最終話 オークキング散る! おっさん涙の必殺拳
「ムロンさんっ!」
考えるより速く、俺はそう叫んでいた。
なぜなら、ムロンさんたち三人がいまにもオークキングに突撃していきそうな雰囲気だったからだ。
「……んなっ!? マサキ、お前なんでここにいるっ!?」
ふり返ったムロンさんの目が見開かれ、
「おとーさーんっ!!」
隣にいるリリアちゃんを見た瞬間、驚愕に変わった。
「リリアッ! こっちに来ちゃダメだっ、逃げるんだ!」
一番この場にいちゃいけないはずの愛娘がいたんだ。
びっくらこくのもあたり前ですよね。
でも、俺がリリアちゃんを連れてこなきゃいけなかった理由だって、ちゃーんとあるんですよ!
「リリアちゃん、『とっておき』を使ってムロンさんたちの後ろにいるオークたちを狙うんだ!」
「ん!」
リリアちゃんはそう返事をすると、背中に背負っていた大型の水鉄砲を前に持ってきて構えた。
「えい、えい、えい!」
可愛らしいかけ声とともにリリアちゃんが銃身のレバーを握ると、「しゅっこしゅっこ」しごいてタンク内を加圧していき、10往復させてから(すげー速かった)銃口をオークに向ける。
狙いはムロンさんたち後方のオーク御一行さま。
「お兄ちゃん、準備できたよ!」
「いいぞリリアちゃん、なら……撃てー!!」
「えーい!!」
トリガーが引かれ、水流が一直線の軌跡を描いてオークの顔面に命中する。
説明書によれば、大型水鉄砲『殲滅バズーカくん』の飛距離は10メートルにおよぶらしい。
その勢いは凄まじく、水の射出時間も2秒近くある。
だもんだから、トリガーを引いたまま銃口を水平移動させると、まるでビームで薙ぎ払うかのように水を放射できるのだ。
『ブヒヒィィッ!?』
この時がまさにそうだ。
殲滅バズーカくんを水平移動させながら撃ったリリアちゃんは、見事狙った場所にいたオークたちを薙ぎ払ってみせた。
そしてこれこそが、俺がこの戦いにリリアちゃんを連れてきた最大の理由でもある。
「ナイッシューだ、リリアちゃん!」
リリアちゃんの射撃の腕は、天才的ともいえた。
それが狩人であるムロンさんの娘だからなのかはわからないけれど、大人である俺なんかよりもよっぽど命中精度が高いのだ。
ジャイアント・ビー戦に続き、この対オーク戦を経験したことで、俺はそれが自信から確信に変わった。
「ムロンさんっ、早くこっちへ!」
「ゴドジ、ゲーツ! 早くおいでよ!」
俺とロザミィさんの声が重なる。
誰よりも早く反応して見せたのは、やっぱりムロンさんだった。
ムロンさんはゴドジさんの胸を叩き、ゲーツさんに肩をかしてこっちへ走り寄ってくる。
「マサキ、あたしとお嬢ちゃんでオークどもを抑える。マサキは3人のケガを治しておくれ。お嬢ちゃん、やるよ?」
「ん! わかったよお姉ちゃん。 やー! このー!」
ロザミィさんとリリアちゃんが、一緒になってムロンさんたちの退路を切り開く。
水鉄砲を喰らったオークたちは、みな地面を転がって「ブヒブヒ」悲鳴をあげていた。
まるで養豚所のような賑やかさだ。
「マサキ……これはいったいどういう――」
「話は後にしましょうムロンさん。いまは傷を治させてください!」
「……分かった。頼む」
「はい! いきますよ、広域回復!」
俺はそばまで来たムロンさんの言葉を止め、3人に回復魔法をかけた。
光の粒子が3人の傷口を覆い、傷を癒していく。
「ありがてぇぜ、マサキさんよ」
左肩から血をだらだら流していたゴドジさんが、手を閉じたり開いたりして具合を確かめている。
よっし。完全とはいかないまでも、ある程度は傷を治せたみたいだな。
すくなくとも、動かせるぐらいには。
「これでまた戦えるぜ!」
ゴドジさんは残虐な笑みを浮かべると、とげとげのついたメイスを振りあげ、
「潰れちまいな!」
悪臭に絶賛悶絶中のオークに振りおろした。
なんか嫌な音が聞こえ、スプラッタな光景が視界に映り込む。
「へへ、いつまでも調子乗ってるからだバカ野郎が!」
「あんたまで調子に乗ってどうすんのさゴドジ? はしゃいでないで転がってるオークを始末おしよ」
