第34話 敵、新たなり
「まさか……ここまで見つからないだなんて、思ってもいなかったぞ」
俺は肩を落として「とほほ」と泣き言をこぼす。
「なんだぁマサキ? もう諦めちまったのか?」
「あ、あきらめてなんかないですよムロンさん!」
ムロンさんは、俺を森へ案内してからずっと生温かい目で見守り続けている。
もちろん、アドバイス等はいっさいなし。
たまに出てくるぬらぬらしたスライムも、俺ひとりで対処しなくてはいけなかった。
「はぁ……薬草は見つからないのに、スライムは簡単に見つかるんだもんなぁ。やになっちゃうよ」
薬草をさがすため草をかき分けると、そこには水色のスライムが地面を這っていた。
スライムは小型で、いまのところ襲ってくる様子はない。
このスライムにどう対処するかも、すべて俺ひとりで決めなくてはいけないのだ。
「がはは! ほんとマサキはスライムに縁があるな」
「そんな縁なんか、いりませんよ……っと」
俺はリュックサックからライターのオイルを取りだし、どぼどぼとスライムにかける。
突然オイルを浴びせかけられ、伸縮を繰り返すスライムを見下ろした俺は――
「ごめんよ」
と言って、マッチに火をつけると、そのままスライムを燃やすのだった。
ムロンさんの話では、スライムは大きさによって捕食対象が変わるらしく、大型に育つと人間を襲うこともあるそうだ。
だもんだから、ほとんどの冒険者は小さなスライムを見つけたら、とりあえずやっつけておくらしい。
それを聞いたからこそ、俺もスライムを見つけたら燃やすことにしたんだけど……
「また油か? もったいねぇな」
「いやー、そう高いものでもないですしね。油を使えば、そのぶん魔力を温存できますし」
「オレだったら、点きのいい油のほうを温存するけどなぁ」
ムロンさん的にはバブリーな戦い方に見えるみたいだ。
俺がオイルを使うたんびに、「もったいない」とこぼしていた。
スライムを燃やしたあと、俺は立ちあがってあたりを見まわす。
なんか後ろのほうで「ガサッ」って音がしたので振り返った。
ムロンさんは……とくにリアクションを起こしてはない。
なら、きっと小動物かなにかだな。
あぶないモンスターとかだったら、真っ先にムロンさんが反応してるはずだ。
事実、さっきも茂みでガサガサいってるから恐る恐る見てみたら、リスみたいな可愛い生き物が木の実を拾ってるだけだったしね。
おっと、思考が脱線してしまった。
いまはそんなことよりも薬草だ。
「くっそー。ぜんぜん見つからないぞー」
地面に四つん這いになってまで探してんのに、見つかる気配すらない。
たまにスマフォで薬草の絵を確認しているから、見間違えたってこともないはずだ。
「うーん。こりゃまいったな」
現在の時刻は午後2時半。
森に着いたのが11時だから、かれこれ3時間以上探しているのか。
「はぁー……」
ため息をつくとお腹が「グー」と鳴り、空腹を訴えてきた。
時間が惜しいけど、ここはイザベラさんから頂いたお弁当を食べて、脳に栄養を送り込むことにしますか。
急がば回れっていうしね。
「ムロンさーん。ちょっと休憩します! 俺もうお腹へっちゃって……」
「おおっ! やっとか! 実はマサキが休むのずっと待ってたんだよ。オレも腹へっちまってよぉ」
「ならよかった。じゃあ一緒に食べましょう」
「おう!」
俺とムロンさんは近くの倒木にならんで腰を降ろし、イザベラさんに作ってもらったお弁当を開く。
ムロンさんのお弁当のほうが大きいのは、体のサイズが違うからだろうな。ムロンさんのお弁当、マンガでしか見たことがないぐらい大きかった。
「「いっただっきまーす!」」
手を合わせて(隣でムロンさんも手を合わせてた)そう言ったあと、俺はお弁当にがっつきはじめる。
イザベラさんがつくってくれたお弁当は、かたいパンを使ったサンドイッチ。
噛み応えバッチリで何度も噛んだからか、いい感じに脳の満腹中枢が刺激されて空腹が満たされてきたぞ。
「ちと足りねぇな。お前もそう思わないかマサキ?」
「…………」
どんだけ強靭なアゴを持っているのか、ムロンさんはかたいサンドイッチをものともせず、ペロリと平らげてしまった。
いまはもの欲しそうな目で、俺のサンドイッチの残りを見ている。
「よかったら食べます?」
「いいのかマサキ!? ありがてぇ!!」
ムロンさんが手を伸ばし、俺のお弁当からサンドイッチを掴みとる。
まあ、あんな目をされたら断れないよね。
そもそも、作ってくれたのはムロンさんの奥さんなんだし。
「いやー、でも街の近くにこんな大きな森があるんですね」
俺は大きく伸びをしてから、隣のムロンさんに言う。
