第19話 おっさんの決意
「……おいマサキ、本当にいいのか?」
「ええ。どうぞ受け取ってください」
ムロンさんが、ごくりと息を呑む。
視線はテーブルに積まれた金貨に釘づけだ。
「金貨550枚だぞ! ほ、ホントにもらっていいのか!?」
「いいんですよ。だって俺はリリアちゃんと一緒にジャイアント・ビーをやっつけたんですから、リリアちゃんにも金貨を受け取る権利があるんです。でもリリアちゃんはまだ5歳だから、親であるムロンさんに受け取ってもらいたいんですよ」
デニムさんにギリギリの金額でジャイアント・ビーを売りつけてから早4日。
デニムさんが所属するという、ラミレス商会所有の6頭立ての大型馬車が列をなして村にきたのは一昨日のことで、ジャイアント・ビーを積んでは運ぶのピストン輸送を夜通し繰り返した結果、今朝方ついに全てのジャイアント・ビーを運び終えたようだった。
そして俺は、ジャイアント・ビーを売り付けて得た金貨1700枚のうち、600枚をファスト村の村長であるジーンさんに渡し、残り1100枚をムロンさん(正確にはリリアちゃん)と折半しようと提案したのだった。
「リリア、きんかなんかいらないよぉー」
「な、なんてこと言うんだリリア。マサキの気が変わったらどうする!?」
ムロンさんはもらう気まんまんだ。
でもまあ、それも当然かな。
こちらの世界では、銅貨20枚で銀貨が1枚。銀貨が100枚で金貨が1枚となるらしい。
ひと月(こっちの世界も1年が12の月に分かれていた)生活するには銀貨30~40枚もあれば足りるらしく、一年間で必要な生活費は金貨が4~5枚といったところ。
田舎や都市部では物価水準も違うだろうから予想でしかないけど、こっちの貨幣を日本円に無理やり当てはめるなら、銅貨が250円。銀貨が5000円。金貨が50万円という感じだと思う。
つまり、金貨550枚という金額は、贅沢しなければ一生働かなくても生活できる額であり、日本円に当てはめると2億7千5百万円という大金なのだ。
金貨を受け取った村長のジーンさんなんか、「村の防衛のために傭兵を雇い入れなくてはなりませんなぁ」と嬉しい不満をもらしていたぐらいだしね。
なんて素敵なんだろう。俺もサラリーマンなんかやめてニートになりたい。心がぐらついちゃうぜ。
「別に気なんかかわりませんって。それよりムロンさん、受け取ってくれますね?」
「ああ、遠慮なくもらうぜ」
「ふぅ、よかったー」
俺が胸を胸を撫でおろしていると、ムロンさんはリリアちゃんを膝のうえに抱っこしてして語りはじめた。
「実はなぁ、オレもそろそろ山をおりようと思っていな」
「……『山をおりる』って、まさか狩人をやめるってことですか?」
「ああ。オレは冒険者なんかやってたせいか、獣相手でも命のやり取りしなきゃ生きてる気がしなくてよ。それで狩人なんかやってたんだが……今回のことで気がついた。……いや、気づかされちまった」
ムロンさんの手が、リリアちゃんの頭を優しく撫でる。
「リリアやイザベラ。こいつらが笑っていることこそが、テメェの生きがいなんだな、ってよ」
「なるほど」
「それに前々から、イザベラのやつに狩人をやめるよう言われていてな」
「イザベラさんに?」
「そうだ。あいつはオレと違って育ちがいいからな。危険な獣やモンスターがでる山での生活より、村や町で安全に暮らしたかったんだろうぜ」
「そうですかね? 俺はムロンさんに危ないことしてほしくなかったからだと思いますよ。それに――」
俺とムロンさんの会話が退屈だったのか、いつの間にか寝息を立てていたリリアちゃんを見ながら、続ける。
「村や町なら、リリアちゃんも友だちと遊べますもんね」
「……そうか。……そうだな。ああ、マサキの言う通りだ」
俺の言葉は、ムロンさんの深いところに刺さったようだ。
ムロンさんはなんども頷きながら、リリアちゃんを抱きしめていた。
「マサキよう」
「はい」
「いまのお前の言葉で決心がついたぜ。俺は山をおりて街にいく」
「街ですか。ファスト村じゃなくて?」
ファスト村で、リリアちゃんが村の子どもたちと一緒に走り回っていたのを思いだす。
リリアちゃんは村の子どもたちに圧勝してたけど、すごい楽しそうだった。
「ファスト村には『学院』がねぇからな。リリアはオレと違って賢いからよ。学院にいれて勉強させてやりてぇーんだ。へっ、こんなこと言えるのも、お前から金貨をもらえたからだけどな。なんせよ、学院にはカネがかかるからなぁ」
