第2話 唸れ! 夢を摑んだ必殺握手
「おーい。帰ったぞー」
ムロンさんが手を振る先には、きれいな女性がいた。
「おかえりなさい、あなた」
「ただいまイザベラ。今日は客を連れてきたぞ」
「お客……さま?」
「ああ、こいつはマサキ。ホーンラビットに襲われてたところをオレの弓で助けてやったんだ! な、」
ムロンさんはそう言って笑うと、俺の背中をドンと叩く。
そこではじめてイザベラさんは俺の存在に気づいたみたいだ。
でもそれも仕方がないこと。なんせムロンさんは体格がいいから、後ろについて歩いていた俺はすっかり隠れてしまっていたのだ。
「はじめまして、イザベラさん。ムロンさんに助けていただいた、正樹です」
「あらあら、これははじめまして。妻のイザベラです」
おっとりしたひとだな。俺もこんな嫁さんが欲しかった。
前に一度だけ街コンに参加したことがあったけど、ボストロールみたいなひとしかいなかったからなぁ。
「見てみろイザベラ! このホーンラビットを!」
そう言ってムロンさんはホーンラビットを掲げてみせる。
ぐったりしたウサちゃんを見て、イザベラさんは目を大きくした。
「こんなに大きいホーンラビットははじめて見たわ!」
「そうだろ? マサキのおかげだぜ。こいつの毛皮を売れば、ひと月は楽に暮らしていけるってもんよ!」
「うふふ。あなたったらはしゃいじゃって。マサキさんが見てますよ」
「狩人が獲物を誇ってなにが悪い! マサキ、お前もそう思うだろ? なあ?」
ムロンさんは豪快に笑いながら、俺の肩に腕を回してきた。
己の腕だけで生活しているんだ。プライドを持ち、誇りに思うのは当然だ。
日本でいう、一流の職人さんみたいなものなんだろう。だから、
「ははは。まったくです」
と言って、頷いておいた。
「ところでマサキさんは旅人なのかしら? 見たこともない服を着ているようですけど……」
「それが……そのですね……」
「マサキは頭をぶつけたらしくてな、記憶がなくなっちまってんだとよ。自分の名前しかわからないそうだぜ」
俺が言い淀んでいると、ムロンさんが引き継いでくれた。
「まあ」
「だからよ、しばらくはうちで面倒みてやろうぜ。ほら、物置に使ってた部屋を片づけりゃあ、寝る場所ぐらい作れっだろ」
「そ、そんな、申し訳ないですよ」
「いいってことよ。お前がいい囮になってくれたおかげでこんな大物を仕留められたんだからな。しっかし……あん時のお前はすごい顔してたな。イザベラ、マサキのヤツこんな顔してたんだぜ、こんな」
ムロンさんが俺の顔真似をして、またまた豪快に笑う。
イザベラさんも口に手をあてながら、上品に笑っていた。
ホント、この夫婦は仲がいいんだな。
ムロンさんが笑いながら俺の背中をバシバシ叩いていると、家の扉が開いて中から小さな女の子が顔を出した。
赤毛をツインテールにして、パッチリした大きな目が魅力的な、とても可愛らしい子だ。
「お母さん、お父さん帰ってきたの?」
「おー! 可愛いオレのリリアよ! お父さんは帰ってきたぞ! ほら、見てみろこのホーンラビットを!」
「うわー! おっきー!」
「だろう! お父さんが一撃で仕留めたんだぜ!」
「お父さんすごーい!」
リリアと呼ばれた少女が、ムロンさんのまわりをぴょんぴょん飛び跳ねる。
「お、そうだリリア、コイツはマサキ。しばらく家で面倒みるから、仲良くするんだぞ。マサキ、オレの娘のリリアだ。手ぇだしたら容赦しねぇからな。がはははは!」
イザベラさんには似てるけど、ムロンさんにはまったく似てないな。
まあ、しいてあげるなら元気なところかな。
「はじめましてリリアちゃん。マサキっていいます」
「リリアです!」
「リリアちゃんはいくつなのかな?」
「5さい!」
元気いっぱいの笑顔と一緒に、パーに開いた手のひらが向けられる。
しっかし、5歳かぁ。俺もこれぐらいの子供がいてもおかしくはない歳なんだよな。そろそろ婚活とかしたほうがいいのかな?
ちょっとだけムロンさんが羨ましい。
「はいはい。じゃあちょっと早いけどお昼にしましょうか。あなたは物置を片してちょうだい。それとマサキさん、」
「は、はい!」
「リリアの相手をしてもらってもいいですか? リリア、ご飯ができるまでマサキお兄ちゃんに遊んでもらいなさい」
「はーい!」
「よろしくね、リリアちゃん」
「うん!」
俺はにっこり笑って、握手しようと手を差し出す。
リリアちゃんは俺の手を握り、ぶんぶんと上下に元気よく手を振るのだった。