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第29話 再会 中編

 痛々しい姿となったキエルさんとソシエちゃん。

 ふたりとも、顔には殴られたあとがあった。


「多くの奴隷を失いはしたが……このエルフ共が無事だったことだけは感謝してやろう」

「……その子たちをどうするつもりですか?」

「なにをバカなことを。若いエルフだぞ? 売るに決まっているだろう。小さいほうは金貨500枚にもならんだろうが……そっちは金貨2000枚にはなるからな」


 ジャマイカンさんがあごで姉のキエルさんをさす。

 金貨2000枚……だいたい10億円か。


「なあ、あんた。ジャマイカンとかいったか。エルフの奴隷がでるなんて珍しいな。いったいどこから連れてきた?」


 ムロンさんが怒りを押し殺した声で問う。


「……なんだギルドの職員風情がこの私を、ひいてはこのラミレス商会を疑っているのか?」

「なーに、オレはただ、そこの嬢ちゃん(エルフ)たちがどこからきたのか気になっただけだよ」

「白々しいヤツめ。……まあいいだろう。これを見ろ」


 そう言うとジャマイカンさんは、懐から一枚の紙を取りだした。


「ザスカール国が発行している証明書だ。ここにこのエルフが私たちラミレス商会の所有物であることが明記されている。わかったか? ここに書かれているように、このエルフたちは30年前から奴隷の身分におちている。それをこの私が買い取ってきたのだ。高い金を払ってな」