なるほど。リリアちゃんを学院にいれて、いろいろなことを学ばせたいわけか。
そんなの親として当然のことだ。
自分の子どもを学院にいれる余裕があるのなら、子どものためにもいれるべきだろう。
どんな勉強をするかは知らないけれど、得た知識はきっと役に立つだろうから。
「ふふ。なに言ってんですかムロンさん。リリアちゃんのがんばりあってのものですよ。リリアちゃんホントすごかったんですよ。迫りくるジャイアント・ビー相手に一歩も引かなかったんですから」
「がはは! リリアはイザベラに似て頑固なとこがあるからな。オレもそれを見たかったぜ!」
「そんなに大声で笑うとリリアちゃん起きちゃいますよ」
「おっといけねぇ。……起きちゃいねぇな?」
ムロンさんはそう言ってリリアちゃんの顔を覗き込む。
リリアちゃんはご飯の夢でも見てるのか、ヨダレを垂らしながら幸せそうな顔をしていた。
「……もんじゃ……おいし……ねぇ」
「なんだぁ? 『モンジャ』ってよ。マサキ知ってるか?」
「さ、さぁー。俺にはなんのことやらさっぱり……」
「そうか。まぁ、寝言だから気にする必要はねぇな」
ムロンさんは一度リリアちゃんを抱きあげ、寝室へと運んでいく。
そして戻ってくると、真剣な顔をして俺に話しかけてきた。
「マサキよぉ、さっきも話したように、オレたちは今日明日にでも荷物をまとめて村を出ていく。なんせこんな大金だ。街で預けなきゃ気になって寝れなくなっちまう」
「きょ、今日明日って……急な話ですね」
「オレは昔から決断は早くてな。それでマサキ、お前はどうする? もしお前がここに住むってんなら、この家を使ってくれていい。家具もほとんど置いていくつもりだしな。生活には困らねぇはずだ」
なんと、ムロンさんは自分の家を俺にくれると言っているのだ。これまたずいぶんと気に入られたものだ。
さぁて、どうしようかな?
「ん~……」
まわりには自然が溢れ、家の裏には小さいながらも畑がある。
山奥でスローライフを送るのなら、かなり良い物件だろう。
「どうせ戻ってくることもないだろうからな。気にせず使っていいんだぜ?」
「ん~~~~~~~……」
かなり嬉しい申し出ではあるのだけれど、せっかく異世界にきたのに山奥でスローライフを送るのは、ちょっと違う気がする。そもそも田舎暮らしなんか日本でもできることだし。
それにまだ、俺は獣耳やエルフと出会っていないんだ。ファンタジーな世界に来ておきながらこのツートップに会っていないだなんて、もったいないどころの話じゃない。
となれば、山奥に引きこもるなんて選択肢はなしだ。
「ムロンさん、」
「おう。決まったか?」
「嬉しい申し出なんですけど、その、俺……もっと違うところにも行ってみたいんです!」
「そうか。お前ならそう言うと思ってたよ」
ムロンさんが、わかっていたとばかりに肩をすくめる。
おーい。俺の葛藤どーしてくれるの?
「マサキ、お前はなくしちまった記憶を探さなきゃいけねぇんだもんな。旅を続けていけばよ、いつか全部思いだすかもしれねぇ」
「え、ええ。ムロンさんの言う通りです。ハヤクオモイダシタイナー」
やっべー。記憶喪失設定なのすっかり忘れてたぞ。
動揺のあまり、背中を嫌な汗が流れる。
「じゃあどうだ? とりあえず一緒に街へいくってのは?」
「街……俺も一緒にいっていいんですか!?」
「あたり前だろう。お前と一緒だとおもしろいしな。それにリリアも喜ぶ」
「ぜひお願いします!」
「なら決まりだ。お前も荷物を……って、マサキはそんなに荷物持ってなかったな」
「ムロンさんたちの引っ越し手伝いますよ!」
「あんがとよ。ならさっさと荷造りはじめちまうか」
ムロンさんはイスから立ち上がると、上着の腕をまくりはじめた。
どうやら、いまから引っ越しの荷造りをはじめるつもりらしい。
「街に行きゃいろんなものがあるからな。マサキ、お前は街でなにかやりたいことでもあるか? 手伝ってくれる礼代わりに案内するぜ」
「あ、じゃあひとつお願いしてもいいですか?」
「いいぜ。ひとつと言わずにいくらでも言ってくれ」「実はですね、」
異世界に来てから、ずっとやりたかったこと。
俺は、迷うことなくそれをムロンさんに告げた。
「俺、冒険者になってみたいんです!」




