第33話 雨の再会…フォーリング・中島 後編
ちらほらと雨が降るなか、俺はスカイツリーのふもとで中島を待っていた。
「中島に会うのも4年ぶりかー」
突然電話をかけてきた中島。
何ごとかと思えば、「仕事で東京に出張してきから、久しぶりに飲もうぜ!」ということだった。
待ち合わせの時間は、10時ピッタリ。
俺の家からスカイツリーまでは徒歩10分ほどだし、中島は中島で押上駅(スカイツリーに直結してる駅)からすぐのホテルに宿泊しているそうだ。
男の身支度なんて10分もあれば十分。
9時半に電話がかかってきて待ち合わせ時間が10時だってんだから、お互いフットワークが軽いこと軽いこと。
約束の時間まであと5分。
傘をくるくるまわして遊んでいると、
「いよう!」
と後ろから声をかけられた。
ふり返ると、そこには懐かしい顔が。
「久しぶりだなー近江」
「ひさしぶりだな。中島」
4年ぶりに再会した親友と、俺は手を握りあう。
「中島……お前変わってないなー」
「そうかな? そういう近江はちょっと変わったよな。前会った時より髪の毛が増えてる気がするぞ」
「おいおい、髪のことだけはいうなって前もいっただろー」
「あはは。そうだったね。ごめんごめん」
中島はまったく変わっていなかった。
4年前どころか出会った時から変わらずに丸メガネをかけていて、頭の横と後ろが嫌んなるぐらい刈りあがってる。
33年の人生をほぼこの髪型で生きてるんだから、いろんな意味で尊敬に値する男だぜ。
「じゃあ近江、再会を祝して乾杯といこうか」
「だな。どーせ中島はこのあたりの店わかんないだろ? 俺についてきな。せっかくだからいい店連れてってやるよ」
「助かるよ近江」
「そんじゃついてきてくれ」
「ああ」
俺は中島をスカイツリーに併設されてる商業施設の31階にあるBARへと連れていく。
ここは窓からライトアップされたスカイツリーを目のまえで見ることができるムードたっぷりのロマンチックなお店で、決しておっさんが2人でくるような場所ではない。
でも――
「おおっ! すごいすごい! すごいよ近江! スカイツリーがこんな近くにある!」
中島は大喜びしてくれた。
「落ちつけって。ビールでいいよな? お兄さんすみませーん、ビールふたつくださーい!」
「近江、僕お腹もすいてんだよなぁ」
「あとフードメニューもくださーい!」
まわりがカップルだらけのなか、居酒屋感覚で注文する俺と中島。
おしゃんてぃな空気ぶち壊しちゃってごめんなさいね。
だけど親友にこの景色を見せてあげたかったんです。
「お待たせしました。生ビールと……イベリコ豚のコンフィとチリビーンズのグラタン仕立て。こちらがラムチョップのグリル。そしてローストビーフのほろ苦いふきのとうのソース、温野菜添えでございます」
「どもです」
「おお! おいしそうだな近江」
「ごゆっくりどうぞ」
一礼してから去っていく店員のお兄さん。
場違いなおっさんたちに対してもこの完璧な接客はどうだ。
プロだ。プロフェッショナルだ。
「そんじゃ中島、俺たちの再会に乾杯だ」
「そうだな。かんぱーい」
グラスとカチンと鳴らし、黄金色の液体を喉に流し込む。
「くぅー。ビールがうまいなぁ。あ、中島、ここのグラタンうまいんだぞ」
「近江、このモンゴリアンチョップのグリルもすごい美味しいぞ。食べてみろよ」
「それはラムチョップのグリルだって」
「いっけねー、そうだった」
などど親父ギャグを交えつつ会話は盛りあがっていく。
お互いの近況や同級生たちの現在。
4年ぶりに会ったもんだから、会話は尽きない。
「いやー、驚いた。まさか花沢さんまで結婚してたなんて」
「あはは。ビックリしただろ? 花沢さんはずっと近江のこと追いかけてたからなー」
「……へ? そうなの?」
「おいおい近江……まさかお前、あんなに花沢さんから好きスキ光線だされてて気づかなかった、なーんて言わないよな?」
