第38話 おっさん戦場へ帰る
「な、なんだいここは!? こここ、ここはいったいどこなのさマサキッ!?」
無理やり錦糸町の自宅に連れてこられたロザミィさんは、やっぱり慌てふためいた。
下着姿なことも忘れてキョロキョロしている。
「お姉ちゃん、ここがきんしちょーだよ」
「キンシチョーだって? そんなとこ聞いたことないよ!」
ロザミィさんは俺の部屋を見まわしたあと、ふと『何か』に気づく。
もちろん、その『何か』とはスカイツリーだ。
ロザミィさんは窓に顔をくっつけて、ライトアップされているスカイツリーを凝視する。
そのせいで、ぷりんとしたお尻が俺に向かって突きだされちゃったもんだから、さあ大変。
近距離にある形のよいお尻にドキドキしちゃうけど、ここは六畳間なんだからそれも仕方がない。
だってテレビにソファにテーブルもあるから、3人も部屋にいたんじゃ狭いからね。
「あ、あ、あぁ……。なんなのさ……あの光り輝く塔は? ま、まさか神々がお住まいになっているんじゃ……」
ポカンとした顔で、スカイツリーを眺めるロザミィさん。
ごめんなさいロザミィさん。
その手のリアクションはもうリリアちゃんが一通りやってますんで、いちいち拾ってられないんです。
俺は驚くロザミィさんをリリアちゃんに任せ、目的の物を探すべくクローゼットをひっくり返していた。
ガサコソ荷物をあさる俺の代わりに、リリアちゃんがロザミィさんに近づいていく。
「お姉ちゃん、あれね、『すかいつりー』っていうんだよ」
「すかい……つりー?」
「そうだよ。リリアねー、こないだお兄ちゃんとあのすかいつりーのぼったんだよ!」
「あそこに……登っただってっ!? お嬢ちゃんみたいなちびっ子がかい?」
「うん。お兄ちゃんといっしょにいちばんうえまでいったんだよ! すごいでしょ?」
「踏破したってのかい? そんなバカな……」
ロザミィさんは驚きを隠しきれないのか、スカイツリーとリリアちゃんを交互に見やる。
なんか尋常じゃなく驚いているみたいだけど、ひょっとしたらスカイツリーのことロールプレイングゲームのラストステージみたいな塔だと、勘違いしちゃったのかもしれないな。
電気を使った人工的な明かりをしらない異世界の住人であるロザミィさんにとって、青くライトアップされたスカイツリーは、それこそ神さまが創った建造物にしか見えなかったんだろう。
時間や日替わりでライトアップの色が変わるって知ったら、もっと驚くんだろうな。
「えーっと、どこにしまったっけ…………あった!」
俺はクローゼットの奥にしまっていたダンボールを開け、ついに目的のものを見つけた。
けっきょく数回しか使わなかったし、ちゃんと袋にいれていたおかげで保存状態は良好。
いますぐにでも使えそうだ。
まったく、自分が大人げないおっさんで良か……いいや、ここは童心を忘れないおっさんで良かった、としておこう。
「よし! 次は買い出しだ!」
うちの近所には薬局が3つある。うまく回れば15分……いや、10分で回ってみせるぞ!
