第35話 オークの部隊
オーク。
ファンタジー界隈では言わずと知れた、直立歩行するブタのモンスターだ。
豚面人っていえばいいのかな?
太ましい肉体に、豚の頭がのっている。
『ブギィィ?』
オークの数は4体。
それぞれの手には、錆びた武器が握られていた。
『プギィィィィィィ!!』
オークの視線が俺とムロンさんを捉える。
すると、いきなり武器を振りあげてこっちに向かってきたじゃないか。
ヤバイ! ちょー怖い!!
「マサキ、やるぞっ!」
「や、やるって――えぇ!?」
「フッ!」
うろたえる俺には構わず、ムロンさんは引き絞った矢をオークに向かって放つ。
『ブヒ!?』
矢は見事先頭を走っていたオークの眉間に突き刺さる。
先頭のオークがもんどりうったからか、後ろのオークたちの動きが一瞬だけとまる。
「マサキさがれ!!」
「は、はいっ」
バタバタと取り乱す俺と、冷静に距離を取り、再び矢をつがえるムロンさん。
「フッ」
『ブヒィ!』
ムロンさんの二射目は、俺をかばいながらでも狙いが逸れることはなく、オークののどを貫いた。
『ブヒヒィィィィッ!!』
のどに矢が刺さったオークはその場にくずれ落ちたけれど、仲間を傷つけられた他のオークは違う。
仲間を殺され激高したのか、目を血走らせてこっちに向かってきた。
「ちぃ!」
矢で狙うには距離が近すぎる。
ムロンさんは弓を投げ捨てると、腰から剣を抜いて構えた。
まずい……2対1だ。
いくらムロンさんが有名な冒険者だったとしても、何年もブランクがあるんだ。
狩人を続けていたとはいえ、近接戦闘の感覚が鈍っていてもおかしくはない。
なら――無茶はさせれないよね。
それに俺だって、いつまでもビビってはいられない。
「ファイア・ボルト!」
俺の放った魔法がオークの一体に命中する。
一撃必殺とはいかなかったけれど、けん制としては十分すぎた。
オークは焼ける顔を手でおおい、右へ左へと暴れている。
「からの――」
俺は駆け出し、残ったオークとつばぜり合いをしているムロンさんの脇を通りすぎる。
そして炎に包まれたオークの左ひざに狙いを定めると、
「ダブルジョイント・キィィィック!!」
渾身のつま先蹴りを、がら空きになった左ひざに叩き込んだ。
『ブギィィィィィィィッ!!』
安全靴が膝のお皿を割る感触が伝わってくる。
やったぜ!
オークの膝もどっちにも曲がるようにしてやったぞ。
地面を転がるオークをほっといて振り返ると、ちょうどムロンさんもオークを斬りたおしたところだった。
「マサキ、無事かっ?」
「はい! 一体やっつけましたよ!」
「やるじゃねぇか――むっ!?」
オークを退けてほっと一息、と思った瞬間、ダブルジョイントになってうずくまっていたはずのオークが突如として起きあがり、襲いかかってきた。
片脚でジャンプしたオークは武器をふりあげ、俺にむかってふりおろしてくる。
まずい!
完全に油断してた。
「ひっ――」
「マサキっ!!」
オークの握る錆びだらけの剣が目の前に迫る。
瞬間――
「お兄ちゃんあぶなーい!」
どこかで聞いたことのある可愛らしい声が聞こえたかと思えば、目のまえのオークの顔面に「めきょ」と音を立てて、けっこー大きめの石がめり込む。
「うわっち!?」
顔面に石がめり込んだオークはバランスを崩し、おかげで俺はすんでのところで剣を避けることができた。
「どけマサキ。ふんっ!」
地面に落ちたオークの首に、ムロンさんが剣を突き立てる。
オークは一度だけ大きく痙攣すると、そのまま動かなくなった。
「ふぅ……これで全部か?」
「た、たぶん……」
あたりを見まわしても、もう動いているオークはいない。
衝撃的な光景に、思わず胃からなにかがこみ上げてきそうになるけどなんとかガマンした。
「なんだってこんな森の浅いところにオークが……。でもいまはそれよりも……」
ムロンさんは振り返ると、茂みに向かって声をあげる。
「リリア! いるんだろう。出てきなさい!」
「え……リリア……ちゃん?」
そういえばさっき、「お兄ちゃんあぶない」って聞こえたような気がしたけど、まさか……ね。
「…………おとうさん」
そのまさかだった。
茂みのなかからリリアちゃんがあらわれる。
「え? リリアちゃん……どうしてここに?」
「マサキはちっと黙っててくれ」
「は、はい」
ムロンさんは珍しく真面目な声を出すと、リリアちゃんの前へと歩いていき――
パン。
そのほっぺを叩いた。
リリちゃんの目に、大粒の涙がたまる。
「リリア、なんで森についてきたんだ? 危ないとは考えなかったのか!」
「えぐ……ご、ごめんなさい」
「いいかリリア? この森はファスト村の山とは違うんだ。危ないモンスターも出るんだぞ。それなのに……それなのになんでついてきたんだ?」
「……ぐす、だって……リリアお兄ちゃんのおてつだい……ヒック……したかったんだもん。お、お兄ちゃんのあとついてったらぁ……んぐ、お父さんもいるし……だから、だからね……リリア、お兄ちゃんとお父さんといっしょに森であそびたかったの……」