「違いますっ! わたしたちは森を出たところを捕らわれたんです。まだひと月もたっていません!」

「黙れ!」

「きゃっ」


 ジャマイカンがキエルさんを手の甲で叩いた。

 バランスを崩して倒れるキエルさんに、妹のソシエちゃんが覆いかぶさる。

 身を呈してキエルさんを守ろうとしているのだ。


「やめてください! 姉さまをぶたないでっ。もう……あばれませんからぁ……」

「ソシエ……」

「うぅ……姉さまぁ」

「フン。ならくだらぬ妄言を吐かぬことだな」


 ソシエちゃんがキエルさんにしがみつき、しゃっくりをあげている。

 その姿を見て、俺の中ではふつふつと怒りが湧き起こっていた。


「ジャマイカンさん……あんたってひとは――」

「ダメよマサキ!」

「ロザミィさん、はな、放してください!」

「いいえ、放さないわ。ここで問題をおこしても誰も救われないのよ。よく考えて」

「――ッ」

「ね。お願い」


 確かにロザミィさんの言う通りだ。

 ここで騒ぎを起こしても、ムロンさんたちに迷惑がかかるだけ。


 俺は大きく息を吐き、怒りを抑えこむ。

 そんな俺を見かねたのか、ゲーツさんが一歩前へでた。


「おいあんた。そのエルフの言っていることが本当だったらどうするんだ?」

「フン。奴隷は解放されるためなら平気でウソをつくものなのだよ。いちいち相手になどできるものか。この――」


 ジャマイカンさんが手に持った証明書をひらひらとふる。


「ザスカール国が発行した証明書こそ、この者たちが奴隷であることの証だ。もし疑うというのであれば、ザスカール国にいって確かめてくるといい。クックック」

「チィッ」


 ゲーツさんが舌打ちし、床を蹴る。

 ゴドジさんなんかは顔を真っ赤にして、いまにもとびかかっていきそうな勢いだ。

 おかげで向こうのボボサップたちもかなり警戒している。

 ジャマイカンさんを守るように立ち、ゴドジさんとメンチの切りあいをしていた。


 そんな緊迫した空気の中、俺はムロンさんにそっと小声で質問をなげかける。


「ムロンさん、ザスカール国ってどんなとこなんですか?」

「賄賂でしだいで善人を極悪人にできるクソッタレな国だそうだぜ」

「そんな……。じゃあ、あのふたりは?」

「ああ。まず間違いなく人狩りにあって奴隷にされたんだろうよ。ザスカール国にカネさえ払えば、いくらでも奴隷に仕立て上げてもらえるからな」


 マネーロンダリングならぬ、奴隷ロンダリングってことか。

 どこの世界も闇が深いところは必ずあるもんだ。


「そんなこと……見過ごしてていいんですか?」

「事がでかすぎるんだよ。地方都市のズェーダが騒いだところでなんもできやしねぇ。下手に騒げば外交問題だ」

「く……」

「なんか証拠でもありゃあ、ズェーダの役人も動けんだけどな。あいにくと尻尾を掴ませないそうだぜ」

「証拠……ですか」


 悔しさに顔を歪ませる俺の首に、ムロンさんが腕をまわしてひきよせる。


「マサキ、お前カネどんぐらい残ってる?」

「家を買ってからはほとんど使ってません。ギルドに薬草も買い取ってもらってましたし、たぶん金貨500枚近くはのこっているはずです」


 薬草栽培でぼろ儲けさせてもらってたからね。

 使い道もそんなないし、貯まってく一方だったのだ。


「オレは400枚残ってる。それを合わせりゃちっこい方は助けられそうだな」

「ムロンさん……」

「もともとはお前のカネだ。好きに使え」

「……すみません。感謝します」


 俺はムロンさんに頭をさげた。

 こっちの世界じゃ金貨400枚は一生かかって稼ぐような大金だ。

 それを見ず知らずの女の子のために使えるなんて、なんて器の大きいひとなんだろう。

 娘を持つ父親だからこそ、捕らわれたソシエちゃんにリリアちゃんを重ねているのかもしれないな。


 俺とムロンさんのおカネを合わせれば金貨900枚。

 少なくともソシエちゃんだけは助けることはできる。

 でも……。


 俺はキエルさんとソシエちゃんを見た。


「姉さま……姉さまぁ……。ソシエは、ソシエはここにいたくないです……うぅ」

「ごめんね……ごめんねソシエ……」


 まわりが敵だらけのなか支え合い、互いに相手を守ろうとしている。それも必死になってだ。

 そんなふたりを、離れ離れにしていいはずがない。

 

 汚い手(賄賂)で奴隷にされたとはいえ、救う手段はある。

 それは、俺が金貨を用意して買い取り解放すればいいんだ。


 もちろん日本に暮らしている俺としては、人権を無視した奴隷制度を受け入れることなんかできやしない。

 それでも解放する手段がそれしかないというなら、やってみせようじゃないですか。


 幸いにもひとつだけ、足りない分の金貨を工面する手段があるみたいだしね。

 となると、あとは交渉で俺の望む方向へ誘導するだけだ。


「ムロンさん、ありがとうございます。借りたおカネはぜったいに返します」

「別にいらねぇよ」

「だめですよ。ちゃんと取り立ててくださいね」


 そう笑ったあと、俺はジャマイカンさんに顔を向けた。

 社会の荒波で培った営業スマイルを浮かべ、ゆっくりと近づいていく。


「ジャマイカンさん、」

「……なんだ?」

「あのふたりをいくらで売るつもりですか?」

「そんなこと貴様に教える意味があるのか?」

「いやー、少しだけ興味がありましてね。ジャマイカンさん、あなたは先ほどキエルさん――お姉さんの方を金貨2000枚。妹さんのほうを金貨500枚といっていましたね?」

「確かに言ったが……それが?」

「なるほどなるほど」


 俺は営業スマイルを浮かべたまま何度も頷く。

 そんな俺に、ジャマイカンさんが訝しげな視線を向けてくる。

 

「つまり、おふたり合わせて……えーっと、おいくらになりますか?」

「フン。バカめ。こんな簡単な算術もできんのか? ふたりで金貨2500枚だ。そこのエルフの奴隷共が、我々ラミレス商会に金貨2500枚もの利益を運んできてくれるのだよ」


