第17話 ロザミィの秘密
それは、夕飯を食べるためロザミィさんと酒場にいったときのことだった。
「いよう! マサキさんとロザミィじゃねぇか」
とつぜん声をかけられふり返ると、そこにはボボサップことゴドジさんがこちらに向かって手をふっていた。
ひとりでお酒を飲んでいたのか、テーブルには空になった杯が置かれている。
「なんだいゴドジか。ひとりなのかい?」
「おう。ゲーツのヤツ、今日はライラの姉さんとこ行っててよ。1日ヒマしてんだ」
「だからひとりで飲んでるってわけかい? ……ったく、寂しい男だねぇ」
「うるせーよ。ほっとけ」
ロザミィさんは、ゴドジさんやゲーツさんが相手だと口調が変わる。
なんというか、ちょっとだけ乱暴な言葉づかいになるのだ。
でもそれは、気心しれたパーティメンバーだからこそなんだろうな。
「はいはい、ほっとかせてもらうよ。さ、マサキ、向こうのテーブルにいこ?」
「え? ゴドジさんと一緒じゃなくていいんですか?」
「いいんだよ」
「おいおい、ちょっと待ってくれよおふたりさん! そりゃつれねぇーじゃねぇか。一緒に飲もうぜ」
「なに言ってんの? 『ほっといてくれ』って言ったのはゴドジ、あなたじゃないのよ?」
「そりゃあ……そうだけどよ」
ゴドジさんがしょんぼりしてしまった。
でっかい体を小さくするその姿は、けっこー胸にくるものがある。
さてはゴドジさん、怖い見た目に反してさびしがり屋さんだな?
「ふん。男なら自分の言葉に責任を持つんだね。さあマサキ、こんなヤツなんかほっといていこうか?」
「いやいや、ここでゴドジさんに会ったのもなにかの縁です。せっかくだから一緒にご飯たべません? ご飯はひとが多ければ多いだけ楽しいですからねー」
「おおっ! いいこと言うじゃねぇかマサキさんよぉ。へっへー、だとよロザミィ?」
「……もうっ。マサキがそう言うんなら……別にいいけどさ」
いちおうは了承してくれたロザミィさんだけど、その顔には若干の不機嫌さが見え隠れしている。
なんでだろう?
「マサキさんも飲むよな? おーい姉ちゃん! エールを3杯持ってきてくれ。あとてきとーにつまみも頼む」
「店を間違えたよ。まったく……」
店員のお姉さんに注文するゴドジさんの大声に、ロザミィさんが顔をしかめる。
「マサキ、こうなったら今夜はとことんつき合ってもらうからね? 酔っぱらったあたしを介抱するのはマサキの役目なんだからっ。店主っ! 追加で火酒も頼むよ」
「へっへー。ロザミィも飲む気になったみたいだな?」
「ふんっ」
ぷいとゴドジさんから顔を逸らすロザミィさん。
そうこうしているうちに、定員のお姉さんがエールのはいった木製の杯をテーブルに運んできてくれた。
「そんじゃ、乾杯だ!」
「…………乾杯」
「ははは、ゴドジさんもロザミィさんも楽しく飲みましょう! かんぱーい!」
杯を打ちあわせて口に運ぶ。
すきっ腹にアルコールは『くる』ので、まずはちびちびと……と、セーブする俺の隣で、
「んく……んく……んく……はぁっ」
なんと、ロザミィさんたらエールを一気に飲み干したじゃありませんか。
しかも、追加で運ばれてきた火酒とかいうキツそうなお酒もこれまた一気。
「店主、火酒をもういっぱいおくれ」
空になった杯を振って、追加注文するロザミィさん。
オークキングと戦ったあとムロンさんの家で飲んだときは、もっとゆっくり飲んでいたような気がするんだけど……。
すげー酔っぱらってたんでよく憶えていないや。
「んく……んく……ふぅ……。てんちゅ、もう一杯ちょうらいっ!」
ロザミィさんのろれつが、はやくも怪しくなってきぞ。
顔は真っ赤で目もすわっている。いわゆるジト目ってやつだ。
「ろ、ロザミィさんてお酒強いんでしたっけ?」
「いんや。ロザミィは酒弱ぇぞ」
「マジですか……」
俺の質問に答えてくれたのはゴドジさん。
ゴドジさんはエールをぐびぐびやりながら、呆れ顔でロザミィさんを見ている。
「いつもならこんな飲みかたしねぇんだけどなぁ……マサキさんよ、あんたロザミィになにかしたのか? こんなに荒れてるロザミィは久しぶりに見るぜ」
「俺がですか? いやいや、なんもしてないですってっ!!」
「そうかい。おれぁてっきりマサキさんが――」
「ましゃきぃ! なーにゴドジとばっかはにゃしてんらよぉ!!」
「おわぁっ!?」
突然ロザミィさんが俺にしなだれかかってきた。
いきなり全体重をあずけてくるもんだから、慌てて抱きとめる。
おかげでゴドジさんとの会話が打ち切られてしまった。
「あたしゅともはにゃせよぉー」
「話します。ええ、話しますとも!」
「へへへー。しょれならよーし」
酔っぱらったロザミィさんがにへらと笑う。
これは確実に酔うと甘えてくるタイプだな?
