第44話 スカイツリー観光 後編
「今日は……式典でもありますの?」
これがスカイツリーのお膝元にあるショッピングモール、『東京ソラマチ』。
その正面口ともいえる、『ソラマチ商店街』についたときのドロシーさんの感想だ。
俺の住む錦糸町から10分、東京メトロ半蔵門線押上駅と直結している施設は、スカイツリーを含め『スカイツリータウン』と呼ばれている。
そして商業施設の部分をまとめて『東京ソラマチ』といい、地下にある押上駅の出口からエレベーター、もしくはエスカレータで地上にあがると、『ソラマチ商店街』へと出るのだ。
ソラマチには様々な店がある。
花屋、パン屋、惣菜屋、雑貨屋、ドラッグストアに熱帯魚屋。クレープ屋とタコ焼き屋、に餡蜜の有名店。エトセトラエトセトラ。
地元に住む俺でも、覚えきれないぐらいのお店が並んでいる。
しかも、これはまだ一階部分で、上の階にはまだまだたくさんのショップが並んでいるのだ。
さてさて、そんな東京ソラマチですが、観光地と言う事もあって、平日でも人は多く、それが土曜日ともなるともっと多い。
それこそ、まっすぐ歩くこともできないぐらい人が溢れているのだ。
だもんだから、目の前に広がる人だかりを見たドロシーさんは、
「こんな多くの人がいるなんて……わたくし王都でも見たことありませんわぁ」
とのことだった。
人が多すぎるからか、ちょっとビビってるご様子。
「式典ではなく、今日はこの国に住むひとたちの休日なんですよ。それで観光地であるここにたくさん人が集まってるわけです」
「休日……観光地……」
呆然とするドロシーさん。
でも、すぐに興奮に顔を染めた。
「素晴らしいですわぁ。こんなにも活気があるなんて……さあマサキさん、わたくしをあの中へ連れてってくださいなぁ」
「わかりました。絶対に俺から離れないでくださいよ? はぐれたらもう二度と会えないかもしれませんからね」
「わ、わかりましたぁ」
ドロシーさんが俺の腕にひしっとしがみついてくる。
鍛えられた腕の力はかなり強く、どんな人ごみに呑まれようが離れることはなさそうだ。
「じゃあ、いきましょう!」
「はいですわっ!」
そして俺とドロシーさんは、ソラマチを巡った。
女性向けのアパレルショップでは、
「まあ、可愛らしい服ですわぁ」
「プレゼントしましょうか?」
「いいんですの?」
「もちろんですよ」
「ありがとうございます。実はこの服、わたくしには胸のあたりが少々窮屈でして……」
と、服の持ち主であるロザミィさんには聞かせられないようなことを言ったり。
本屋では、
「なんですのここ? 屋敷にある書庫よりも本がありますわぁ」
「ここは本を売っているお店です」
「本……むぅ。わたくしにはこちらの世界の文字が読めませんわぁ」
「そんじゃ読めるようににましょうか? せいっ!」
「っ!? 文字が……読める? すごい! マサキさん、わたくしにもこちらの世界の文字が読めますわぁ!」
魔法でドロシーさんを日本語対応化にしたり。
服を着た直立歩行する動物の人形、『シルベスターファミリー』の展示販売場では、
「見てくださいましマサキさん。あそこに獣人の人形がありますわよぉ。こちらの世界の獣人はずいぶんと……その、毛深いですのねぇ」
「……。すみませんドロシーさん、あの人形は獣人ではないんです」
「まあ!? ではモンスターかしらぁ?」
「モンスターでもなくて、『こんな人形あったらいいな』と思った人が作った、架空の生き物の人形なんです」
「そうでしたの。わたくしったら、てっきり獣人かと……ふふ。恥ずかしいですわぁ」
人形を獣人と勘違いしたりと、ドロシーさんを見てるだけで俺もすっごく楽しかった。
時計を見ると、時刻は20時を回っていた。
「まだ最終入場には間に合うな」
「どうかされたんですの?」
「いえね、あそこに――」
俺はスカイツリーを指さし、続ける。
「ちょっと行ってみようかと思いまして。ドロシーさんは行ってみたいですか?」
そんな俺の言葉にドロシーさんは、
「行きたいですわぁ!」
めっちゃ食いついてくるのでした。
◇◆◇◆◇
当日券を買い、列に並ぶ。
でっかいエレベーターに乗り、地上から450メートルの天望回廊へ。
最終便のエレベーターを降りると、そこはもう別世界だった。
「…………」
ドロシーさんが、天望回廊のガラスにぺったりとくっつく。
それはもう、両手とおでこをくっつけてぺったりと。
ガラス越しに見えるのは、どこまでも続く東京の夜景。
「どうですドロシーさん? キレイでしょ?」
どう声をかけるも、
「……」
返事がない。
「あれ?」
チラリと横目で見ると、
「…………ぐしゅ……」
ドロシーさんは目に涙を浮かべ、鼻をすすりあげていた。
どうやら眼下に広がる光景に感動してしまったようだ。
「……とても、綺麗ですわぁ」
と涙声でドロシーさん。
次いで、
「うふふ……こんなにも綺麗な世界を見ることができるなんて、わたくしは幸せ者ですわね」
とも。
ドロシーさんは溜った涙を指先で拭うと、とても優しい笑みを浮かべた。
「マサキさん、今日は本当にありがとうございました」
「ドロシーさん……」
「わたくしは世界を巡り様々なものを自分の目で見るのが夢でしたわぁ。ですが……婚約によりそれももう叶いません。だから……だから嬉しいんですの。こんなにも素敵な――キラキラと輝く景色を見ることが出来て……。わたくし、本当に嬉しいのですの」
ドロシーさんは俺の手を取ると、自分の胸元に引き寄せる。
そしてぎゅっと俺の手を抱き、言葉を続けた。
「こんなにも素敵な世界を見ることができたんです。もう思い残すことはありませんわぁ。だってそうじゃありません? 今わたくしの目の前に広がるこの景色は、マサキさんの隣でしか見ることができませんのよ? わたくしの世界でも見ることが出来ない素晴らしい世界が、今目の前に――ここにありますのっ」
ドロシーさんは俺の腕を抱いたまま、夜景を眺め続けた。
「わたくし、この光景を一生忘れませんわぁ。今この瞬間、この場所に――この世界にいれたことが、わたくしの宝物ですの」
「ドロシーさん、俺も今日のことは忘れません。決して」
「うふふ。では、二人の宝物ですわね」
「あはは、ですね。思い出だけはどんな権力者も奪うことができませんから」
「ええ、そうですわ。わたくしがどこの誰と結婚させられても……わたくしの心はわたくしだけのものですわ。……ずっと」
「…………」
「…………」
「……」
「……」
俺とドロシーさんは営業終了ギリギリまで夜景を眺めたあと、夜の浅草を散歩した。
そして朝方、ズェーダへと帰るのだった。