第17話 大ピンチ! 敵は悪徳商人 中編
数秒にも及ぶ沈黙のあと、デニムさんは、
「………………はぁ?」
とだけ返してきた。
俺が言った言葉の意味が理解できていないのか、その顔はポカンとしている。
「ま、マサキさん、いま……いまなんておっしゃいました?」
「あれ? ちゃんと聞こえませんでしたか。俺は『お引き取りください』と言ったんです」
申し訳なさそうな表情をつくった俺は、デニムさんにそう言って頭をさげる。
さーて、ここからが勝負どころだぞ。
もしこれでデニムさんが帰ってしまえば、この話はここで終わりだ。
でも、向こうが少しでも譲歩をみせてきたら、それはこっちが有利に商談を進めることができる証拠に他ならない。
デニムさんは俺たちを田舎者として甘く見ているんだ。
だとすれば、あれこれと難癖をつけてジャイアント・ビーを買いたたこうとしていてもおかしくはない。
たとえば日本のお隣の中国。
漢方の冬虫夏草の店頭価格は、なんと仕入れ値の6倍もの値段がついているのだ。それと同じことが、ここファスト村で起こっていても不思議ではない。
さてさて、デニムさんの反応は……っと。
「い、いやいやマサキさん、急になにを言いだすのです? ぼくが買い取らなければ、そちらは利益が得られないのですよ」
俺の巻いたエサにあっさりと喰いついてきたぞ。
これでジャイアント・ビーを不当に買いたたこうとしてきたことは、ほぼ間違いない。
「そうですね。村の利益のことを考えるなら……デニムさんに買い取ってもらうのが一番だと思います」
「そ、そうでしょうとも。なら――」
「でもっ! ……でもですね、その利益は短期的なものでしかありません。もっと長期的に――これから先のことを考えるのなら、いまここでジャイアント・ビーを買い取ってもらうわけにはいかないんですよ」
俺はそこで一度言葉を区切り、デニムさんの反応を待つ。
デニムさんは、意味がわからないとばかりに首をふり、面白くなさそうな顔をしていた。
「長期的に……ですか? なぜですか。理由をうかがっても?」
「もちろんですよ」
デニムさんの質問に頷いた俺は、笑顔をつくったまま説明をはじめた。
「いやぁ、俺もデニムさんに言われて気づいたんですけど、確かにジャイアント・ビーがたくさん市場に流れたら、その価値はさがってしまいますよね」
「え、ええ。その通りです」
「そーなんですよねー。俺はファスト村のことしか考えていませんでしたけど、デニムさんのおかげで気づいたんです。ジャイアント・ビーの価値がさがったら、他にも困るひとがいるって」
「他にも……ですか? はて……」
デニムさんが首を傾げる。
思案しているようだけど、きっと自分の利益しか考えていないこのひとじゃ、答えにいきつかないんだろうなー。
「おおっ! わかったぞマサキ!」
かわりに気づいたのは、ムロンさんだった。
ムロンさんはポンと手を打ってから答えを述べた。
「冒険者だろ?」
「正解ですムロンさん。ジャイアント・ビーの買い取り価格がさがって困るのは、俺たちよりもむしろ冒険者さんたちのほうなんです」
「ぼ、冒険者……ですって?」
「そうなんですよデニムさん。考えてもみてください。冒険者さんたちは、ジャイアント・ビーに金貨1枚の価値があるから命をかけて戦うんです。それが、銀貨20枚の価値になってしまったらどうします? 誰も討伐しようと思わないんじゃないですかね?」
「そりゃそうだぜマサキ。たった銀貨20枚ぽっちじゃ、誰も討伐依頼なんざ受けねぇよ」
俺の疑問にムロンさんが答えをくれる。
元冒険者であるムロンさんがいてくれてよかったー。
「ですよねー。じゃあ、冒険者さんたちがジャイアント・ビー討伐の依頼を受けてくれないとなると、こんどはジャイアント・ビーの脅威にさらされているひとたちが困ってしまいます。だって、誰も助けにきてくれないんですから」
「…………」
デニムさんは喋らない。
正論を振りかざす俺に、なにも言う事ができないでいるのだ。
「わかりますかデニムさん? いや、商人であるデニムさんならわかりますよね。だって、わざわざ俺たちに価値の低下を教えてくれたんですもの。ですから本当にデニムさんには大切なことに気づかせてもらいましたよ。俺たちが目先の利益のためにジャイアント・ビーを買い取ってもらっていたら、多くのひとが困ることになったんですからねー。そしてそれは、巡り巡ってこの村にもやってくるでしょう。『ジャイアント・ビーの価値をさげた村』だと知れ渡れば、いろんなところから恨まれてしまうでしょうからね。いやー、あぶなかったぁ」
俺は大げさにおどけてみせる。
初対面な相手との商談は、いつも腹の探り合いだ。
虚実織り交ぜて交渉し、自分が有利になるよう進めるのだ。
交渉のしかたも千差万別。相手の性格によって使い分けなければならない。
俺はそれらのことを、営業を通して学んできたのだ。
「ホント、ありがとうございましたデニムさん」
そして俺が今回選んだ手は、デニムさんの言葉を笠にきることだった。
デニムさんが「価値がさがる」と言って足元をみてくるのなら、こっちはその言葉を武器にするまでだ。
「い、いや、その……き、気づかれたようでなにより……ですな。……は、ははは」