ロザミィさんは俺を背もたれがわりにして、お酒をぱっかぱっか飲み干していく。
これ、そろそろ止めないとやばくない?
「ロザミィさん、そろそろお酒飲むのおさえていきません? ね? 明日二日酔いで頭がどえらいことになりますよ?」
「………………」
「……ロザミィさん?」
「マサキさんよ、ロザミィのヤツ……寝ちまったみたいだ」
「うそ!? はやっ!」
「見てみろよ。幸せそーな顔して寝てんぜぇ」
そう言われロザミィさんの顔をのぞいてみると、確かに幸せそうな寝顔をしている。
普段のキツイ印象からは想像もできないほどだらしない顔をしていたのだ。
「どうしよ、これ……」
「そのまま寝かしといてやってくれや。ここんとこロザミィにはムリさせてたからなぁ」
「そうなんですか?」
「ああ。ちっとパーティでいろいろあってな。こないだもゲーツとロザミィが大ゲンカしてよぉ。いつものことっちゃいつものことなんだけどな。そのたんびに間にはいるおれはてんてこまいだぜ」
「へー。それはなんというか……大変でしたね」
俺の言葉に、ゴドジさんは肩をすくめておどけてみせる。
簡単に言ってるけど、ロザミィさんもゲーツさんも気が強いからすげー大変だったんだろうな。
あのふたりの間を取り持つのは、そう簡単ではないはずだ。
そりゃひとりでもお酒飲みたくなっちゃうってもんだよね。
よーし。こうなったら今日はとことんつき合ってあげましょう。
「へっ、もう慣れちまったけどな。それよりマサキさん、最近すげー稼いでるみたいじゃねぇか? 『薬草のマサキ』っていやぁ、もうギルドで知らねぇヤツぁいねぇぜ」
「いやー、たまたま運がいいだけですよ」
「謙遜すんなって。なにかコツでもあんのか? ああ、別に本気で知りたいわけじゃねぇぞ。マサキさんの商売敵になるつもりはねぇからな」
「ははは、ひ、秘密ってことで」
「だよな。てめぇの手の内を明かすヤツは長生きできねぇから当然だ」
ゴドジさんはひとりうんうんと頷きながらエールを口に運ぶ。
なんか納得してくれたみたいだ。
「いいよなー。ソロでそんだけ稼げれば楽しいだろうな」
「あれ? ゴドジさんたち『猟犬』もけっこー稼いでるってムロンさんから聞きましたよ」
「へっ、いっつもギリギリだよ。前いた魔法使いも盗賊もパーティを抜けちまったからな。戦士ふたりに治療師ひとりっていうバランスの悪ぃ3人パーティじゃ、なぁ」
少しだけ寂しそうな顔をしたゴドジさんは、残っていたエールを飲み干して追加の注文をする。
新しいエールが運ばれてく間、ずっと黙ったままだった。
昔の仲間のことを考えているのかもしれないな。
「あ、新しい仲間を募集する、ってことはしないんですか?」
「おれもそれをしたかったんだけどよぉ……はぁ、前のふたりが散々おれたちのことを吹いてまわってるらしくてな。募集しても誰もきちゃくれねぇんだわ」
「おふう……それきっついですね」
「新しいヤツははいってこねぇ。ゲーツとロザミィはケンカばっか。……マサキさんよぉ、おれはもう疲れちまったよ」
力まかせにどんと杯をテーブルに叩きつけるゴドジさん。
なんだこれ?
