第5話 マサキの危機! 錦糸町ふたたび
薬草をズェーダの街に持ち帰った俺とロザミィさんは、半分を冒険者ギルドに買い取ってもらい、もう半分を家まで持って帰ってきた。
もちろん、ベランダを薬草でフサフサにするためだ。
薬草を育てることに成功すれば、異世界で安定収入を手に入れられるってことだからね。
なんとしても成功させてみせるぞ。
まあ、ロザミィさんに「薬草を育ててみる」って言ったら呆れてたみたいだけど。
そんなこんなでマイホームに戻った俺は、服や体の汚れを落とすべく、さっそくお風呂を沸かすのだった。
一番風呂をロザミィさんに譲ろうとしたんだけど、かたくなに断られてしまったので、しかたなく俺が最初に入浴。
さっぱりしてからロザミィさんにお風呂をすすめた。
そして――
「おにーちゃーん。こんばんはー」
リリアちゃんが家に遊びにきたのは、ちょうどロザミィさんがお風呂にはいっているときだった。
その手には、今日もしっかりペンちゃんが抱きかかえられている。
ロザミィさんがお風呂にはいってヒマしていた俺には、嬉しい来客だ。
「あれ? いらっしゃいリリアちゃん。こんなおそくにどうしたの?」
「リリアね、お兄ちゃんにおみやげもってきたんだよ。はい、おにくのパイ」
リリアちゃんはリュックから油紙に包まれたミートパイを取りだすと、俺に手渡してきた。
「ありがとう。ちょうどお腹が空いてたんだよねー」
「お兄ちゃん、たべてたべてっ」
「いいの?じゃあ~、いったぎまーす。……んぐんぐ」
「お兄ちゃん、……おいしー?」
首を傾けて、上目づかいに聞いてくるリリアちゃん。
ミートパイは噛むたびに中から肉汁があふれでてきて、口全体へとひろがっていく。
相変わらずなんのお肉か知らないけれど、とってもおいしい。
「うん! おいしいよ」
「ほんとっ?」
「ほんとほんと、もっと食べたいぐらいだよ」
お腹が空いていたから、ペロリとたいらげてしまった。
おかわりがほしいぐらいだ。
「そのパイねー、リリアがつくったんだよ!」
「リリアちゃんが?」
「ん! おかあさんにおしえてもらったのー」
「へー。すごいね。リリアちゃんはいいお嫁さんになるんだろうねー」
「リリアなれるかなー。てへへ……」
リリアちゃんは赤くなった顔を隠すように、ペンちゃんに顔をおしつける。
照れちゃうなんて、リリアちゃんも立派な女の子なんだな。
「ねー、お兄ちゃん」
「なんだいリリアちゃん?」
「リリアきょうお兄ちゃんのおうちとまっていっていーい?」
「うちに?」
「ん」
リリアちゃんが期待でキラキラさせた目を俺に向けてくる。
よく見れば、今日のリリアちゃんはもう寝巻姿だ。
よそ行きの服ではなく、寝る用のワンピースっぽいのに着替えてある。
「別に俺はいいけど……ムロンさんとイザベラさんにはちゃんと言ったの?」
「ん。おとうさんもおかあさんも、お兄ちゃんによろしくーだって」
なるほど。すでにご両親の許可はいただいてるわけね。
これはひょっとして……いや、変なこと考えるのはやめておこう。
リリアちゃんだって弟か妹がいたほうが嬉しいだろうしね。
ここは大人の男として、その意思を受け止めてやりましょうじゃないの。
「そっか。じゃあ今日はお兄ちゃんと寝ようか?」
「わーい! リリアね、お兄ちゃんといっぱいはなしたいことあるんだー」
リリアちゃんがジャンプして抱きついてくる。
俺はそんなリリアちゃんを抱きとめ、リビングの椅子へと腰かけてから、楽しくおしゃべりをはじめるのだった。
「まま、マサキ……お、おお、お風呂かりたよ――――って、なんでお嬢ちゃんがいるのさっ?」
リリアちゃんを膝のうえにのせておしゃべりしていると、やっとロザミィさんがお風呂から戻ってきた。
けっきょく2時間ちかく入ってたのかな?
