第4話 胸に抱えて
森へとついた俺は、ロザミィさんと一緒にさっそく薬草をさがしはじめた。
「マサキ、いいこと教えたげるよ。薬草はね、森の日当たりのいいところに生えてることが多いんだ。だから薬草をさがすなら、まず――」
ロザミィさんが手を伸ばして、木々の合間から太陽の光に照らされた地面を指さす。
「あんなふうに陽がさしこんでいるいる場所からさがすのさ」
「おー、なるほどー」
「そこで見つからなかったらつぎの日がさす場所。そこもなければまたつぎへ……って感じで探していくんだよ。どうだい、簡単だろ?」
「たしかにそれなら効率いいですね。ありがとうございます」
まさか薬草さがしにそんな裏技があるとはしらなかった。
これを知ってたら前の試験のときに見つけられていたかもな。
でもその場合だと、ロザミィさんたちハウンドドッグのみなさんを助けられなかっただろうから、人生はうまいことまわっているもんだ。
「じゃあ、俺さがしますね」
「ああ。あたしも手伝ったげるよ」
「それじゃー、俺こっちからさがすんで、ロザミィさんはそっちからお願いします」
「わかった。手早くすまそうじゃないか」
「ですねー」
俺はロザミィさんとしゃがみこんで薬草を探す。
いろんな葉っぱをぺろんとひっくり返したり、雑草っぽいのをかき分けたり。
なんだか、ちっちゃいころ四葉のクローバーをさがしていたのを思いだすな。
まるで童心にかえったみたいだ。
ちょっとだけ楽しいぞ。
……と、思えていたのも30分が限界だった。
「こ、腰がいたいよロザミィさん……」
俺は痛みに顔を歪めながら腰をとんとんする。
中腰でさがしていたからか、腰が痛みを訴えてはじめていたのだ。
「……マサキ、なーにおじさんみたいなこと言ってんのさ」
「いや、だって俺おっさんですし……」
「バカ言ってないでさ、ほら、さがすよ」
残念ながら、ロザミィさんには取りあってもらえなかった。
そういえば俺、ハウンドドッグのみなさんに自分の歳を伝えてなかったな。
言うタイミングがなかっただけだけど。
打ち明けたらちょっとは優しくしてもらえたりするかな。
「いたい……いたいよ……」
それでも挫けず痛いアピールしていると、ロザミィさんがため息ひとつ。
「もうっ、しかたないなー。神の加護をこの者に与えん……ヒール!」
俺の腰に手をあてて、回復魔法を唱えてくれた。
「おおっ!」
みるみるうちに痛みがひいていく。
湿布なんかめじゃない効果だ。
すごいぞ回復魔法。
「マサキほどじゃないけど、あ、あたしもいちおうヒーラーだからさ。これぐらいなら……ねぇ?」
いったいなにが「ねぇ?」なんだろうか。
自分の腰痛ぐらい自分で治しなさい、って意味なのかな。
ロザミィさんの顔をうかがうも、なんかモジモジしていてわからない。
まるでおトイレをがまんしてるみたいだ。
「ありがとうございます。俺、回復魔法にこんな使いかたがあるなんて知りませんでしたよ」
「腰がいたいからって、ふつうはヒールなんか使わないからね。あたしもこんな使いかたしたのはじめてだよ」
「ははは、なんかすみません」
「べ、別にきにしなくていいよっ。あたしとマサキの仲なんだしさ」
ロザミィさんたら、やっぱりモジモジしてる。
ガマンの限界が近いのかもしれないな。
ならば人生の先輩としてここはひとつ、女性に恥をかかせるわけにはいかない。
「迷惑ついでに、もういっこいいですか?」
「な、なにさ?」
「いやー、ちょっとおトイレにいってきてもいいですかね? そろそろ限界がちかくて……」
「もうっ、はやくいってきなよ」
「ははは、じゃあ、ちょっといってきますね」
俺は恥ずかしそうに頭をかきながら、その場からはなれる。
ホントは尿意なんかぜんぜんないんだけど、ロザミィさんがお花を摘みたがってるみたいだから、ここは紳士として女性に恥をかかすわけにはいかない。
俺はロザミィさんから十分に距離をとり、5分ばかり時間をつぶす。
これだけ時間をおけば、ロザミィさんもお花を摘みおわっていることだろう。
さて、そろそろ戻るか。
そう思い、何気なく足元の陽だまりに視線をおとしたときだった。
「あれ? この葉のかたちは……」
葉っぱがギザギザでタンポポに似たかたち。
俺はポケットからスマフォを取りだし、画像フォルダをひらく。
「間違いない……これ薬草だ!」
足元でフサフサに生えまくっているぞ。
まるで俺の髪の毛みたいだ。
「ろ、ロザミィさーん! ちょっとこっちきてくださーい!」
俺はお花を摘み終わったであろうロザミィさんを呼ぶ。
「どうしたのさ? そんな大声だして」
「こ、これ! これ見てください!」
こっちにやってきたロザミィさんに、俺は足元のフサフサを指さす。
「これは……フフ、やったねマサキ。薬草を見つけたじゃないのさ」
「やっぱりこれが薬草だったんですか! いやー、まさかこのタイミングで見つかるとは思ってませんでしたよ」
「この手のものは不意に見つかるものさ。それよりマサキ、これはなかなかな数だよ。当たりをひいたね」
「そうなんですか?」
薬草は、直径1メートルぐらいの範囲でフサフサしている。
これをぜんぶひっこ抜くとなると、なかなかに骨が折れそうだ。
「ここのところ薬草が採れにくくなってるみたいでね。ギルドでも倍の値がついているのさ。だからこの数は、ちょっとした稼ぎになるよ」
「おおー、それは嬉しいですね」
この薬草は一年草だから手にはいらないことはないらしいんだけど、ロザミィさんの話を聞くかぎりでは、時期によって収穫量がかわってきたりするのかな?
