第20話 さよならファスト村
ムロンさんたちの荷造りは1日で終わり、引っ越し先予定である街まで俺もご同行させてもらうことになった。
家財道具が積まれた馬車の御者台に俺とムロンさんがならんで腰かけ、荷台では空いたスペースにイザベラさんが座り、リリアちゃんを膝のうえに抱っこしていた。
「いいかマサキ、冒険者の仕事はな、大きくわけて四つある」
「へー。四つですか?」
そして道中、俺はムロンさんに冒険者としての知識や心構えを教えてもらっていた。
「ああ。『採取』、『探索』、『護衛』、『討伐』の四つだ。細かくわけりゃもっといっぱいあるけどな。まずはこの四つをおぼえとけ」
「りょーかいです」
「採取は依頼者が求める薬草やらキノコやら、特定の場所でしか手に入らないものを採ってくる仕事だ。そんで探索は指定された場所を調べてくるんだ。このふたつはモンスターとの戦闘を避けながらやるから、注意と準備さえしてりゃある程度の危険は避けられる。ここまではいいか?」
「ばっちりです!」
真剣な顔で説明してくれるムロンさんに、俺も真剣な顔をして頷く。
「問題は護衛と討伐だな。こっちは前のふたつに比べて一気に危険度が増す。護衛は依頼主をてめぇの命に代えても護らなきゃいけないし、討伐は指定されたモンスターを殺らなきゃなんねぇ。どっちも危険な仕事だ」
「……はい」
「それでマサキ、お前はどれをメインでやる冒険者になるつもりだ? マサキは魔法が使えるから、どれも向いてるといえるけどな」
「うーん、そうですねぇ……」
俺は腕を組んで目をつむる。
探索ってやっぱりトラップがバリバリあるダンジョンとか、なにが潜んでるかわからない未踏の地とかだよな? 命が危ないので却下。
護衛とかも依頼主にへーこらしたくないからこれもなしの方向で。そんで討伐だって対象がモフモフした生き物だったら、モフモフ愛好家の俺に倒せるわけがない。
となると……答えはひとつしかないな。
「採取とかどうでしょう? ほら、これなら俺ひとりでもできそうだし」
「ひとり……ってよ、お前まさかソロでやるつもりか!?」
「いやー……ダメ、ですかねぇ?」
「ダメってこたぁねぇが……うーん……ソロかぁ。ソロねぇ……」
ムロンさんが考え込んでしまったぞ。
どうやら俺がソロ活動することには、あまりよく思ってないらしい。
俺にはいざとなったら錦糸町の自宅に帰る転移魔法があるから、むしろソロのほうが動きやすいんだけどね。
でも、俺が錦糸町に帰れることは、リリアちゃんしかしらない秘密なのだ。
「ま、決めるのはマサキだ。ソロでやりてぇってんなら、オレは止めねぇよ」
「ははは……すいません」
「でもよ、危険なことはすんなよ。お前になにかあったら――」
「リリアちゃんが哀しむ、ですよね?」
「バーカ、リリアだけじゃねぇ。オレだってイザベラだって哀しむに決まってるだろ」
「ムロンさん……」
ちょっとジーンときてしまった。
かっちょいいことを言ったムロンさんも照れてしまったのか、鼻をすすりながらそっぽを向いている。
まだ出会って10日しかたってないけど、俺とムロンさんたち一家には、確かな『繋がり』が生まれていた。
思わず目頭が熱くなる。
いまなら、おっぱいの大きなタレントがいろんな国でホームステイするテレビ番組、『世界プルルン滞在記』に出演してたひとたちが別れ際に感極まって泣いちゃったのも理解できちゃうぜ。
「……ありがとうございますムロンさん。でも安心してください。俺ちょービビりなんで、危ない目にあいそうになったらすぐ逃げ出しますから」
「リリアを命がけで助けたヤツが、なーに言ってんだか」
「ははは、それを言われると困りますねー」
頭をかく俺を見て、ムロンさんがため息まじりに笑う。
「マサキ、こっちこそありがとよ。お前のおかげオレたちは街に住めるんだ。感謝してもしきれねぇ」
「街……えっと、なんて名前でしたっけ?」
「ズェーダだ。ズェーダの街はオレが冒険者だったころ拠点にしてたとこでよ。王都に通じる街道もあるから、たいていの物は手にはいる」
「へー。住みやすそうですね」
「おう。にぎやかでいい街だぜ。それにオレとイザベラが運命の出会いを果たした街でもあるからな。いつかは戻ってきたかったんだ」