ムロンさんは「モグモグ」と咀嚼したあと、一度飲み込んでから口を開く。
「逆だぞマサキ。森があったからズェータの街ができたんだ」
「……え? どういうことです?」
「森にいる獣やモンスターからは素材が採れるからな。素材を求めてひとが集まっくりゃ村ができる。そんで村が栄えて街になったのさ」
「なるほど。森があったからこそ、街ができたわけですね」
「おう。そうだぜ。マサキはやっぱ理解すんのがはえーなぁ」
ムロンさんはそう言って片目をつぶり、ウィンクしてくる。
いまいる場所は森の中で、しかも倒木にならんで腰かけちゃってるもんだから、ロマンチックなことこのうえない。
なんかホモホモしい空気になる前に、話題を変えておこう。
「あ、そういえば……街の近くに森があると知って、リリアちゃん俺についてこようとしたんですよー」
「なんだとっ!?」
俺の話を聞き、驚いたムロンさんが立ちあがる。
ヤバイ。誤解しちゃったみたいだ。
だってムロンさんはリリアちゃんラブなんだ。けっしてホモなんかじゃない。
「あ、大丈夫ですよ。『ついてきちゃダメ』って言ったら、ちゃんと納得してくれましたから。いまも家でお留守番してますよ」
「そうか……。ふー、リリアが森に入ったのかと思って心配しちまったぜ。リリアは森で遊ぶのが好きだからなぁ」
「ははは。勘違いさせちゃってすいません」
「いや、オレこそ勘違いしちまってすまねぇ。この森は前に住んでたとことちがってよ、あぶねぇモンスターもわんさか出やがる。リリアみたいな子どもが入っていい場所じゃないんだ」
「そうなんですか……。じゃあ、ひょっとして俺たちの前には危険なモンスターがあらわれるかもしれないんですね?」
俺が真面目な顔してそう聞くと、ムロンさんもマジな顔になって頷いてきた。
「ああ。ジャイアント・ビーとは比べものにならないモンスターだって出るぜ」
「……わーお」
「でもよぉ、」
ムロンさんは俺の首に腕をまわして楽しそうに笑うと、続ける。
「こんな森の浅いとこには出やしねぇよ。せいぜいがお前さんが燃やしてるスライムぐらいなもんさ」
「はぁ……、ビックリさせないでくださいよムロンさん。俺、ちょっとだけ焦りましたよ」
「がはは! すまねぇなマサキ」
「まったくー」
俺が「デュクシデュクシ」言いながらムロンさんの肩を叩いていると、また森の奥から「ガサゴソ」と音が聞こえた。しかも、こんどは「ぐー」という音まで。
でも、相変わらずムロンさんは反応を示さない。
うーん。ひょっとしたら飢えた小動物でもいるのかもしれないな。で、サンドイッチの匂いをかいで、ついお腹が鳴っちゃったんだ。
もしモフモフしてるのだったら、うっかりご飯あげちゃうかもしれないぞ。
いかんいかん。いまは薬草を探さないと。
一瞬だけモフモフに心奪われそうになった俺は、ぶんぶんと頭を振って、
「休憩おわり! ムロンさん、俺また薬草さがしますね」
「おう。がんばれよ」
「はい!」
薬草探しを再開した。
「ぜったい今日中に見つけてやるんだからねっ」
そんなツンデレっぽいことを言って探すこと1時間。
やっぱり薬草は見つからなかった。
まずい。まずいぞー。
明日は大切な用事があるから今日中に見つけないといけないのに、もう4時近くになっている。
このまま日が沈んでしまったら、今日の薬草探しは終了だ。
「くっそー」
傾き始めた太陽を見て、俺の気持ちははやる。
そんな時だった。
「マサキ、止まれ!」
突然ムロンさんが大きな声をあげた。
「ど、どうしたんですかムロンさん?」
「さがれ。奥から何かくる」
「え? 『何か』って……ええ!?」
「いいからさがれ。オレの後ろまでこい」
「は、はいっ」
俺はムロンさんの後ろに移動して、隠れるように顔をだす。
ムロンさんは俺を守るようにして立つと、背中から弓をとりだし、矢をつがえた。
その視線は、森の奥を見据えている。
「む、ムロンさん……」
「マサキ、お前さんも準備しときな。こりゃあ……森の奥からくるぜ」
「く、『くる』って、なにがです!?」
「決まってんだろ。お客さんだよ」
ムロンさんがそう言うと同時に、草木が揺れ『何か』が近づいてくるのがわかった。
それも、まっすぐこちらに向かってきているみたいだ。
「あ、あわわわわ……」
俺は大きめのナイフを抜くと、音のするほうに震える手で構える。
「……くるぞ」
ムロンさんの警告すると同時に背の高い草をかき分け、大きなモンスターがその姿をあらわした。
「そ、そんな……まさかあれは――」
あらわれたモンスターを見て、俺は驚きの声をあげる。
「オーク!!」




