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第18話 大ピンチ! 敵は悪徳商人 後編

「いやあ、ぼ、ぼくとしたことが、まだジャイアント・ビーを見ておりませんでした。質が良いとは聞いておりましたけど、数ばかりに目がいってまだ直で見ておりませんでしたからね。そ、そこでですね、一度手にとって拝見させてもらい、それから買い取り額の見直しをさせていただければ……と思うのですが。い、いかがでしょうか?」


 揉み手をしながら卑屈な笑みを浮かべるデニムさん。

 そんなデニムさんに対しムロンさんが、


「なんでぇ、お前まだいたのかよ? さっさと帰れ」


 と辛辣な言葉を浴びせる。

 しかも手をしっしと犬猫を追い払うように振りながら。


「まーまームロンさん、ここはデニムさんの話も聞いてあげましょうよ。わざわざ来てもらったんですから」

「し、しかしよぉ、マサキ……」

「まーまー。いいじゃないですか。ね?」


 顔は笑っている俺だけど、心臓はバクバクだ。

 なぜなら、ここでデニムさんが帰っちゃったら必然的にエタノールを大量購入するハメになるからだ。

 何万リットルものエタノール。きっとmamazon(ママゾン)だって届けてくれないぞ。

 だから俺は笑いながらも、内心では必死になってムロンさんをいさめたのだった。


「ったく……マサキがそう言うんならオレはかまわねぇよ。なあ村長?」

「ええ。わたしもマサキさんにお任せしますぞ」

「ありがとうございます!」


 俺はふたりにお礼を言ったあと、デニムさんに向きなおる。


「じゃあデニムさん、」

「は、はい」

「まずはジャイアント・ビーを見にいきましょうか? 直接手に取って見ていただければ、その価値が金貨1枚以上(・・・・・)あると、ご理解いただけると思いますので」


 ニコリと笑い、そう言う俺。

 いまの言葉には、『金貨一枚以下なら売らないぞ』との意味を込めてある。

 ここまであからさまに言っておけば、さすがのデニムさんでも気づくだろう。


「わ、わかりました」


 頷くデニムさんの顔は、思い切り引きつっている。

 特にほっぺたなんか、ピクピクと痙攣しっぱなしだ。

 でも顔が引きつるということは、言葉の裏に込めた意味をちゃんと理解してくれた証拠でもある。


「じゃあ、一緒にジャイアント・ビーのところへ行きましょう!」


 かくて、俺たちはデニムさんを連れ、ジャイアント・ビーが山と積まれている広場へ歩きはじめた。






「こ、これは……なんて素晴らしい……」


 ジャイアント・ビーのうち一匹を手に取ったデニムさんは、興奮したような声を出す。


「どうです? こんなに状態が良いジャイアント・ビーでも、銀貨20枚の価値しかありませんか?」

「い、いやはや……ま、マサキさんもひとが悪い。先にこちらを見せてくれれば、ぼくも銀貨20枚だなんて、口が裂けてもいいませんでしたよ」


「あー、それもそうですね。すみませんでした」

「いやいや、お、お気になさらずに」


 商談をするのなら、まず商品を確認するのは当たり前のことなんだけどね。

 そんな基本的なことすら、デニムさんはしていなかったのだ。

 だけど今回はデニムさんの怠慢のおかげで、あとから質の良い商品をみせる、って後だしができたぞ。


 あとから商品をだすメリットのひとつが、いままでの交渉を覆して値段の再設定を行えることだ。

 つまり、商談は振りだしに戻ったのだった。


「ムロンさん、ちょっと質問していいですか?」

「おう、なんだ?」

「冒険者が討伐して素材として運ばれたジャイアント・ビーの状態って、どんな感じなんですか?」

「なんだ、そんなことか。どうやって倒すかにもよるんだけどな。武器でぶっ叩かれたジャイアント・ビーは甲殻にヒビが入ったり、体の一部が欠けたりしてよ。まあ~、早い話がボロボロだな」

