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第1話 いざ勝負! 真紅の血のぬいぐるみ

 優秀な社畜としてきっちり結果を出した俺は、今日も異世界こっちに転移し自宅で着替えをしていた。

 スーツからTシャツにジーンズというラフな格好に着替え、お隣のムロンさん宅の扉をたたく。


「お兄ちゃんっ、いらっしゃーい」


 そう出迎えてくれたのはリリアちゃんだ。

 リリアちゃんが相棒のペンちゃん(ぬいぐるみ)を持ったまま俺に抱きついてくる。 


「お兄ちゃん、今日もきんしちょーにいってたの?」

「うん。夜には戻らないとだけど、それまでは一緒だよ」

「やったー!」


 俺がリリアちゃんを抱っこしたままムロンさんの家に入ると、こんどはイザベラさんが出迎えてくれた。

 ちなみにムロンさんは冒険者ギルドでのお仕事があるため、帰ってくるのはいつも夕方ぐらい。

 俺は愛妻家でもあるムロンさんに、「ギルドでのクエスト《依頼》を受けていないときは、できるかぎりイザベラたちと一緒にいてやってくれ」と頼まれていたのだった。

 ムロンさんが不在な間の防犯対策的な意味があるんだろうけど、俺なんかでいいのだろうか。


「こんにちはマサキさん。ゆっくりしてってくださいね」

「ありがとうございます。なんか……連日遊びにきちゃってすみません」

「そんな、お気になさらないでくださいな。リリアもこんなに喜んでるんですから。それに、わたしもマサキさんが遊びにきてくれてうれしいんですよ」


 イザベラさんはそう言うと、優しく微笑んでくれた。

 うーん。ムロンさんはこんな奥さんがいてくれて、ホント幸せ者だな。

 俺もいつか素敵なひとと巡り合いたいもんだ。


「あ、イザベラさん」

「はい、なんでしょう?」

「今日は前に約束していたものを持ってきましたよ。はい、どーぞ受け取ってください」


 俺は手に持っていた荷物をイザベラさんに渡す。


「あら……これは?」

「ぬいぐるみの材料です」

「まあ」


 リリアちゃんに買ってあげたペンちゃんを見て興味をもったイザベラさんは、自分もぬいぐるみを作ってみたいと言い、俺につくり方を教えてほしいと頼んでいたのだった。

 そんなことを言われてしまった俺は、大いに焦ったさ。

 三十路なおっさんである俺が、可愛いらしいぬいぐるみの作りかたなんか知るわけないからだ。


 しかし、自分で言った以上、いまさらあとには引けない。

 ネットの海を泳いで作りかたを調べ、クラフトショップに通っては材料を集める。

 そして今日、やっとすべての準備が整った俺は、イザベラさんにぬいぐるみの作りかたを伝授するべくやってきたのだった。


「こんなにたくさん……本当にいいんですかマサキさん?」

「もちろんですよ。いつもお世話になってるんです。これぐらいさせてください」


 イザベラさんは少し驚いた顔をしながらも、俺の持ってきたヌイグルミの材料を受け取ってくれた。


「ありがとうございます。こんなにたくさんの綿にきれいな布……高かったんじゃないですか?」


 しまった。

 錦糸町のクラフトショップで買った時は気にしなかったけど、異世界こっちじゃ綿や色つきの布は価値が高いのかもしれないぞ。

 ここはなんとか誤魔化さないと……。


「い、いやぁ~、こないだやっつけたオークキングの報奨金がいっぱいもらえたんで、たたた、たいしたことないですよー。はははー」

「お母さん、リリアもブタさんやっつけるのてつだったんだよ!」

「そ、そうですっ。リリアちゃんも手伝ってくれたからこそ、オークキングを倒せたんです。これはそのお礼でもあるんですよ!」


 一週間ぐらい前にやっつけたオークキング。

 その現場にリリアちゃんがいたと聞いた瞬間、イザベラさんは卒倒しそうになってしまった。

 慌ててムロンさんが支え、俺やリリアちゃんに猟犬ハウンドドッグのみなさんまで巻き込んで事情を説明したことは、まだ記憶に新しい。


 その甲斐あってか、イザベラさんは夫であるムロンさんを助けるためにはしかたがなかった、と納得してくれたみたいだ。

