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第37話 ジャマイカンの黒い影

 姉妹ふたりの身の上に起こったことは、きっとありふれた物語なのだろう。

 故郷をなくしたエルフが奴隷に堕ちる。

 よくある話ではないか。


 当人たちがひどく混乱し、ひどく哀しみ、ひどく傷つこうとも、傍目にはよくある話にすぎないのだ。

 本当に大きな不運に見舞われたとき、大抵の者はどうすることもできないのだから。





 マサキがズェーダの街を出て1日が経った。

 キエルとソシエは互いに身を寄せ合い、祈ることしかできないでいる。


「姉さま、マサキさまはご無事でしょうか?」


 ソシエは姉であるキエルを見上げ、そう問いかける。

 自分と妹を救うために、あのマサキという男はグリフォンを捕まえにいったのだ。

 最初聞いた時は、冗談だと思った。

 見ず知らずの自分たちを救うために、命をかけるだなんて。


 森をでたキエルとソシエは、ひどい人族としか関わりがなかった。

 亜人とののしられ鎖につながれては、背を鞭で打たれ、頬を殴られた。

 あの者たちにとって、キエルたち姉妹は対等な相手ではなかったのだ。


 なのに――


『ちょっとの間だけガマンしててください。かならず俺が迎えにきますから』


 あのマサキという男だけは違った。

 危険をかえりみずオーガから自分たちを救ってくれたかと思えば、いままたグリフォンという強大な相手に挑もうとしている。

 それもすべて、自分と妹を解放するためだという。

 奴隷となった自分たちを、自由にするためだという。


 キエルははじめなぜマサキがそんなことをするのか理解ができなかったが、接していくうちに、すとんと腑に落ちた。

 なんてことはない。あのマサキという男はどこまでもお人好しだったのだ。

 それも、底抜けに。


 だからキエルはソシエの問いにこう答えた。


「……信じましょう。マサキ様を」

「はい。姉さま」


 キエルの言葉を聞いてソシエはぎゅっと目をつむり、胸に手をあてて精霊へと祈りはじめる。

 少し遅れて、キエルも祈りはじめた。


『マサキ様に大精霊のご加護があらんことを』


 エルフ語で祈りを紡ぐ。

 どれぐらいの時間そうしていただろうか。

 不意に、部屋の扉が開かれた。


「ほう。エルフの祈りか? 無駄なことをしているな」


 ジャマイカンだった。

 自分と妹を奴隷へと落した元凶だ。

 キエルは妹を背に隠し、ジャマイカンを睨みつける。


「……なにをしにきたのですか?」

「フン。なに、貴様たちの顔を見にきただけだ。貴様は私の商品なのだからな。当然のことだ」

「わたしたちは……わたしたちは商品でも奴隷でもありません。月の森の民です」


 キエルは静かに、しかし強く言う。


「クックック。奴隷だよ。この私が貴様たちを奴隷としたのだ」

「違います! わたしもソシエも奴隷などではありません!」

「いいや、奴隷だとも。散々殴ってやったにもかかわらずまだわからないのかっ?」


 ジャマイカンが力任せに壁を叩く。

 どんという音に、ソシエが身をすくめた。


「貴様たちを奴隷にするのは簡単だったよ。あてもなく彷徨っている貴様たちを人狩りに捕えさせ、ザンカール国の役人に証明書をつくらせる」

「証明書……。奴隷の……ですか?」

「そうだ。ザンカール国のミリシャ領を治めるグエン男爵と私は親しくてな。贈物・・と引き換えに様々な証明書を発行してもらっているのだよ」

「なにが贈物ですか。正直に金貨・・と言ったらどうです?」

「クックック、私もそう言いたいのだが……グエン男爵は強欲でね。金貨以外にも多くの品を要求してくるのだよ。ザンカールでは手に入らぬ異国の品、肌の色が違う女、1日中疲れ知らずに起きていられる薬など、いやはや……要求に応えるのも大変でね」


 肩をすくめ大げさに首を振るジャマイカン。

 キエルは、ともすればしぼんでしまいそうな勇気をふりしぼって相対する。


「毎度グエン男爵の我がままと引き換えに、貴様たちのような新鮮・・な奴隷を多く仕入させてもらっているのだよ。もっとも……今回は忌々しいオーガのおかげで、生き残った奴隷は貴様たちふたりだけだったがな」

「…………わたしたち以外にも奴隷に落とした者がいるのですか?」

「当り前だろう。あの馬車に乗っていた奴隷はすべて(・・・)ザンカール国で奴隷になったばかり。とても愉快だったぞ? 罪をきせて奴隷にしたり、借金を抱えさせ娘を売らせたりな。ああ、グエン男爵の意に沿わぬ者を奴隷として引き取ったこともあったな。いまも生きてるかはわからぬが。クックック……」

「……外道め」


 ジャマイカンの言葉に、キエルはそう返すのが精いっぱいだった。


「なんとなんと、エルフも口が悪い。大方あの冒険者マサキが自分たちを救ってくれるとでも思っているのだろう。んん? そうなのだろう?」

「ま、マサキさまは姉さまとソシエをお助けしてくれます!」


 嘲るように訊いてくるジャマイカンに、ソシエが言う。

 震える声で。マサキから預かったマジックアイテムで顔を隠すようにしながらも。


「フン。姉妹そろって愚かしいことだ。この街の冒険者程度じゃ束になったところでグリフォンを捕まえることなどできはせんよ。私はな、下らん希望にすがる貴様たちに現実を教えにきてやったのだよ」

「……もう出ていってください」

「クックック、言われずとも出ていくさ。だが、これだけは憶えておくのだな、」


 ジャマイカンはそこで一度句切ると、ぞっとするような嫌らしい笑みを浮かべ、続ける。


「あの冒険者はグリフォンを捕まえられん。貴様はいままでも、そしてこれからもずっと奴隷のままだ。クックック……ハァーハッハッハッハ!!」


 ジャマイカンは高笑いしながら部屋を出ていった。

 すぐに扉が閉められ、外側から鍵がかかる音が聞こえた。


「姉さま……」

「ソシエ、マサキ様を信じましょう」


 キエルはソシエを安心させるよう、優しい声を出す。

 エルフの姉妹は、それぞれマサキから預かったマジックアイテムを抱いていた。

 そこに、マサキの温もりが残っているかのように。

 その温もりに、すがるかのように。


 姉妹ふたりの身の上に起こったことは、きっとありふれた物語なのだろう。

 故郷をなくしたエルフが奴隷に堕ちる。

 よくある話ではないか。


 当人たちがひどく混乱し、ひどく哀しみ、ひどく傷つこうとも、傍目にはよくある話にすぎないのだ。

 本当に大きな不運に見舞われたとき、大抵の者はどうすることもできないのだから。

 ただ、この姉妹の物語は――


「マサキ様、どうか御無事で……」


 結末がまだ出ていなかった。


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