「ええー!? 花沢さんが俺のことを!? うっそだー」
「はぁ……近江は昔っからひとの好意に鈍感だったもんなぁ。そんな調子じゃいまも彼女いないんだろ?」
「うっ……。くっ、さすがは俺の親友だ。こうも簡単に見抜くなんてな」
「いいかげん彼女つくれよな。もう独り身なの近江ぐらいだぞ」
「お、俺だって相手がいればつくってるよ!」
「はいはい。がんばってくれよ。お前の親友として僕も応援してるからさ」
中島はそう言って俺の肩をポンポンと叩いてくる。
どこか諦めたような顔をして、ポンポンと。
くっそー。なんか同情されてるみたいで悲しいぞ。
「ところで近江、こないだ送ってきた土はなんだったんだ? かなりバランスの悪い土だったけど」
中島がいっているのは薬草を育てる土のことだ。
こうして中島と再会できたのも、きっかけはあの土だったともいえる。
「ははは……。ま、まあ、いろいろとな」
「ふーん。『いろいろ』ねぇ」
中島がジト目を向けてくる。
おっさんのジト目とかぜんぜん嬉しくないけど、さすがに異世界のことをいうわけにはいかない。
ここは適当にごまかさないと。
「とかいって……ホントは作物を育ててるんだろ? な? そうなんだろ近江?」
「育ててないって!」
「ちぇ、ざーんねん。母なる大地と作物を育てるのは男の義務みたいなものなのになー。ま、そのぶん敵も増えるけどね」
「な、なんだよ『敵』って?」
「作物の敵はいっぱいいるぞー。まず病気だろ。それに害虫に猪や鹿とかの害獣。野菜泥棒も裁くべき敵だし、空から舞い降りる害鳥だって許されざる敵だな。こないだもばあちゃんの家で育ててる果実が鳥にやられてさー。鳥獣保護法さえなければあの鳥を焼き鳥にして食べてやったのに……」
指折り数えつつ物騒なことを言う中島。
大地を愛しすぎたせいで、愛すべきモフモフも中島のなかでは敵認定されてるみたいだ。
「中島、お前敵ばっかだな」
「まあね。僕は母なる大地を護る戦士だから敵も多いんだよ。ヒマな時はいっつもいろんな敵と戦うシミュレーションもしてるしね」
「へー。野菜泥棒がいたらどうするの?」
「まずは通報して、そこから硬くて尖ったものを――……」
とてもデンジャーなことを言う中島。
それ法にめっちゃふれてるぞ。
「じゃあ猪は?」
「猪はなー。まず――……」
昏い笑みを浮かべて楽しそうに語る中島。
モフモフ可哀そう。
「鳥だったら?」
「とりあえず捕まえるだろ。そこから――……」
嬉々として鳥さんへのひどい仕打ちを語ってみせる中島。
……って、ちょっと待て。
んん?
なんかいま、中島がとてもいいアイデアを言った気がするぞ。
「……ちょっといいか中島。もしもだけどさ、ものっすごく大きな鳥が中島の愛情たっぷり野菜を狙ってきたらどうする?」
「やだなー近江、殺すに決まってるじゃん」
「違うよ! その前! 殺すまでの過程を聞きたいの!」
「そうかー。ならその鳥の大きさは?」
中島が乗っかってきてくれた。
俺はグリフォンのサイズを思いだしながら、中島との会話を続ける。
「そうだなー……。じゃあ、全長7〜8メートルぐらいだったら?」
「なんだい。そんなもんかい。だったらまずは畑に――……」
中島が目を爛々と輝かせて語る。
いかにして巨大な鳥さんを捕まえ、じわじわとなぶり殺しにするのかを。
俺は中島の語る戦略に脱帽し、ただただ聞き入った。
「――といった感じかな。母なる大地と二人三脚で育てた我が子にも等しい作物を穢すってんなら、たとえ相手がゴメラだって殺してみせるさ」
素敵な笑顔と共にデンジャーなことをいってのける中島。
おっさん世代なら誰もがしってる超怪獣ゴメラを相手にしても、「殺してみせる」と言ってのける中島かっこいい。
それよりも……いま中島がいった作戦って、グリフォンが相手でもつかえるんじゃないのか?
