第23話 おっさんよ、二日酔いを打ち砕け!
俺の家はあっさりと決まった。
なんてことはない。ムロンさん家のお隣を買ったのだ。
物件を紹介してくれた青年をこっそりと問い詰めたところ、ムロンさんの家が破格の値段だったのはやはりお化けが出るからだった。
パンイチ少年が夜な夜なお庭を走り回るもんだから、ご近所の家もみんな空き家になってしまい、それらも売りに出されていたのだ。
それも格安で。
俺はムロンさんの屋敷の右隣、二階建ての大きな家を金貨80枚で購入。
さすがにムロンさんの屋敷ほど大きくはないけど、7LDKでフットサルができそうなぐらい広い庭に、お風呂もついている。
これを買わない手はない。
間取りは、地下室に倉庫と8畳(ぐらい)の部屋がひとつ。
一階はキッチン兼食堂と、12畳の部屋が三つにお風呂場とトイレ。
二階には3部屋あって、どれも広さは15畳。しかも広いバルコニーまである。
日本でサラリーマンを続けていても、一生買えないような大豪邸だ。
手続きをすませて権利書を受け取った時なんか、異世界のマイホームとはいえ思わずガッツポーズしちゃったよ。
日本に帰ったら、さっそくmamazonでいろいろ注文しちゃおうっと。
なんだったら、レンタカーを借りて家具屋さん巡りをしてもいいな。
そうだ。錦糸町のお隣、亀戸のショッピングモールにあるペットのヤジマにいって、モフモフ探しもしないとだ。
く~……夢がふくらむなぁ。
「マサキ、飯にいこうぜ」
小躍りする俺を楽しそうに見ていたムロンさんが、夕ご飯に誘ってくれた。
ファスト村から持ってきた荷物は取りあえず屋敷に置いて、荷解きは明日やるつもりらしい。
「いきます!」
せっかくのお誘いだ。俺は即答した。
マイホームを手に入れた記念に、乾杯したかったしね。
「そうこなきゃ。お互い家を買った記念だ。パーッとやろうぜ!」
「わーい! リリアもぱーっとやるー!」
「うふふ。あらあら」
俺たちは、ムロンさんが冒険者時代よく行っていたという酒場で夕ご飯を食べることになった。
店に入ったら冒険者さんたちばかりで、子供連れできた俺たちは奇異の目で見られたけれど、ムロンさんもイザベラさんも、もちろんリリアちゃんもまったく気にしていなかった。
ムロンさんはこの店の常連だった元冒険者だし、イザベラさんはほんわかした天然さん。そんでリリアちゃんはなににでも興味を持っちゃうお年頃だから、周囲の目なんか気にならないのだろう。
俺とムロンさんは麦酒を、イザベラさんとリリアちゃんは果物の果汁が入った飲み物を頼む。
食べ物はムロンさんがあれこれと注文していた。
「じゃあ、オレたちの新居に乾杯だ!」
ムロンさんが音頭をとり、
「「「「かんぱーい!」」」」
みんなで木製のジョッキを打ち鳴らす。
やっぱりズェーダの酒場でもエールは生ぬるかったけど、マイホームをゲットしてテンションが絶好調な俺には些細なことでしかない。
それよりも運ばれてきた料理の数々がどれも山盛りで、ムロンさんがいっぱい頼んだもんだから、テーブルに乗りきらなくて大変だった。
「ムロンさーん! これ絶対に頼み過ぎですってー!」
「お父さん、お料理おおいよー」
「がはは! 心配すんなって。オレとマサキがぜんぶ喰うから大丈夫だ!」
「俺を巻き込まないでー!!」
「リリアもお兄ちゃんてつだうー!」
「あらまあ。うふふ」
こんなに楽しい飲み会は、本当に久しぶりだった。
最近は会社の上司が開く強制参加の飲み会ばかりだったから、まったく楽しめないどころか、上司や後輩に気を使わなくちゃいけなかったからだ。
友だちを飲みに誘おうにも、気づけば友人たちの中で独身なのは俺ひとりとなっていた。
そんなわけだから、家庭のある友だちを誘いづらいったらありゃしない。
おかげで、錦糸町の自宅のベランダで椅子に座り、スカイツリーを眺めながら缶ビールを飲むのが日課になってしまった。
ベランダで飲んでる時は気にならなかったけれど、こうしてムロンさんたちと楽しくおしゃべりしながらお酒を飲むとわかる。
「そんでオークを追っていたオレはな、持っていた弓で、こう狙いをつけてよ、」
「おお! それでどうしたんです?」
それが、どれだけ孤独だったかが。
ムロンさんたちといるこの瞬間が、どれだけ素晴らしいものなのかが。
「ホントですか!? すげー!!」
「がははは! どうだ、見直したかマサキ? お前も冒険者になればわかるだろうぜ」
「く~。俺もそんな冒険してみたいです!」
「できるだろうぜ。マサキは度胸があるからな」
「うおー! がんばるぞー!! あ、すいませーん。エールもう一杯くださーい!」
この場を楽しみすぎてしまった俺は、気づくと足取りがおぼつかなくなり、ムロンさんに支えられながら帰るはめになった。
情けないし、申し訳ない。
道中マーライオンになりながらムロンさんに謝罪すると、
「気にすんなよ。がはは!」
と笑われてしまった。
異世界にきて最初に出会ったひとがムロンさんでホントよかった。
翌日。
二日酔いでぐったりしていると、ムロンさん一家が俺の家にやってきた。
「マサキ、オレたちはこれから家具を見に行くんだが……お前はムリそうだな」
「うぅ……すみません。もうしばらくしたら復活すると思うんですけどね……」
頭がズキズキ痛む。
二日酔いになるなんて、何年振りだろう?
