第21話 ズェーダの鼓動
ズェーダの街は、俺が思っていた以上に大きかった。
街の周囲はぐるりと高い塀に囲まれていて、門の前では衛兵が街に入るひとたちの列をさばいている。
こういうの、城塞都市っていうんだっけ。
街への入場待ちの列の最後尾に、俺たちもならぶ。
「いっぱいひとが並んでますねー」
「ズェーダの街は王都への中継地点として栄えているからな。いっつもこうだぜ」
「へー」
日本でいう人口の多い地方都市みたいなもんか。
ただ並んでいるのもヒマだったので、
「ムロンさん、」
「ん? なんだ?」
「そのですねー、記憶がない俺にこの国のこと教えてくれませんか?」
俺はムロンさんにいまさらながら、この国についていろいろと聞いてみることにした。
「マサキはいまいる国のことも忘れちまったのか。難儀なヤツだなぁ。でもま、いいぜ。教えてやるよ。忘れちまったままだと不便だもんな。いいか、この国は――――……」
ムロンさんも退屈していたのか、記憶喪失設定の俺にあれやこれやと懇切丁寧に教えてくれた。
おかげで、いろんなことを知ることができたぞ。
まず、いま俺がいる場所はバルバディウス大陸の北東部に位置する『アークシーズ王国』という名の国で、いま大陸でも指折りの賑わいをみせている新興国らしい。
ズェーダの街は東にある王都への中継地点であり、絶えずひとと物資が行き交い栄えているそうだ。
一方で、ムロンさんたちが住んでいたファスト村は主要な街道から外れており、ひとの往来はほとんどなく、たまに巡礼者が来るていど。
そんな孤立した村だからこそ、唯一の行商人であるデニムさんは、ジーンさんや村のひとたちにあれだけ偉そうな態度をとっていたのだろう。
「次の者、前へ」
「はいよ」
ムロンさんの話がひと段落したところで、やっと俺たちの番がやってきた。
衛兵に呼ばれ、ムロンさんが御者台から降りる。
「難民……ではなさそうだな。ズェーダにきた目的はなんだ?」
「村での生活に飽きてな。移住しようと思ってやってきた」
「移住……だと? 宿暮らしか?」
「いいや。家を買うつもりだ」
「ほう。家を……か」
衛兵がムロンさんを上から下まで見たあと、俺や荷台に座るイザベラさんにも不躾な視線を送ってくる。
「外の者がズェーダの市民権をとるには、ひとり金貨10枚かかるぞ。お前に払えるのか?」
「じゃなきゃ来ねぇよ」
ムロンさんがめんどくさそうに答える。
でも市民権を取るのに金貨10枚もかかるんだ。
ファスト村のような田舎暮らしをしているひとにとって、かなりハードルが高いといえる。
まあ、東京や大阪みたいに、大きな街にはたくさんのひとが集まるものだから、制限をかける意味では大切なのかもしれないけどね。
「わかっているならいい。街への入場料はひとり銅貨6枚だ」
「ほらよ。4人分だ」
ムロンさんが、俺の分をふくめた銅貨を衛兵に手渡す。
「確かに受け取った。役場の場所は知っているか?」
「昔ここで冒険者をやっていた。ズェーダは庭みたいなもんだよ」
「そうか。よし、入っていいぞ」
「はいよ。ごくろーさん」
衛兵とのやり取りを終えたムロンさんが御者台に戻り、馬車を進める。
石造りの門をくぐり抜けると、そこは多くのひとであふれ返っていた。
「うっわー……いろんなひとがいる!」
街に入った瞬間、俺は思わずそう声をあげていた。
あたりを見回せば色とりどりの髪色をしたひとたち。ずんぐりむっくりしたドワーフ。獣耳の獣人。
ファスト村には人間しかいなかったけれど、この街にはいろんな種族がいるのだ。
俺は自分がファンタジーな世界にきたことを改めて実感し、自然と胸が高鳴っていった。
「なんでぇマサキ、そんなキョロキョロしてよ」
「いや、だっていろんなひとがいるんですよ! ドワーフですよ! 猫耳ですよ! エルフ……はいないか。残念」
「エルフはお高くとまってるヤツが多いからな。なかなかひとの街には来ねぇよ。でもよ、ドワーフも猫獣人もそんな珍しいか? 大陸のどこにでもいるだろうが……っと、マサキは記憶がねぇーんだったな。すまねぇ、口が過ぎた」
「気にしないでください」
嘘ついてるのは俺の方なんだから、謝られると胸が痛むしね。
「お兄ちゃん、ここがぜーたのまち?」
「そうだよリリアちゃん。いっぱいひとがいるねー」
「いっぱいだねー。リリア、こんなにたくさんのひとはじめて見た!」
猫耳を見てテンションがあがっている俺の膝のうえで、リリアちゃんも興奮したような声をだす。
田舎から東京に出てきた若者がはじめて渋谷に立った時、きっとこんな顔をするんだろう。
リリアちゃんは顔を綻ばしながらキョロキョロとあたりを見まわしていた。
「ぜーたってひとがたくさんだね! おまつりみたいだねお兄ちゃん!」
いやー、舌っ足らずで『ズェーダ』を『ぜーた』って言っちゃうリリアちゃんマジ可愛い。
思わず抱きしめたくなっちゃうけど、そんなことをしたらムロンさんの拳が飛んでくること間違いなしだ。
「マサキ、これからオレたちは役場で市民権を取るつもりだ。ちっとめんどくせぇが、一番めんどくさいことを先にやっちまったほうがいいだろうからな。それで、お前はどうする?」
「街のことがわからないんで、ムロンさんたちについていきますよ。まぁ、おじゃまじゃなかったらですけど」
「バッカだなぁ。お前がジャマなわけないだろ。このさいだ、マサキ、お前も市民権取っちまえよ。そんでお前も家を買え。どーせ冒険者やるなら拠点は必要だしな。それにいちいちズェーダに入るのに入場料払わなくてすむ。カネはあるんだ。冒険者やるなら市民権取っちまったほうがはえーだろ。よし、そうしよう。決まりだ」
なんか強引に話を進められているけど、俺に家を買わせる理由が『リリアちゃんと一緒に寝させないため』だってんだから、親ばかっぷりも極まっていると思う。
「よし、いくぞマサキ」
問答無用で役場に向かうムロンさん。
さすが決断の早い男だ。
「えー、俺もですかー?」
そんなことを言う俺だけど、実のところ少しだけ……いや、かなり家を買うことに興味がある。
だって、異世界とはいえマイホームだ。サラリーマンの目標のひとつと言われる、マイホームを買えるんだ。
たかが10万円弱の殺虫剤が、巡り巡って家に変わるってんだから、このビッグウェーブに乗っちゃってもいんじゃないかな?
「まいったなー。家ですかー」
錦糸町の自宅では、ペットを飼えない。
でも異世界で家を買えば――
「犬とか飼ってもいいんですよね?」
「はぁ? あたり前だろ。なに言ってんだ」
「ですよねー。あはははは」
モフモフ王国を、築けるのだ。
俺の心は――迷いをみせることなく決まった。
このあと、ムロンさんに連れられた俺は役場で市民権を申請。
金貨10枚(ムロンさんが支払ってくれた)と数時間を引き換えに、銀色の金属でできた証明書を手に入れる。
「よーし。マサキ、日が落ちるまであと少しある。下見がてら家を見に行くか?」
「はい!」
そして、物件を探しに行くのだった。
胸を、高鳴らせながら。