問題はその作戦で使うアイテムをどうやって揃えるかだけど……。
俺はしばし考え込み、次の休日はホームセンターに行くことを決意した。
「そういえば近江、押上から八広って近い?」
作物の敵のお話はおしまいとばかりに、中島が話題を変えてきた。
「八広か? 押上からならバスでも電車でもいけるけど……仕事か?」
八広は墨田区の北東に位置する地域で、町工場がたくさん並んでいる。
「それが聞いてくれよー。僕が東京まで出てきたのはさぁ、実は取引先の工場に土下座するためなんだよー。やんなっちゃうよなー」
「え? どーゆーこと?」
俺の質問に、中島はビールをぐびりと飲み干してから話しはじめた。
「うちの会社がさ……東京の町工場にあるものを特注でつくらせてたんだよ。けっこーめんどくさいものだったんだけど、先方は快く引き受けてくれてねー。先に物だけ作ってくれたんだよ。そのうえこっちの手間を取らせないために『契約書は引き渡しの時でいいから』とも言ってくれてさ。ホント……いいひとなんだよ」
「へー」
俺は中島の話に耳を傾ける。
中島がグチるなんて、かなりめずらしい。
「そしたら……そしたらさ、うちの会社が発注してたそれが必要なくなっちゃってさ。そしたら上司が『契約書作ってないからこの話はなしだー』とか言いはじめてさ。向こうももうカンカンになっちゃって……。金額自体は150万ぐらいなんだけど、この金額ってうちの会社としては大したことなくても、町工場にとっては大金なんだよね。『うちの工場を潰す気か!』って言われちゃって……。なんとか折り合いをつけるために僕が送られたってわけ」
「それは……大変だな」
ため息をつく中島に俺のビールを渡すと、ひと息に飲み干していた。
土下座のことを考えると、すげー気が重いんだろうな。
「そっかー。中島も大変だな。それにしても150万か……。いったいなにつくってもらったんだ?」
「うーん。もう必要ないし教えてもいいか。町工場に特注でつくってもらったのはな――……」
中島の口からでてきた言葉に、俺は思わずビールのグラスを取り落としそうになった。
なぜなら、中島の考えた作戦において必須ともいえるアイテムだったからだ。
「な、なんだってそんな物を……?」
「うちの会社って地質調査の他にも農家のコンサルみたいなこともやっててさ。農家を幅広くフォローしてるんだよね」
「ほうほう」
「それでさ、東北の農家から……一件二件じゃないぞ。その地域のほぼすべての農家から依頼があったんだよ」
中島の表情が真剣なものに変わる。
「……ど、どんな? どんな依頼だったんだ?」
「出たんだよ、クマがね」
「く、クマぁ!?」
「そうなんだ。畑にクマがおりてくるのは別に珍しいことじゃない。問題だったのは……そのクマの大きさだ」
「でっかかったのか?」
「ああ。それも凄まじくね」
「へー」
「通常、日本で一番大きいといわれるヒグマでも体重は400キロほどだ。でもね、依頼のあった地域にでたヒグマは、なんと軽く1トンを超えていたそうなんだ」
「マジかよ……」
中島は冗談は言うけどウソは言わない男だ。
となるとこの話は真実ってことになる。
「その巨大グマのことを、地元のひとたちは『紅カブト』と名づけたんだ。頭の毛が、こう……紅をさしたように紅かったみたいでね」
「紅……カブト?」
「そう。紅カブト。巨大グマである紅カブトが人里におりてきたら大変なことになる。そこで地元のひとたちは被害がでないうちに行政に届け出ると同時に、僕の会社にも依頼をだしたってわけ。それで僕の会社は町工場に特注でつくってもらったんだよ。いま言ったアレをね」