なんかお悩み相談室みたくなってるぞ。
「せめてあとひとりぐらい仲間がいりゃ楽に――ッ!?」
ゴドジさんは急に伏せていた顔をあげ、俺をまじまじと見つめてきた。
なんだ? なんか妙に嫌な予感がするぞー。
「そうだっ! マサキさんよ、おれたちの仲間に――猟犬にはいらねぇかっ? 回復魔法も攻撃魔法も使えるマサキさんがはいってくれたらよ、戦力が大幅にあがるぜ! なぁ? どうよ?」
「いやいやいや、俺はソロで――」
「そう言わないでよぉ。まずはいっかい! いっかいだけ試しではいってみてくれよ!」
「いやムリですって! それにほら、リーダーのゲーツさんにも聞いてみないと……ねぇ?」
「ゲーツのことなら大丈夫だ。あいつ、ああ見えてマサキさんの実力を認めてるからな。それにだ、ロザミィも喜ぶぜ」
「うーん……」
正直、RPG大好き世代の俺としては『パーティ』って言葉に強い憧れがある。
仲間と背中合わせになりながら、
『後ろは任せたぜ!』
『ああ! お前の背中は俺が守ってやるよ!』
みたいなセリフを言ってみたい。
すげー言ってみたい。
「ちょっと興味はありますけど……俺、どうしても日帰りじゃないといけないんですよねー」
薬草に水あげなきゃいけないし、そもそも新橋に通勤してるサラリーマンだし。
日々の癒しとしてすみだ水族館にも通ってるし。
むせ返るような冒険には強く惹かれるけど、そんなのまた有給休暇でも取らないといけないもんね。
「やっぱりムリですよ。俺、家でやることもあるし……」
「ま、待ってくれよ! 日帰りならいいんだよなっ?」
「まあ、それなら参加できないこともない……かな?」
「そうかそうか! よっしゃ。ならよ、試しに明日一緒に森にはいってみねぇか? 実は最近、森でゴブリンが湧いたみたいでな。ギルドから討伐依頼が出てんだわ」
「ゴブリン……ですか?」
「そうなんだよ。ゴブリンは弱っちいくせに数が多いからな。増えすぎるとめんどくせーことになんだ。ま、今回はギルドが先手をうったかたちだな。いつもより値がいいからゲーツとゴブリン狩りにいこう、って話してたんだよ」
「それ、ロザミィさんもいくんですよね?」
「おう。当然行くぜ。ケンカばっかでも仲間だからな」
「そっかー……」
ファンタジーの王道ゴブリン。
ゲームとかだと雑魚あつかいだけど、それでもモンスターだ。
ちょっとした油断でどえらいことになるかもしれない。
前回のオークキングの一件がまさにそれだ。
仲良くなった猟犬の3人にもしもがあったら、俺は間違いなく深く悲しむことになるだろう。
となると……答えはひとつしかないか。
「はぁ、わかりました。日帰りって条件を守ってくれるなら、俺もあした一緒にいかせてもらいます」
「い、いいのかっ!?」
「はい。あ、でも日帰りって約束はぜったいに守ってくださいよ? ぜったいですからね?」
「おうっ! ぜったい守るぜ!」
俺の言葉に、ゴドジさんは大きく頷いて約束してくれた。
義理堅いゴドジさんがこうも強く言ってくれるのなら、きっと守ってくれるだろう。
「なら、あしたはよろしくお願いしますね。ゴドジさん」
「おうさ! こちらこそだぜマサキさん! くぅ~、マサキさんが一緒にきてくれりゃ百人力だぜ! 明日はゴブリン共を全滅させちまうかもなぁ」
「ははは、大げさだなぁゴドジさんは」
「へへへ、さあさ、飲んでくれよマサキさん。ここの払いはおれが持つからよ」
「えー? 悪いですって」
「気にしないでくれ。おれからのせめてもの礼だよ。ああ、あとそうだ……」
ゴドジさんが、すやすやしてるロザミィさんを指さして続ける。
「なんならロザミィを持って帰ってもいいぜ。コイツこんな性格してるくせに男の経験ないんだぜぇ。笑っちまうよなぁ?」
仲間の秘密をあっさりバラしたゴドジさんに俺は、
「…………わーお」
と返すので精いっぱいだった。