第31話 ギルドに戻るムロン
「ムロンさん……どうしてここに?」
「そりゃお前、オレは今日からギルドの職員になったからだよ」
「えーっ!?」
驚く俺なんかお構いなしに、ムロンさんは「がはは!」と笑う。
ムロンさんったら豪快に笑うもんだから、他の冒険者さんたちの注目を集めてしまっているぞ。
ちょいちょい送られてくる刺すような視線と、ヒソヒソ話が居心地悪い。
「じゃ、じゃあ……まさか俺の試験官って……」
「おう! もちろんオレだ。オレのギルドでの初仕事が、マサキの試験を見届けることなんだよ」
「はぁ。……ムロンさんを見た瞬間から、なんとなくそんな気がしてましたよ」
「なんだなんだ? マサキはオレじゃ不満なのか?」
「いや、そーじゃなくてですね。なっていうか……緊張しながらここにきたのに、試験官がムロンさんで脱力しちゃったんですよ」
俺は「はぁ」とため息を吐いて、肩を落とす。
「おいおい。試験官がオレだからといって気を抜くんじゃねぇぞマサキ。オレはギルドの一員として、ダチのお前でもひいきしないからな」
「わかってますって」
「ならいんだよ」
ムロンさんがニカっと笑って俺の肩を叩く。
けっこー痛い。
「マサキさん、こんにちは」
「あ……レコアさん。こんにちわー」
体から力が抜けとほほしていると、受付嬢のレコアさんが俺たちのほうに歩いてきた。
「まだお昼前なのにもう来られているなんて、マサキさんは時間にだらしない他の方たちとは違うみたいですね」
「そんなー、時間を守るのはひととしてあたり前のことですよー」
「まあ、立派な考え方ですね」
レコアさんはそう言うと、優しく微笑む。
うーん。本当にきれいなひとだな、レコアさんは。
パッと見がキツイ感じがするぶん、ただ笑うだけでツンデレさん効果が出るんだからずるいひとだ。
きっとこの冒険者ギルド、『黒竜の咆哮』の看板娘なんだろうな。
だって、テーブルが並ぶカフェエリアの冒険者さんたちが、レコアさんをさりげなく目で追っているもの。
「マサキさん、冒険者試験がんばってくださいね」
「はい!」
「うふふ。冒険者証を渡せるの、楽しみにしていますからね。それと……ムロンさん、」
「おう。なんだ嬢ちゃん?」
レコアさんは俺からムロンさんへと向き直る。
一瞬で表情を引き締め、仕事モードへと切り替わったぞ。
「……『嬢ちゃん』と呼ぶのはやめてもらえますか? あなたの方が歳はうえですが、ギルドでではわたしの方が先輩ですので」
「ったく……わーったよ」
レコアさんに言われ、ムロンさんが肩をすくめる。
「それとですね、わかってはいると思いますが、念のためもう一度だけ言っておきます。ムロンさん、あなたとマサキさんはご友人のようですが、試験官は同行して見守るのが仕事です。ですから決して――」
「『手をだしてはいけませんよ』そう言いたいんだろ? もう聞き飽きたっての」
「……わかっているなら結構です」
ムロンさんが呆れたように手を広げ、レコアさんの言葉を奪う。
一方、セリフを取られてしまったレコアさんは、目を細めて少しだけムロンさんを睨んでいた。
う~ん。レコアさんは冒険者には優しいけど、ギルド職員である身内には厳しいタイプなんだろうな。
それだけ仕事熱心ってことだ。
だけどたぶん、それはムロンさんが苦手とするタイプだと思う。
だって、本人の顔にそう書いてあるもの。
ムロンさんは頭をかくと、ため息まじりに口を開いた。
「オレだって5年前までここで冒険者やってたんだ。ギルドのしきたりぐらい、嬢ちゃ――レコアより知ってるつもりだぜ。それにマサキがダチだってひいきしたりしねぇよ。ここでひいきしたって、マサキのためにならねぇからな」
「その言葉、信じますよ?」
「おう!」
ムロンさんは胸をはり、大きく頷いた。
それを見て、やっとレコアさんも納得してくれたみたいだ。
ちょっとだけ表情が緩んでいる。
「そうですよレコアさん。ムロンさんはちょっとお酒にだらしないとこありますけど、引き締めるところはちゃんと引き締めるひとですから!」
「……マサキ、酒にだらしないのはお前だろ」
ムロンさんから入った、小さなツッコミは無視だ。
「それに俺だってムロンさんを頼ったりしませんよ。冒険者になったら全て自分の責任になるんでしょう? だったら、誰かに甘えることなんてできませんよ!」
「マサキさん……。わかりました。なら、わたしからはもう言うことはありません。マサキさんに神獣の加護がありますことを」
レコアさんはそう言って祈りをささげたあと、優しく笑ってから受付へと戻っていった。
「ふぅ。やっと小うるさいのがいなくなったぜ」
小さく悪態をついたムロンさんは、俺に向き直ると、
「さーて、マサキ。そろそろ薬草さがしに森に行くか?」
と聞いてきた。
もちろん、本日中での合格を目指す俺はイエスと即答する。
時間は有限なんだし、有給休暇の限界点はもう明日なんだ。
行動は早い方がいい。
「よし。じゃあ行くぞ。森まではあんないしてやるが、そこから先はマサキ、お前ひとりでやるんだぞ?」
「はい! 任せてください!」
俺がそう返事をした同じタイミングで、冒険者ギルドの扉が開き、どこかで見たことのある3人組がはいってきた。
ボボサップみたいな体格の男と、ローブを目深に被った女性。そしてロングソードを背中にさし、あせた金髪を短く刈り上げた目つきの悪い青年。
そう。
出立のタイミングで冒険者ギルドに入ってきたのは、ダブルジョイントさん御一行だったのだ。