足が伸ばせるから、ついつい長風呂になってしまったんだろう。
「あ、お姉ちゃんだー。こんばんはー」
「あ、ああ。こんばんは……じゃなくてっ! ま、マサキ、どういうことだい?」
「いやっ、そ、それよりもロザミィさん、きき、着替え! ふく、服きてくださいよ!」
お風呂あがりのロザミィさんは、バスタオル一枚で体を隠しているだけ。
目のやり場に困ってしかたがない。
とか考えていたら、
「お兄ちゃんみちゃだめー」
と言いながらリリアちゃんに目隠しされてしまった。
うーん。ロザミィさん、これは暗に着替えを要求しているんですか?
それならあらかじめ言っといてくれればいいのに。
「わわ、わかってるよっ。えっと……服は……」
「着ていたのは土まみれだったんで、洗濯カゴにいれちゃいました、えっと、そこらへんのタンスに俺の服が入ってるんで、てきとーに着てください」
「あ、ああ。悪いけど借してもらうよっ。えっと、タンスは……」
「お姉ちゃん、お兄ちゃんのふくはそこにはいってるよー」
「わ、わかった。ありがとね嬢ちゃん」
「ん」
リリアちゃんの隙間だらけの指の間から、ロザミィさんがいそいそと着替える姿が垣間見えてしまう。
ヤバいヤバい。
罪悪感がすごいので目を閉じよう。
目を閉じること数十秒。
どうやら着替えが終わったようだ。
やっとリリアちゃんの手から解放されたぞ。
「ま、またこれ借りてるよ」
そう言うロザミィさんが来てるのは、オークと戦った時に貸したスウェットの上下だ。
また家出娘改め、北関東のヤンキー娘が爆誕してしまったぞ。
「こ、この服さ、その……き、着心地いいよね」
と言って、ロザミィさんは俺の隣にすとんと座わった。
長風呂のせいでのぼせてしまったのか、ロザミィさんの顔は赤い。
「…………」
「…………」
なんだこれ?
正面じゃなくてなんで隣に座ったんだろ?
しばらく無言が続く。
そんな沈黙をやぶったのは、やっぱりリリアちゃんだった。
「お姉ちゃんもお兄ちゃんのおうちにおとまりするの?」
「ひゃっ!? とと、泊まる!? きゅ、急になにを言い出すのさ!」
「そうだよリリアちゃん。ロザミィさんはお風呂はいりにきただけなんだから」
「そうなんだー。お姉ちゃんもおとまりだったら楽しかったのになー」
リリアちゃんが残念そうな顔をする。
たしかに大勢で泊まるのって、ワクワクして楽しいんだよね。
ずいぶんと昔だけど、修学旅行とかすっごい楽しかった。
最近だと社員旅行……は違うか。
あれはストレスがたまるだけだった。
「ははは、ロザミィさんにも帰るとこがあるんだから、ムリを言っちゃダメだよ」
「はーい」
「…………と、泊まってこーかな?」
「へ?」
「いや、せっかく嬢ちゃんが楽しみにしてたみたいだからさっ。その……が、ガッカリさせたくないだろ?」
「ま、マジですか?」
「あたしは本気だよ」
なんてこった。
うちにはまだベッドがひとつしかないんだぞ。
リリアちゃんならちっちゃいからふたりで寝れるけど、ロザミィさんも寝るとなると、俺は床で寝ることになってしまう。
んー。これは困ったぞ。
ちらりと隣のロザミィさんを見ると、なんだかもう泊まる気まんまんだ。
いまさら帰ってとも言いずらい。
こんなことになるなら来客用の家具も揃えておくんだったなー。
「うーむ。さすがに床では寝たくないぞ」
となると……答えはひとつだな。
「よし。錦糸町で寝るか」
錦糸町の自宅なら、ベッドのほかにソファもある。
ラグマットだってフカフカのを買ったばかりだ。
「リリアちゃん、ロザミィさん、」
「ん? なーにお兄ちゃん?」
「なんだいマサキ?」
「今日は錦糸町で寝ましょう」
錦糸町と聞いて、ふたりの顔色が変わる。
「キンシチョーいっていいのお兄ちゃん?」
「ほ、ほほほ、本当かいっ!?」
「本当です。じゃあ――」
俺はふたりの手をにぎり、
「いきますよー!」
とりあえず錦糸町の自宅に帰ることにした。




