて城主に話を持っていく。そしてクソ野郎、いつ斬り落とされてもいいように首を洗って待ってな」
「ま、まて! 貴様ら、そんな怪しげなマジックアイテムを信じるのか!? たかが声だぞ! その道に長けた道化ならいくらでも声真似をできるに決まっている!」
「そのわりには話が具体的ですよねー」
「黙れ!」
ジャマイカンさんに怒鳴られてしまった。
「そ、そうだ……。貴様らは所詮冒険者。カネに汚い卑しい存在だ。わた、私を陥れようとしているのだろう! そうに決まっている!」
こんなにも必死になっちゃってる姿だけで、状況証拠としては十分な気もするんだけどね。
ボイスレコーダーで録音しただけじゃ証拠にならない、って主張するわけですか。
日本でも録音されたものは証拠として弱いって聞くもんね。
そんじゃ、奥の手いっちゃいますかー。
「ぽちっとな」
俺はタブレットPCを起動してビデオに録画されている映像を再生する。
「ジャマイカンさん、みんなもこれ見て下さい」
画面にジャマイカンさんが映り、人狩りを雇った話を滔々としはじめた。
カメラの高さから、ソシエちゃんが盗撮したんだと思われる。
「そ、それは――」
ジャマイカンさんが狼狽える。
「これはじっさいにあった出来事を絵で記録するマジックアイテムです。どうですジャマイカンさん、これでもまだ道化が演じてると言い張りますか?」
「くうぅぅっ――」
タブレットPCには得意げに悪事を語るジャマイカンさんの映像が流れている。
「このマジックアイテムはジャマイカンさんが――ひいてはラミレス商会が行っていた悪事の証拠としてズェーダの城主さんに提出します。ジャマイカンさん、覚悟していてくださいね」
もちろん、渡すのはバックアップを取ってからだけど。
全身をプルプル震わせるジャマイカンさん。
まるで生まれたての子ヤギだ。
俺は、これが敵将の首じゃー! とばかりにタブレットPCを掲げる。
ラミレス商会にいる男たちは困惑した顔をジャマイカンさんへ向けていた。
「……こ、コノエ、そのマジックアイテムを私に売ってはくれないか? ど、どうだ? 言い値で買ってやるぞ? 金貨3000枚――いや、5000枚出そう!」
「寝言は寝てから言んだな。ボケが」
ムロンさん辛辣すぎ。
でも、ジャマイカンさんはムロンさんに構わず、ぎこちない笑みを浮かべたまま俺にすがってきた。
「どうだコノエ? 金貨5000枚だぞ? そうだ、更に貴様たちをラミレス商会の専属冒険者にしてやろう。どこよりも高いカネを払ってやる。だから……だからそのマジックアイテムを私に――」
「冗談は悪事だけにしといてくださいよ」
俺はジャマイカンさんの腕を払いのける。
それでもジャマイカンさんは諦めない。
「足りないのか? なら金貨6000枚を――」
「いい加減にしなさいよね! マサキはどんなに金貨を積まれたってぜったいに考えを曲げないんだからっ」
ロザミィさんが大きな声をだした。
顔を真っ赤にしてジャマイカンさんを睨みつけている。
ムロンさんも、ゲーツさんも、ゴドジさんだって怒っている。俺だってそうだ。
ジャマイカンさんの悪行三昧に堪忍袋の緒が切れかかっているんだから。
「ジャマイカンさん、ロザミィさんの言うとおりです。残念ですけど、俺あんまりおカネに執着ないんですよねー」
そう言って頭をかくと、ジャマイカンさんは打ちひしがれていた。
さーて、そろそろ時代劇よろしく降参してくれないかな?
御上の沙汰を待つぐらいの度量を見せてほしい。
とか考えていたら、
「…………せ」
なにやらジャマイカンさんがブツブツ言っている。
「え? なんですか?」
「……殺せ。こいつらを……こいつらを生かして帰すな!!」
「なっ……!?」
「なにをしている!? はやくこの者たちを殺すのだ! ラミレス商会を潰す気かっ」
なんてこった。
時代劇でいう「かくなるうえは……」パターンできましたか。
さすがジャマイカンさんだ。往生際が悪いったらありゃしない。
「上等だ! かかってこい!」
ムロンさんが咆え、
「やるぞゴドジ」
ゲーツさんものっかり、
「おうさ!」
ゴドジさんが拳を鳴らす。
そしてはじまる大乱闘。
襲いかかってくる男たちをゲーツさんが蹴り飛ばせば、ラミレス商会のボボサップをハウンドドッグが誇るボボサップが殴り飛ばす。
みんなフラストレーションがたまっていたのか、嬉々として拳をふるっているぞ。
「てめぇらの目つきがずっと気に入らなかったんだよ!!」
ムロンさんがボボサップ相手に馬乗りになって拳を振りおろす。
こんなデンジャーなムロンさん、リリアちゃんには絶対に見せられないぜ。
状況は俺たちの圧倒的優勢。
こちとら現役の冒険者たちなんだ。
ラーメン屋の店主みたく腕を組んで凄んでくるだけのボボサップたちなんかに、負けるはずがなかったのだ。
この分じゃ、決着がつくのももう時間の問題だな。
とか思っていたら、
「マサキあぶない!」
「へ?」
ロザミィさんの声に反応するのと、ジャマイカンさんがナイフを抜くのは同時だった。
「死ねぇぇぇぇぇッ!!」
「おわっち!」
ジャマイカンさんがナイフで襲いかかってきた。
心許ない毛髪を振り乱し、目は血走っている。
怒り骨髄状態だ。
「貴様! 貴様ぁぁあ! よくも、よくも私を……殺してやる! 貴様だけはぜったいに殺してやるぞ!!」
「なーに言ってんですか。逆恨みはよしてくださいよ。ぜんぶあなた自身の行いのせいじゃないですか」
「黙れぇぇぇ!!」
ジャマイカンさんがナイフを構えて突撃してくる。
それをひょいとかわし、ナイフを握る手にチョップを落とす。
俺だって伊達にオークキングやグリフォンと死闘を演じてきたわけじゃない。
毛髪の心許ないおじさんの手にチョップを落とすぐらい、余裕でできるのだ。
「あつっ」
乾いた音を立ててナイフが床に落ちる。
拾わせないために俺はそれを蹴とばしてから、ニッコリ笑う。
「まだ続けます?」
「ひ、ひぃぃ」
ビビったジャマイカンさんが俺に背を向けた。
このまま逃げようとしているみたいだ。
「逃がしませんよ」
俺は持っていた傘の先端を握り、持ち手の部分をジャマイカンさんの足のつけ根に滑り込ませる。
「喰らえ! 必殺――」
脳裏に遠い記憶が蘇る。
小学生のころ、あまりにも危険すぎたため学級会まで開かれて禁止となった、禁忌の技。
そして――
「デンジャラスフック!!」
俺はめいっぱい傘をひっぱった。
傘のフックの部分がジャマイカンさんのお股に一瞬で食い込む。
「――――――ッ!?」
悲鳴すらあげれなかったようだ。
幼き日に何人ものキッズを泣かしてきた(俺含む)禁忌の技は、大人になったいま、本物の必殺技へと昇華されていたのだ。
お股を押さえてうずくまり、痙攣まではじめちゃったジャマイカンさん。
それを見て、俺はひとり呟く。
「勝利の後はいつもむなしい」




