第42話 街を見下ろせる場所
リッチ氏との戦いはガチで死にそうになるぐらいのナイトメアモードだったけど、事後処理も死にたくなるぐらいにはハードモードだった。
リッチ氏との戦いを終えた俺たち。
地上へ戻ると、街にいたアンデッドは全てただのご遺体へと戻っていた。
街のみなさんたちと共に、戦闘が終わったー! と喜びを爆発させる冒険者たち。
そりゃそうだ。一致団結して街の危機を乗り切ったんだ。
住民のみなさんのテンションは一瞬でレッドゾーンへと突入し、中央区画のあちこちから歓声が上がった。
ドロシーさんの指示の下、チャイルド家が所有していたワインの樽を開け、街を守った勇者たちと恐怖に耐え切った住民のみなさんたちへ振舞う。
それはもう、ちょっとしたお祭り騒ぎみたいになった。
夜通し騒ぎ、朝が来て、不意に誰かがポツリと呟く。
「アンデッドの残骸、どうすんだ?」
一瞬で素に戻る住民のみなさん。
スケルトンはともかくとして、ゾンビなんかはイイ感じに腐ってらっしゃる。
このまま放置したら伝染病待ったなしな危険な状況。
そこからはずっとドロシーさんのターンだった。
住民に呼びかけ人手を集めると、アンデッドだったモノたちのお片づけをはじめたのだ。
街の外へと運び出し、火葬して埋葬する。
この作業が地味にしんどいことしんどいこと。
けれども、誰も嫌だとは言いださなかった。
ドロシーさんが自ら先頭に立ちアンデッドと戦っていたことを、住民のみなさんはちゃんと見ていたからだ。
住民総出で文字通り『街のお掃除』を終え、小さいながらお墓を作り、神官さんが祈りを捧げてみんなでご冥福を願う。
それから数日後、やっと合同訓練のため遠方に行っていた朱薔薇騎士団がズェーダに戻ってきた。
少し遅れて、領主のカロッゾさんも。
おらが街の騎士団と、領主の帰還。
両者が街に戻ったことにより、ずっと指示を出していたドロシーさんもやっと肩の荷が下りたって顔をしていた。
ここからは領主であるカロッゾさんのターン。
事後処理やいろいろな補償など、まるっとカロッゾさんにお任せだ。
そんな感じで、やっと一息ついたときの出来事だった。
突然、ドロシーさんがプラっとどこかへ消えてしまったのは。
◇◆◇◆◇
婆やさんを筆頭に、屋敷で働いている人たちが総出でドロシーさんを捜していると聞き、俺やロザミィさんも手伝うことに。
「マサキ、あたしは街の北を捜してみるわ」
「わかりました。それじゃ俺は南から捜しますね」
「まったくドロシーったら、いったいどこに行ったのよ」
と、プンプン顔で文句を言いながらも捜し始めるロザミィさん。
なんだかんだで面倒見がいいよね。
俺はそんな後ろ姿を見送りながら、
「ロザミィさんごめんなさい」
と呟いた。
なぜなら、俺はドロシーさんがどこにいるかなんとなく目星が付いていたからだ。
「よし。行ってみますか」
そう言い、俺は歩き出した。
◇◆◇◆◇
ドロシーさんを見つけたのは、街の鐘塔だった。
鐘塔の階段を上り、てっぺんにある鐘が吊り下げられた場所。
吊り下げられた大きな鐘の向こうで、ドロシーさんを見つけた。
「見つけましたよドロシーさん。やっぱりここにいましたか」
大きな鐘を挟んだ向こう側で、ドロシーさんが振り返る。
「マサキさん……」
俺を見たドロシーさんが、困ったような笑みを浮かべた。
「どうしてわたくしが……ここにいるとわかったんですか?」
ドロシーさんが訊いてきた。
語尾が伸びていないってことは、シリアスモードってことだ。
「実はですね、あの戦いが終わった後、俺もここに来てたんです」
「マサキさんも?」
「はい。だってここに来れば――」
俺は鐘塔の上から街を眺め、続ける。
「ズェーダを丸ごと見渡せますからね」
街のピンチを知らせるために建てられたこの鐘塔へ登ると、街全体を見下ろすことが出来る。
まるで展望台。だからドロシーさんは、俺と同じように自分が守った街を見てみたかったんだろう。
時刻は夕方。
沈みかかった夕日がズェーダの街並を赤く照らしている。
「うわぁ、超キレイですね」
「ええ、とても」
俺とドロシーさんはしばらくの間、ズェーダを眺める。
やがて、ドロシーさんがポツリと。
「この景色を見ることも、今日が最後かもしれません」
「ドロシーさん……」
「うふふ。嫁いでしまったら、もうズェーダに戻ってくることもないでしょうからね」
ドロシーさんはそう言うと、寂しそうに笑った。
ドロシーさんには婚約者がいる。
会ったこともない婚約者が。
「叶う事なら、世界を旅して様々なものを見たかったですわ。ですが……ええ。こんなにキレイな景色なんですもの。満足しないといけないのでしょうね」
「ドロシーさんが守った街ですからね」
「あら? マサキさんとわたくしが守った街ですわよ」
ドロシーさんが誇らしげに胸を張る。
夕日のせいか、その頬も赤くなっていた。
「あはは、他の仲間が聞いたら怒りそうですね」
「構いませんわ。いまここには、マサキさんとわたくししかいませんもの。……この美しい光景は、マサキさんとわたくし二人だけのものですわ」
ドロシーさんは少しだけ照れたように言うと、再び街を見下ろした。
寂しげに街を眺めるドロシーさん。
陽が地平線の向こうに消えていき……
「あ……」
ドロシーさんの切ない声と共に、完全に沈んでしまった。
「茜色の美しい世界が……終わってしまいましたわね」
「そうですね」
「今まで見たどの景色よりも美しいものでしたわ」
哀しそうに微笑み、ドロシーさんの足が下へ降りる階段へと向かう。
俺はそんなドロシーさんの、
「ちょっと待ってください」
手を掴んだ。
逃さねーぞってぐらい、強くぎゅっと。
「マサキさん?」
「ドロシーさん、ドロシーさんはもっと世界のいろんな景色を見たかったんですよね?」
「え? ……ええ」
きょとんとした顔で頷くドロシーさん。
俺はにやりと笑う。
「なら……この後、もう少しだけ俺に時間をくれませんか?」
「時間を……ですか?」
「そうです! この俺がドロシーさんが見たこともないような『世界』に連れてってあげますよ!」
そう言ってドヤ顔をキメると、
「見たこともない世界……そ、それは殿方との……ごにょごにょ」
なぜかドロシーさんは顔を真っ赤にしてい俯いてしまった。
「あれ? ドロシーさーん?」
「わたくしからお誘いしたときはああだったのに……急に積極的に迫るなんて……わたくしにも心の準備が……」
と、なにやらブツブツと。
でも、やがて、
「わかりましたわ」
ドロシーさんが顔をあげ、俺の手を握り返す。
真剣な瞳が俺を見つめてきた。
「わたくしをマサキさんの『世界』に連れてってくださいませ」
あれ?
俺、ドロシーさんに『あっちの世界』のこと話したっけ?
とか思いつつも、
「じゃあ行きますよ! 俺の手を離さないでくださいね」
「はい」
「転移魔法、起動!」
とりあえず錦糸町にある自宅に帰ることにした。