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第7話 タクシー発進

「マサキ、あそこ、あそこ! あたしあのすかいつりーってとこいってみたいよっ」

「お兄ちゃん、リリアもまたペンギンさんみにいきたいっ」


 翌日、ソファで寝ていた俺は、日曜日の朝をさわがしいふたりに揺り起こされた。


「ふ、ふたりとも朝はやいんだね……」


 枕元においてたスマフォを見ると、まだ5時ちょっとすぎ。

 お日様が昇りはじめた時間だ。

 あんがい異世界(向こう)のひとたちは、日の出とともに活動してるのかもしれないなー。

 ムロンさんの家に泊まったときも、やたら朝はやかったし。


「なーに言ってんのさマサキ、そんなんじゃお天道様に笑われちゃうよ」

「おにーちゃーん。もうあさですよー」

「あと5分……」


 俺はふたりから逃げるように寝返りをうって、ソファの背もたれで顔を隠す。

 だがそんな俺を、リリアちゃんが逃すはずがなかった。


「だめー」


 リリアちゃんは俺のうえに乗っかると、その手でもって俺の横っ腹をこちょこちょとくすぐりはじめる。


「……う、うははっ、ちょっ、り、リリアちゃ、や、やめ、はははっ」

「お兄ちゃんおきてー。こちょこちょー」

「わははっ、わか、わかったからっ。おきる! おきますって! わはっ、はははははっ」

「こちょこちょこちょー」

「ロザミィさんたっけてー!」

「なにやってんのさ……」


 とまあ、本日はこんな感じのお目覚めだった。

 朝から早々にガッツリMP持ってかれた気分だ。





 トーストを焼いてベーコンエッグを作り、みんなで朝食をとっていると、


「マサキ、すかいつりーに連れてってよ!」

「リリアねー、ペンギンさんみたい!」


 スカイツリー熱が再燃されてしまった。

 くそ。あきらめてなかったか。


「スカイツリーねぇ……」

「なんだよその渋い顔は? その……ダメなのかい?」

「いや、ダメというか……今日はちょっとあまりよくない日なんですよねー」

「……『よくない日』だって? なんでさ?」

「めちゃくちゃひとが多いんですよ」


 休日のスカイツリーはあまりにもひとが多いので、地元民としてはあまりいきたいとは思わない。

 俺のようなスカイツリーのふもとに住むひとにとってスカイツリーとは、平日のひとが少ないときにこそいく場所なのだ。


「ひとが多い? 100人ぐらいかい?」

「まさか。もっとですよ」

「じゃあ……1000人?」

「いやいやいや、1万人ぐらいはよゆーでいますよ」

「いちまん……」

「そうです。1万人です。それだけのひとがいるんです。もしはぐれちゃったら……」

「――ッ!?」


 ロザミィさんが絶句する。

 今日は日曜日。

 土曜ほどではないとはいえ、観光客が多く集まる日だ。

 リリアちゃんとスカイツリーのぼった時は平日の昼間だったから空いてたけど、日曜日だとどれだけ並ぶかわかったもんじゃない。

 とてもじゃないけど、気楽に連れて行く気にはなれない。


「うーん……行くならせめて夕方以降だよなぁ。でもそれだとリリアちゃんの帰る時間が遅くなっちゃうし……」


 せっかくの休日だ。できれば有意義に使いたい。

 それに異世界のマイホームを快適にするため、家具も買い揃えたいし、なにより亀戸のペットショップにもモフモフを見にいかないといけないのだ。

 いざこうして考えてみると、すーぱーやることが多いじゃないか。


「ロザミィさん、それにリリアちゃんも」

「な、なんだい?」

「どーしたのお兄ちゃん?」


 ふたりが俺の次の言葉を待つ。

 その顔は真剣そのもの。


 そんな眼差しを向けられては断りづらいけど、もしスカイツリーに連れてってはぐれてしまったら大ごとだ。

 リリアちゃんとは手を繋いでるから大丈夫だとしても、ロザミィさんとはそこで今生の別れとなってしまうかも知れない。