「じゃあ、このジャイアント・ビーみたく、形を保とうとしたらどうするんです?」


 俺はデニムさんが持つジャイアント・ビーを、コンコンと叩いて質問する。

 その答えが気になるのか、デニムさんもムロンさんを見ていた。


「そうだなぁ……罠を張って捕獲してから、重しをつけたまま湖に沈めて窒息させる……とかかなぁ? 俺がいたパーティには魔法使いも精霊使いもいなかったからな。他の手はしらねぇや」

「そうですか。でもそれって、やっぱり手間がかかるってことですよね?」

「手間なんてもんじゃねぇよマサキ! 毒を持ってるジャイアント・ビーをとっ捕まえるんだぜ? そりゃあ命がけだよ。そもそも捕まえようなんてするバカ野郎なんざ、そうはいないだろうからな」

「なるほど。わかりました。ありがとうございます」


 知りたかったことを聞けた俺は、デニムさんに顔を向け、商談を再開することにした。


「ですって、聞きましたデニムさん?」

「は、はい」

「では、いまの話で状態の良いこのジャイアント・ビーに、とても価値があることも理解してもらえましたよね? めったに獲れないことも」

「……ええ」


 デニムさんが苦々しい表情を浮かべながら、ゆっくりと頷く。


「ファスト村の未来のことを考えれば、このジャイアント・ビーの素材を特産として売りだしていくのが正しい方法だと俺は思います」

「ま、待ってくださいマサキさん! 考え直してはもらえませんか!? もう一度……もう一度ぼくにチャンスをください!」

「んー……『チャンス』ですか。困りましたねー」

「そこをなんとかっ! 決してマサキさんたちに損はさせません!」

「損……ときましたか」

「ぼくがマサキさんたちに――ファスト村に利益をもたらします! お約束します!」


 しぶる俺に、デニムさんは懇願するように膝をついて手を合わせる。

 これが可愛い女の子だったらなかなかグッとくるシチュエーションなんだけど、あいにくとデニムさんは油ぎっしゅなおじさんだ。

 これっぽちも嬉しくない。


「ジーンさんジーンさん。デニムさんがこう言ってますけど、ジーンさんは村長の立場としてどう思います?」

「わたしがですか? そうですなぁ……村長の立場から言わせていただくとですな、デニムさんが村に富をもたらしてくれるのであれば、村長としてはこれ以上言うことはありませんな」

