第20話 冒険者修行
「とまれ。……ゴブリン共だ」
ゲーツさんの合図で俺たちは身を低くし、背の高い草で体を隠す。
あいにくとゴドジさんだけは体格がボボサップなので、木の陰に身を潜めさせていた。
「あれが……ゴブリン」
そう呟いた俺は、小さく息をのんだ。
俺たちが身を隠している10メートルほど先に、子どもぐらいの体格をしたモンスター――ゴブリンと、その上位種であるホブゴブリンが移動している。
ゴブリンはともかくとして、ホブゴブリンは人間の大人とそう身長が変わらず、なんだか手ごわそうだ。
というか顔が怖い。
めっちゃ怖い。
「……ゴブリンが6。ホブゴブリンが3、か。さて……どうする?」
「大した敵じゃねぇ。叩きつぶしちまおうぜ」
ゲーツさんの問いに、獰猛な笑みを浮かべたゴドジさんが答える。
とげとげのついたメイスを握り、やる気――っていうか、殺る気まんまんだ。
「ロザミィ、お前の意見は?」
「安全性を重視してホブゴブリンがいるなら避ける、っていつもなら言うところだけどね。今日はマサキがいるから倒しにいっていいと思うよ。ね、マサキ?」
ロザミィさんはそう言うと、隣にいる俺にパチリとウィンクしてきた。
おお。すっげー期待されてるぞ。
おっさんちょっと張りきっちゃおうかな?
「なら決まりだな。おいマサキ、」
「な、なんです?」
「アイツらに向かって攻撃魔法を撃ってくれ。不意を打って奇襲をしかける」
「わかりました」
距離は10メートル。
いまの俺ならギリギリ射程圏内だ。
俺は「ゲーツさん俺には戦闘するかしないかの判断聞いてくれないんだなー」と心の中でグチりつつ、手のひらをゴブリンたちへと向ける。
そして――
「アイスストームッ!!」
冷気をまとった竜巻がゴブリンたちに襲いかかった。
『ゴブルァッ!?』
『グルァッ!?』
『ゴブルル!!』
魔法による不意打ちを受け、ゴブリンたちの動きがとまる。
なかには氷のつぶてがあたっちゃいけないとこに直撃したのか、そのまま倒れ込むゴブリンもいたぐらいだ。
「よくやったマサキ! いくぞゴドジ!!」
「おうともさ! ロザミィ、援護はまかせたぜっ」
「わかってるわよ」
ゴドジさんに返事を返しながら、ロザミィさんが折りたたみ式のコンパクトボウに矢をつがえる。
「へへ、間違っておれを射るなよ?」
「……ゴドジ、そんなにお望みならにあなたに射ってあげてもいいのよ?」
「おおこえぇ。そんじゃマサキさん、ロザミィをよろしくな」
「おっす!」
ゲーツさんとゴドジさんのふたりが、ゴブリンたちに向かって駆けだしていく。
俺はロザミィさんとお留守番……じゃなくてっ、後方支援へとまわった。
「マサキ、あの魔法効果はどれぐらい持つの?」
「そろそろ終わる――あっ、いまきれました!」
「よしきたっ」
アイスストームが消えるのとほぼ同時に、ロザミィさんがコンパクトボウから矢を放った。
矢はゴブリンの一体にクリティカルヒット。
あっさりと命を奪う。
「ロザミィさんすごい!」
「そ、そうかな? でもマサキの魔法ほどじゃないよ」
「いやいや、すごいですって! もしよかったらこんど俺にも教えてください」
「マサキにそう言われると……悪い気はしないわね。ありがと。あたしでよければいつでも教えてあげるよ」
「やったー!」
とかロザミィさんとお話ししている間に、ゲーツさんとゴドジさんで残ったゴブリンたちを全滅させていた。
ちょっとだけ申し訳ない気持ちになったけど、ロザミィさんに言わせれば、これは『パーティの役割分担』というものらしい。
俺が魔法で奇襲をかけ、ロザミィさんがつなぐ。
そんで相手が態勢を立て直す前に、戦士であるゲーツさんとゴドジさんが物理アタックでとどめをさす、というわけだ。
なかなか理にかなっている。
「そもそもマサキさんは魔法使い。ロザミィはヒーラーなんだ。ふたりとも後ろで援護してくれた方がおれたちも戦いやすいってもんだぜ」
とはゴドジさんのお言葉。
むしろ、下手に前に出てくる方が迷惑なんだそうだ。
うーん。パーティーでの連携って、なかなか奥が深いね。
そんなわけで俺とロザミィさんは、後ろから魔法を撃ったり矢を放ったりして戦士のおふたりを援護しまくるのだった。
ただ……問題がひとつ。
「マサキ、ロザミィ、ゴブリンの耳はお前らが落とせよ」
討伐証明であるゴブリンのお耳を切り落とす仕事を、パーティーリーダーであるゲーツさんから承ったことだ。
「おう……シット」
「わりぃなマサキさん。おれたちは次に備えて武器の手入れをしなきゃなんねぇんだわ」
ゴドジさんが申し訳なさそうに言ってくる。
肉の脂がついた武器は斬れにくくなってしまうそうで、戦闘が終わったらすぐに簡単な手入れをしなくてはならないそうだ。
そういえば時代劇でも、お侍さんがキメ台詞言いながらひとを斬った刀の血を拭き取ってたりするしね。
今日みたいにゴブリンとの連戦を想定している場合、脂をふき取るのは重要なことなんだろう。
「大丈夫マサキ? 耳落すの苦手だったら……ぜんぶあたしがやるよ?」