 警察に保護され、パスポートを要求されるロザミィさんとか見たくないもんね。


「きょ、今日はスカイツリーへはいきません!」

「うそだろ……?」

「お兄ちゃん……」


 落胆するふたり。

 急激に表情が曇りはじめたぞ。


「そのかわり……コホン、今日はふたりの服を買いに行きたいとおもいます!」

「やったー! お兄ちゃんいいのっ!?」

「服……だって? コレじゃダメなのかい?」


 喜ぶリリアちゃん。

 その隣では、ロザミィさんが着ているスウェットをつまみながら怪訝そうな顔を浮かべていた。





「さあロザミィさん! 好きな服を選んじゃってください!」


 俺はふたりを連れて錦糸町駅の隣のデパートへと移動し(ロザミィさんが道ゆく車にすげービビってた)、『ONIQLO(オニクロ)』へとやってきた。

 お客さんの少ない開店直後を狙ったのは、北関東のヤンキー娘(サンダル装備)を連れてるのがちょっと恥ずかしかったからってのは俺だけの秘密だ。


「服が……こんなに……」

「すごーい! おふくがいっぱーい!」

「ロザミィさん。女性用の服はここらへんです。気に入ったのがあったら俺に言ってください」

「……あ、ああ」

「リリアちゃん、子供服はこっちだよ。おいで」

「はーい!」


 ロザミィさんをレディース売り場に残した俺は、リリアちゃんと一緒にキッズ服を見て回る。

 可愛い女の子がニコニコ顔で服を選んでいるものだから、店員さんの表情もニッコニコだ。

 一方で、紫の髪をしたヤンキー娘には誰も近づこうとしていない。

 店員さんも露骨に距離を置いているみたいだ。


 それでもロザミィさんはONIQLO(オニクロ)が『服屋』だって認識はあるのか、とくに騒ぎもおこさず、一着一着手にとってはじっくりと見てまわっている。

 このぶんならもうちょっと放置プレイしても大丈夫そうだぞ。


「お兄ちゃん、リリアこれにあう?」

「うん、どれだい?」

「これー」


 リリアちゃんが指さしたのは、ペンギンの絵柄がプリントされているロンTだった。

 秋も深まってちょっと肌寒くなってきたいまの時期には、ちょうどいいチョイスといえる。


「リリアちゃんにピッタリだと思うよ」

「ほんと? みてみてお兄ちゃん、ここにね、ほらっ、ペンちゃんいるんだよ!」

「ホントだ。かわいいねー」

「ねー」

「じゃあ、これ買おっか?」

「え? ……いいの?」


 申し訳なさそうに首をかしげて聞いてくるリリアちゃんに、俺は笑顔で頷いて見せる。


「もちろんだよ!」

「……ありがと、おにいちゃん」


 俺はリリアちゃんの頭をなでたあと、ロンTを買物カゴへといれる。

 他にもパーカーと、カラフルなレギンスに海藻コンブちゃんもびっくりなミニスカートも買物カゴへダンク。


 なんだか娘を持つ親の気持ちがわかっちゃうな。

 リリアちゃんがあんまりにも可愛いもんだから、ついつい財布のひもが緩んじゃった。

 俺のはバリバリ財布だけど。


 リリアちゃんの服が一通りそろったところで、俺たちはロザミィさんのところへと戻った。


「…………」


 ロザミィさんの目つきが厳しい。

 ヤンキー装備も相まって、そのレディースコーナーには誰も近づこうとしていない。

 まるで縄張りだ。

 まずい……このままでは営業妨害になってしまう。


「ロザミィさん、き、決まりました?」

「それが、その……ど、どれを選べばいいかわからなくて……」


 俺にきづいたロザミィさんは、うつむきながらボソボソと小声で言う。

 なるほど。あまりにも選択肢が多すぎて、逆に選べなかったパターンか。

 レディースは種類もデザインも豊富だしね。


 ならばここはひとつ、俺が選んでやりますか。

 俺は先日コンビニで立ち読みした女性誌を思い返す。


 ロザミィさんなら『nonnon(ノンノン)』かな?