 でもそのあと、ちゃーんと「もう危ないことをしてはダメよ」と、リリアちゃんに言い聞かせていたけどね。


「そういうことでしたら……遠慮なく受け取らせていただきますね。マサキさん、ありがとうございます」

「いいんですよ。いや、ほんとに。じゃ、じゃあ~、作りかたを教えますんで、一緒につくりましょうか?」

「お兄ちゃんリリアもっ! リリアもつくりたいよー!」

「ははは、そうだねリリアちゃん。リリアちゃんも一緒につくろっか?」

「ん!」

「うふふ、リリアったら。では、マサキさん、あちらの部屋で教えてください」

「はい。みんなでつくりましょう!」


 部屋を移動した俺たちは、大きなテーブルに材料をひろげた。

 布に詰めわた、型紙に糸やハサミ。それから針と目のかわりになる黒いボタン。

 それら材料の使い方をふたりに教えて、プリントアウトしてきた説明書どおりにみんなでつくっていく。

 イザベラさんは材料に興味津々だ。


「マサキさん……このハサミ、すごく使いやすいです」

「そうですか? よかったらプレゼントしますよ」

「いいんですか!?」

「ええ」

「ありがとうございます!」


 ハサミを持ったイザベラさんがニッコリ笑う。

 100円ショップで買った安物だけど、イザベラさんはハサミの切れ味に感動していた。

 型紙通りに布を切っていきながら、目を輝かせている。


 なんでも、ムロンさんはしょっちゅう服を破いて帰ってくるらしく、そのたんびにイザベラさんが縫って補修しているそうだ。

 そんなわけだから、質の良い裁縫道具はイザベラさんにとって最高のプレゼントになったのだった。


「お兄ちゃんきいて。お父さんね、こないだも服に穴あけてかえってきたんだよ」

「そうなんだ。んー、でもムロンさんのお仕事だったら破れちゃうのもしかたないのかな?」


 ムロンさんは冒険者ギルドで試験官だけじゃなく、新人さんの稽古(有料)とかもやってるからね。

 服に穴があいちゃうのも当然かな。


「それでねー、いっつもお母さんがぬってるの。ね、お母さん?」

「うふふ。そうね」

「リリアねー、こんどお父さんの服ぬってあげるんだー」

「おー! えらいねリリアちゃん。きっとムロンさん喜ぶよ」

「えへへ……」


 こんな感じで談笑をまじえながら、俺たち3人はぬいぐるみをつくっていった。

 




 そんで数時間後。


「できました」

「お母さんすごーい!」

「イザベラさん器用ですねー。その犬のぬいぐるみ、とってもかわいいですよ」


 イザベラさんの手には、説明書通りに完成したワンコのぬいぐるみがあった。

 フェイクファーの素材を使ったワンコは、このままお店に並んでいてもおかしくないクオリティだ。

 それに引きかえ……


「ありがとうございますマサキさん。あ……マサキさんのは……そ、その……ざ、斬新……ですね?」


 俺のつくったぬいぐるみは形が歪で、しょっちゅう指に針が刺さっていたため、ところどころ血で赤く染まっている。

 まるで呪いのぬいぐるみだ。夢に出てきちゃいそうな勢いだぞ。

 こんなカオスアイテム、ハロウィンの時期にだって需要はないに違いない。


「お兄ちゃんのワンワン……ちょっとこわいね」


 リリアちゃんの素直な一言が、俺の胸に突き刺さる。


「リリアちゃん、俺のつくったぬいぐるみ……いる?」


 そう問いかける俺に、リリアちゃんは困った顔でうつむいてしまうのだった。





 リリアちゃんを困らせ、イザベラさんに気をつかわせる。

 そんな気まずい空気を打ち破ってくれたのは、ナイスタミングで帰宅したムロンさん。


 ムロンさんは俺のつくったワンコ(カオスアイテム)を見て、ただひと言、


「なんだぁ……このひでぇのは?」


 と言っていた。


 もう2度とぬいぐるみは作るまい。

 俺はそう固く誓い、錦糸町の自宅のベッドで静かに涙を流すのだった。

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