第32話 ダブルジョイント再び
ダブルジョイントさんたち御一行は、冒険者ギルドに入ると受付カウンターに向かって歩きはじめた。
いまのところ、俺に気づいたようすはない。
しっかし……まさか連日あってしまうなんて、どんだけご縁があるんだか。
「ん? どうしたんだマサキ?」
「(シー!)」
いきなり明後日のほうに顔を向けたおれを見て、ムロンさんが不思議そうな顔をする。
お願いムロンさん。いまは話しかけないで。
そんな思いを込めて、俺はピンと伸ばした人さし指を口にくっつける。
このままダブルジョイントさんたちが通り過ぎたら、すぐに外に出よう。
そう決意するも、なんと御一行の青年――たしかゲーツさんとかいったっけ?
ゲーツさんがこちらを見てしまった。
途端に顔色が変わり、迷うことなく近づいてくる。
「おい、あんた……」
うわー。こっちに声かけてきちゃったよ。
なんか昨日はうやむやになっちゃったけど、やっぱりゴドジさんをダブルジョイントにしたこと、まだ根に持ってんだろうな。
「あんた、ムロンの兄貴じゃないか?」
「ああん? 誰だよお前……ってお前、まさかゲーツか!?」
「やっぱり兄貴だったか!!」
思い切り顔を伏せる俺の横で、ムロンさんとゲーツさんがなんと抱き合い、互いの背を叩く。
ムロンさんを「兄貴」って呼んでるから、ひょっとしてお知り合いだったんですか?
「兄貴! いつギルドに戻ってきたんだ? まさか冒険者に戻るのか!? それだったらおれたちのパーティにはい――」
「おいおい、かんべんしてくれよゲーツ。オレはもう嫁さんにガキまでいんだぞ。冒険者には二度と戻らねぇーよ」
「そうか……残念だよ兄貴」
興奮したようにまくしたてていたゲーツさんは、ムロンさんの言葉を聞いていくらかテンションがさがる。
それでも再会が嬉しいのか、親しみを込めた目でムロンさんを見ていた。
「じゃあ、兄貴はなんでここに?」
「ギルドの職員になったんだよ。今日からな」
「職員だって? あの『鉄拳のムロン』が? やめてくれ、冗談だろ?」
「ところがどっこい、本当なんだぜ」
「マジかよ……。こりゃ姉貴にも教えないとだな」
「がはは! ライラは元気でやってるのか?」
「まぁね。『客が来ない』っていっつもぼやいてるけど」
「あいつらしいなぁ」
ムロンさんは昔を懐かしむように笑い、ゲーツさんもつられて笑う。その顔はどこか優しげだ。
顔を伏せていても、どうせバレるのは時間の問題。
なら、ここは和やかな空気が流れているうちに飛びこむが吉だ。
「む、ムロンさん、」
「ん? どうしたマサキ?」
「そ、そちらのかたはムロンさんのお知り合いだったんですか?」
「ああ。昔の仲間の弟だ。あんときゃまだ小さかったがな」
「へ、へー」
俺は顔を引きつらせながらもなんとか笑う。
そこで、やっとゲーツさんは俺の存在に気づいたようだ。
目が大きく開かれたかと思えば、一瞬で鋭くなり、刺すような視線を俺に向けてきた。
「てめぇは……」
「あ、あはははは……き、昨日はどう――」
「見つけたぞてめぇっ!」
「あぐっ」
引きつりながらも笑顔を浮かべ、友好的に接しようとしたにもかかわらず、ゲーツさんは俺の胸ぐらを掴みあげる。
ちょー顔が怖い。
茨城のヤンキーぐらいだったら、裸足で逃げだしてしまいそうなほどの眼力だ。
視界の端で、受付のレコアさんが立ち上がるのが見えた。
だけど、レコアさんが口を開くより早く――
「おい、ゲーツ! マサキになにすんだ!」
胸ぐら捕まれメンチ切られている俺を見て、ムロンさんが慌てて間に入ってきた。
ムロンさんたっけてー!
「どいてくれ兄貴! 俺はコイツに用がっ」
「お前がなんでマサキに……はっは~ん、読めたぞ。おいゲーツ。昨日マサキに絡んだ冒険者って、お前のことだろ?」
「――ッ!?」
ムロンさんの名推理に、ゲーツさんの顔色が変わった。
そうですムロンさん。犯人はコイツです。
「その顔を見るかぎり、あたりみたいだな。……マサキから手を放すんだゲーツ。マサキはオレの友人で、しかも娘の命の恩人なんだ。その恩人に手を出すってんなら、」
ボキボキと指を鳴すムロンさんは、凄みのある声で続ける。
「お前でも容赦しねぇぞ」
「……クソ」
ゲーツさんが俺から手を放す。
「ゲーツ、お前なにささくれ立ってんだよ? 昔はそんなんじゃなかっただろう」
「…………」
ムロンさんがゲーツさんの肩に手を置き、諭すように言い聞かせる。
「ひよっこ冒険者にからむなんざ、そんなくだらないことするヤツだったのかお前は?」
「……ほっといてくれよ。おい、いくぞお前ら」
ゲーツさんはムロンさんの手を振り払うと、後ろで様子をうかがっていたロザミィさんとダブルジョイントさんを伴って出ていってしまった。
すれ違いざま、ダブルジョイントさんは俺に向かっておどけた感じに肩をすくめ、ロザミィさんは呆れたように手をひろげ首を振っていた。
冒険者もサラリーマンと一緒で、人間関係が大変なんだろうな。
どことなく、そんなことを連想させられる一幕だった。
「大丈夫でしたかマサキさん?」
レコアさんがわざわざこっちまでやってきて、そう聞いてくる。
「だい――」
「おう。問題ないぜレコア。なんせオレがいたからな」
「……ムロンさん。わたしはあなたではなく、マサキさんに聞いているのですが」
「がはは! なんも問題ねぇよな、マサキ?」
「は、はぁ。大丈夫ですよレコアさん。心配してくれてありがとうございます」
「そうですか。安心しました」
ほっと胸をなでおろしたレコアさんが微笑む。
本当に俺のことを心配してくれていたんだな。優しいひとだレコアさんは。
「そんじゃマサキよ。ちっとひと悶着あったが、そろそろ試験はじめるか?」
「はい。お願いします!」
「よーし。ならついてきな。森まで連れてってやる」
「お願いします!」
「うふふ。マサキさん気合はいってますね」
師弟関係のような俺とムロンさんを見て、レコアさんが笑う。
俺はふり返り、レコアさんに向かって強く胸を叩く。
「待っててくださいレコアさん。俺はぜったい今日中に薬草を見つけてやりますよ!」
「まあ。期待して待ってますね。では……いってらっしゃいマサキさん」
「いってきます!」
そう言うと、俺はムロンさんの背中を追っかけて冒険者ギルドを出る。
そして薬草を見つけるため、森に向かって歩きはじめるのだった。




