第28話 おっさんの災難 後編
気づかなかった俺も悪かったと思うよ。
なりゆきとはいえ、ジャイアントビーと悪霊との戦闘を経てレベルアップしてたみたいだし、おまけに安全靴まで履いちゃってたんだからさ。
でも足をのばすってどうなのさ?
おおかた、からかうつもりで足元がお留守な俺を転ばせるつもりだったんだろうけど、
「うっぎゃーーーーーーー!!」
鉄板入りの安全靴でつま先蹴りキメちゃったもんだから、さあ大変。
枯れ木を踏み折るような音がしたかと思えば、野太い悲鳴が冒険者ギルドに響きわたった。
「ああ! す、すいません!」
慌てて謝るも、ボボサップさんの足の関節はひとつ増えていてなんかプラプラしているし、膝の関節だってドえらいことになっていた。
膝がどっちにも曲がっているぞ。すごい。ダブルジョイントだ。
俺がどうしていいかわからず呆然としていると、ダブルジョイントさんと同じテーブルに座っていた青年が、イスを蹴倒しながら立ちあがる。
歳は25ぐらいかな。身長は180はあって、背中にはロングソードをさしていた。
「ゴドジ!! てっめぇ……おれらの仲間になにしてくれるんだ!」
「え!? いや、でも足が……」
「グダグダ言ってんじゃねー!!」
ダブルジョイントさん改め、ゴドジさんの仲間っぽい青年が俺の胸ぐらを掴む。
「ぼぼぼ、暴力反対!」
「何言ってやがる! ゴドジに蹴りいれたのはてめぇだろ!」
俺は両手をあげて戦う意思がないことを示す。けれど、俺の胸ぐらを掴む青年の怒りは収まらない。
冒険者ギルドにるほかの冒険者さんたちは、俺たちの小競り合いが面白いのか、遠巻きに見ながらニヤニヤ笑っている。
見てないで助けてください。
「この落とし前……どうつけてやろうか」
青年は怒りで顔が赤くなっている。
いまにも爆発しそうだ。
「お、落ち着いて、ね?」
「これが落ち着いてられっか!」
俺の言葉をまるで聞いてくれない。
これは困ったぞ。
焦る俺に救いの手をさしのべてくれたのは、レコアさんだった。
「手を放してくださいゲーツさん。ギルド内での私闘は禁止されてますよ!」
「レコア……でもコイツが――」
「マサキさんが前を見ていなかったのはわたしの責任でもあります。責めるならわたしも一緒に責めてください!」
「レコアは関係ないだろ!!」
「あります。わたしはギルドの職員です。ギルド内でおきたことはわたしが責任を持たなくてはなりません!」
「……チッ」
レコアさんにゲーツを呼ばれた青年は、舌打ちし、突き飛ばすようにして俺から手を放す。
ふぅ、助かった~。レコアさんに感謝しないとだ。
でもゴドジさんは大丈夫かな?
なんかローブをまとった女性が、ゴドジさんの足を見ながら険しい顔してるけど。
「立てるかゴドジ?」
「いてぇ、いてぇよゲーツ……」
「クソ……。ロザミィ、治せそうか?」
「ダメだね。完全に折れてる。あたしの魔法じゃムリだよ」
ゲーツさんの質問に、ローブをまとった女性――ロザミィさんが首を横に振る。
魔法って言ってるけど、このひとは回復魔法を使う僧侶なのかな?
「俺の不注意で……すみません」
そう言って頭をさげると、ロザミィさんは困ったような顔をした。
「ちょっかい出したのはゴドジのバカからなんだ。謝らなくていいよ」
「でも……ゴドジさんの足がドえらいことに……」
「そうだね。ここまでくると……もう元には戻らないかもしれないね」
マジで!?
一生、足に障害が残っちゃうってことですか?
