エピローグ
「オークキング討伐と、ついでにマサキの合格を祝して……乾杯ッ!!」
ムロンさんが音頭をとると、
「「「かんぱーい!」」」
それに六つの木杯(リリアちゃんのは小さい)が続き、力強く打ち鳴らされた。
金色の液体が零れ落ち、テーブルのうえに乗った料理をぬらす。
「んぐんぐんぐ…………ぷはぁっ」
麦酒を一気にあおった俺は、口元をぬぐいミートパイに手を伸ばした。
ここはムロンさんのお家。
オークキングを倒した俺たちは、どうにかズェーダへと帰ってくることができたのだ。
「生きてるって、素晴らしいなぁ」
そう呟いた俺は、さっきまでいた森での出来事を思い返す。
俺たちを囲んでいたオークたちは、自分たちのボスであるオークキングが死んだ瞬間、我先にと逃げはじめていった。
ムロンさんの提案で「勝利を喜ぶのは街に戻ってからにしよう」ってことになり、俺たちは互いに肩を貸し合いながらズェーダへと戻っていったのだ。
まあ、悪臭を放つ俺に近づいてきてくれたのは、鼻をつまんだリリアちゃんだけだったけど。
門番である衛兵さんにすっげー嫌な顔されながら街の門をくぐり、新居のお風呂を沸かしてリリアちゃんと一緒に入る。
きれいな服に着替えて、こざっぱりしたところでムロンさんに連れられ、ゲーツさんたちと一緒に冒険者ギルドへ向かう。
もちろん、オークキングのことを報告するためだ。
オークキングの報告をしたら、ギルド内がちょっとした緊急事態になったみたいだけど、「もう倒した」と伝えたら、こんどはお祭り騒ぎになってしまった。
それだけオークキングという存在は、危険なものだったらしい。
でも、そこからが大変だった。
ムロンさん、ゲーツさんたち猟犬を交えて事の顛末を頭髪の心許ないギルド長に説明したり、試験中だった俺の冒険者証を発行するかどうかで大いに揉めたりと、いろいろあった。
なかでも一番めんどうだったのが、ロザミィさんへの口止めだ。
帰り道、こっそりと近づいてきて錦糸町について説明を求めてきたロザミィさんに、内緒にしてくれるようお願いするのは本当に大変だった。
冒険者だからか、はたまた元から好奇心旺盛なのかはわからないけれど、錦糸町にドえらい興味を持ってしまったのだ。
けっきょく「もう一度だけ錦糸町に連れて行く」という約束を交わし、なんとか秘密にしてくれると約束してくれた。
ちょっとだけ、猟犬のおふたりを助けにいった俺に対して、ひどいんじゃないかな? とは思ったけどね。
それでも、こうして俺、リリアちゃん、ムロンさん、ロザミィさん、ゴドジさん、ゲーツさんの6人が無事に戻ってこれたんだ。
小さなことにはこだわらないで、いまは思い切り楽しみたいと思う。
「いっただっきまーす!」
俺はイザベラさんの焼いたミートパイを口に運び、その味を堪能する。
「いっぱい食べてくださいね、マサキさん」
「ありがとうございますイザベラさん。このパイ、すっごく美味しいです」
「あら、お上手ですこと」
イザベラさんが嬉しそうに口元をほころばす。
その隣で、ムロンさんの目が鋭くなった。
「おいマサキ……まさかイザベラを口説こうってんじゃねぇだろうな?」
「そそそ、そんなことあるわけないじゃないですかっ」
「お兄ちゃん! リリアっ、リリアをくどいて!」
「リ、リリア! お前までなに言いだすんだ!?」
「えー、でもお父さんリリアをお兄ちゃんのおヨメさんにするって言ったよー」
「そ、それはだな……」
「へっへっへ。ムロンの旦那、確かにおれも聞いてたぜ。『リリアを嫁にやってもいい』ってさ。なあ、マサキさんよ? あんたも聞いてただろ?」
動揺するムロンさんの肩を、ボボサップことゴドジさんがポンと叩く。
ゴドジさんに同意を求められ、苦笑いする俺の右隣で、ロザミィさんが大仰に頷いた。
「ああ。たしかにあたしも聞いたよ。『お嬢ちゃんを嫁に』ってね。まさか……大の大人が自分の言葉に責任を持たない、なーんてことないよね旦那?」
「いや、あの時はだな、そのっ」
「なんだなんだ? 兄貴がそんな狼狽えるなんて珍しいな」
ロザミィさんに続いてゲーツさんまでムロンさんをいじりはじめてしまった。
ギルドでの報告のあと、「飲もうぜ!」と最初に言ったのは誰だったっけ?
