第26話 ズェーダの午後
猟犬のみなさんと一緒に冒険者ギルドにはいると、いつもとは違った空気につつまれていた。
騒がしいことは騒がしい。
でも、いつものような活気がある騒がしさではなく、張りつめたような緊張感に満たされていたのだ。
「なにかあったみたいね」
隣に立つロザミィさんが、ギルド内の不穏な空気を感じ取ってそう呟く。
「あ、ロザミィさんもそう思います?」
「これだけ騒がしければね。さすがに気づくわよ」
「ですよねー。でもなにがあったんだろ? ムロンさんが反抗的な冒険者さんに、また鉄拳制裁でもしたんですかねー」
「ムロンの旦那ならありえるわね。それもやりすぎて殺しちゃった、とかさ」
「わーお。それでこの空気なんですね」
「おっかないわよねー」
ってな感じにロザミィさんと笑いあっていると、
「マサキ、姉ちゃんと面白れぇ話してるじゃねぇか。オレがだれを殺したって?」
後ろからムロンさんがキレ気味に声をかけてきたじゃありませんか。
おそるおそるふり返ると、ムロンさんったら笑顔のままこめかみ付近の血管がピクピクしていらっしゃる。
おこなの?
「マサキ、もう一度言ってくれるか? オレの鉄拳制裁がなんだって? んん?」
「じょ、冗談です! ほらっ、なんかギルドの空気がいつもと違ってる気がしたから、なんかあったのかなー、って。ね、ねぇ? ロザミィさん」
「ええっ!? そこであたしに振るのっ!? あ……そ、そうだよ旦那! じょ、冗談にきまってるじゃないのよ。マサキは旦那のこと慕ってるんだから、本気で言うわけないじゃないの。そうでしょ、マサキ?」
「もちろんですよ! 俺めっちゃムロンさんのこと慕ってるんですからっ。あー……慕いてぇなー。俺、もっとムロンさんのこと慕いてぇなー」
「……ったく、調子のいいヤツらだ」
やれやれとばかりに首をふるムロンさん。
そんなムロンさんに向かって、俺は話題をそらすべく質問を投げかける。
「それでムロンさん、いったいなにかあったんですか? こんなピリピリした空気、俺はじめてですよ」
俺の質問に、真面目な顔になったムロンさんはただひと言、
「……グリフォンが出たらしい」
と言った。
その言葉に思わず顔を見合わす俺たち4人。
「ふぅ……。お前たちが驚くのもムリはねぇ。知ってのとおりグリフォンは危険なモンスターだ。事が片づくまでは街からでないほうが――」
「もう遭遇しましたよ」
「――いいだろうな……って、……おいマサキ、い、いまなんて言った!?」
「グリフォンですよね? ちょうどさっき逃げてきたところですよ」
「なんだと……」
俺の言葉に絶句するムロンさん。
驚いたのはムロンさんだけじゃない。
見れば、ギルドにいるひとたち全員が俺の言葉に驚いているようだった。
「マサキ、いまの話は本当か?」
「ああ、本当だぜ兄貴」
答えたのはゲーツさん。
ゲーツさんは事の顛末をムロンさんに語りはじめた。
ゴブリンを討伐しにいったこと。
どこからか悲鳴が聞こえてきて駆けつけたら、オーガが馬車を襲っていたこと。
そのオーガと戦ったことを話したときは、さすがのムロンさんも渋い顔をしていた。
「無茶すんじゃねぇよ」
と、ちょっと怒りながらね。
そんであと一歩でオーガを倒せる、というところでグリフォンがあらわれた話をしたときは、ムロンさんどころかギルドにいる全員が押し黙って聞きいっていた。
「……なるほどな」
ゲーツさんからの話を聞き、ムロンさんが重いため息をはいた。
「とにかくお前たちが無事でよかった。そのうえ人助けか。ほんとマサキは無茶しやがる」
「ははは、それほどでもー」
「バーカ。褒めてねぇよ。お前が死んだらリリアが泣くだろうが。もう二度と無茶すんなよ」
「ぜ、善処します」
憮然となったムロンさんに、俺は弱々しくわらう。
ムロンさんの口調が強いのも、純粋に俺の身を案じているからだ。
しょげる俺にかわって、こんどはゲーツさんが口をひらく。
「でもよ兄貴、なんでこの辺りにグリフォンがでたんだ? グリフォンは山岳部に生息してるはずじゃないのか?」
「もっともな意見だゲーツ。普通に考えたら、ここらにグリフォンがでるなんてまずありえねぇ」
「じゃあ、なんで――」
「まぁ聞け。お隣のラビアンローズ国がモンスターを使役して騎獣にしているのは知ってるよな?」
「……あ、ああ。騎獣隊だろ? それぐらいおれでも知ってるぜ」
「ならラビアンローズ国の主力も知ってるよな?」
目を細めるムロンさんに、ゲーツさんが記憶を掘りおこしながら答える。
「たしか……グリフォンライダーの部隊――ハッ!? まさか――」
「その通り。そこで調教中だったグリフォンがこっちまで逃げてきたのさ。面倒なことにな」
「そうか……それでグリフォンがいたのか」
「最近森でゴブリン共が湧いてるからな。ちょうどいい餌場になったんだろよ」
なんてこった。
ゴブリンの異常繁殖は街の冒険者だけじゃなく、なんとお隣の国からグリフォンまで呼び寄せてしまったのか。
「なるほどー。それでギルドが騒がしいわけなんですね」
