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第36話 泣き虫リリア

 森の奥からあらわれたのは、なんとゴドジさんだった。

 ところどころ傷を負っているうえに、返り血をあびたのか、顔が真っ赤に染まっている。

 そのうえロザミィさんまで背負っているんだから、もうわけがわからないぞ。


「あんたらは……ギルドにいた」


 うっかり漏れてしまった俺の声に反応したゴドジさんが、こちらに顔を向ける。


「どうしたでけぇの。傷だらけじゃねぇか」


 オークじゃないとわかって構えを解いたムロンさんが、ゴドジさんに近づいていく。


「その傷……オークか?」

「……ああ」


 ゴドジさんは頷いてから、ゆっくりとロザミィさんを地面におろす。


「あんたは、確かゲーツが『兄貴』って呼んでたひとだよな? 俺はゴドジ。こっちは――」

「ロザミアだよ」


 ゴドジさんの言葉を、ロザミィさんが引き継ぐ。

 ロザミィさんはなんとか立っているけれど、その足取りはおぼつかない。

 東京マラソンを走り終わった参加者のように、フラフラしていた。


「オレはムロン。これは娘のリリアで、そっちにいるのが――」

「もう知ってるよ。マサキだろ? まさかこんなところでもあなたに会うなんてね」

「おっと。もう紹介がすんでたのか。手が早いなマサキ」

「そ、そんなんじゃないですよっ」


 茶かすムロンさんに、俺は全力で首を横にふる。

 なぜかリリアちゃんは、ほっぺをふくらましていて「ぶー」とむくれていた。


「って、自己紹介してる場合じゃねぇか。お前さんたちもオークから逃げてきたのか?」

「へへ……ざまぁねぇよな。その通りだよムロンの旦那」

「ほう。オーク相手に後れをとるようには見えねぇけどな。数が多かったか?」

「……逃げ出したくなるぐらいには多かったぜ。旦那」


 ムロンさんを『旦那』呼ばわりするなんて、ゴドジさんってば、ちょーフレンドリー。

 コミュ力高すぎでしょ。

 ゴドジさんは大きく深呼吸をして、呼吸を整えてから話しはじめた。


「元々おれたち『猟犬ハウンドドッグ』は、ギルドから討伐依頼が出てるオークを狩りにきたんだ。最初は順調だったさ。オークどもを次々に狩っていってよ。森の奥へ奥へ……ってな。でも、それがいけなかった」


 悔しそうに顔を歪めたゴドジさんが続ける。


「したらよ……出やがったんだよ」

「……なにがです?」


 そう聞き返す俺に、答えたのはロザミィさんだった。

 ロザミィさんは、たった一言でムロンさんの顔色をも変える。


「オークキングさ」

「なんだとっ!? オークキングがいたのかっ?」

「ああ。あたしも見るのははじめてだったけどさ、あれは間違いなくオークキングだったよ」

「なんてこった……」


 ムロンさんは拳を握りしめ、わなわなと震えはじめた。

 そんなに危ないモンスターなのかな?

 そのオークキングって。


「マサキ、さっさとこの森から出るぞ。オークキングが出たとなると、ギルドに報告して討伐隊を組まなきゃなんねぇ」

「討伐隊ですって!? そこまでしなきゃいけないモンスターなんですか?」

「そうだ。オークキングはオークどもをまとめあげて、いずれ軍隊をつくっちまう。軍隊をつくったら、やつら村を滅ぼし、街に攻め入ってくる。早めに叩きつぶさなきゃなんねぇモンスターなんだ」

「…………」


 俺が驚いていると、後ろにいたゴドジさんが俺の肩をたたいてきた。


「街に戻るなら都合がいい。なあ、マサキさんよ、」

「な、なんですゴドジさん?」

「ちっと頼みがあんだ。おれの代わりにロザミィを街まで連れてってくれないか?」

「ロザミィさんを? え、じゃあゴドジさんは……?」

「へっ、生憎とおれはゲーツを助けにいかなきゃいけねーんだ」

「ゲーツさんを?」


 ゴドジさんは、とげとげのついたメイスを肩にかついで、続ける。


「オーク共は犬並に鼻がききやがるからな。ロザミィ()の匂いをたどってどこまでも追いかけてきやがる。だからあの野郎……おれとロザミィを逃がすためにひとり残りやがってよ……。ゲーツとはガキのころからの付き合いなんだ。いまさら見捨てられなくてな。な? ロザミィを頼んだぜ」