たしかゴドジさんだったと思うけど、それがムロンさんの家でやることになり、まさかそれにゲーツさんまで参加するとは思わなかった。
「あん? なに見てんだよ」
「いえっ、見てません!」
「……チッ」
ゲーツさんに睨まれ、俺は目を逸らす。
いまだ心を開いてくれないゲーツさんだけど、俺は知っているのだ。
試験結果を待つ俺から扉一枚隔てたギルド長室で、ゲーツさんがムロンさんと一緒になって俺に冒険者証を発行するよう、頭髪の心許ないギルド長につめ寄っていたことを。
なんとか冒険者になれ、再試験しなくて済んだのはゲーツさんのおかげでもある。
このツンデレさんめ。ありがとうございます。
「旦那のカミさん料理上手いな! おっ、ロザミィそれも取ってくれ」
「ゴドジ、あんた遠慮ってもんをしらないのかい?」
「がははは! 遠慮なんかしねぇでどんどん食ってくれ」
「そんじゃ遠慮なくいただくぜ兄貴!」
「おか―さーん。リリアもおかわりー」
「はいはい。まだまだいっぱいありますからね」
早くも騒がしくなってきたテーブルをぼーっと眺めながら、俺はポケットにしまった金属のプレートを手で弄ぶ。
異世界での文字が彫られたこのプレートは、俺が冒険者になった証でもある、冒険者証だ。
オークキングの討伐に貢献した俺は、なんとか冒険者になることができた。
それも特例で。
頭髪の心許ないギルド長は、「いきなりオークキングを倒す新人なんか聞いたことない」と驚いていたけど。
「俺が……冒険者。ふふ……うへへへ」
冒険者になれた俺は、だらしない笑みを浮かべた。
いろいろあったけど、冒険者という肩書を手に入れた俺は、異世界で無職にならずにすんだのだ。
これで新しく知りあったひとに、「お仕事なにされてるんですか?」と聞かれても、肩身の狭い思いをしなくてすむぞ。
明日は有給最終日。
ずっと前から楽しみにしていたイベントがあるから、今日中に冒険者になれたのは本当に幸運だった。
これで……これで明日は思い切り楽しむことができるぞ。
「お兄ちゃん、」
「うへへへへ……ん? なんだいリリアちゃん?」
「お兄ちゃんなんでわらってるの?」
口のまわりをソースでベトベトにしたリリアちゃんが、俺を見あげて首を傾げる。
俺はソースをふいてあげながら、ニッコニッコして答えた。
「すっごく楽しいからだよリリアちゃん。それにね、明日はずーーーーーーっと前から楽しみにしていたイベントがあるから、それが楽しみすぎて興奮してるんだよ!」
「えっと、『いべんと』って……おまつりのこと……だっけ?」
おおっ! リリアちゃんに錦糸町でテレビを見せていた成果か、イングリッシュもバッチリだ。
なんて賢い子なんだろう。
甥っ子とは大違いだ。
「そうだよ。お祭りのことだよ。憶えてるなんてえらいねー」
「へへー」
そう言って頭を撫でると、リリアちゃんは嬉しそうに目を細めた。
「なんだマサキ、明日どっか行くのか?」
「ええ。そうなんですよムロンさん。ちょっと、どうしても外せない用事がありまして」
「ふーん。お前さんにしてはめずらしいな。いったいなにがあんだ?」
「あたしも気になるね。なーにするのさ、マサキ?」
ムロンさんとロザミィさんがそう聞いてくる。
見ると、イザベラさんにゴドジさん、意外にもゲーツさんまで俺の答えを待っているみたいだった。
どうやら、俺があしたなにをするのか、興味を持たれてしまったようだな。
ふっふっふ。しかたがない。
そんなに知りたいのなら、教えてあげましょう。
俺はいつの間にか注がれていたエールを(たぶんイザベラさんが注いでくれた)ぐびっと飲み干したあと、得意げな顔をみんなに向ける。
「ふっふっふ、あしたはですねー」
「あしたはー?」
先をうながしてくるリリアちゃん。
ジョッキをテーブルにおいてから拳を握りしめた俺は、喜びを爆発させるかのように答える。