「なるほどね。……って待てよ。特注したものがいらなくなったってことは、その紅カブトってクマは捕まえられたのか?」
「いいや。けっきょく捕獲できなかったんだ」
中島が首を横にふる。
「じゃあ、いったい紅カブトはどうなったんだ?」
「それがさ……1000匹近い野犬の群れと戦い、命を落としたみたいなんだよね」
「野犬だって!? そんなバカな」
「って思うじゃん? でも本当のことなんだ。死体も確認されてある。まったく、予想外もいいところさ。でもそれこそが自然界の摂理、焼肉定食ってやつなのかもしれないな……」
どこか遠い目をした中島が言う。
それを言うなら「弱肉強食だろー」とは、言わないでおいた。
中島は、どこか寂しそうな顔をしていたけれど。
「なるほどね。話はわかった。お前も大変なんだなー」
「そうなんだよ。町工場の社長がおっかないひとらしくてさー。どーにか菓子折りとメガネ片っぽでゆるしてもらえないかなー」
中島がグチをこぼす。
1発殴られるのは想定済みなんだな。
「そりゃムリだろー。メガネ両方ヒビだらけになるよ。間違いなくな」
「はぁ……。やだなー。殴られたくないなー。なんで僕だけがこんな目に……」
中島はどんよりと沈みこみ、暗い顔をしてビールを煽る。
子どもの頃と違い社会人になったいま、いろいろとままならないことも多いのだ。
でもそれはそれとして、対紅カブト用決戦兵器か……。
どーにか俺がゲットすることはできないだろうか?
問題は値段だけど……しかたがない。そこは目をつむろう。
150万円でひとの人生が救えるんだ。安いもんじゃないか。
「なあ、中島」
「なんだい? 明日殴られる僕になにかお言葉でもくれるのか?」
「そんなんじゃないって。もし……もしだけどさ。俺がその特注でつくってくれたものを買うっていったら、どうする?」
「……え? な、なにを言ってるんだよ近江……。じょ、冗談は頭髪だけにしてくれよな」
「俺の頭髪はもうフサフサなんだよ! それよりどうなんだ中島? お前んとこの会社が買わないなら、俺が買っても問題ないよな?」
「そ、そりゃ僕の会社はもう買わないって決定が下されてるから、近江が買ってくれれば町工場の社長も大喜びだと思うけど……いいのか? 150万円だぞ? 150円じゃなくて150万円だぞ? そもそもなにに使うんだよ?」
「任せろっ! そのぐらいの貯金はある! それにちょうど俺もソレを必要としてたとこなんだよ!」
俺はバリバリ財布をバリバリして金持ってるアピールを中島にする。
中島はしばらく呆けていたけど、やがて俺が本気だってことを理解してくれたのか、だんだんとその顔が明るさをとり戻していった。
あと、どうでもいいけど周囲のリア充カップルの視線が痛かった。
「ほ、本当にいいのか近江?」
「ああ!」
「僕を殴らせないためにそこまでしてくれるのかっ!?」
「もちろんだ! 誰にもお前を殴らせやしない!」
ほんとはキエルさんとソシエちゃんのためだけどね。
でも酔っぱらった中島はそのことに気づかないし、同じく酔っぱらってきた俺も金銭感覚がバカになっている。
「すごい……すごいぞ近江! 町工場の社長は商品が売れてバンザイ。僕は殴られなくてバンザイ。そして近江は親友の僕を救えてバンバンザイ! これこそがみんなが得をする、YOU-WINの関係ってやつだねっ」
「ははは、それを言うならWIN-WINだろ」
「うぅ……心の友よーっ!!」
「はっはっは! いまは泣け中島よ。俺たちの友情に泣くがいいっ!」
「うわーん! こーのーえー!!」
といったコントを繰り広げてたらBARから追い出されてしまいましたとさ。




