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第16話 二人だけの秘密

「……マサキ、これはどういうことなのか、ちゃーんと説明してもらえるよね?」


 ロザミィさんが、プランターで元気にフサフサしてる薬草をガン見しながら言った。

 声が震えているような気がするのは、きっと気のせいなんかじゃないんだろうな。


「えーっと、『これ』というのはいったい……」

「なにとぼけてるのよっ! 薬草にきまってるでしょ!!」

「で、ですよねー。ははは……」

「笑いごとじゃないのよマサキ! あなた自分がなにしたかわかってるの!?」


 いつになく真剣な顔をしているロザミィさん。

 こんなに顔をするのはオークキングと戦ったとき以来かも。


「いやー……や、薬草採取にしにわざわざ森までいかなくてラッキー……み、みたいな?」

「おバカ! まったく……なんでマサキは肝心なとこが抜けてるのよ……もうっ」


 ロザミィさんが呆れたように首を横に振る。


「マサキ、これはね、とんでもないことなんだよ」


 俺の鼻先に、ぴんと立てた指をつきつけたロザミィさんが言う。

 前に聞いた話では、ずーっと昔からいろんなひとたちが薬草の栽培に挑戦していたけど、けっきょくだれも成功しなかった、とか言ってたっけ。

 となると、俺が薬草の栽培に成功したということは、異世界こっちの農業の歴史に名を残しちゃうレベルの偉業なんじゃないだろうか?


 薬草の父――その名はマサキ。


 あらやだ、ちょっとカッコいい。

 合コンにお呼ばれしたらちやほやしてもらえるかもしれないレベルの偉業を打ち立ててしまったのかもしれないぞ。

 ぜんぶ中島のおかげだけど。


「と、『とんでもないこと』ですか?」

「ああ、そうだよ。マサキはわかってないみたいだけどね」

「危険を冒してまで森に薬草を採りにいかなくてもいいから、ですかね?」

「うん。それもある。でももっと大きなことだよ」

「薬草を売って安定したおカネがはいってくるぞー……とか?」

「そんな『安定したおカネ』、なんて小さなことじゃないのよ。いいマサキ? あんまり理解してないみたいだからハッキリ教えたげる」

「……お願いします」


 ロザミィさんは、いくらかの緊張感を織り交ぜて続けた。


「考えてもみなよ。薬草をいくらでも増やせるんだよ? 傷を治すことのできる薬草はいつだって買い手がつく。誰にでも売れる。薬師はもちろん、商人にも、ギルドにも、それこそ大陸中の国々にだってね」

「国々って……またまた~。大げさだなぁロザミィさんは。薬草なんて森にポコポコ生えてるじゃないですか」

「そうだね。でも薬草は確実に生えているわけじゃない。時期によってはまったく採れないときもある」

「へ、へー……」


 冒険者試験の日以外、俺は幸運にも薬草の採取には恵まれていた。

 ロザミィさんが手伝ってくれたとはいえ、かなりの量をゲットすることができていたからだ。


 だから俺にとって薬草とは、田舎のばあちゃんが山にはいって採ってきてた山菜ぐらいの価値だと思っていたんだけど……どうやらその認識はかなり間違っていたみたいだな。

 だってロザミィさんがずっと真顔なんだもん。


「マサキ、いっこ質問させて。あなたなら薬草を畑で増やすこともできる?」

「畑にですか? うーん……がんばればできると思いますね」

「がんばればって――簡単に言ってくれちゃって。はぁ……わかってるのマサキ? あなたは莫大な富を生み出す栽培方法レシピを独占しているんだよ? たったひとりでね。うまく立ち回れば、その栽培方法を使って国から領地をお城つきでもらえたっておかしくないことなんだよ?」

「ははは、やだなぁ……ほ、本気で言ってます?」

「とーぜんでしょ」

「……わーお」

「なにが『わーお』よ。驚いてるのはあたしのほうよ」


 この瞬間の俺は、そうとうに間の抜けた顔をしていたんだろうな。

 ロザミィさんは肩を落とすと、ガックリとうなだれてしまった。


 しかし驚いたぞ。

 まさか薬草が栽培できることにそこまでの価値があるとは思ってもいなかった。

 森で普通に生えてるんだもんなー。

 

 でも、考えてみればあたり前のことか。

 傷を治す薬草を安定供給できるってことは、ある意味、製薬会社の売上を個人で独占できるようなもんだもんな。

 そんなのちょーお金持ちになっちゃうじゃん。ブルジョワじゃん。


 聞いたか中島?