そこでふと、俺の頭にある疑問が浮かぶ。
「あのー、ロザミィさん」
「うん、なんだいマサキ?」
「この薬草って、常に欲しがってるひとがいるんですよね?」
「そうだよ。薬師や錬金術師をはじめ、騎士団の連中だって常備してるだろうからね。いつだって買い手はいるよ」
「ですよね? じゃあ……なんで薬草を育てるひとがいないんですか? 薬草の畑でもつくったほうがいいと思うんですけど」
わざわざ森で採取してくるなんて、非効率すぎる。
常に需要があるんだったら、それこそ畑ででも育てて、安定供給したほうがいいんじゃないのかな。
そんな俺の質問を受けたロザミィさんは、しばらくポカンとしたあと……
「……ぷ、うふふ……あはははっ。マサキ、あんた面白いこと言うね」
お腹をおさえて爆笑してしまった。
「な、なんで笑うんですか!?」
「い、いや……ごめんごめん。まさか真顔でそんなこと聞かれるとは思わなかったからさ。ふぅ……」
目じりの涙をぬぐったロザミィさんは、深呼吸をして笑いを鎮める。
そして俺に向き直ると、申し訳なさそうな表情をうかべた。
「マサキ、そんな顔しないでおくれよ。笑ったりしてすまなかったって」
「…………」
ロザミィさんが俺の肩をポンポンとたたく。
「まさかあんたほどの魔法使いが薬草のことを知らないとは思わなくてね」
「……どういうことですか?」
「薬草はずーっと昔から、多くの錬金術師や魔導士が研究してきたのさ。さっきあんたが言った、『畑で薬草を育てる』ってのをね」
「…………」
「でも誰も成功しなかった。おっきな畑に薬草を植えても、すぐに枯れちゃったそうだよ」
足元の薬草を見ながら、ロザミィさんが話す。
なるほどねー。俺が考えつくぐらいだ。
同じことを考えていたひとは、過去にもいっぱいいたわけだ。
「枯れた……土が合わなかったんですかね?」
「それがね、薬草が生えてた森の土をつかってもダメだったそうだよ」
「となると……水ですかねー?」
「詳しいことはあたしもわからないよ。でもね、何十年って研究されてきて誰も成功していない。だからいまもこうしてあたしたちは森にはいって薬草を採りにきてるのさ」
「なるほどー」
うーむ。なんで薬草はひとの手で育てられないんだろう?
土じゃないとしたら水か? 肥料か?
ベランダ栽培が趣味な俺としては、とても気になるぞ。
俺は足元の薬草に目を落とす。
フサフサだ。すーぱーフサフサだ。
葉がしっかりとしていて生命力にあふれてる。
こんな力強い草が、場所を変えたぐらいで枯れてしまうなんて、ちょっと信じられないな。
「むー」
俺は顎に手をあて、薬草の観察を続ける。
もう気になっちゃってしかたがない。
こちらの世界の方々が、薬草を育てられないってんなら、もういっそ俺が育ててみるのはどうだろう?
なんせ俺はゴーヤからはじまり、最終的には小玉スイカまでもベランダで育てた猛者だ。
こんなフサフサのひとつやふたつ、よゆーで育てられるに違いない。
そうと決まれば、明日にでもプランターを買ってこないとな。
「ふっふっふ、当面の目的は決まったな」
俺はニヤリと笑い、ひとり呟く。
まずはこの薬草を錦糸町に持ち帰り、プランターに植えるところからはじめてみよう。
そしてベランダをフサフサにしてやるのだ。
とか考えていたら、
「なにボーっとしてんだいマサキ? さ、はやくこの薬草を抜くよ」
「え? あ、はい」
我に返った俺は、ロザミィさんと一緒に薬草を抜きはじめる。
ロザミィさんの説明によると、薬草はまわりの土ごと抜くのが最近のトレンドらしい。
だもんだから、ぜんぶ抜き終えたころには、俺もロザミィさんも土まみれになっていた。
「やれやれ、土だらけだよ。風呂にでもはいりたい気分だね」
「ははは、俺のためにすみません。お礼がわりといってはなんですけど、よかったらうちのお風呂にはいっていきます? 広くて気持ちいいですよ」
なんせこっちで買った家のお風呂は、錦糸町の何倍も大きいしね。
沸かす面倒にさえ目をつぶれば、足を延ばせる最高のお風呂だ。
「ッ!? な、ななな、きゅ、急になに言ってるのさっ」
ロザミィさんの顔が真っ赤に染まる。
これはアレか。
先にシャワー浴びて来いよ的な意味でとられてしまったのかもしれないな。
「あい、いや、お隣のリリアちゃんがよく入りにくるんで、ロザミィさんもどうかなーって思ったんですけど……突然すぎますよね。ごめんなさい」
「…………く」
「え?」
「いく……いくよ。あたしもマサキからお風呂借りる。こ、こんな土まみれなんだ。責任はきっちりとってもらうからねっ」
「あ、はい」
こうして、俺とロザミィさんは大量の薬草を胸に抱えてズェーダへと戻っていくのだった。
その帰り道、ロザミィさんの顔はなぜかずっと赤いままだった。




