第40話 決戦の予感
ムロンたち御一行の視点です。
手のひらから希望が零れ落ち、絶望に満たされようとしていた。
「まだやれるか、でけえのっ?」
ムロンは血塗られた蛮刀を片手に、隣のゴドジに問う。
「おうさっ!」
威勢の良い返事ではあるが、限界が近いのは明らかだ。
体の大きなゴドジは元から的にされやすいし、盾だって既に壊れてしまった。
「まだまだいけるぜぇ! ムロンの旦那っ」
それに、さっき受け損なった一撃で、左腕が使い物にならなくなっている。
「そりゃ頼もしいじゃねぇか」
それでも――それでもだ。
「すまねぇ……兄貴」
オークたちから、なぶり殺しにされかけていたゲーツを救出することはできた。
瀕死となったゲーツに、冒険者ギルドからムロンへ支給されていた回復薬をすべて使うことにはなったが。
「ったく、詫びいれる前にちったぁ自分で立ちやがれ」
「……わかってる」
顔を歪ませながらも、ゲーツは自力で立ち上がる。
ありったけの回復薬を使い、なんとか動けるまでには回復したらしい。
「それでいんだよ」
ムロンはゴドジと一緒にゲーツを護るようにして立っているが、状況は芳しくない……いや、絶望的といえよう。
退路を切り開こうにも、傷を負ったゲーツとゴドジに走る余力なんて残っていないだろうし、数えるのが馬鹿らしい程のオークの群れに囲まれてしまった。
いまさら怪我人だけで切り開けるわけがない。
そう考えたムロンは顔をあげ、昇ってきた月を見た。
「殺し合うのが馬鹿らしくなってくるな……」
最後の、月だ。
ムロンにとって最後に見るであろう月は、とても綺麗だったのだ。
「ふぅ……奴さんにも、月の良さがわかりゃよかったんだけどなぁ」
あげていた視線を降ろし、ムロンは一匹のオークを見た。
他のオークよりも一回り大きな個体、オークキング。
それも、黒い皮膚をしている。
「よりによってオークキングの亜種とはなぁ……。話がちげーぞ、姉ちゃんよぉ」
あの皮膚は、硬質化し変色しているせいで黒く見えているのだ。
もちろん、刃物だって通しにくい。
突如として森に現れた災厄は、オークキングの、それも亜種。
かつてのムロンは銀等級の冒険者だった。
その力量は、通常のオークキングならば滅ぼせたかもしれない。
だが――
「あーあ、嫌な面しやがってあの亜種め。絶対にオレたちを逃がさないつもりだな」
それが亜種となると話が変わる。
強いのだ。通常種の何倍も。
通常のオークキングが足元に及ばぬほど、亜種は強く、賢い。
ただ強いだけならば、まだやりようはあっただろう。
しかし、そこに賢さが加わるともう無理だ。
「ちったぁ、てめえでかかってこいってんだ」
事実、オークキングの亜種は、自身が一度も戦うことなくムロンたちを追い詰めていた。
己の手下を使い、数に任せて戦わせることで。
『プギィィィィ!』
いままたオークキングに命じられ、五体のオークがこちらに歩を進めてきた。
オークキングは、さっきからこうして冷静に、冷徹に、冷酷なまでにこちらを責めたててくる。
まるでムロンたちを、じわりじわりと弄るかのごとく。
「まーたきやがったか」
「旦那、やるぜ!」
「兄貴……おれも戦う。戦わせてくれ」
「あたり前だゲーツ、」
ムロンは転がっていた小剣をゲーツに押しつけ、続ける。
「お前を守ってやる余裕なんか、こっちにゃとっくにねぇんだからよ」
「……すまない兄貴」
「謝ってねェで剣を振るいな!」
「ああ!」
さすがに背後まで囲まれてしまっていては、もう抜け出せない。
ムロンたちには、オークキングの遊戯に付き合うしか選択肢が残されていなかったのだ。
「おらよっ!」
オークから奪った蛮刀を振るいながら、ムロンは想った。
あのお人好しの馬鹿野郎に巡り合えたのは幸運だった、と。
自分はもう妻のもとに、娘のもとに戻れはしないだろう。
あの、この世界で最も暖かい場所に二度と戻れないのだ。
娘は泣くだろう。
妻も絶望するだろう。
「はぁぁぁっ!!」
哀しみは深いだろう。
絶望はふたりから笑顔を奪うだろう。
でも、それがどうした?
ふたりのそばには、あの男がいる。
あの、お人好しでおっちょこちょいなマサキがいるのだ。
自分がこの世界からいなくなってしまっても、きっとマサキがふたりを笑わせてくれるに違いない。
いいや、絶対に笑わせてくれる。
どんなに月日が経とうとも、暗闇がふたりを覆い尽くそうとも、必ずやマサキが笑顔を取り戻してくれるのだ。
だってあの男は、底抜けにお人好しなんだから。
「どうした!? もう終いかオークキング!!」
オークを切り殺したムロンが吠える。
マサキという男に希望を託したからこそ、ムロンは敢然と絶望に立ち向かえていたのだ。
恐れなんか、どこにもありやしなかった。
「はぁ……はぁ……。く、威勢がいいな、旦那」
「ったりめぇだ。いいかお前ら、」
ムロンは返り血を拭い、豪快に笑ってみせる。
「どうせ最後の夜になんならよぉ……派手に楽しんでやろうじゃねぇかっ! 剣を振りあげろ! 大声を出しなっ! オーク共を道連れにしてやるぞっ!!」
「へっへ……最高だぜ、旦那」
「ムロンの兄貴……最後までつき合わせえてもらうぜ!」
ムロンが死を覚悟し、決死の突撃をしようとしたその瞬間だった。
「ムロンさんっ!!」
あのお人好しの声が聞こえたのは。