「ジーン村長、お約束します! かならずやぼくがこの村に利益を運んできます!」


 デニムさんはジーンさんの手をとってすがりつく。

 その顔は必死そのものだ。

 逆に、すがられたジーンさんは困惑しているようだった。

 さっきまで偉そうにしていたデニムさんが、急に態度を変えたんだからムリもないか。


「利益かー。あっ、そういえばジーンさん、」


 俺は何か思いだしたかのようにポンと手を打って、ジーンさんに向きなおる。


「なんでしょうか、マサキさん?」

「いままでデニムさんには、どんなものを買い取ってもらっていたんですか? 村には畑が多いから、やっぱ作物ですかね?」

「そ、そうですなぁ……。村で収穫した麦や野菜。まれにつぶした牛の毛皮や干し肉といったところでしょうか」

「なるほど。それで、それらをどれぐらいの値段で買い取ってもらっていたんですか?」


 俺の不意な質問に、デニムさんが顔をしかめるのが見えた。


「たしか前回の取引では――……」


 ジーンさんが麦や野菜、それに毛皮の買い取り額を言うたびにデニムさんの額に汗が浮きあがる。

 とくに毛皮の買い取り額を言ったと時なんか、ムロンさんが怒気をはらんだ声で「はぁ!?」とか言っていたぐらいだから、そうとうぼったくっていたんだろうな。

 ムロンさんの射抜くような視線に、デニムさんは生まれたての子羊のように震えていた。


「ふぅ……。デニムさん、」

「……は、はい」

「なんていうか……ちょーっと、ふっかけすぎじゃないですか?」

「…………」


 ふっかけうんぬんは、もちろんはったりだ。

 だって俺は異世界こっちの市場価格なんて知らないからね。

 それでも俺に問われたデニムさんの反応は、わかりやすいぐらいにわかりやすかった。


「こんな買い取り額じゃあ、今後デニムさんとのお付き合いを考えなおさなきゃかもですねー」

「いや……それだけは……」


 ねちっこく責める俺に、デニムさんは真っ青だ。


「こ、今後はそのっ、てきせ、適切で公平な取引をさせてもらえればと、ですからっ、その……」


 しどろもどろになるデニムさん。

 その慌てふためきようは、見るに堪えない。


「まあ、デニムさんとの取引をするのは村長であるジーンさんですからね。俺としては、互いの利益になるような取引をのぞむだけです」

「は、はい! お約束いたします!!」


 そう言って、デニムさんは自分の胸を叩く。

 だらしない体が、ぷるんと揺れた。


「それじゃあ、『適切で公平な取引』を約束してくれたデニムさんに、ジャイアント・ビーの買い取り額を見直してもらいましょうか。けっきょくのところ、デニムさんはこのジャイアント・ビーにどれぐらいの値段をつけてくれるんですか?」

「そ、そうですなぁ…………」


 デニムさんは押し黙り、必死になってジャイアント・ビーの状態を確認している。

 たったいま自分で『適切で公平な取引』と言っておきながら、もしこれで適切でない値段を提示してしまおうものなら、こんどこそ破談になってしまうと思っているんだろう。

 正真正銘、これが最後のチャンスだ、と理解している顔だ。


「う、ううむ…………で、ではマサキさん、」

「はい」

「ジャイアント・ビー4――いや、3匹につき金貨4枚ではいかがでしょうか?」

「3匹で……金貨4枚ですか……」


 これは驚いた。相場とやらの1.3倍を提示してきたぞ。

 なんだ、ちゃんと勉強できるんじゃん。

 俺が少しだけ見直していると、なぜかデニムさんが慌てたはじめた。


「で、ではっ、に、2匹で金貨3枚ではどうでしょうっ?」


 なんか、さらに提示額をあげてきたぞ。

 俺が黙っちゃったことで提示額に納得していない、と勘違いしちゃったみたいだ。

 普段からひとの足元ばかり見ているから、悪い方向にばかり物事を考えちゃうんだろうな。

 俺は感心してただけだってのに。


「んー、2匹で金貨3枚……ですか。んー、もう一声っ! 俺、デニムさんのかっこいいとこ見たいです!!」

「くっ……で、でしたら4匹で金貨7枚でどうです? どうか、どうかこの金額で納得してもらえませんでしょうかっ? おねが、お願いいたしますマサキさん!! 後生ですからぁっ!」


 なんか調子に乗ってたらデニムさんが泣きだしちゃったぞ。

 目は血走ってかみ締めた唇からは血がにじんでるし……この金額が本当の限界なんだろう。

 そろそろ勘弁してあげようかな。



「4匹で金貨7枚……。ん、いいんじゃないですかね」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ」

「いやぁ……良かったぁ。本当に……良かったぁ。うぅ……ヒック」


 安堵から地面にへたり込んでしまったデニムさんは、しまいには嗚咽まで漏らして泣きはじめてしまったのだった。





 このあと、俺はデニムさんと商談の詰めにはいった。

 支払のことや、1000匹ものジャイアント・ビーの輸送の仕方。

 さすがに約1700枚もの金貨をデニムさん個人で持ってるはずもなく、自分が所属する商会から貸し付けてもらい支払いにあてるそうだ。

 また、大型の馬車を何台も用意してジャイアント・ビーを運ぶと言っていた。


 こうして俺は、ジャイアント・ビー討伐で負った7万円もの損失を埋めるかの如く、多くの金貨を手にしたのだった。

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