第34話 酒場で待ってる
中島の立案した作戦のおかげで、グリフォン捕獲のめどがついた。
貯金がガッツリ減ってしまったけれど、そこは致しかたなし。
異世界で面白おかしく生活するための必要経費だと割りきろう。
「ふいー。必要なものはこれで全部かな?」
現在の時刻は夜の8時。
土曜日を1日つかって必要なものを買いそろえた俺は、それらをズェーダの自宅へと運び終えたところだ。
といっても、荷物を抱えて転移魔法を使っただけなんだけどね。
「んーと……よし。ぜんぶそろってるな」
かなりの物量になってしまったけど、それも当然か。
なんたって相手はあのでっかいグリフォンなんだ。
あれを捕まえるとなると、必然的に物量も増えていく。
「あとはグリフォンをどうやっておびき寄せるかだけど……まだ日もあるし、なんとかなるよね」
捕獲の準備に1日にかかったとしても、まだ9日間ある。
9日もあれば、1度や2度はプラっとやってきてくれんじゃないかな。
それでも現れなかったときは……鷹の上半身を持つグリフォンのことだ。
きっと猛禽類同様、優れた視力で獲物をさがしているはず。
俺がぼっちなうで街道を歩いていれば、きっと手ごろな獲物だとばかりに襲いかかくる可能性が高い。
なんたって、グリフォンはあのオーガが相手でも襲いかかっていたんだ。
中肉中背のおっさんがのん気に歩いてたら、こりゃチョロイと思ってホイホイやってくるってもんでしょ。
俺は最後の手段として自分が囮になる決意を固めたあと、再び持ってきた道具の数々に目を落とす。
「しっかし……すごい荷物の量だぞ」
これをグリフォンのいる森までひとりで運ぶなんてムリすぎる。
どっかで荷馬車でも借りれないかなー。
「しゃーない。ムロンさんに相談してみるか」
困ったときのムロンさん頼み。
冒険者ギルドで働くムロンさんなら、荷馬車のつてを持ってそうだしね。
そうと決まれば即行動。
俺は家をでて、まずはお隣のムロンさん宅を訪ねる。
「すみませーん。ムロンさんいますかー?」
玄関の扉をノックして声をあげる。
しばらくして、扉のすき間から小さな天使が顔を覗かせた。
「おにいちゃん!」
「やあリリアちゃん。ムロ――」
「おにーちゃーん!!」
「――へぶっ!?」
弾丸のように飛びだしてきたリリアちゃんの頭が、俺のみぞおちにつき刺さる。
へへ……。相変わらずとんでもない威力だぜ。
「おにいちゃん、ひさしぶりだよー!」
「ははは、ひさしぶりだねーリリアちゃん」
「ん!」
俺が頭をなでなですると、リリアちゃんが嬉しそうに目を細める。
リリアちゃんに会うのも、ひさしぶりだ。
ここ最近は、グリフォンを捕獲する準備でいっぱいいっぱいだったからなー。
「リリアちゃん、ムロンさんいるかな?」
「いないよー」
「ありゃ、まだお仕事中だった?」
「うん。まだおしごとからかえってきてないの」
「そっかー」
ムロンさん、まだギルドにいるのか。
帰ってくるのを待つよりギルドにいったほうが早いかな?
とか考えていると、
「あらマサキさん、いらしてたんですか」
奥からイザベラさんも顔をだしてきた。
イザベラさんは、俺と俺にくっつくリリアちゃんを見てニコニコしている。
「こんばんはイザベラさん」
「こんばんはマサキさん。さあ、どうぞあがってくださいな」
「お兄ちゃん、はいってー」
リリアちゃんがグイグイ手をひいてくる。
俺と遊ぶ気まんまんの顔だ。
でも、俺はムロンさんに大切な用があるんだよね。
俺はちょっとだけ迷ったあと、首を横にふった。
「ごめんねリリアちゃん。俺、先にムロンさんに会ってくるよ」
「えー」
そう言ってガックリとうなだれるリリアちゃん。
そんなリリアちゃんを、イザベラさんが後ろから優しく抱きしめる。
「リリア、そんな顔しないの。可愛い顔がもったいないわ」
「だってリリア、お兄ちゃんとあそびたかったんだもん」
「ムリを言ってはダメよ。さ、マサキさん。主人のところへ行ってくださいな」
「すみませんイザベラさん。俺、ムロンさん連れて帰ってきますから」
「うふふ。じゃあ、お願いしちゃおうかしら?」
「任せてください! リリアちゃん、戻ってきたら遊ぼうね」
「ん!」
俺はふたりに手をふりながら、冒険者ギルドへ向かうのだった。
そしてギルドについた俺は、
「マサキ、酒でも飲んで待っててくれ」
カフェスペースでムロンさんの仕事が終わるのを待っていた。
目の前には、エールのはいったジョッキが置かれている。