「わかってるよロザミィ……よっと!」
再び嫌な音が聞こえ、数日はお肉が食べれなくなるような光景が広がる。
……はぁ。今日一日でだいぶグロ耐性がついてしまいそうだ。
まぁ、冒険者やるにはいいことなんだろうけどさ。
「マサキ、あとで話を聞かせてもらうからな? ゲーツ、オレらもやるぞ!」
「おうともさ、兄貴!」
「いくぞ!」
鬼を通り越して修羅となった顔を俺に向けたあと、ムロンさんはゲーツさんを伴って転がるオークに止めをさして回る。
リリアちゃんがアンモニア水をオークの顔面に射撃し、ロザミィさんがアンモニア水の補給兼、射撃手。
そんでもって、悪臭でもんどりうつオークたちに、ムロンさんら男衆が裁きの鉄槌を下していく。
「いける、いけるぞ!」
俺は思わず手を叩いて声をあげた。
さすがにまずいと思ったのか、オークキングが「ブヒブヒ」怒声をあげているけれど、向かってくるオークは軒並みリリアちゃんに撃たれ、くずれ落ちていく。
形勢は、逆転しつつあった。
「みんな、がんばれ!」
俺とリリアちゃんは、背中合わせになって殲滅バズーカくんを撃ち続ける。
撃っても撃ってもオークは一向に減らない。
いったいどれだけいるんだ?
「ムロンさん、どーします? 優勢みたいですけど、この隙に逃げちゃいます?」
「いいや、オークキングはオレたちを見逃すほどぬるいモンスターじゃねぇ。背中を見せたらいっきに殺られちまう。ここで仕留めるしかないぞマサキ!」
「はい! なら……肉体強化! ついでにみんなにも肉体強化!!」
俺はみんなに肉体強化の補助魔法を使った。
魔法によって身体能力が劇的に向上し、動きが格段によくなる。
特に、リリアちゃんなんかもうキレッキレだ。
「マサキ、あんた補助魔法まで使えるのかいっ!?」
ロザミィさんが驚いた顔をする。
もちろん、殲滅バズーカくんのタンクに給水する動きもキレッキレだ。
「ははは、でもさすがにもう魔力が残り少ないみたいです。これ以上は期待しないでくださいね」
今日は転移魔法で異世界と錦糸町を往復したうえ、攻撃魔法に回復魔法。それに補助魔法まで使ってんだ。
そろそろガス欠になってもおかしくはない。
「魔力切れだけは気をつけなよ。魔力欠乏症になったら事だからね」
「りょーかいです!」
俺はそう返事をしたあと、100円の水鉄砲を二丁持ってオークに近接射撃を挑む。
アンモニア水の残りが心許なくなってきたため、燃費のいいハンドガンタイプの水鉄砲に切り替えたのだ。
「おらおらおらっ!」
オークの攻撃をひらりひらりとかわしながら、水鉄砲を近距離で撃つ。
肉体強化のおかげで、体は軽かった。
近距離射撃で倒れたオークに、俺は自らナイフを突き立てていく。
いまのところ、オークキングに動きはない。
俺たちから距離を取った(殲滅バズーカくんの射程外にまで離れていた)オークキングは、目を細めてこちらを注視しているみたいだった。
まるで、状況を冷静に見極めようとしているかのように。
そんなオークキングと、俺は一瞬目があってしまう。
ぞくりとした寒気が背中を走り、心臓がぎゅっと押しつぶされた気がした。
あれは……まさに化物の眼だ。
人というものを捕食対象としか思っていないような、そんな眼だった。
「なーんか……すっごい嫌な予感がするぞ」
そんな俺の読みは、困ったことに当たってしまったようだ。
『ブヒブヒブヒィィヒ!』
オークキングがそう叫ぶと、オークたちが散開しはじめ、それぞれてんでバラバラに襲いかかってきたじゃないか。
それも、水鉄砲を持っている俺やリリアちゃん、ロザミィさんに向かって集中的に。
『ブヒー!!』
オークキングの号令のもと、残ったオークたちが一斉に襲いかかってくる。
なんてこった。オークキングは俺たちの持つ水鉄砲こそが危険だと気づいたのだ。
ブタが賢いって話、本当かも。
「まずいよマサキ、補給が間に合わない!」
「お兄ちゃん、ブタさんいっぱいくるよー」
ロザミィさんとリリアちゃんが悲鳴をあげる。
まずいぞ、まずい!