 ゴドジさんはそう言って元きた道を引き返そうとする。

 傷だらけの体を、ひきずるようにして。


「おいでけぇの、ちょっと待て。いまお前ゲーツ(・・・)っていったか?」

「ああ。言ったぜ旦那」

「……ゲーツが森に残っているのか?」

「オークの狙いはロザミィ……早い話が()だ。なんせオークのバカ共は、女に突っ込むことしか考えてないからな。だから……ゲーツは魔力切れ寸前のロザミィを逃がすために捨て石になったんだ。オークの集団に囲まれちまってるってのに。おれに、『ロザミィを連れて逃げろ』なんて言いやがって……クソ」

「あのバカ……」


 ロザミィさんが小さく悪態をつく。

 フードのせいで表情はわからなかったけれど、その唇は強くかみ締められていた。


「そうか……ゲーツのヤツが残ってんのかよ。ったく、世話かけさせやがる……。おい、マサキ」

「は、はい。なんですか?」

「わりぃがリリアを連れて戻っといてくれや。そっちの――姉ちゃん(ロザミィさん)も連れてよ」


 ムロンさんが、くいとあごでロザミィさんをさす。


「それはいいですけど……ムロンさんは? まさか……」

「オレはこっちのでけぇのと一緒にゲーツを拾ってから帰る。まぁなんだ、ゲーツは昔の仲間ツレの弟でよ。オレにとっても弟みたいなもんだからなぁ。しかたねぇ」

「お父さん……いっちゃうの?」


 リリアちゃんがムロンさんのそばにいき、そっと服の裾をつかむ。


「すまねぇなリリア。お父さんな、ちょっと人助けしてくる。だからリリアは、マサキの言う事を聞いて家に帰るんだぞ」

「お父さん……」

「ああそれと、いいか? イザベラの――お母さんの言う事もちゃんと聞くんだぞ。いいな?」


 ムロンさんはそう言うと、優しくリリアちゃんを抱きしめてから立ちあがる。


「さあでけぇの。案内しな!」

「あー、『でけぇの』じゃなくてゴドジだよ。こっちだせ旦那」

「ちょ――ちょっと待ってくださいよムロンさん! なに……なにカッコつけてんですか!? なにわざわざオークのところにいこうとしてんですか!? オークがいっぱいいるんですよ!? オークキングっていう危険なモンスターもいるんですよ!? ホントに行く気なんですかっ?」


 ゴドジさんの話では、ゲーツさんはオークの集団に囲まれていたそうじゃないか。

 ゲーツさんには悪いけど、まだ生きてるなんて思えない。

 それなのに――それなのに「助けにいく」なんて、そんなの死ににいくようなもんじゃないか。

 俺にはぜんぜん理解できない。


「なーに言ってんだマサキ、」


 それなのにムロンさんは――


「オレは死なねぇよ」


 笑ったんだ。


「今朝、家を出る前にな……イザベラと約束したんだ。オレの初仕事とマサキの合格祝いによぉ、イザベラが焼いたミートパイをみんなで食べよう、ってな。イザベラがパイを焼いて待っててくれてんだ。死ねるわけねぇだろうがよ」