「それだけじゃねぇぞマサキ」
「……ま、まだなにかあるんですか?」
「大ありだ。コレを見てみな」
ムロンさんが一枚の紙を俺たちに見せてきた。
内容は依頼書みたいだな。
「グリフォン……捕獲依頼!? 捕獲って、そんな悠長なこと――」
「いいから最後まで読め」
「はぁ、……んと、依頼主・ラビアンローズ国。我がラビアンローズより逃げ出したグリフォンの捕獲を依頼したい。出来うる限り無傷で捕まえること。報酬はラビアンローズ金貨で2000枚を支払う。但し、グリフォンが死亡した場合は一切支払わない。必ず生きたまま捕まえよ。…………なんです、このいろいろと無茶な依頼書は?」
「見ての通りだ。同じ依頼書がギルドを通じて国中にまわっている」
「んー……あのおっかないグリフォンを捕獲なんて……そんなことできるんですか?」
俺の疑問に、ムロンさんは肩をすくめて首をふる。
「ムリだな。少なくともズェーダにいる冒険者連中をかき集めたってムリだろう。なんせ相手は空を飛ぶグリフォンだ。討伐ならまだしも、捕獲なんてもってのほかだ」
「じゃあ、なんでこんな依頼をラビアンローズとかいう国はしたんですか?」
「おそらくだが……そのグリフォンは王族の騎獣なんだろうな。じゃなきゃ、討伐じゃなく『捕獲依頼』なんてださねぇだろうよ。隣国であるこのアークシーズ王国に自分とこの軍隊を送るわけにはいかねぇからな。あっちこっちのギルドに高額の依頼書を出してこの国の冒険者に討伐されねぇようけん制してよ、その間にラビアンローズはお抱えの冒険者にでもグリフォンを捕獲させるつもりなんだろうな」
「へー」
俺はムロンさんの説明を、頭の中で自分なりにまとめてみる。
王さまか王子さまか、はたまたお姫さまかは知らないけれど、王族がのる予定だったグリフォンが国を跨いで大脱走。
逃げちゃうなんて大失態。国の面子にかかわるぞ。
捕まえようにも軍隊は動かせない(たぶんだけど、俺たちがいるアークシーズ王国に戦争をしかけたと勘違いさせちゃうから)。
でも急がないと討伐されちゃう。
そうだ! 高額の依頼を出して冒険者の足止めをしよう。
アークシーズ王国の連中が金貨に目がくらんでいる内に、お抱えの冒険者を使ってグリフォンをゲットだぜ!
といった感じだと思う。
「ムロンさん、この国の騎士団……というか、軍隊は動かないんですかね? グリフォンったら、ちょー凶暴でしたよ。オーガを啄んでましたし。人を襲うのも時間の問題じゃないんですかね?」
「そうだな……。この国とラビアンローズは同盟こそ結んでいないが、交易はわりと盛んでな。どっちもできることなら穏便にすませたいと考えているはずだ。だから、まー、ひとが襲われないかぎり騎士団は動かさないだろうな」
「……なるほど」
「ケリがつくまで街からでないほうがいいぞ。グリフォンを相手にするにはこの街の冒険者じゃ荷がかちすぎる。金等級の冒険者でもねぇーと話しにすらなんねぇからな。さて、オレは仕事に戻るぜ。やらなきゃいけないことが残ってるからな」
そう言い残して、ムロンさんはギルドの奥へとひっこんでいった。
これだけの大事件なんだ。
きっと処理しなきゃいけないことが山積みなんだろう。
まわりにいた冒険者たちも、みんなどこか諦めた顔でギルドからでていっている。
街からでれない以上、ほとんどの依頼をキャンセルするしかないからだ。
「あーあ。しばらくは酒飲むしかねぇなこりゃ」
ゴドジさんがぼやき、
「チィッ」
ゲーツさんが苛立ちを押さえきれずに床を蹴る。
そんなふたりを見て、ロザミィさんはひとり困ったような顔をしていた。
ロザミィさんに困った顔は似合わない。
だから俺はロザミィさんに近づいていって、なるたけ明るい声で話しかけた。
「ロザミィさん、今日はお疲れさまでした」
「マサキ……。ふふ、今日はゴブリン退治につきあってくれてありがと。しばらくは街からでれないみたいだけど、グリフォンが捕まったらまた一緒にいこうよ。もちろん、マサキさえよかったらだけどね」
「ええ。俺こそパーティにいれてもらえて楽しかったです。すげーいい経験になりました。もしよかったらまた誘ってください!」
「おおっ! 嬉しーこと言ってくれるじゃねーかマサキさん。いまゴブリンの耳を換金するからよ、みんなで飲みにいこうぜ。どーせ街からでれねぇんだ。今日ぐれぇパーッとやろうや! な? ゲーツもいいよな?」
「……すきにしろ」
「おーっし決まりだ! ささ、いくぜマサキさん。ロザミィもっ。ほら、ゲーツもこいって!」
俺の首にゴドジさんの太い腕がまわされ、ぐいとひきよせられてしまう。
そのぶっとい腕からは、「逃がさねーぞ」という強い意志が伝わってきた。
ホント、ゴドジさんは強引だなー。
その積極性は羨ましいけど。
そんなこんなで、俺たち4人は酒場へと向かって歩きはじめた。
ゲーツさんは不機嫌さマックスで。
ロザミィさんはどことなく嬉しそうに。
ゴドジさんに至っては鼻歌交じりで。
そんな三者三様のみんなと俺は酒場に繰りだし、とりあえずエールを注文するのだった。