 俺……おまえのおかげでお城ゲットしちゃうかもしれないぞ。


「マサキ、このことを知ってるひとは他にもいるの?」

「いえ、ロザミィさんだけです」

「……お嬢ちゃんは?」

「リリアちゃんもしらないはずです。まー、水やりお願いしよーかなーとかは考えてましたけど」

「ふ、ふーん。お嬢ちゃんも知らないんだ。そっか……うん。ほ、ホントにあたしだけしか知らないんだね?」

「そうなりますねー」


 ロザミィさんの問いに、俺はこくりと頷く。


「じゃ、じゃあさ、提案なんだけど、このことはあたしとマサキだけの秘密にしない?」

「秘密……ですか?」

「そう。ふたりだけの秘密。お嬢ちゃんに話してムロンの旦那に知れたら大騒ぎになるよ? ムロンの旦那はギルドの職員なんだからね」

「そっかー。俺、最近ギルドに薬草売って依頼達成度あげてんですよねー。ズルしてたって言われちゃうかも……」

「知ってるよ。『薬草の男』って呼ばれてることもね」


 薬草を規定数納める、って依頼だから契約上の問題はないはずなんだけど、もし自家栽培している薬草を売ってたなんて冒険者ギルドに知られたら、ちょっとめんどくさいことにはなりそうだ。


 栽培方法を教えてくれとか、おすそ分けよこせとか。

 そんな諸々のめんどくさいことを避けるためには、ロザミィさんの言うように秘密にしていたほうがいいのかもしれないな。


「わかりました。当面は俺とロザミィさん、ふたりだけの秘密にしましょう」

「ほ、ホント?」

「はい。俺の考えが甘かったです。金の成る木を持ってたら、他のひとから妬まれたり狙われたりしちゃいますもんね」

「そう! そうなのよ! だからお嬢ちゃんを大事に想うなら、秘密にしてあげるのも優しさなの!」

「ですね。リリアちゃんには秘密にしときます。……あ、でもそれだと俺がいないときの水やりどーしよっか――」

「あたしがやったげるよっ!!」


 俺の言葉に被せて大きな声をだすロザミィさん。

 確固たる決意からか、なんか鼻息が荒い。


「えー、でも悪いですよ」

「ぜんっぜん悪くない! それにふたりだけの秘密なんだから、あたしの他に頼れる相手なんていないでしょう?」

「それを言われると……そうなりますけど」

「だろ? 大丈夫! あたしに任せておきなよ。ね?」


 ロザミィさんは大きく頷き、どんと胸を叩く。

 大きなバストがたゆんと揺れて、俺は目のやり場に困ってしまった。


「そういうことなら、ロザミィさんにお願いしちゃってもいいですか?」

「もちろんだよ! ……なら……その、この家のか、鍵を借りてもいいかな? ほらっ、水をやるためには家にはいらないとダメだろう?」

「あー、そうですね。じゃあこの家の予備の鍵(スペアキー)をロザミィさんに渡しますんで、俺がいないときの水やりをお願いします」

「うんうん! このあたしが任されたよ!!」


 俺はいったん部屋に戻り、棚にしまっていた予備の鍵を取りだしてからロザミィさんに手渡す。

 ロザミィさんは鍵を大事そうに胸に抱き、


「ありがとうマサキ。……大切にするからね」

 

 と言っていた。

 ここまで大事にしてもらえるんなら、紛失の心配はしなくても大丈夫そうだ。


「マサキがいないときは部屋の掃除とかもしといてあげるね」

「えー、そこまでしなくて大丈夫ですよー」

「気にしなくていいんだよ。あたしがしたいんだからさ」


 そう言ってはにかむロザミィさんは、とても可愛らしかった。

 あー、俺も十代だったら恋しちゃってたかもなー。

 青春時代が懐かしいぜ。


「ははは……掃除なんててきとーでいいですからね」

「いいわけないでしょ。まったくー」


 そうはいっても、この家はひとりで掃除するにはちょっと広すぎるんだよね。

 電気がないからとうぜん掃除機は使えない。

 ほうきとちりとりでがんばるしかないのだ。


 ジャイアント・ビーの素材を売ったおカネはまだまだ残ってるから、お手伝いさんとか雇っちゃおうかな?

 あ、でもそれだったらメイドさん雇っちゃったほうがロマンあるな。

 リアルに「おかえりなさいませご主人様」してもらえるし。


 バルコニーには施錠の魔法でもかけて、ロザミィさんしか出入りできなくすればいいだけだしな。

 そしたらわざわざロザミィさんに掃除のお手間を取らせないですむぞ。

 これは要検討だなー。


「ん? マサキ、なにひとりでニヤニヤしてるのよ?」

「いや、ちょっと今後のことを考えてまして」

「こ、『今後』って……バカぁ」


 なぜか突然ディスられてしまったぞ。

 説明を求めようとして見返すも、ロザミィさんはずっと俯いたまま。

 予想外の展開にテンパる俺の脳裏に、かつて中島が言ったセリフが蘇る。


『近江、女と大地の機嫌はコロコロ変わるもんなんだよ……』


 俺は中島が言ったそのセリフを頭の中でなんども反芻し、深く噛みしめるのだった。 

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