「世界一かわいいひとのライブがあるんですっ!!」
「「「………………」」」
しばしの間、沈黙が場を支配した。
まあ、俺も浮かれていたんだと思う。
だって、森で試験を受けてたかと思えば、オークキングさん率いる一団との死闘に突入しちゃったし、くぐり抜けたら抜けたで、ズィーダまで帰らなきゃいけないしさ。
街に戻ってきてもギルドに報告したり、試験の合否にドキドキしたりと、ホント濃い一日だったんだからね。
いままでの過ごした33年の人生のなかでも、トップテンに入る濃さだったと思う。
「マサキ……お前もう歌うな」
「なーに言ってんですかムロンさん! 世界一かわいいひとの歌はこっからがサビなんですからね!」
「おいおいマサキさんよ、もう勘弁してくれ……」
「ゴドジさんまで! そんなんじゃ立派な王国民になれませんよ!!」
「なんなんだよコイツ……」
「さあ、ゲーツさんもご一緒に!」
そんなわけだから、俺が年甲斐もなくはしゃいじゃうのもしかたがないよね。
お酒もすっごく美味しく感じたし、ぶっちゃけかなり酔っちゃったし。
「お兄ちゃんリリアもおうたうたうー!」
「よし! なら一緒に歌おうリリアちゃん!」
「ん!!」
「いっくぞー☆」
このあと、いつの間にか別室へと運ばれていた俺は、リリアちゃんと一緒にぶっ倒れるまで世界一かわいいひとの歌を歌い続けていたそうだ。
ぶっ倒れて爆睡していた俺が意識を取り戻したのは、お昼もだいぶ過ぎたころ。
リリアちゃんに起こされ(口と鼻をふさぐデンジャーな起こし方だった)、慌てて錦糸町へと戻る俺。
10分で支度をすませ、錦糸町駅を走る地下鉄の半蔵門線に飛び乗った俺はそのまま九段下へと移動し、無事に日本武道館で世界一かわいいひとのライブを観ることができた。
オークとの戦闘を経験した俺が振るうサイリウムの動きはもうキレッキレで、周囲から羨望の目で見られるほどだった。
まさかオークキングとの死闘が、こんな形で活かされてくるなんて思ってもみなかったけどね。
「ふぅ……。有給ももう終わりかー」
ライブの興奮さめやらぬ俺は、ひとり自宅のベランダでスカイツリーを眺めていた。
「明日から仕事か。めんどーだなー」
缶ビールを開け、ひと口飲む。
この二週間、本当にいろんなことがあった。
ジャイアント・ビーとの戦い。
異世界での自宅購入と、それに伴う寺生まれごっこ。
興味本位で冒険者になろうとしてみれば、ゴドジさんをダブルジョイントにしちゃって大変だった。
「でも、ほんっっっっと、楽しかったなぁ」
オークキングとの戦いは命がけだったけど、なんとかみんなで生還することができた。
ギリギリで冒険者にもなることができたしね。
現在の時刻は、22時59分。
スカイツリーの照明が消えるまで、あと30秒ほど。
俺は缶ビールを飲み干し、気もちを切りかえる。
「よっし! やるぞー!!」
なにをやるかなんて、俺にもわからない。
でも、いままでとは違う『何か』が待っている気がするんだ。
二十歳を過ぎてから、時間の流れが一気に早くなった。
三十路になってからは、さらに加速した。
きっと、このままあっとう間に歳をとっていくんだろう。
それでも――それでもだ。
異世界と錦糸町を行き来できる俺には、きっと面白い人生が待っているに違いない。
なら、これからはちょいちょい向こうと錦糸町を行き来して、三十路な人生に華を添えてやろうじゃないか。
23時になり、スカイツリーの照明がゆっくりと落ちていく。
俺はそれを見届けたあと、部屋のベッドに横たわり、天使のような寝顔で眠りにつくのだった。
異世界の夢が見れますように、と願いながら。
これにて第一章の完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。