そ、それは困るぞ。
「ふふ。そんな顔しなくてもいいよ。教会に連れてって高位の神官に治してもらえばいんだからさ」
「ロザミィ! 神官に治療してもらうなんていくらかかると思ってんだよ!? こないだの稼ぎがとぶぞ!」
「じゃあゴドジをこのままにしとくかい? 言っとくけど、このままだとゴドジはもう引退するしかないよ。ゴドジはあたしたちの仲間なんだよ。それでもいいの?」
「…………」
ゲーツさんが歯ぎしりする音が、俺にまで聞こえてくる。
こんなドえらいケガだ。きっと治すのにもドえらい金額がかかるんだろうな。
「あ、あのー……」
「ああんっ、なんだよ?」
「もしよければ、そのケガ俺に診せてもらえませんか?」
俺は恐るおそる、ゲーツさんに話しかける。
「なんでてめぇに――」
「よしなよゲーツ。あなた……マサキだっけ? 医術に心得でもあるの?」
ロザミィさんがそう聞いてくる。
俺はいちど頷くと、自分の胸に手をあてて答える。
「ええ。回復魔法が使えます。俺の責任でもあるんで、試させてもらえませんか?」
「ふーん。いいよ」
「ロザミィ!!」
「落ち着きなよゲーツ。タダで診てもらえんなら断る理由はないでしょ」
「チッ」
「さあマサキ。お願いするよ」
「はい」
俺はロザミィさんと位置を代わるようにしてしゃがみ、ゴドジさんの足を診る。
自分でやったこととはいえ……関節がぐにゃぐにゃだ。
解放骨折みたいに骨が肉を突きやぶってでてきていないのは、不幸中の幸いかな。
「あの、ゲーツさん、」
「……なんだよ?」
「いまからゴドジさんに回復魔法をかけるので、骨がまっすぐになるように足をひっぱってもらっていいですか」
「……チッ、わーったよ。ゴドジ、いてぇだろうけどガマンしろよ。……ふんっ」
「ぎゃーーーーーー!!」
ゲーツさんが遠慮なく足をひっぱり、ゴドジさんの悲鳴が再び響いた。
「男だろ。ガマンしなよゴドジ」
ロザミィさんがゴドジさんの口に布をつっこむ。
舌を噛まないようするためなんだろう。
ゴドジさんは涙と汗を流している。でも、ゲーツさんの協力もあって足はまっすぐになっているぞ。
「回復!!」
俺は足に手をかざし、回復魔法を唱える。
淡い光がゴドジさんの足を包む。
だけど……足りない。
もっとだ。もっと回復魔法をかけないと!
俺はがむしゃらになって、連続で回復魔法を使った。
「回復! 回復!! 回復!!! 回復(中)! 回復(中)!! 回復(大)!!!」
魔法を使い続けているとレベルがあがったのか、どんどん高位の回復魔法が使えるようになってきた。
ゴドジさんの足はもう光りっぱなしの輝きっぱなし。あまりにも眩しいもんだから、俺のテンションもあがりっぱなしだ。
そして気がつけば、ゴドジさんの足は完全に治っていた。
「「「「……………………」」」」
沈黙が、冒険者ギルドを支配していた。
誰もかれもが――ゲーツさんですら口と目を大きくして、俺を呆然と見ている。
あれ? 俺なんかマズイことしたのかな?
「……凄い」
誰かがポツリと呟く。
瞬間、冒険者ギルドは爆発した。
「すごいぞお前! いったい何者だ!?」
「お前うちのパーティに入れ! 優遇してやるぞ!」
「待てよ! コイツは俺等が目をつけたんだ。なあ、うちに入らないか? 俺等と組んで伝説をつくろうぜ!」
「みんな落ち着いてください! これだけの回復魔法を使えるんです。きっと名のある神官に師事していたにきまってます! さあ貴方、わたしたちと一緒に神獣の名を広めましょう!」
俺は冒険者のみなさんに囲まれてしまい、パーティ勧誘の嵐にさらされる。
まるでおしくらまんじゅうだ。
俺はまだ冒険者にもなっていないのに。
「うひーーーー!! たっけてー!!!」
服や身体のあちこちを引っぱられていた俺がレコアさんに助け出されたのは、けっこーな時間がたってからだった。




