第6話 闘えおっさん! 異世界がリングだ
「リリアには森の深くに入らないよう教えている。無事ならならそう遠くに行っていないはずだ」
「わかりました。では二手に分かれましょう。俺は右側から回ります」
「ならオレはこっちだな」
「じゃあ、またあとで」
俺はムロンさんと分かれ、右に行く。
ムロンさんは左からまわり、あとで合流する予定だ。
「おーい! リリアちゃーん! いるなら返事をしてくれー!」
……返事はない。
ということは、この辺にはいないということか?
嫌な予感が頭をよぎるが、俺はそれを必死になってふり払う。
「リリアちゃーん! リリアちゃーん!」
それでも俺は声を張り上げてリリアちゃんを探す。
30分ほど探したあと、俺はムロンさんと合流した。
「ど、どうだマサキ? リリアはいたか?」
「こっちにはいませんでした。ムロンさんも……?」
「ああ……いなかった」
肩を落とすムロンさん。
その顔は険しい。
「なら、もっと森の奥をさがしましょう!」
「当然オレもそのつもりだ。だけどマサキよう、お前は家に戻ってろ」
「ええっ!? なんでですか! オレも行きますよ!」
「いや、ダメだ」
ムロンさんは俺の肩に手を置き、静かに首を振る。
そして言い聞かせるように話しはじめた。
「いいかマサキ、森の奥にはあぶねぇ獣がたくさんいるんだ。ジャイアント・ビーだけじゃねぇ。大蛇にグレイ・ウルフ、マーダー・ベアだって出る。ホーン・ラビットから逃げ回ってたお前じゃあ、どれもかなわねぇ相手ばかりだ」
「…………」
ムロンさんは俺を心配してくれて言っているのだろう。
とても真剣な顔をしている。
「リリアの――娘のためにお前まで巻き込めねぇんだよ。わかってくれ」
「いいえ、わかりません」
「なっ――いいかマサ――」
「これを見てください」
俺はムロンさんの言葉を制し、手のひらを近くの大木に向けた。
怪訝顔のムロンさんが見つめるなか、俺は魔法を放つ。
「ファイア・ボルト!!」
手のひらからとび出した炎の塊が木の幹にあたり炸裂した。
「ま、魔法……だと!? マサキ、お前魔法使いだったのか?」
目を大きくしたムロンさんが、俺と焦げた幹を交互に見る。
こっそりと魔法の練習しといてよかった。
「ええ。どうやらそうだったみたいです。魔法を使えることを思いだしたのは、ついさっきですけどね。でも……これで俺もリリアちゃんを探しにいっていいですよね? ジャイアント・ビーが虫型モンスターなら、炎の魔法が有効なはずです」
真っすぐにムロンさんを見つめる。
そんな俺の決意に、ついにムロンさんも折れた。
「マサキ……お前ってヤツは……。すまねぇ、手を……手を貸してくれ」
「もちろんです。さあ、いきましょう!」
「ああ。オレは山の西側に行く。マサキは東側を頼む」
「了解です!」
「いいか? ジャイアント・ビーが恐ろしいのは硬い甲殻でも毒針でもない。その数だ。戦うならすぐに仕留めろ。じゃないと仲間を呼ばれちまうぞ。わかったな?」
「はい、わかりました。……ムロンさんも気をつけて」
「へっ、この森はオレは庭だ。見つかっても囲まれるようなヘマはしないよ。じゃあ、あとでな」
「ええ。絶対にリリアちゃんを見つけましょう」
俺はムロンさんと別れ、森の奥へと入っていった。
「肉体強化」
能力を発動して森を駆ける。
劇的に身体能力が上昇した俺の体は、頭の中で想い描いた通りの動きができた。
「よっ、ほっ!」
木から木に飛び移って森を進む。まるで忍者みたいだ。
背の高い木のてっぺんまで登り、10.0というバカみたいな視力(神さまからもらった能力のひとつ)で辺りを見回す。
「この辺りには……いないか」
相手は蜂だ。木々の合間を飛んでいるかもしれない。
だとしたら、木々の葉に隠れて上から見つけられないのも当然か。
木のてっぺんから地面に飛び降り、一回転してから走リだす。
「けっきょく……足で探すしかないか」
すでに日は傾きはじめ、森全体が赤く染まっている。
夜はもう、そこまできているのだ。
「くそ、時間がないぞ」
夜になると、夜行性の獣が活動をはじめるらしい。
森がより危険になるのだ。
「リリアちゃん……」
俺は時々ムロンさんの家の方に視線を送る。
リリアちゃんが家に帰ってきたら、イザベラさんが狼煙をあげる手はずになっているからだ。
それが未だあがってないということは……やはりリリアちゃんの身になにかがあったんだろう。
これだけ探して手掛かりはゼロ。それどころか、ジャイアント・ビーの気配さえない。
ほんとにジャイアント・ビーはこの森にいるのだろうか?
俺がそう疑問を懐きはじめた時だった。
「……ん?」
どこからともなく、「ブーン」という大きな羽音が聞こえたのは。
「これは……羽音。……向こうか!」
音を立てないよう気をつけ、羽音のする方に向かって走る。
羽音はどんどん大きくなっていく。
近い。
俺は背の高い草に隠れ、視線を音のする方へと向ける。
そこには――――
「り、リリアちゃんっ!?」
大きな蜂に捕まり、運ばれているリリアちゃんがいたのだった。