第7話 来るなら来い! 必死の逃亡者
意識がないのか、リリアちゃんはぐったりしている。
「リリアちゃん!」
俺は頭がカーっと熱くなり、無意識のうちに駆けだしていた。
手のひらをジャイアント・ビーに向ける。
「リリアちゃんを放せ! ファイア――」
そして炎の魔法を放とうとして――――なんとか思いとどまった。
ダメだ。ここでファイア・ボルトを撃ってしまうと、リリアちゃんまで燃やしてしまう。
魔法という選択肢はなし。
「となると……」
スコップを握る手に力がこもる。
残された手は、物理攻撃しかない。
リリアちゃんに当てることなく、確実にジャイアント・ビーだけを攻撃しなくてはならないのだ。
「――ッ!! いくぞ!」
地面を蹴って加速。
ジャイアント・ビーまであと5メートル……3メートル……1メートル……いま!
頭めがけて思い切りスコップを振り下ろす。
がっきぃぃぃぃぃんん――――……
「な、なにぃ!?」
しかし、俺のスコップはジャイアント・ビーの外甲によってはじかれてしまった。
コイツ……予想以上に硬い。
ジャイアント・ビーはバランスを崩したように少しだけフラフラしたけど、すぐに体勢を立て直して飛び続ける。
俺には構うそぶりさえ見せやしない。
きっと、エサであるリリアちゃんを巣に運ぶことが優先されているからだ。
「俺を相手してるヒマはないってことね。なら……」
それはつまり、俺が一方的に攻撃できるということ。
魔法は使えない。スコップは外甲にはじかれた。
となれば、外甲以外を攻撃するのはどうだ?
「羽なら――どうだッ!」
半透明の羽に向かってスコップを水平に振るう。
バキバキとガラスを踏み割る様な音を響かせ、羽が破れ飛んでいく。
『ギィィィィィィッ!!』
俺の判断は間違っていなかった。
羽を傷つけられたジャイアント・ビーは墜落し、地面を転がる。
その衝撃でリリアちゃんも地面に投げだされた。
「リリアちゃん! リリアちゃん!」
すぐにリリアちゃんを抱きかかえ、体を揺する。
しかし、返事はない。
ジャイアント・ビーの爪にひっかかったのか、切り傷だらけの体。でも、僅かにお腹が上下に動いている。
まだ息がある証拠だ。
「回復!!」
俺は傷口に手をあて、回復魔法をかけた。
きれいな光が傷口を覆い、ふさいでいく。
「よし! 傷は全部治したぞ。リリアちゃん!」
それでも……反応はない。
「クソ! なんでだ!? なんでなんだよぉっ! ……まてよ、ひょっとして……毒か?」
ジャイアント・ビーは毒針を持っているとムロンさんは言っていた。
もしその毒が麻痺させるような神経毒なら、反応がなくてもおかしくない。
「解毒」
ヒールに続いて状態回復の魔法をかける。
すると、リリアちゃんの閉じていた目がゆっくりと開いた。
やはりジャイアント・ビーの毒針を受けていたのだ。
「リリアちゃん!」
「ま……マサ、キ……おにいちゃ……ん」
「リリアちゃん! よかった、意識が戻ったんだね」
「まさ、マサ……キ、おにい、ちゃ……リリアね、とってもこわか――」
「喋らなくていい! それよりお兄ちゃんに捕まってて。ここから逃げるよ!」
「う……ん」
リリアちゃんが弱々しくしがみつく。
まだ痺れが残っているんだろう。その手は震えている。
俺はリリアちゃんを優しく抱きしめると、ゆっくりと立ち上がった。
視界の端に、羽を失ったジャイアント・ビーの姿が映る。
『ギギギ、ガチガチガチガチガチガチガチ……』
ジャイアント・ビーが顎を打ち合わせ、あたりに耳障りな音が響く。
それを聞いた瞬間、俺はムロンさんの言葉を思いだしていた。
――いいか? ジャイアント・ビーが恐ろしいのは硬い外甲でも毒針でもない。その数だ。戦うならすぐに仕留めろ。じゃないと仲間を呼ばれちまうぞ――
「まずい、あいつ仲間を呼んでるんだ! くそ、ファイア・ボルト!!」
『ガチガチガ――ギィィィイイイッ!!』
