第6話 パーティー・ナイト
「ただ――」
「ただいまーーー!!」
俺よりも先に、リリアちゃんが元気よく帰宅の鐘を鳴らした。
久しぶりの錦糸町に興奮しているのか、なんか鼻息が荒い。
「き、キンシチョー……。そうだよ。あたしはずっとここにきたかったんだ……」
こっちはもっと鼻息が荒かった。
ってゆーか、なんかもう息ぜんたいが荒い。
止める間もなくかってにベランダ出ちゃってスカイツリー眺めてるし。
自由だな。
自由な北関東のヤンキー娘だ。
「すかいつりーきれーだねー」
リリアちゃんも一緒になって見はじめてしまったぞ。
「ああ。なんて輝きだよ……」
ふたりはうっとりした顔でスカイツリーを眺めている。
これはしばらく時間がかかりそうだ。
「しかたないなぁ」
俺はふたりのために暖かい飲み物を用意した。
ロザミィさんは紅茶で、リリアちゃんにはホットミルクだ。
「はい、ふたりとも」
「あ、ありがとマサキ」
「お兄ちゃんありがとー」
「リリアちゃん、熱いからフーフーして飲むんだよ」
「ん!」
リリアちゃんは、ちゃんと言われ通りフーフーしている。
素直でいい子だな。
一方でロザミィさんといえば、紅茶が苦かったのか顔が険しい。
それから5分ぐらい俺も一緒になって見ていたけれど、ふたりはベランダから動く気がなさそうだ。
しかたないので俺はゲーム機の『Wiiザードリィ』を起動して、『大乱闘スマッシュシスターズ』をはじめた。
このシュッマシュシスターズ――略して『スマシス』は、おっさんやらゴリラやら電気ネズミを操作して遊ぶ対戦型アクションゲームだ。
俺はこのスマシスが昔から大好きで、新作がでるたびに買っていたのだった。
プレイヤーキャラにはカメの化物を選択。
ひとりピコピコ遊んでいると、音が気になったのか、
「お兄ちゃん、それなにー?」
リリアちゃんがベランダから戻ってきた。
俺のとなりにちょこんと座わったリリアちゃんは、スマシスが気になるのか、テレビ画面をじーっと見つめている。
「これはね、ゲームっていって、いま俺はこのカメのバケモノを操作して戦ってるんだけど………………やってみたほうが早いか」
俺はゲームを一時停止してから、リリアちゃんに顔をむける。
「お兄ちゃん、てれびとまっちゃったよ」
「リリアちゃん、」
「ん、なーに?」
「リリアちゃんもゲームやってみようか?」
「……げーむ?」
リリアちゃんが首をかしげて聞き返してくる。
「そうゲーム! いいかい、まずはね――――……」
俺はスマシスの操作方法をリリアちゃんに教えた。
リリアちゃんはすぐに覚えて、俺と互角の戦いができるまでになった。
「えい、えい! やー! このー!」
「っく、やるなリリアちゃん。でも俺だってかつて松戸のゴリラ使いと呼ばれた男。負けてなんかやらないんだからねっ」
「リリアもまけないよお兄ちゃん!」
「よーし! これでとどめだー!!」
勝ったり負けたり。
俺とリリアちゃんの対戦は白熱し、自然と熱中してしまう。
だもんだから、ベランダから寂しそうな目でこっちを見るロザミィさんに気づいたのは、かなり時間がたってからのことだった。
このあと、ロザミィさんも交えて3人でスマシス大会が開催された。
最初のほうこそ負けても「もっかい! もっかい!」と負けず嫌いなとこをみせるロザミィさんだったけど、俺とリリアちゃんに容赦なくボコられてマジ泣き。
いつの間にか部屋のすみっこで膝を抱え、しくしく涙を流していた。
「ひどいよマサキ……よってたかってあたしのお姫さまばっかいじめるんだもん」
「いやー、すみません。ついつい熱くなっちゃいました」
「もうそのげーむってやつ、あたしはやらないからねっ」
「はははは……」
ロザミィさんが拗ねてしまった。
うーん。執拗なまでにロザミィさんを狙ってたのは、俺よりもむしろリリアちゃんのほうだったんだけどな。
どうやって機嫌をなおしてもらおうか。
ちらりと時刻を確認。
いまは夜10時50分。
スカイツリーが消えるまであと10分か……。ずいぶんとゲームに熱中してたみたいだ。
「えーっと、ろ、ロザミィさーん」
「……ふんっ」
「おねーちゃーん」
「もうほっといてよっ」
やだ……5歳児のリリアちゃんの呼びかけに応えないなんて、マジギレじゃないですかロザミィさん。
こりゃだいぶご機嫌斜めだ。
さて、どうしよう。
俺が考える間にも時間は進む。
そこで俺は、ふとあることを思いついた。
「あっ、そうだ……。ろ、ロザミィさん」
「…………」
「ロザミィさーん。スカイツリーの光、消してみませんか?」
「……な、なんだって?」
お、やっと反応してくれたぞ。
「実はスカイツリーって、大きく息を吹きかけると光が消えるんです! やってみませんか?」
「ほ、ほんとかい!?」
「ええ! 他の誰かに消される前にロザミィさんが消しちゃいましょーよ! ほら、こっちきてくださいよ」
俺はベランダにロザミィさんを呼び、スカイツリーを指さす。
リリアちゃんは空気を読んでくれているのか、隣で俺と一緒にロザミィさんを手招きしている。
ありがとリリアちゃん。
「ま、マサキがそこまで言うんなら……や、やってみようかな」
スカイツリーを自分が消せるという誘惑に負けたのか、ロザミィさんがベランダにやってくる。
現在の時刻は10時58分。
あと2分でスカイツリーが消える時間だ。
「さあロザミィさん、大きく息をすってあのスカイツリーに吹きかけてください!」
「あ、ああ!」
ロザミィさんが期待に満ちた瞳で大きく息を吸いこむ。
「すうぅぅぅぅぅぅぅっ」
消灯まであと1分。
完ぺきなタイミングだ。
「いまです! 吹きかけてください!!」
「ふうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「もっともっと! もっとです!」
「ふうぅぅぅーーーーーーーっ!!」
11時ジャストになり、スカイツリーの照明がゆっくり消えていく。
「ほらっ! 消えてきましたよロザミィさん! ラストスパートです!!」
「ふううぅぅぅーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
ロザミィさんたら、顔を真っ赤にして息を吹いているぞ。
このままだと酸欠待ったなしだ。
「消えた! 消えましたよ! 今夜のスカイツリーを消したのはロザミィさんです! すごいや!!」
「お姉ちゃんすごいねー。すかいつりーきえたよ」
「はぁ……はぁ……はぁ……。ま、まあね。あ、あたしにかかればざっとこんなもんだよ」
荒い呼吸をはきながらドヤ顔をキメるロザミィさん。
その得意げな顔を見るかぎり、すっかり機嫌もなおったみたいだ。
「いやー、さすがロザミィさんです」
「ふんっ、これぐらい余裕だよ。たいしたことないね」
そんなことを言いながらもロザミィさんは嬉しさを隠し切れないのか、口元がニマニマしている。
スカイツリーが定時で消えることは秘密にしておこうと、心に決めた瞬間だった。
それから俺はリリアちゃんをベッドに寝かしつけ、スカイツリーを消したと言い続け、興奮冷めやらぬロザミィさんが酔いつぶれるまでお酒につきあってあげるのだった。
明日はふたりを連れてどこにいこうか? と、考えながら。




