第43話 スカイツリー観光 前編
転移魔法の光が消えると、そこには見慣れた部屋が。
ソファとローテーブルに、ゲーム機が繋がれたテレビ。
テーブルの上にビールの空き缶や日本酒の空き瓶が置かれているのは、錦糸町に武丸先輩を送り返した名残だ。
翌日は二日酔いでやばかったな。
「ここはいったい……どこですの?」
ドロシーさんが部屋を見回しきょろきょろと。
「ここは俺の部屋です」
「マサキさんの部屋……」
「はい。そして――俺の『世界』でもあります!」
俺は窓際に歩いて行き、カーテンをさっと引く。
現れたのはもちろん、墨田区のシンボルスカイツリーだ。
「っ……。なんですのあの光り輝く塔はっ!?」
両手で口元を覆うドロシーさん。
すっごくビックリしたって顔をしているぞ。
異世界のひとにスカイツリーを見せるのは、ドロシーさんで4人目だけど、誰に見せてもいいリアクションしてくれるんだよね。
「あぁ……なんて綺麗なんですの……」
うっとりとした瞳で、ドロシーさんがフラフラと窓に吸い寄せらていく。
窓ガラスにぴったりと顔をくっつけスカイツリーを眺める。
「こんなにも美しい塔があったなんて……マサキさん、あの塔はいったい?」
ドロシーさんはスカイツリーに目が釘付け。
一切視線を外さずに訊いてきた。
「あれは『スカイツリー』といいます」
俺はドロシーさんの隣に移動し答える。
「すかいつりー」
ドロシーさんがトロンとした表情で俺の言葉をなぞる。
「はい。俺の世界で有名な建造物のひとつです」
「マサキさんの世界…………ハッ!? マサキさん! こここ、こ、ここはいった何処ですのっ!?」
「ここは日本という国にある、錦糸町という街です」
「ニホン? キンシチョー? 聞いたことがありませんわ」
「でしょうね。だってここは……異世界ですから!」
「異世界?」
「はい。異世界です」
俺は窓を開けベランダに出た。
ドロシーさんに手を伸ばし、隣に来るよう誘う。
伸ばした手を握ってきたドロシーさんは、少しだけ躊躇ったあとベランダへと出る。
ドロシーさんはベランダから広がる世界を眺める。
道路を走る車の光。
マンションやビルに灯った明かり。
ドロシーさんはぼうっとした顔でそれらを眺めている。
「夜なのに灯りがこんなにたくさん。あんなに遠くまで……。マサキさん、」
「はい」
「先ほどマサキさんはここを『異世界』とおっしゃいましたが、その……どういうことなんですの?」
「実はですね。俺は異世界から来たんです」
「マサキさんが!?」
「ええ。話すと長くなりますが、聞いてくれますか?」
そう言うと、ドロシーさんは真剣な顔で頷く。
「当然ですわ! 聞かせてくださいまし。わたくしにマサキさんの全てを!」
「ありがとうございます。ある日のこと、俺は神と名乗る存在に――――……」
俺は自身に起こった出来事を、余すことなくドロシーさんに話した。
突然神と呼ばれる存在に異世界へと連れて行かれたこと。
交渉の結果、元の世界と行き来できるようになったこと。
武丸先輩もこっちの世界から連れてきたこと。
ハゲ散らかした人たちを救済していたら、新興宗教の教祖に祭り上げられそうになったこと。
などなど。
すべてを話し終えた頃には、それなりの時間になっていた。
「……驚きましたわ」
「黙っていてすみません」
「謝らないでくださいな。秘密にするのは当然のことですし、そもそも誰に話しても信じてはもらえませんわぁ。こうして……」
ドロシーさんはスカイツリーに視線を移し、続ける。
「そびえ立つ光の塔を自分自身の目で見ない限りは、ね」
「はい」
しばし、無言のままスカイツリーを眺める。
「マサキさん」
「なんでしょう?」
「わたくし、あの美しく光る塔へ行ってみたいですわぁ」
ドロシーさんは俺を見て、年相応の少女のような顔をする。
「わたくしをその塔へ連れってってはくれませんか?」
俺はうやうやしく頭を下げ、答える。
「喜んで」
こうして俺とドロシーさんは、スカイツリーへと行くことになった。
俺の部屋に置いてあるロザミィさんの『こっちでの服』をお借りして、ドロシーさんに着てもらう。
ちょっと裾丈が長かったけど、胸は窮屈そうだった。
「変わった服ですわねぇ。マサキさん、わたくしおかしくないかしらぁ?」
「似合ってますよ。とても」
「…………う、うれしいですわぁ」
日本人の俺とは違い、異世界の人たちはスタイルがいい。
中でも飛び抜けてスタイルがいいドロシーさんだ。
似合わないわけがなかった。
「じゃあドロシーさん、スカツリーへ行きましょうか?」
俺はドロシーさんに手を伸ばす。
ドロシーさんは俺の手を取り、
「……はい」
と頷く。
こうして、俺とドロシーさんはスカイツリーへと向かうのだった。
◇◆◇◆◇
俺の家からスカイツリーまでは徒歩圏内。
でも、俺たちは未だスカイツリーにたどり着けずにいた。