「そんじゃオレたちは家具を探してくる。お前はもうちっと寝てな」
「……い、いってらっしゃいませー」
「ねぇ、お父さん、」
俺のことを心配そうに見ていたリリアちゃんが、ムロンさんの服をひっぱる。
「ん? どうしたリリア?」
「リリアね、お兄ちゃんのかんびょーする」
「はぁ? 看病ってお前……ベッドはいいのか? ふかふかなのほしいんだろ?」
「うん。お兄ちゃんといっしょにいるの」
リリアちゃんはゾンビのようになっている俺の隣にくると、おでこに手をあてて「だいじょぶですかー」とお医者さんの真似をする。
「は、はは……リリアちゃん、俺は大丈夫だから、ムロンさんたちとお買い物にいってきな」
「やー。リリアお兄ちゃんをかんびょーするの!」
「はは……こ、こまったな」
どうしようかと困る俺とムロンさんに、イザベラさんが優しい笑みを浮かべる。
「マサキさん、もし迷惑でなかったら、リリアをお願いしてもいいですか?
「……へ? 俺はただの二日酔いなんで別にかまいませんけど……お買い物はいいんですか?」
「買い物ならいつでもできますからね。でも、リリアがマサキさんを看病できる機会はそうありません」
イザベラさんはリリアちゃんを抱き寄せ、言い聞かせるように話す。
「リリア、マサキさんに迷惑をかけてはいけませんよ」
「うん! リリアお兄ちゃんのやくにたつよ! おみずももっていくし、あせだってふいてあげるの!」
「あらあら、リリアったら。うふふ。なら、大丈夫ね。しっかりと看病するんですよ」
「うん!」
イザベラさんはリリアちゃんの頭を撫でたあと、ムロンさんの手を取る。
突然手を握られたムロンさんは慌ててたけど、しっかりと握り返していた。
「ではマサキさん、リリアをお願いします。夜までには戻りますので」
「りょーかいです。なんだったら帰るの遅くても平気ですよ。ふたりが出会った街なんです。デートしてきてくださいよ。ね、リリアちゃん?」
「そーだよ! リリアお兄ちゃんといるから、お父さんとお母さんはでーとしてきて!」
リリアちゃんの言葉に、ふたりは驚いた顔をしていた。
「……へっ、そうかい。ならマサキよ、」
「はいはい。なんですムロンさん?」
「オレはイザベラと買い物しながらゆっくり街をまわってくる。帰りは遅くなっちまうと思うがぁ、リリアの面倒を頼むぜ。土産買ってくるからよ」
「任せてくださいよ。まあ、二日酔いなんで、俺は面倒みてもらう側ですけどね」
「がはは! ちげーねぇ。そんじゃ、オレたちは行ってくるぜ!」
「行ってらっしゃい。楽しんできてくださいね」
「お父さんもお母さんもいってらっしゃーい!」
ムロンさんとイザベラさんが手を取りあって出ていく後姿を、俺とリリアちゃん一緒に見送ったのだった。
「お兄ちゃん、だいじょぶ? あたまいたいの?」
リリアちゃんが心配そうに俺の顔を覗きこんでくる。
いま俺は、新居に備えつけられていたベッドに横になっていた。
やっぱり管理の手が入っていなかったからか、ベッドはしっとりしていてカビくさい。
二日酔いじゃなかったら、俺もムロンさんたちと一緒に買い物に行きたかったな。
「ははは、大丈夫だよ。ただの二日酔いだしね。心配してくれてありがとう」
「うん。お兄ちゃん、もうおさけ飲んじゃダメだよ」
「うーん……それは難しいなぁ」
「もうっ」
リリアちゃんのほっぺがふくらむ。
いくらリリアちゃんの頼みでも、ムロンさんに誘われたら断れる気がしない。
ごめんよリリアちゃん。
「じゃあいっぱい飲んじゃダメだよ」
「ははは、それなら約束するよ」
「ん」
どうやら納得してくれたみたいだ。
「お兄ちゃん、はやくよくなってね」
「大丈夫。もうすぐ良くなるよ」
ムロンさんたちが訪ねてくる前にトイレでマーライオンしたから、だいぶスッキリしてきた。
あと1時間も横になってれば、復活すると思う。
復活したらなにしようかな?
いまさらムロンさんたちと合流するのはおジャマだろうし、冒険者になる準備も――――ああっ!
そうだ。冒険者になる準備だよ。すっかり忘れていたぞ。
それにリリアちゃんとの約束もある。
せっかくだから一度にぜんぶやっちゃうか。
「リリアちゃん、」
「ん? なーにお兄ちゃん」
「俺もう少ししたら元気になるから、そしたら――」
俺はニッコリ笑って、リリアちゃんに言う。
「スカイツリーに行ってみようか?」
返事は、すぐに返ってきた。
「――うんっ!」