 はーい。本人の口からお値段確認いただきましたー。

 わりと注目集めてるから、この場に証人もいっぱいいまーす。


「なんと……金貨2500枚ですか」

「そうだ」

「そっかー。2500枚かぁー。うーん……」


 俺は腕を組み、考えるフリをする。

 やがて、焦れたようにジャマイカンさんが口を開いた。


「貴様のような者がそれを聞いてどうする?」

「いえね、さきほどジャマイカンさんがおっしゃったように買ってみようかなー、とか思っちゃいまして。あーっ! そういえば、俺が買うなら安くしてもらえるんでしたっけ? 助けたお礼に」

「なにをバカなことを……」

「ああん? テメェさっき『まけてやる』とかいってなかったかぁ?」


 ゴドジさんがすげーメンチを切りながらすごむ。

 確かに言ってたよね。俺も聞いたし。


「だ、黙れっ! 金貨2500枚。そこは決して譲れん。そもそも貴様たちのような冒険者に払えるような額ではないっ! 冷やかすのも大概にしろっ」

「えー。じゃあもし俺が金貨2500枚用意できたらどうします?」

「クックック、貴様、頭に蛆でもわいているのか?」

「やだなー。もしもの話ですよ。も・し・も」

「私は商人だ。利益をもたらしてくれる者には区別なく商品を売ることを信条としている」

「それは……つまり?」

「貴様が金貨を用意できるのであれば、あの奴隷共を売ってやろう。クックック、そんなことできんだろうがな」


 副代表とかいってたから警戒してたけど、いまのところ俺の思い通り事が進んでるな。

 下手にでる相手を――というか、冒険者をはなからバカにしているんだろう。

 だから自分が手のひらのうえで踊っていることにも気づかない。


 さて、あとは最後の詰めだ。

 俺は営業スマイルの裏で気をひきしめる。


「じゃあ、仮に俺が買うとしてですねー、その……どれぐらい支払いを待ってもらえます?」

「……なんだと?」

「いや、支払い期限ですよ。だって金貨2500枚ですよ? ぽーんと用意できる金額でもないじゃないですかー。預けてるおカネをおろしてきたり、宝石を換金したりで時間がかかっちゃうんですよねー」

「……貴様、あの奴隷共を買うつもりか?」

「ははは……、その、なんといいますかですねー……はい。そのつもりです」


 俺は後ろ手で頭をかきながら、「てへへ」と笑う。


「マサキ!?」


 隣でロザミィさんが驚いた声をだしてるけど、いまはかまってる余裕がないんです。ごめんなさい。

 横目で見ると、ゲーツさんやゴドジさんも口をあんぐり開けて驚いていた。


「貴様のようなみすぼらしい冒険者が金貨2500枚を用意できるだと?」

「その……お時間さえいただければ」

「どれぐらいだ?」


 興味をくすぐられたのか、ジャマイカンさんがそう聞いてきた。

 俺のような普通のおっさんが、大金である金貨2500枚を用意できるか興味があるのだ。


 それは単純に好奇心からか、はたまた商人として金払いのいい相手とのツテをつくるためかはわからない。

 たぶん、どっちもなんだろうけど。


「うーん。そうですね……ひと月! ひと月待ってもらえませんか?」

「だめだ。そんなには待てん」


 首を横にふるジャマイカンさん。

 俺だってひと月も待ってもらえるなんて思ってもいませんよ。

 ここで重要なのは支払い期限なんかじゃなく、俺に売ってもいい、と思考をコントロールすることだ。

 支払の期日を決めるということは、俺に売ることを前提としているのだから。


「うー……そ、それなら20日でどうです? それだけ待ってくれれば金貨を2500枚、耳をそろえて用意してみます!」

「長い。貴様、わかっているのか? 若いエルフなのだぞ。貴様じゃなくとも買い手などいくらでもつく」

「くぅぅ……そ、そこはほら、ジャマイカンさんをオーガの魔の手からお救いしたことを考慮していただければな、と」

「クックック、冒険者のくせに口のまわる奴だ」

「あははー。よく言われます。あ、じゃあ半月でどうですか? 半月待っていっていただけるなら、まず本日中に妹さんのほうを買い取らせていただきます」

「……金貨500枚を用意できるというのか?」

「はい。し・か・も、それに前金として金貨を200枚お支払いします。この200枚は支払日までに残りの1800枚をご用意できなければ、そのまま貰っていただいて構いません。いかがでしょうか?」