なぜかというと――
「マサキさん、あれはなんですの?」
道中、ドロシーさんは目につくもののほぼすべてを指さし、それがなんなのか訊いてきたからだ。
最初はポスト。次は交番。その次はバイクで、さっきはドラッグストア。そんでいまは自動販売機。
目に映るもの全てが珍しく、そして新鮮だったんだろう。
ドロシーさんはずっと楽しそうだった。
「あれは自動販売機、っていいます」
「じゅどーはびゃーき?」
「自動販売機」
「じどーはんびゃーき」
「んー……。ギリギリ良しとしておきましょう」
「じどーはんびゃーき……じどーはんびゃーき……。ふぅ、異世界では名を憶えるのも一苦労ですわね」
「あはは、そりゃ言語体系からして違いますからね。異国の言葉を覚えるようなものですよ」
「あら、わたくし勉強は得意ですのよ?」
「でしょうね。ドロシーさんと話しているといっつも頭いいなーって思いますもん」
「…………そ、そうですの?」
恥ずかしかったのか、ドロシーさんは顔を赤らめ小声でぼしょぼしょと。
「そうですよ。きっといっぱい勉強してきたんでしょうね」
「わたくしは貴族ですから。民を導くため教養を身に付けるのは当然ですわぁ」
ドロシーさんがえっへんとばかりに胸を張る。
「ところでマサキさん、このじどーはんびゃーきはなんのためにあるんですの?」
「ああ、自動販売機はですね、喉が渇いたときにおカネを入れると、好きな飲み物が出てくるんですよ。ちょっとやってみます?」
「いいんですの?」
「もちろんですよ。どれを飲みます?」
「それでは……これ! これでお願いしますわぁ!」
そう言って指さされたのは、まさかの『おしるこ』。
粒々の小豆がわっさりと入った仕様のものだ。
「……」
「マサキさん? どうかしましたの?」
「……ハッ!? いえ、なんでもありません。本当にコレでいいんですね? たぶん、ドロシーさんが期待してるような飲み物ではないと思いますけど……ほ、本当にいいんですね? 俺としてはこっちのオレンジジュースを薦めたいところですが……」
「わたくしはこれがいいんですの!」
と、ドロシーさんは譲らない構え。
「わかりました。ならおカネを出してっと、」
財布から500円玉を取り出し、自販機の挿入口にチャリン。
「いいですよドロシーさん。ここのちょっと飛び出てる部分を押してみてください」
「こうかしら?」
ドロシーさんが、おしるこのボタンをポチッとな。
ガタンと音が聞こえ、俺は取り出し口におしるこが落ちてくる。
「ここのフタをあけて、飲み物を取り出すんです・……はい、どーぞ」
俺はおしるこをドロシーさんに手渡す。
「……この金属の杯、温かいのですわねぇ」
「それは『おしるこ』といって、主に寒いときに飲むものなんですよね」
「あぁ……。とっても温かい」
ドロシーさんは、おしるこをほっぺにあててうっとりと。
めっちゃ白人してるドロシーさんが『おしるこ缶』でそのポーズをすると、違和感しかない。
けれど、なんか幸せそうな顔をしてるからいいか。
「そろそろ飲んでみます?」
「はい。どうすればよろしいのかしらぁ?」
「貸してください。いま飲み口を開けますよ」
おしるこ缶を受け取り、粒がバラけるようにシャカシャカしてから飲み口を開ける。
「はいドロシーさん。どーぞ飲んでみてください」
「ありがとうございますわぁ。それでは失礼して……んく」
ドロシーさんがおしるこをひと口。
さーて、どんな反応が出てくるのかなと眺めてたら、
「………………甘くて、とっても美味しいですわぁ」
お気に召したらしい。
「んく……んく……んく……んく……」
おしるこを一気飲み。
10秒ほどで空にしてしまった。
「見事な飲みっぷりですね」
「わたくしったら……マサキさんの前でなんて恥ずかしいことを」
「あはは、ここはドロシーさんがいた世界じゃないんです。ここにいるときぐらいは飲み方も食べ方も気にしなくていいんじゃないですか?」
「マサキさん……」
「自慢じゃないですけど、俺の世界には美味しい食べ物がたくさんあるんです。いちいち気にしていたら、食べそびれちゃいますよ?」
といたずらっぽく言う。
反応は早かった。
「そ、そんなの嫌ですわぁ!」
おしるこのおかげで錦糸町への食の期待が高まったらしい。
ドロシーさんのお腹がグーと鳴った。
「……こ、これはそのっ、わたくしここのところあまり食べていなくて――で、ですから、えとっ、」
慌てるドロシーさんの手を、俺は握る。
「じゃあまずはご飯を食べにいきましょうか? 俺についてきてください」
「はぇ? あ……は、はいですわっ!」
ドロシーさんが何を食べたいのかわからないけれど、スカイツリーの麓にはたくさんの飲食店がある。
それこそ、より取り見取りな感じで。
「こっちですこっち!」
俺はドロシーさんの手を引き、スカイツリーへと急ぐのだった。