ムロンさんに奢ってもらったエールだ。
ムロンさんはいま、仕事に忙殺されていた。
グリフォンのせいで依頼が少ないもんだから、冒険者のみなさんは基本酒を飲むか、訓練場で鍛えるかのふたつしかやることがない。
そこで、指導教官としてすこぶる優秀なムロンさんは、向上心のある冒険者のみなさまからご指名続きなんだそうだ。
指導教官につくと手当がもらえるらしく、ムロンさんはいまが稼ぎ時とばかりに休む間もなく熱血指導をしている。
どーりで帰りが遅くなってるわけだよね。
「ムロンさんふぁいとー」
と呟きながらエールをゴクゴク。
最近は異世界のお酒にもだいぶ慣れてきたせいか、それなりに美味しく感じる。
ついついおつまみと追加のエールを頼んでムロンさんを待っていると、
「やあやあ、お兄さんじゃないか」
吟遊詩人のフランさんが声をかけてきた。
「あれ? フランさんじゃないですか。奇遇ですねー」
「そだねー。ねえ、ボクも座っていーい?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとー」
そう言ってフランさんがテーブルを挟んだ反対側のイスに座る。
俺と向かい合う形だ。
「お兄さん、かんぱいしよ、かんぱい」
「いいですよ。かんぱい」
「かんぱーい」
フランさんが持つ果実酒のはいったジョッキに、俺は自分のジョッキをコツンとぶつける。
ほんのり顔が赤くなっているところを見るに、どうやらフランさんはほろ酔い状態みたいだ。
俺がくる前から飲んでたんだろうな。
「フランさん、今日は歌わないんですか?」
「うん。ボクねー。今日はおしごとしないって決めてる日なんだ」
「あら残念。でも毎日歌ってたらのど傷めちゃいますもんね」
「そーなんだよー。お兄さんわかってるねー」
楽しそうにカラカラと笑うフランさん。
フランさんと話していると、なんだかこっちまで楽しくなってくるから不思議だ。
「ところでお兄さん、いっこ質問していーい?」
「はいはい、なんです?」
「お兄さんがグリフォン捕まえにいくってホント?」
「――んなっ!?」
フランさんの口からとび出てきた質問に、俺は勢いよくエールをふきだしてしまった。
「わわわっ、お兄さんだいじょーぶ?」
「ゲホッ、ゲホッ……んんっっ――はぁ。…………フランさん、い、いったいどこでその話を?」
「えー、しらないの? お兄さんいまギルドや酒場じゃちょっとした有名人だよ。『グリフォンに挑む大バカ野郎がいる』って」
「……わーお」
いつの間に有名になってたんだよ。
グリフォンを捕獲しようとしてるのはホントのことだけど、そのことを知ってるのは極々一部のはずなのにな。
いったい誰がそのことを広め――と考えはじめたあたりで、脳裏にゴドジさんの素敵な笑顔が想い浮かんだ。
間違いない。
確実にあのひとだ。
「ふーん。お兄さん、その顔を見るに知らなかったみたいだねー」
「初耳でしたよ」
「あとねあとね、『カネに目がくらんだ大バカ野郎』ってゆーのもあったよ!」
「どっちにしろ大バカ野郎なんですね……」
否定できないのが悲しいところ。
もうっ、だったらグリフォンを捕まえて見返してやるんだからねっ。
「それでそれで、どうなのお兄さん? ほんとーにグリフォン捕まえにいくの?」
ワクワクしてますって感じで聞いてくるフランさんの瞳は、期待でキラッキラに輝いている。
「はぁ……。本当のことですよ」
「おおー。お兄さんすごーい! それじゃそれじゃ、悪い商人に捕まってるエルフを助けるためなのもホント?」
「……ほんとーです」
そんなことまで知れわたっていたのか。
ゴドジさんめ……。
「お兄さんかっくいーね。あ、それともエッチなだけかな?」
「はい!? どーしてそこで俺がエッチになるんですかっ?」
「えー。だってお兄さんエルフにエッチなことしたいからがんばってるんでしょ? みんなそういってたよー」
「違います! 絶対に違います!」
「そっかー。……うん。ならボクはお兄さんを信じるよ」
「……ありがとーございます」
とんだ風評被害が出回っているみたいだな……。
でも、世間から見れば俺がエルフの奴隷を手に入れるために、無茶をしてるようにしか見えないのかもしれない。
うーん。そりゃ「大バカ野郎」って呼ばれもするよね。不本意だけど。
「ところでお兄さん、お兄さんはどーやってグリフォンを捕まえるの? やっぱりまっこー勝負?」
「やだなー。そんな無茶はしませんって。罠をはって待つだけです」