ロザミィさんからの優しいお言葉。
なんか、すっげー心配そうな顔で俺を見ている。
「……だ、大丈夫です。俺だって男なんだ。ゴブリンの耳ぐらいこうやって――おわぁっ!? いまビクってした! ビクって!!」
「ただの死後硬直だよ。ナイフをかしてごらん。こうやって切るんだよ」
「あっ……」
ロザミィさんは俺の手からナイフを取ると、なんのためらいもなくゴブリンの耳を切り落としてみせた。
「ね? 簡単でしょ」
「え、ええ。俺も……やってみます」
ナイフを受け取り、刃をゴブリンの耳にあてる。
ゴクリとつばを飲み込んだあと、俺は――
「がんばって」
「はい! ……そいやーーーーッ!!」
ロザミィさんの応援を受けながら、一気に耳を切り落としたのだった。
一度やってさえしまえば、次からはわりと楽だった。
生餌を釣針に刺すのと同じようなもんだなと、ゴブリンのお耳を切り落としながらそう思った。
俺ってば、ちっちゃい頃はうにうに動く幼虫をなかなか釣針にさせなかったのが、数を重ねるごとに抵抗がなくなっていったもんなー。
そんなわけで、
「ロザミィさーん。こっちのゴブリンは終わりましたよー」
「お疲れさん。あたしもいま終わったとこだよ」
本日5度目の戦闘を終えた俺は、ゴブリンの耳をチョッキンするのに一切のためらいがなくなっていたのだった。
「ふぅ。マサキさんがいると戦闘が楽で助かるぜ。ゲーツもそう思うだろ? なぁ?」
「……まーな。効率があがるのは確かだ」
「なんだよゲーツ、素直じゃねぇなぁ。リーダーなんだからマサキさんに仲間になってくれるよう頼めっての」
ゴドジさんがゲーツさんにヘッドロックしながらガハハと笑う。
「なっ!? やめろ、はなせよゴドジ!」
「へっへっへ、ゲーツがマサキさんに頭さげたらはなしてやるよ」
「てめー!」
ゲーツさんは振りほどこうと暴れているけど力はゴドジさんのほうが強いのか(ボボサップだしね)、ぐいぐいと締めあげられるだけだった。
仲の良いマッチョメンを見て、ロザミィさんが呆れ顔で口を開く。
「ふたりともじゃれてないでさ。今日はこのあとどうするつもりなのよ。まだ狩るの? それともズェーダに帰る?」
「そうだな……」
ロザミィさんの質問に、ヘッドロック中のゲーツさんが考え込む。
「もう十分だろう。今日はこれであがるぞ」
「だってよおふたりさん。ズェーダに戻って酒飲もうぜっ!!」
ゲーツさんをヘッドロックしたままお酒のことを考えるなんて、さすがはゴドジさんだ。
きっとゲーツさんの顔がヘッドロックの締めつけで真っ赤になっていることにも気づいてないんだろうな。
このままだとゴーゴーヘブンしちゃいそうだ。
「やれやれ、飲むことばっかだねゴドジは」
「へっへっへ、わりーかよ?」
「ばーか。とっくに慣れてるよ。でもお生憎さま。あたしはしばらくお酒を控えることにしたんだ。飲むならゲーツとふたりで飲むんだね。あたしはマサキとどっかで食べてくるからさ」
「おいおい、なんだよそれ? ロザミィもマサキさんも一緒に呑もうぜぇ。なぁ?」
「ははは……俺は明日はやいので遠慮しときます」
ホントはめっちゃ飲みたいよ。
初のパーティプレイだったんだ。
クエストの達成を祝ってぱっかぱっかお酒飲みたい。
でも、それはできないんだ。
だって、ゴドジさんの顔に俺を酔いつぶす、って書いてあるんだもん。
明日は月曜日。
週一のミーティングもあるし、得意先を何件かまわる予定もはいっている。
二日酔い状態で出社しようものなら、課長からどんなお叱りを受けるかわかったもんじゃない。
「なんだよー。みんなで飲もうぜぇ」
「ゴドジ……いい加減はなせ」
「おっとすまねぇなゲーツ。すっかり忘れてたぜ。へへへ……」
慌ててヘッドロックを解いたゴドジさんは、ばつが悪そうにぽりぽり頭をかく。
一方でゲーツさんは、ギロリとゴドジさんを睨みつけながら悪態をついていた。
「ったく……首が折れるとこだっただろうが」
「わりーわりー」
「この馬鹿力が……。まぁいい。帰るぞ」
「おう!」
「はいよ」
「おっす!」
ゲーツさんの号令の元、てきぱきと帰り支度を整える。
といっても、広げていた荷物を片し、切り取ったゴブリンのお耳をまとめて袋にいれるだけだけどね。
帰りは非常にスムーズだった。
特にモンスターと遭遇することもなく、あっさりと森の出口近くまでやってくることができたのだ。
「マサキ、今日はどうだった? その……迷惑じゃなかったかな?」
出口が近くなって周囲への警戒を弱めたのか、隣のロザミィさんがそう聞いてきた。
「迷惑だなんて、そんなことぜんぜんないですよ。むしろ一緒に冒険できて楽しかったです」
「そ、そう? なら……よかった、かな?」
「ですねー。俺的には参加できてすっごくよかったです」
「おうおう、嬉しいこと言ってくれるじゃねーかよマサキさん。それってつまり、おれたちのパーティにはいってくれる、ってとっていんだよな?」
前をいくゴドジさんがふり返り、ニカっと笑った時だった。
森の切れ目――つまりは街道側から悲鳴が聞こえてきたのは。