そう決意した俺は、ちらりと時計を確認する。
現在の時刻は午後6時30分だから、40分までには戻ってこないとだ。
「リリアちゃん!」
「なにお兄ちゃん?」
「俺は買い物に行ってくるから、リリアちゃんはロザミィさんと一緒に森に戻る準備をしてて! 喉かわいてたり、お腹が空いてたら冷蔵庫のなかのもの好きに食べてていいから!」
「うん、わかったー! ……おかしもいいの?」
「三つまでだよ!」
「ん!」
俺はヘルメットを脱ぎ捨てナイフを外し、プロテクターが見えないようパーカーをはおる。
「ちょ、ちょっとどこいくのさマサキ?」
「すみませんロザミィさん、いまは説明している時間はありません。すぐ帰ってくるんでリリアちゃんと一緒に待っててください! リリアちゃん、いってくるね」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
「お、お待ち――」
ロザミィさんの制止を聞かずに、俺は玄関から飛びだした。
一階の駐輪場で自転車を引っぱりだし、薬局を目指して加速する。
「うおぉぉぉぉおお! フルパワーだぜ! 信じらんねぇ!」
肉体強化によって爆発的な加速を魅せたマイ自転車。
その常軌を逸したスピードに、通行人が奇異の目を向けてくる。
へへ、エンジンだけは一流なとこを見せてやったぜ。
目的の物が、3店舗すべてにあったのは幸運だった。
俺は迷わず魔法のカードで大人買い。
買い占めて自宅へと帰還した。
「ただいま!」
俺が家に帰ると、リリアちゃんがフルーツ牛乳をぐびぐび飲んでいるところだった。
それも、腰に手をあてて飲むという、完璧な姿勢で。
「っぷはー……おかえりなさいお兄ちゃん!」
「ただいまリリアちゃん」
俺は抱きついてくるリリアちゃんの頭を撫でたあと、口をあけてテレビを見いっていたロザミィさんを呼ぶ。
「ロザミィさん、こっちにきてください! いまからリリアちゃんとロザミィさんにすごい武器の使い方を教えます!」
「お兄ちゃんなーに?」
「マサキ……こんどはいったいなんなのさ?」
「ふたりにいまから『これ』の使い方を教えます! オークと戦うためにしっかり憶えてください!」
俺はクローゼットから探し出した物を手に持ち、使い方などの説明をはじめた。
「いいですか? まず――――――…………」
構造がシンプルなぶん、憶えるのは簡単だったみたいだ。
ふたりとも使い方を完璧に憶えたぞ。
転移魔法で戻ってから、ここまででかかった時間は全部で15分。
ムロンさん……どうか生きててください。
「ロザミィさん、俺ので申し訳ないんですけ、これ着てください」
俺は下着姿のロザミィさんに、寝巻用のスウェットの上下をわたす。
「これは……変わった服だね。でもありがと」
紫色の髪をしたロザミィさんがスウェットを着ると、家出中の不良娘にしか見えなかったけれど、別に錦糸町を出歩くわけじゃないから問題はない。
「最後にもう一度だけ聞いておきますけど、……ホントにロザミィさんもオークと戦うつもりですか?」
ロザミィさんは、ゴドジさんに背負われていたとはいえ、オークから逃げるのでフラフラになっていたんだ。
ムリはして欲しくない。
「あたり前だろ。ここにあたしだけ残してったら……マサキ、あんたのこと一生恨むよ」
「……後悔しませんね?」
「後悔があるとしたらね、それはゲーツを止められなかったことさ。だから……」
ロザミィさんが、ぎゅっと拳を握る。
「それを返しにいくんだよ!」
「……わかりました。なら一緒にいきましょう!」
「ふふ、ありがとマサキ。感謝するよ」
「それはみんなでズェーダに戻ってから聞きますよ」
最後に消臭スプレーを持ってきた俺は、
「念のため……これも!」
噴射口をロザミィさんに向け、吹きつける。
「うわっ、なにするのさ!」
「いいから。これも必要なんです!」
子どもの頃、友だちがイタズラで発情期のメス猫に消臭スプレー吹きかけていたんだけど、匂いが消えたせいか、オス猫みんなにフラれてたのを思いだしたのだ。
ひょっとしたら、これも役立つかもしれないから、念のためにね。
「お兄ちゃんリリアもっ、リリアもプシューってしてっ!」
「はいはい。そーれ、ぷしゅー」
「わーい! これいい匂いするねー」
最後に自分にも吹きつけ、さっき外したナイフとかをまた装備して荷物を背負う。
これで準備完了だ。
「じゃあ森に戻ります。ふたりとも俺にくっついて!」
「ん!」
「こ、これでいいかい?」
リリアちゃんが俺の首に抱き付き、ロザミィさんが恥ずかしそうに腰に手を回してくる。
そして俺たちは――
「いきます! 転移魔法、起動!」
再び、森へと舞い戻っていった。




