第2話 ライラとマサキ
ムロンさんに「あした買い物にいくぞ」と誘われたのは、金曜日の夜のことだった。
その日も優秀なサボリーマンとして一日を過ごした俺は、週末を異世界で過ごすべく帰宅と同時に転移魔法を起動。
魔法陣に入って異世界へととんだ。
そしてムロンさんのお宅でイザベラさんがつくった夕食をいただいている時に、ムロンさんからデートのお誘いを受けたのだった。
「買い物……ですか?」
「そうだ。マサキ、お前自分の装備一式ダメにしちまってただろ? こんどはオレが一緒にいって見繕ってやるよ。ま~た変なもんつかまされちまわないようにな。がはははっ!」
「ホントですか!? ありがとうございます!」
俺がmamazonで買ったナイフやプロテクターのたぐいは、オークさんたちとの戦いですべてダメになっていた。
血がついたまま放置プレイしたナイフは錆びだらけになってしまったし、絶好調にアンモニアをかぶったせいでプロテクターからは異臭が放たれるようになっていからだ。
そんなわけだから、またmamazonで注文しようとしていた俺にとって、願ってもないお誘いだった。
「マサキ、お前さん、どんな装備がいいとかこだわりはあるか?」
「とくにありません。なんせろくに武器の使いかたも知りませんので……」
「がはは! そうかい。なら昔の仲間がやってる店がある。そこに行ってみるか?」
「お願いします!」
こうして、俺はムロンさんと一緒に武器や鎧を買いに行くことになった。
ファンタジーな世界でファンタジーな装備。
正直、心が躍ってしかたがない。
すでに俺の頭の中では、全身鎧にロングソードを構えた自分が、ばったばったと邪悪なオークさんを斬り倒している。
うん。わりとカッコイイんじゃないかな?
女の子にワーキャー声援を送られてもおかしくない姿だ。
俺は思わず「へへへ……」とにやけてしまい、リリアちゃんにつんつんされるまで、妄想の世界で剣を振りまわし続けるのだった。
翌日、俺はムロンさんに連れられ、武器や防具を飾っている店が並ぶ通りへとやってきた。
ムロンさん曰く、この通りには武器屋、防具屋、鍛冶屋が多く、装備を整えにきた冒険者や傭兵が集まってくるそうだ。
確かにまわりには、強面のひとばっか歩いている。まるで夜の池袋が安全に見えるほど。
うっかりぶつかろうものなら、なにも言わずに財布をさし出してしまいそうだ。
「マサキ、こっちだ」
ムロンさんはそう言うと、一軒の店にはいっていった。
俺は慌ててあとに続き、
「お、おじゃましまーす」
と言いながら、銃刀法にバリバリひっかかりそうな武器が並ぶ店に恐る恐るはいる。
「いらっしゃい…………って、おいおい、こりゃ珍しい客が来たもんだね。ムロンじゃないか」
「いよう! 久しぶりだなライラ」
俺たちを出迎えたのは、褐色の肌をしたグラマラスな美人さん。
金色の髪をうなじの辺りで無造作にしばり、下着にしか見えないような服を着ている。
おかげで目のやり場に困ってしまった。……眼福だけどね。
「マサキ、こいつは昔一緒にパーティを組んでたライラだ」
ムロンさんが美人さんを紹介してくれる。
「そんでライラ、オレのダチのマサキだ」
「はじめましてライラさん。マサキです」
「ライラだ。よろしくねマサキ」
俺とライラさんは握手を交わす。
ライラさんの手のひらは、皮膚が厚くなっていて硬かったけれど、とても温かかった。
「マサキ、ライラは鍛冶師なんだ。この店にある武器や防具は、ぜんぶライラがつくったんだぜ」
「へー……それはすごいですねぇ」
俺は店内を見まわし、素直に感心する。
店には何十という武器にいろんな形の鎧が並べられていて、このすべてをライラさんがひとりでつくったとなると、感心するほかない。
「くたばっちまった親父のあとを継げるのがあたいしかいなかったから、しかたなく……ね。ま、あたいが打ったものは見た目が地味だし、それに『女が打った武器なんか使えるか』って言ってくるヤツも多くてね。あんま売れてないけどさ」