「…………」


 ジャマイカンさんが黙り込む。

 俺はニコニコと営業スマイルを浮かべたまま、ジャマイカンさんの回答を待った。


 きっと、いま頭の中でいろいろと考えているんだろうな。

 俺に売るのが得か否かで。

 最終決定権がジャマイカンさんにある以上は待つしかない。


「……貴様、名はなんという?」

「正樹です。近江正樹」

「そうか。マサキ、貴様は金貨2500枚を本当に用意できるのか?」


 この質問をするってことは、俺に売る方向に思考が傾いている証拠。

 となれば……あとひと押し。

 最後のプレゼンといきましょうか。


「ははは……。実は、俺が用意できるのは金貨900枚までなんですよ。ですんで――」


 俺は不敵に笑い、続ける。


「残りはこれから(・・・・)稼いでこようと思いまして」

「これからだと? いったいどうやってだ?」

「ジャマイカンさんほどの方ならご存知でしょう? 街の近くにグリフォンがでたことを。そして……そのグリフォンに莫大な賞金がついていることも」

「なんだとっ!? き、貴様、まさかグリフォンを捕獲しようというのか!?」

「ええ。そのつもりです」


 このときのジャマイカンさんの驚いた顔ったら、それはそれはすごいものだった。

 ついでにムロンさんやロザミィさん、それにゲーツさんにゴドジさんもはじめて見るようなすんげー顔してたけどね。


「貴様……正気か?」

「もちろんですよ。ですからジャマイカンさんには俺がグリフォンを捕まえるまで――具体的には半月待ってもらいたいんですけど……いかがでしょうか?」


 さあどうだ!

 人間、多かれ少なかれ賭け事が好きな生き物だ。

 ギャンブルは脳内物質のなんとかってのが出るみたいだからね。

 ましてや、ノーリスクの賭けならちょっと乗ってあげてもいいかな、とか思っちゃうはず。


「く……くはっ、クックック、面白い。面白いぞ貴様」


 ジャマイカンさんが楽しそうに笑う。

 あー、これ賭けに乗ってくる顔だわ。

 プレゼン大成功だわ。


「いいだろう。貴様の話にのってやろうではないか」


 ほーらね。

 失敗してもタダで金貨200枚入ってくるし、成功しても希望額で売れるんだから商人としてのってくるのはあたり前。

 ジャマイカンさんにまったくリスクがない以上、こうなるのは当然の結果だ。


 それに、本当に俺がグリフォンを捕獲できるような相手だった場合、パイプをつくっておけるってメリットもある。

 ムロンさんがグリフォンを捕獲できるのは高ランクの冒険者じゃないとムリとか言ってたからね。


「ありがとうございます! じゃあ……商談成立ってこといいですか?」

「フン。本当に成立するのは貴様がグリフォンを捕獲してからだがな」

「ええ、ええ。それはわかってますよー。じゃあ、俺いまおカネ用意してきますんで、お手数ですけどジャマイカンさんには契約書のほうを用意してもらってていいですかね?」

「冒険者ふぜいがこの私に契約書を求めるか。まるで商人だな」

「はははー。そこはほら、あとで言った言わないにならないためですよ。だって、俺命がけでグリフォンを捕まえにいくんですから」

「おかしな奴だ。だがいいだろう。貴様ははやく金貨を用意してくるがいい。小さいほうのエルフで金貨が500。大きい方の前金で200。合わせて金貨700枚だ」

「はい! いま用意してきます! ささ、ムロンさんも」

「あ、ああ」


 俺とムロンさんはいったんラミレス商会をはなれ、おカネをギルドから引っぱりだしてきてから再び舞い戻るのだった。

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[一言] 賄賂でしだいで善人を極悪人にできる →賄賂次第で善人を極悪人にできる
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