「イザベラさんと出会った街ですか。いいですねー」
さらっとのろけられてしまった。
独り身の俺には、けっこー胸にくる言葉だ。
もし相手がムロンさんじゃなかったら、文句のひとつも言ったかもしれない。
こっちは街コンで出会いを求めても、ボストロールしかいなかったんだぞ! って。
「ああ! オレにとっちゃ思い出深い街だ。だからなマサキ、」
「はい、なんです?」
「お前にもいい出会いがあるといいな」
前言撤回。
やっぱムロンさんは底抜けにいいひとだ。
「なんだぁ、その顔は? ……おっと、リリアはやらないぞ。リリアはどこにも嫁に出さないって決めてんだからな」
「いや、そんなことおもって――」
「リリアお兄ちゃんのお嫁さんになるのー!」
俺とムロンさんの会話を聞いていたのか、突然荷台からリリアちゃんが身を乗り出してきた。
同じタイミングで車輪が石でも踏んだのか、大きく跳ねたのでバランスを崩したリリアちゃんを慌ててキャッチ。
ひしっと抱きついてくるリリアちゃんを、俺は膝のうえに乗せた。
「リリアちゃん、危ないよ。馬車から身を乗り出しちゃ」
「……ごめんなさい」
「いいんだ。こんどからは気をつけようね」
「うん! へへー」
素直に頷いたリリアちゃんは、俺の胸に顔をうずめてにやけ笑いを浮かべる。
もちろん、愛娘のそんな姿をムロンさんが見逃すはずがない。
「ほらリリア、そこに座ってるとマサキに迷惑かけちまうぞ? お父さんの膝のうえに来な」
「や」
「…………そ、そんなこと言ってないで、な? お父さんの膝のほうが逞しいから、きっと座り心地いいぞー」
「やだ。リリアお兄ちゃんのひざにすわるのっ」
ムロンさんの誘いを断り、ぷいっとそっぽを向くリリアちゃん。
なんていうか……ムロンさんの顔は、怖くて見ることができなかった。
「あらあら、リリアは本当にマサキさんのことが好きなのね」
断固として俺の膝から動かないリリアちゃんを見て、イザベラさんが言う。
「違うぞイザベラ! リリアはオレのほうが好きだ! ぜったいに好きだ!」
「まあ、あなたったらムキになっちゃって。可愛いわね」
「そ、そうかぁ?」
イザベラさんに微笑みかけられたムロンさんは、とたんにだらしない顔になり、機嫌もよくなったみたいだ。
話題を変えるには、いましかない。
「む、ムロンさん!」
「んん? なんだぁマサキぃ?」
ムロンさんが、だらしない顔を俺に向ける。
「ムロンさんたちは、ズェーダの街に引っ越すんですよね? 家を借りるんですか?」
「借りる? バカ言うなよ」
いやいやとばかりに首を振るムロンさん。
よーし。話題を変えることに成功したぞ。
「いいかマサキ、『借りる』んじゃねぇ、『買うんだよ』。せっかく大金持ってんだ。家を買わないでどうする?」
「わーお。ムロンさん家を買うんですか!?」
「おう! 金貨の100や200も出せば、ズェーダでもデカい家が買えるだろう。部屋もいっぱいある家を買ってよ。冒険者時代の仲間を呼んだりすんのもいいかもしれねぇな。……おっ、そうだマサキ、」
「なんです?」
「なんだったらお前も一緒に住むか? 家買えるのはお前のおかげなんだしな。部屋のひとつぐらいなら用意してやるぜ。どうだ?」
「いいんですかっ!?」
その提案に興奮した俺は、思わずムロンさんにつめ寄って聞き返す。
日本と異世界を行き来する俺にとって、拠点はいつか必ず必要になってくる。そもそも転移魔法を使うところを、誰にも見られたくないしね。
そう考えていた俺にとって、ムロンさんの提案は願ってもないことだった。
しかし――
「お、おう。別にかまやし――」
「わーい!! そしたらリリア、まいにちお兄ちゃんといっしょに寝るねー!!!」
俺以上に興奮したリリアちゃんの言葉に、ムロンさんの顔が修羅へと早変わり。
リリアちゃーん。いまのはタイミング悪すぎだよー。
「え、えと……む、ムロン……さん?」
「……マサキよう、」
「は、はいっ、なんでしょう!?」
底冷えするようなムロンさんの声に、反射的に姿勢を正してしまう俺。
「お前だってカネもってんだ。家ぐらい自分で買え」
「……はい」
有給休暇も残り少なくなってきた俺は、冒険者になる前にまず家を買うことになりそうだった。