ライラさんは肩をすくめておどけてみせる。
「駆け出しの冒険者どもにかぎって見た目を気にするからな。この店の武器がわかるのは玄人ぐらいなもんだろう」
「おや、ムロンのくせに嬉しいこと言ってくれるじゃないのさ。父親になってまるくなったみたいだね」
「うるせー」
照れ隠しにふて腐れたフリをするムロンさんを見て、ライラさんが小さく笑う。
「オレのことよりライラ、お前はどーなんだよ? 男のひとりやふたり、ひっかけられたか?」
「あいにくと槌ばっか振ってたから男どもが寄りついてこなくてね。気づけばこんな歳になってたよ」
「お前はたしかオレの五つしただったよな? ってーことは……もう23か? はえーもんだなぁ」
「バカ。女の歳を軽々しく言うもんじゃないよ。まったく、そのへんの気づかいのなさは相変わらずだね」
「がははは! すまねぇすまねぇ。それじゃどうだ? このマサキなんかは? こう見えて魔法使いなんだぜ」
楽しそうに笑うムロンさんが、唐突に俺をお薦めしはじめた。
いやいや、ちょっと待ってくださいよ。こんなの不意打ちじゃないですか。
「ふーん、魔法使い……ねぇ。ちょっと気になるけど……やめとくよ」
「なんでだ? マサキは良いヤツだぞ。このオレが保証する」
「なんでって……ムロン、マサキはまだ坊やじゃないのさ」
ライラさんがやれやれとばかりに首を振る。
うーん。どうやらまた実年齢よりしたに見られているみたいだぞ。
やっぱフサフサになったからか?
「がっはっは! なんだそんなことか。それなら気にするこたぁねぇ」
「おや、なんでさ?」
「マサキはな、こー見えてもう33なんだぜ。オレより年上なんだよ」
「…………う、うそをつくんじゃないよ。どー見たって坊やじゃないのさ!」
「いやー、ははは……童顔ですみません」
俺は頭をかきながら、申し訳なくて頭をさげる。
それでやっとライラさんにも俺がおっさんだと理解してもらえたようだ。
「さ、33……あたいの10コうえ……」
口をあけて、ぽかんと俺を見るライラさん。
そんなに見つめられると照れちゃうぜ。
「どうだライラ? マサキを婿にしてみるのは? こいつはバカみたいに優しいからな。きっとつくしてくれるぜぇ」
「そうだねぇ……。体は細いけど顔は悪くない。そのうえ魔法も使える……か」
ライラさんは呟きながら、俺を上から下まで流し見る。
あれ? なにこの流れ。
「うん。ムロンのすすめにしちゃ悪くないね。どうだいマサキ、あたいとつき合ってみるかい? 店に並んでいる武器と一緒でね、あたいの体も……」
ライラさんは俺の耳元に口を近づけ、続ける。
「まだ新品なんだよ」
こんな扇情的な美人さんに耳元でそんなことを言われてしまった俺は、ただただ狼狽えることしかできず、
「い、いや、まだその、ほらっ、出会ったばかりですし、なんと言うか、ま、まずはお友達からと申しましょうか――」
「冗談に決まってるじゃないのさ。本気にすんじゃないよ、マサキ」
からかわれていたことにすら気づけなかった。
「がははは! こりゃ一本取られたなマサキ」
「ムロンさん……」
「すまんすまん。ライラは昔からこんなヤツなんだ。気にするこたねぇ。それよりマサキ、ここに来た目的を忘れちゃいねぇだろうな?」
「ああっ! そ、そうでした!」
「目的? ま、昔馴染みに会いに来ただけとは思わなかったけどさ。いったいあたいになんの用があるんだいムロン?」
「どっちかつーと、用があるのはマサキだな」
ムロンさんはそう言って俺の肩を叩く。
「ライラ、マサキの装備を面倒みちゃくれねぇか? カネならたんまりとある」
「ふーん。まさかまっとうな用だとは思わなかったよ。それでマサキ、ほしいのは武器かい? それとも鎧かい?」
「どっちもです。俺に合う装備をひと通りお願いしてもいいですか?」
「ああいいさ。こっちとしても物が売れるんなら大歓迎だよ」
ライラさんは嬉しそうに笑うと、次々と店の商品を持ってきては着せかえ人形よろしく、俺にいろんな鎧を装備させたりするのだった。