乾いた笑いをあげるデニムさん。
余裕を見せたいんだろうけど、生憎とその顔は引きつってるし、額には脂汗が浮いている。
「そういった訳ですので、今回の取引はなか――」
「い、いや待ってくださいマサキさん! あ、あれだけのジャイアント・ビーをムダにするのはもったいないですよ」
「ムダ……ですか?」
「そうです! マサキさんが苦労して退治されたのでしょう? 村の方たちだって、運び出すのにたいへんな労力をつかったと聞きます。マサキさんと村の方たちを労うためにも、ジャイアント・ビーは売った方がいいとぼくは思うのです」
「売る……ですか?」
「そうです!」
頭のなかではそろばんでも弾いているんだろう。
俺が考え込むしぐさをすると、デニムさんは大きく頷いて身を乗り出してきた。
「ではどうでしょう? いまなら特別に銀貨30枚で買い取りますよ。それもジャイアント・ビーの価値が下がらぬよう、ぼくも手を尽くしましょう。まあ、国を跨いで売らなくてはならないため、輸送費やら税やらで、かなりカネがかかってしまいますがな。銀貨30枚でも、トントンぐらいかもしれませんけど……まぁ、みなさんのためですから、ぼくが身を切りましょう」
「そんな、デニムさんに迷惑はかけたくありませんよ」
「いやいや、ぼくのことはお気になさらずに。それに……あれだけのジャイアント・ビーをただ腐らせるだけだなんて、もったいないとは思いませんか?」
「あ、それなら大丈夫ですよ」
「……は?」
「ジャイアント・ビーみたいな虫型モンスターは防腐処置さえすれば、とても長持ちしますからね」
デニムさんが口を開くまで、たっぷり10秒はかかった。
「ぼうふ……しょち?」
「ええ。腐らないよう手を加えるんです。ご存知ないのですか?」
小学生のころ夏休みの自由研究で昆虫の標本をつくったことがあるんだけど、昆虫の防腐処置はいたって簡単。
注射器でエタノールを注入したり、容器に溜めたエタノールに漬けておけばいいだけなのだ。
まあ、問題はエタノールが1リットルで約1000円もするってことだけどね。
あれだけのジャイアント・ビーをすべて防腐処置するとなると、諭吉さんが数千人必要になってくる。
クレジットカードのリミットブレイク間違いなしだ。
でもそのことを顔に出すほど、俺もバカじゃないけど。
「はは……そんな技術があるとは知りませんでした。そうですか……長持ち、ですか。も、もともと虫型モンスターの素材は獣に比べて息が長いといいますからな。それでその……防腐処置をすると、どれぐらい持つのですか? み、三月ほどでしょうか?」
「いいえ」
「では……半年ほどで?」
「そんなそんな、もっとですよ」
「ま、まさか1年……」
俺は首を横に振ってから、笑顔で答える。
「5年10年は余裕で持ちますよ」
「なっ!?」
言葉を失うデニムさん。
対して俺は笑顔のままだ。
ほんとこのひとは感情がすぐ顔に出るな。嘘が下手なのかもしれない。
「ああ、そうだ! そうだよ! 防腐処置しておけば何年でも置いておけるんだから、毎年価値が下がらない程度に売っていけばいいんだ。いっけねー、俺なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだろ?」
俺は自分の頭をコツンと叩き、ついでにペロっと舌を出す。
よーし、可愛いぞ俺。
「おおっ! そりゃ名案だなマサキ!」
「でしょ? ムロンさん。なんだったらジャイアント・ビーの素材を村の特産にしちゃって、必要とするひとが必要なぶんだけ買い付けにくればいいんです! ほら、そうすればジャイアント・ビーを運ぶ手間もはぶけますしね」
「それだったらよマサキ、いっそ職人をこの村に呼んで加工してもらえばいいんだ。ジャイアント・ビーの素材から作った武器に防具。冒険者たちがいっぱいやってくるぞ!」
「うわー、それいい考えですね! そうすれば宿や酒場が繁盛しますから、村におカネが落ちてきますよ!」
「ほお、それは素晴らしいですな」
盛り上がる俺とムロンさんに、ジーンさんまで加わる。
ひとりかやの外となったデニムさんは、目を白黒させていた。
ジャイアント・ビーを買いたたいて利益を独占するつもりだったのが、一転して会話の外へと追いやられてしまったからだ。
さあ、どうするデニムさん?
ここで無理やりにでも会話に入ってこないと、俺のクレジットカードがリミットブレイクすることになるぞ。
「ムロンさん、ムロンさんの知り合いでジャイアント・ビーを加工できるようなひといます?」
「そうだなぁ……冒険者時代のツテをたどりゃあ、何人かいるだろ。あれだけ上物なジャイアント・ビーだ。それを素材に作りたいってヤツは、いくらでもいるだろうぜ。職人心をくすぐるだろうからなぁ」
「やったー! そのひとたち村によんじゃいましょー」
喜ぶ俺の背中は冷や汗でいっぱいだ。
こいよデニム。プライドなんか捨ててかかってこい。
「ちょ、ちょっとよろしいですかな!」
俺とムロンさんとジーンさんの三人がファスト村の未来について語り合っていると、やっとデニムさんが声をあげ、
「か、買い取り額について……み、みみ、見直ししたいのですが……」
と自分から言ってきたのだった。