「罠かー。どんなことするの?」
「ふっふっふ。それはですね――」
「それはー?」
身を乗り出すフランさん。
俺はそんなフランさんに向かってニヤリと笑い、人差し指を口にあてる。
「秘密です」
「えー。いぢわるしないでよー」
「ははは……。すみませんねー。ちょっといろいろなアイテムを使うもんですから、その……なんていうかちょっと説明が難しくて……」
「ふーん。そっかー。お兄さんちゃんと勝算があるみたいだねー。感心したよー」
「ははは……。勝ち目がなきゃ、あんなおっかないモンスターを捕まえようなんて思いませんて」
「そっかー。それもそうだねー。じゃー罠の準備はバッチリなんだ?」
「ええ。あとはうまいことグリフォンがきてくれるのを待つだけですね」
いくら入念に準備をしたところで肝心のグリフォンがきてくれませんでした、ってことになったら笑い話にもなりゃしない。
「ん? 待つだけなの?」
「ええ。待つだけです」
俺がそう答えると、フランさんはきょとんとして首を傾げる。
「……おびきださいないの?」
「んー。最後の手段として俺がおとりになるぐらいは覚悟してんですけどねー」
「ふーん。なら――」
フランさんがにんまりと笑い、続ける。
「ボクがおびき出してあげようか?」
「ええっ!? フランさんが!? いやいや、そんな危ないことさせれませんて。そもそもフランさんは冒険者じゃないじゃないですか!」
「やだなー。ボクは捕まえにいかないよー。ただお兄さんに手をかすだけ」
「……へ? 手をかす……って、どうやってですか?」
「んとねー。ボクのママ、薬師だったんだけどねー。モンスターを追い払ったり、逆に誘いだしたりする薬も調合してたんだよねー」
「ほうほう」
「それでねー。ボクもママからいくつか作り方教わっててねー。グリフォンを誘いだす薬の調合もできるんだよー。スゴイでしょ?」
「おおっ! それはすごい!」
おれはえっへんと胸をはるフランさんを褒めたたえる。
フランさんは得意げな顔をしていた。
「その薬、よければ作ってもらってもいいですか? 材料費は俺が持つんで」
「いいよー。その代わりグリフォン捕まえられたら、ボクにお兄さんの歌をつくらせてもらっていいかな?」
「歌……ですか? 別にかまいませんけど……」
「やったー。悪いヤツからエルフを助けるためにがんばるお兄さんの歌って、ボク人気でると思うんだよねー」
ひとり腕を組み、うんうんと頷くフランさん。
なるほど、俺を歌の題材にして人気がでれば、吟遊詩人としてひと稼ぎできるもんな。
この提案はフランさんにも得があるのかも。
「じゃー、薬を調合するのに3日ぐらいもらっていいかな?」
「ありがとうございます。お願いしますね。あ、材料を買うおカネってどれぐらいかかります?」
「んー。そーだなー」
フランさんは、なにやらブツブツ呟きながら指折り数える。
「んとねー。たぶん銀貨10枚あれば足りるかな?」
「おっと、そんなもんでいいんですか」
「うん。変なにおいする草を何種類かまぜるだけだからね。あんまり貴重な草じゃないし、そんなにむずかしくないから」
「そうなんですか。じゃあ、これでお願いします」
俺はバリバリ財布の小銭入れから、材料費と手間賃込みで銀貨20枚をフランさんに渡す。
「お兄さんおおいよー。というか、あと払いでいいのに。もしボクが持ち逃げしたらどうするのさー?」
「俺、フランさんのこと信用してますから。あんな素敵な歌をうたえるひとなんです。持ち逃げなんてするわけないじゃないですか」
「……はぁ。お兄さんはお人好しだなー。でもありがと。それじゃーいっぱいつくっておくね。わたすのはまたここでいいかな?」
「はい。3日後に取りにきますね」
「わかったー。じゃー、3日後に会おうねー」
「はい。よろしくお願いします」
残っていた果実のお酒を飲み干してから席を立つフランさん。
スキップするように出口まで歩いていき、くるりと振り返る。
「お兄さん、ばいちー」
「ばいちー」
俺に手を振ったあと、フランさんは冒険者ギルドから出ていった。
ここでフランさんに会えたのは幸運だったな。
フランさんがグリフォンを誘いだす薬を作ってくれるなら、中島の考えた作戦、題して『オペレーション・NAKAZIMA』の成功率がグッとあがるぞ。
「ひゃっほー」
軽く浮かれてしまった俺は追加でエールを頼み、ムロンさんが仕事を終えるころにはだいぶ足取りがあやしくなっていたのだった。