「ムロンさん……」

「リリアと一緒に家で待っててくれ。ちょいとオークキングをぶっ殺してゲーツを連れて帰るからな。ああ、あとそうだ……」


 ムロンさんは最後に一度だけふり返り、言う。


「マサキ。ちゃーんとリリアを家に連れ帰ってくれたらよ、リリアを嫁にやってもいいぜ」

「――なっ!?」

「へっ、なんてな。まぁ考えててくれや。じゃあなマサキ」

「マサキさんよ、ギルドじゃちょっかい出してすまなかったな。それと……膝治してくれてありがとよ。命があったらまた会おうぜ」


 そう言い残し、ムロンさんとゴドジさんは、一緒に森の奥へと消えていった。


「お父さん……」

「ゴドジ……ばかやろーが」


 リリアちゃんが小さく呟き、ロザミィさんも悔しそうにこぼす。

 俺はリリアちゃんの小さな手を、震える手で握った。


 ムロンさんを死なせ(行かせ)たくない。

 だけど、リリアちゃんとロザミィさんも無事に連れ帰らなくてはいけない。

 人の命を預かり、天秤にかけることになった俺。


 3人で街に戻るのは簡単だ。

 でも、その場合はムロンさんたちが生きて帰ってこないかもしれない。

 だからといってムロンさんたちを追いかければ、今度はリリアちゃんとロザミィさんに危険が及ぶ。


 いまここで街に戻れば、少なくともリリアちゃんとロザミィさんの命は助かる。

 冷静に考えるなら、そうするべきなんだろう。

 でも……

 でも――――


「くっそぉぉぉぉぉっ!!」


 俺は頭をかきむしり、叫び声をあげた。

 ムロンさんを亡くして、悲しむリリアちゃんとイザベラさんなんか絶対に見たくない。 

 だから考えるんだ。


 なにか……何か突破口はないか?

 この状況を打破する名案が。

 みんな無事に帰れる、起死回生の一手が。


「くそ、くそ、くそぉぉぉ! ……ん? まてよ……。ロザミィさん」

「……なんだいマサキ?」

「さっきゴドジさんが、『オークの鼻は犬並み』って言ってたんですけど、それって本当ですか?」

「どうしたんだい急に?」

「いいから答えてください! 大事なことなんです!!」

「わ、わかったよ。……ゴドジの言ってたことは本当だよ。オークはほら、あんなに鼻がデカイだろ? あの鼻で獲物の匂いを追うのさ。どこまでもね」


 ロザミィさんが、オークの死体を指さして説明する。

 確かにオークの鼻はブタみたいに平たくつぶれていて、サイズが大きい。

 あんなに大きければ、さぞかし高性能なんだろうな。


「そっか。……よし!」


 オークについて確認が取れた俺は、次にリリアちゃんに顔を向けた。


「リリアちゃん」


 しゃがみこんで目線を合わせる。

 リリアちゃんは涙をこぼし、しゃっくりをあげながら「お父さん」と繰り返し呟き続けていた。

 いつもキラキラしている瞳には、暗い影が落ちている。


「リリアちゃん!」


 さっきより強く呼びかける。

 リリアちゃんは、やっと俺の顔を見てくれた。


「……えぐっ、お、おにいちゃん……お父さんが……お父さんがぁ……」


 リリアちゃんは賢い。

 ムロンさんの残した言葉に、どんな意味が込められていたかわかっているのだ。


「リリアちゃん、よく聞いて。ムロンさんは俺にリリアちゃんを連れて家に戻るように言ってたけど、俺はムロンさんを助けにいくべきだと思う」

「…………おにい……ちゃん?」

「でも、俺ひとりじゃムロンさんを助けられない。リリアちゃんの助けが必要なんだ」


 危険な賭けだってのは十分理解している。

 ムロンさんにぶっ飛ばされて――いや、殺されたっておかしくない暴挙だ。

 それでも、みんなで助かる可能性があるのなら……俺はそれに賭けてみたいんだ。


「マサキ! あんた正気かい!?」

「ロザミィさんは黙っててください! いま俺はリリアちゃんと話してるんです!!」

「――ッ!!」


 俺の気迫に気圧され、ロザミィさんが言葉を失う。

 すみませんロザミィさん。いまは静かにしててください。


「どうかな? リリアちゃん」

「…………」


 リリアちゃんは、俺をまっすぐに見つめてきた。

 俺の言った言葉の意味を理解するにつれて、その目に輝きが戻ってくる。


「ん」


 リリアちゃんが、ぐしぐしと涙をぬぐう。


「お、お兄ちゃん」

「ん?」

「リリアががんばれば……お父さんといっしょにおうち帰れる?」

「うん。帰れるよ」


 俺は自信ありげに頷いてみせた。

 いまは、「たぶん」だとか「きっと」なんて言葉はいらない。


「なら、リリア……やるよ。がんばるよ。なんでもいってお兄ちゃん」

「ありがとうリリアちゃん。なら……」


 俺はリリアちゃんを抱きあげ、言う。


「急いで錦糸町にいこう!」

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