俺の魔法でジャイアント・ビーは燃え上がり、かん高い鳴声を残して焼け死んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…………ま、間にあった……か?」
ジャイアント・ビーが仲間を呼びはじめてそう時間はたってないはずだ。
きっとギリギリで間にあ――
「ま、マサキお兄ちゃん……」
「ん? どうしたのリリアちゃん?」
「あ……アレ」
リリアちゃんが指さした先には、ガチガチ、ガチガチと顎を打ちあわせたジャイアント・ビーがこっちに向かってきていた。
しかも一匹だけじゃない。
何匹も……こうしている間にもどんどん数を増やしがら、俺たちを目指して飛んできている。
「なんてこった! 間に合わなかったか!!」
迎撃しようにも、数が多すぎる。
俺はリリアちゃんを抱っこしたまま、ジャイアント・ビーがいない方向に向かって走りだした。
「マサキお兄ちゃん、前からもきた」
「ならこっちだ!」
挟み撃ちにされないよう右に方向転換して走る。
「マサキお兄ちゃん……どんどんハチがふえてくよぉ」
後ろを振り返ると、リリアちゃんの言う通りジャイアント・ビーの群れは他の群れと合流して追いかけてきていた。
数えるのもバカらしいぐらい、もの凄い数だ。
「大丈夫だ! 俺がリリアちゃんを絶対に護るから!」
「……うん」
リリアちゃんは俺の首に腕を回し、しがみつく。
その手に力がこもっているのは、怖いからに違いない。
「ちくしょう、こっちからもきやがった」
森を進みむと、どこからともなくジャイアント・ビーが湧き出てくる。
そのたびに俺は違う方向へ逃げることになり、いまじゃ自分がどこを走っているのかもわからない。
「なんか……嫌な予感がするぞ」
ジャイアント・ビーは仲間を呼ぶばかりで、なんで襲いかかってこないんだ?
百匹近くいるのだから、俺を囲んでしまえば捕まえるの簡単なはずだ。
「まさか……誘導されている!?」
その考えにたどり着いた時、ちょうど森の開けた場所にでた。そして俺は自分の考えが間違いではなかったことを知るはめになったのだ。
「そんな……」
「マサキお兄ちゃん……あれ、なに?」
リリアちゃんが震える手で大木を指さす。
そこには、大木すべてを覆うようにして造られた、ジャイアント・ビーの巣があった。
俺はここまで、まんまと誘導されていたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ずっと走っていたから、体力の消耗が激しい。
高い回復能力を持っていたって、それ以上に消費していたのだから当然か。
「くそ……俺は自分でジャイアント・ビーの巣に向かっていたのかよ。笑えねぇ……」
大きな巣穴から次々とジャイアント・ビーが飛びでてくる。
リリアちゃんを抱きかかえた俺は、あっという間に囲まれてしまった。
「ファイア・ボルト! ファイア・ボルト!!」
毒針のある尻を突きだして近づいてくジャイアント・ビーを魔法で迎撃する。
でも、追いつかない。
そもそも数が違うのだ。
「お、お兄ちゃん……」
「大丈夫だ! 大丈夫だから!」
大丈夫なわけがない。
こうしている間にも、巣穴からひっきりなしにジャイアント・ビーが湧き出ているんだ。
その数は数百匹を下らないだろう。
ジャイアント・ビーは俺を包囲し、じょじょに狭めてきている。
あんなギザギザな牙で噛まれたら、あっという間にバラバラにされてしまう。
「うわぁぁぁぁ! 来るな! 来るなぁぁぁぁ!! ファイア・ボルト! ファイア・ボルトォォッ!!」
仲間が焼け墜ちるのに構わず、ジャイアント・ビーは近づいてくる。
逃げ場なんかどこにもない。
そんな八方塞がりな状況のなか、俺はリリアちゃんを強く抱きしめ、
「リリアちゃんっ!」
「お兄ちゃんっ!」
とりあえず錦糸町の自宅に帰ることにした。