第5話 リリアが消えた
酒場を出た俺とムロンさんは、すぐに村を出た。
「イザベラ、リリア……頼む……無事でいてくれ」
そう呟くムロンさんの横顔からは必死さが伝わり、俺の胸が痛くなったほどだ。
「急ぎましょう、ムロンさん」
「ああ」
ジャイアント・ビー。
ムロンさんから聞いた話によると、一抱えもあるほどの大きな蜂のモンスターであり、非常に攻撃的。
このモンスターの恐ろしいところは雑食であり、羊や豚などの家畜はもちろん、人間の子どもにまで襲いかかり、巣へと持ち帰って群れの食糧としてしまうそうだ。
針や外骨格、体内にある毒袋なんかは素材として高く売れるらしいんだけど、巣には少なくとも数百匹はいるから、冒険者組合に依頼しても避けられ、受注してもらえないことが多いみたいだ。
けっきょく、冬になってジャイアント・ビーが活動を終えるまで、村の人たちは耐え忍ぶしか方法がないと言っていた。
「ふぅ、ふぅ」
ムロンさんは無言のまま山道を駆けのぼっていく。俺は肉体強化を使っているからなんとかついていけるけど、普通のひとだったらとっくに置いていかれていることだろう。
イザベラさんとリリアちゃんのふたりと合流したあと、ムロンさん一家は村に避難することになっている。
ジャイアント・ビーの巣が、ムロンさんの狩場である山の中にある可能性が高いからだ。
「マサキよう、」
「なんです?」
「リリアは……リリアは山で遊ぶのが好きなんだ。もしジャイアント・ビーに襲われちまったら……オレは……オレは……」
「リリアちゃんは賢い子です。きっと大丈夫ですよ」
「……そうだな。すまねぇ、泣き言を言っちまった」
「親なんだから当然です。リリアちゃんはあんなにも可愛いんですからね。あんな子が子供だったら、誰だって心配しますよ。それより急ぎましょう!」
「走るぞ。ついてこれるか? まあ、ついてこれなくても置いていくけどな」
「俺は余裕ですよ。ムロンさんこそ、ゆっくりしてると置いていきますからね」
「へっ、言うじゃねぇか! よし、ついてこい!」
俺たちは息を切らせながら山を登る。
汗をダラダラ流しながら走ったかいもあり、下山よりも早い時間でムロンさん宅へとたどり着くことができた。
「イザベラ! イザベラ! いるか?」
ムロンさんが家の扉を強く叩く。
返事は、家の裏からした。
「あらあら、どうしたのあなた? そんな大声を出して」
どうやらイザベラさんは裏庭で畑仕事をしていたらしい。
手についた土を払いながら、こっちに歩いてくる。
「イザベラ……良かった。無事だったんだな」
「どうしたんです、そんな顔し――きゃあ」
急に抱きつかれたイザベラさんが顔を赤くする。
でもムロンさんはお構いなしに、「よかった、よかった」と呟きながら強く抱きしめていた。
「イザベラさん、リリアちゃんはどこにいます?」
「そうだ……リリア、リリアはどこにいるんだ?」
「どうしたのふたりとも、そんな怖い顔して」
真剣な表情の俺とムロンさんを見て、イザベラさんは小首を傾げる。
しかし――
「イザベラ、ジャイアント・ビーが出たんだ。巣がこの山にあるかもしれねぇ」
ムロンさんがそう言った瞬間、イザベラさんは目を大きく見開いた。
「ジャイアント・ビーですって……そんな……うそ……」
「落ちつけ、それでリリアはどこにいるんだ?」
「リリアは……さっき森の中に……」
「なんだってっ!?」
イザベラさんの言葉を聞き、ムロンさんが顔を青くする。
最悪な展開だ。
ジャイアント・ビーが飛び回る森の中に、リリアちゃんはひとりでいる。
小さいリリアちゃんのことだ。もしジャイアント・ビーに見つかったら、すぐに捕まり、巣へと運ばれてしまうことだろう。
ジャイアント・ビーの、餌として。
「なんてこった……」
ムロンさんが膝から崩れ落ちる。
「そんな……リリア……神さま……願い……」
イザベラさんは手で口を覆いながら体を震わせ、涙を流している。
ふたりは呆然自失。あまりのショックで思考が停止してしまっているのだろう。
ここは俺がなんとかしないと。
「ムロンさん、しっかりしてください!」
「……マサキ」
「リリアちゃんがジャイアント・ビーに捕まったとは限らないでしょう。まだ日は高いんだ。探しにいきましょう。俺も手伝いますから!」
「そうだ……ああ、そうだな!」
立ち上がったムロンさんは、イザベラさんの肩に手を置く。
「オレはマサキとリリアを探してくる。イザベラ、お前は家で待っていてくれ」
「そんな……わたしも探しにいきます!」
「ダメだ! ひょっとしたら何事もなくリリアが帰ってくるかもしれない。その時だれもいなかったら、こんどはリリアがオレたちを探しにいっちまうかもしれない」
「…………」
「だからイザベラ、お前は家でリリアを待っていてくれ」
「……はい」
「そんな顔するな。リリアは大丈夫だ。オレとマサキに任せろ、な?」
イザベラさんは涙をぬぐいながら、小さく頷く。
「よし。じゃあ行ってくる。家の戸は閉めておくんだぞ」
「あなた、気をつけくださいね」
「ああ!」
「それとマサキさん、」
「なんでしょう」
「リリアを……リリアをよろしくお願いします」
「はい!」
イザベラさんに見送られ、ムロンさんは弓を、俺は軽量スコップを持って森の中へ入っていくのだった。