「これは遊びじゃないんだぞ!」
ムロンさんが大きな声を出してリリアちゃんを叱る。
リリアちゃんは体をちぢこませて、こらえきれなくなった大粒の涙をこぼす。
「もしリリアになにかあったら……なにかあったらどうするんだ! お父さんが心配するって考えなかったのか!!」
ムロンさんの目にも、うっすらと涙がたまっている。
憂虞と安堵がごちゃまぜになった顔を、ムロンさんはしていた。
再び乾いた音が響き、リリアちゃんの両方のほっぺが赤く染まる。
リリアちゃんLOVEな、いつものムロンさんからは想像もできないような行為。
でもそれは、リリアちゃんを想うがゆえのことだ。
リリアちゃんはきゅっと唇をきつく結び、ボロボロと涙を流している。
ムロンさんだって涙腺が決壊してしまい、雄叫びみたいな泣き声をあげながらリリアちゃんを叱っていた。
「グス……おとうさん、ごめんなさい……」
「リリア、もうお父さんを心配させないでくれよ……」
嗚咽を漏らしながら抱き合う親子。
そんな光景に俺ももらい泣きしながらふたりのそばに寄っていく。
「ムロンさん、」
「……なんだマサキ?」
「あんまりリリアちゃんを叱らないでやってください。その……リリアちゃんがここにいるのは俺のせいでもあるんですから」
鼻をすすりあげるムロンさんを、俺は真っすぐに見つめる。
「この森の危険性をちゃんと伝えなかった責任が俺にはありますし、リリアちゃんが懐いてくれているんだから、ひょっとしたらついてくるかもしれないって、俺も考えるべきだったんです。叱るならリリアちゃんだけじゃなく、俺も叱ってください」
「ちが、うの……おにい、ちゃんは……わるくない、もん……」
リリアちゃんはしゃっくりをあげながらも、首を横にふった。
俺はそんなリリアちゃんの頭に手を置き、優しく撫でる。
「それに……それに、跳びかかってきたオークから俺を助けてくれたのはリリアちゃんなんです。リリアちゃんがいなかったら俺は死んでいたかもしれないんです」
「マサキ……だがよぉ……」
俺は片膝をついてリリアちゃんと目線を合わせると、そっと涙をぬぐい、ニッコリ笑う。
「リリアちゃん、俺を助けてくれてありがとう」
「えぐ、ふぐぅ……おにいちゃーん!」
「ごふぉっ!!」
全力で胸のなかに飛びこんできたリリアちゃん。
その小さな体すべてを使ったボディ攻撃にダウンしそうになったけど、なんとか受けとめる。
でもあと一発でももらったらKOされちゃいそうだ。
「お兄ちゃんごめんなさーい。うわーん!」
「謝るのは俺のほうだよ。ごめんねリリアちゃん。そしてありがとう」
「うわーん!!」
俺の腕のなかで大泣きするリリアちゃんを見て、ムロンさんはため息ひとつ。
「ったく。これじゃオレが言うより、マサキが言ったほうが聞くみたいじゃねぇか」
「ははは、なんかすみません」
「あー、いい、いい。それよりマサキよぉ……」
ムロンさんはオークの死体に目を向け、続ける。
「オーク共がこんな森の浅いとこまで出るなんて大問題だ。悪いんだが……」
「わかってます。試験は中止にして街に戻りましょう」
「いいのか?」
「もちろんですよ。俺の試験なんかより、リリアちゃんのほうが大切なんですから。それに試験ならまた受ければいいだけですからね」
リリアちゃんが俺の首にぎゅっと抱きつき、ムロンさんは申し訳なさそうに頬をかいた。
「すまねぇな。そんじゃ、とっとと帰るとしようぜ」
「はい!」
俺はリリアちゃんを抱っこしたまま荷物をまとめ、ムロンさんはなぜかオークの耳を切り落としてから荷物をまとめる。
そして街に戻ろうと歩き出した時だった。
再び森の奥から、なにかが移動する音が聞こえはじめた。
「……ムロンさん、いまのは……?」
「音がでけぇな。またオークかもしれねぇ」
「ど、どうしますっ? また、たたた、戦いますか!?」
音はどんどん近づいてくる。
なんかもう、すぐそこまできてそうだ。
「いったん木の陰に隠れるぞ」
「はい! リリアちゃん、俺がぜったいに守るから安心してね」
「ん。リリアお兄ちゃんといっしょならこわくないよ」
「よーし。リリアちゃんは強い子だね。ならもうひとつ。いいかい? ぜったいに音を出しちゃダメだよ。静かにしてるんだ」
「ん」
俺はリリアちゃんを抱っこしたまま大きな木の陰に隠れた。
隣の木では、弓に矢をつがえたムロンさんが隠れている。
「そろそろくるぞ」
ムロンさんが小声で言う。
近づいてくる何者かは、足音を隠そうともしていない。
腕のなかでリリアちゃんは息を殺し、俺も音を立てないよう細心の注意をはらった。
音はどんどん近づいてくる。
ムロンさんが矢を引きしぼり、音に向けて構えている。
そして大きく草木をかき分ける音が聞こえ、視線を向けると、そこには、
「ええ!? ご、ゴドジさん!?」
ロザミィさんを背負ったゴドジさんがあらわれたのだった。