 いや、『vipper(ヴィッパー)』も捨てがたい。

 それとも意表をついてギャル雑誌の『tamago(タマゴ)』もアリかもしんないな。


「うーむ……」


 俺は長考へとはいった。

 なんせロザミィさんみたいな美人さんを、俺の好きなファッションにさせることができるんだ。

 こんなチャンスはめったにない。


「マサキ、ど、どれを選べばいいんだよぉ。はやく決めてよぉ……」


 焦れたのか、ロザミィさんが俺の服を引っぱってきた。

 店員さんや他のお客さんの服を見て、自分のヤンキー装備が『ちょっと変』だってことに気づいたのかも知れない。

 お年頃の娘さんは他人の視線に敏感だっていうからねー。


「よし! 決めたぞ!」


 俺は閉じていた目を開き、次々と服をカゴへいれていく。


「すいません、これください!」


 お会計はもちろんカード払い。

 来月の支払いが逆の意味で楽しみだぜ。


 その後、下の階に移動してふたりに服に合わせた靴を買って帰宅。

 お着換えタイムがはじまった。


「お兄ちゃん、これどうきるのー?」

「それはレギンスといってね、ズボンみたくはくんだよ。貸してごらん」

「ん」

「ここをこうして……リリアちゃん、右足あげて……そうそう。次は左足を――――……」


 俺は買ってきた服をリリアちゃんに着せる。


「最後にリボンでツインテールにして……完成だ!」

「お兄ちゃん、リリアにあってる?」

「うん。似合ってるよ」

「へへへ……」


 俺に褒められて嬉しかったのか、リリアちゃんは恥ずかしそうにモジモジしている。


「マサキ……」


 別室で着替えていたロザミィさんが、ちょっとだけドアを開けて顔を覗かせる。


「あ、ロザミィさん着れました?」

「こ、これでいいのかな……」


 ドアが開かれ、いそいそとロザミィさんが出てきた。

 デニム生地のスキニーパンツに白いニット。

 アウターにはファーつきのトレンチコートをチョイス。

 いわゆるナチュラル系といわれるファッションだ。


「ロザミィさんも似合ってますよ」

「こっちの服は……な、なんか動きにくいね」

「そればっかりは慣れるしかないですかね~」

「慣れ、か。キンシチョーではこの服じゃないと目立っちゃうんだろ?」

「ええ。その服装ならだれも変だなんて思わないですよ」

「ならしかたないか」


 美人だから目立つかもしれないですけどねー、とは言わないでおこう。


「よーし! 次は家具を見に行きましょう!」

「わーい」

「か、家具!? なんでさ?」

「ベッドとか欲しいんですよねー」

「べべべ、ベッド!?」


 喜ぶリリアちゃんとなぜか動揺しているロザミィさんを連れてタクシーへと乗り込み、運転手さんに鳥忠とりちゅうホームズへいってくれるよう頼む。 


「わーい! くるまだ! リリアくるまのってるよお兄ちゃん!!」

「ななな、なんで馬もないのに走ってんだいこの馬車は!? どど、どどど、どうなってんのさっ!?」


 当然、車内は大騒ぎだった。

 俺は運転手さんに、


『いやー、にぎやかですみません』


 と謝り(もちろん日本語で)、


『いえいえ、お連れ様はどちらの国の方なんですか?』

『えっと……よ、ヨーロッパっぽいとこからです』

『そ、そうなんですか』


 どこかぎこちない会話をしながら鳥忠ホームズへと向かうのだった。 

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