「ゴドジ、ガキとロザミィを護るぞ!」
「おうっ!」
「ゲーツ! オレの娘を『ガキ』呼ばりすんじゃねぇ!」
向かってくるオークたちに、ムロンさんたち3人が盾となるべく武器を構える。
残念ながらゲーツさんの護るリストから漏れてしまった俺は、ひとり考えを巡らした。
オークの数が多すぎるこの状況を打破するには、けっきょくのところ、あそこにいるオークキングを倒すしか方法がないんじゃないのか?
ボスであるオークキングを倒せば、群れが瓦解するかもしれない。
こんな状況だ。やってみる価値は十分にある。
なら……余力があるいま攻めるしかない!
そう覚悟を決めた俺は、ロザミィさんに顔を向ける。
「ロザミィさん、アンモニアを下さい!」
「最後の水だよ。でもどうするつもりだい!?」
「こうするんですよっ!」
俺はロザミィさんからアンモニア水の入ったボトル(500ml)を受け取ると、ひとり跳躍してみんなから距離を取った。
「お兄ちゃん!!」
「マサキ!?」
「なにしてる、戻れマサキ!」
みんなの呼び戻す声を無視し、俺はボトルのキャップを開けると――
「どぼどぼどっ、どぼどぼどっ、どぼどぼどぼどぼ、どぼどぼどっ!!」
アンモニ水を小躍りしながら頭からかぶる。
そして――
「おんぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
悪臭を放つ化物として、俺は産声をあげた。
オークキングが化物だってんなら、俺自身も化物になってやる。
もうこれで、怖いものなんかないぞ!
「いっくぞー!!」
ここにくるまでの間で、俺の鼻はとっくに麻痺になっているんだ。
どんな臭いも感じやしないからアンモニア水をかぶるぐらい、わけなかった。
「いぃやっほぉぉぉぉぉっ!!」
オークキング目指して、俺は一直線に走った。
絶好調に走った。
『ブヒィ!?』
『ブホォヒィ!!』
『ブッヒィィィッ!?』
俺を攻撃しようとしていたオークたちは、近づいた瞬間顔をしかめて逃げていく。
襲いかかってこようとしたオークたちが左右に割れ、道がつくられる。
まるでモーゼの十戒だ。
はじめからこうすればよかった。
「勝負だ! オークキング!!」
『ブヒ!?』
俺に気づいたオークキングが、僅かに腰を浮かす。
戦うべきか逃げるべきか、考えてるみたいだった。
悪臭を放ってるんだもん。そりゃ考えちゃうよね。
『ブヒィ!!』
向かってくる俺を見たオークキングは、戦うことを選んだようだった。
自分で顔面パンチして鼻を潰し、嗅覚を塞ぐオークキング。
目に怒りの炎を灯したオークキングは両脚を広げ、待ち構えるようにでっかい剣を振りあげた。
あの剣で斬られでもしたら、俺なんか一瞬でおだぶつだ。
「ならっ――」
俺は左手でナイフを逆手に握りつつ、右手をポケットに忍ばせ、なかの小瓶を握る。
『ブヒィィッ!!』
オークキングが剣を振りおろしてきた。
俺はそれをギリッギリでかわすと、ガゼルパンチの要領で右手に持った小瓶を掌底のようにしてオークキングの顔面に叩きつけた。
『ブガッ!?』
ナイフに意識を向けていたオークキングは、まさか掌底が飛んでくるとは思ってもみなかったんだろう。
掌底はクリーンヒットし、指だけで握っていた小瓶が割れる。
『ブヒィィィィィィイイイッッッ!!』
絶叫があがった。
「どんなもんだいっ!」
俺が叩きつけた小瓶は、古き時代からある虫刺され薬の『金燗』。
この金燗が他の虫刺され薬と違うところは、かゆみや痛みの原因に直接作用するのではなく、塗った患部の神経を麻痺させるってところだ。
『ブヒヤァァァァ!! ブヒヒヒブヒィィィ!!』
当然、ひとしずくでも目に入れば、ドえらいことになる。
しばらくは目を開けることもできなくなってしまうのだ。
まさか子供の頃やってた罰ゲームが、こんなところで役立つとは思わなかったけどね。
『ブヒィィ、ブヒィィィ』
目を抑え、涙を流しながら地面を這うオークキングに向かって俺は――
「終わりだ。オークキング」
静かにナイフを突き立てるのだった。




