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第39話 死霊王

 俺たちの目の前で、突如骸骨姿になったネクロマンサー氏。

 ヘンケンさんはその骸骨を『リッチ』と呼んだ。


 死霊王(リッチ)とは、アンデッドの上位種の名であり、決して景気のいいおじさまのことではない。

 いうなればアンデッドの王のような存在だと、ムロンさんから聞いたことがある。

 それが――


『フゥゥ……やはり、ただのリッチにしか成れなかったか。忌々しいことだ』


 ネクロマンサー氏からリッチ氏へとなった存在(モノ)は、自分の体を見回しながら言う。


「マシュマー、その姿は……」

『ンン? 貴様ほどの男が見てわからぬのか? アンデッドの中のアンデッド、リッチだよ』

「……馬鹿な。リッチへの転化はあのとき阻止したはずだ……」


 ヘンケンさんが信じられないとばかりに首を振る。


『ああ、貴様の云う通りだ。ワタシは貴様達によって阻まれた。阻まれたとも。高位死霊王(デイモスリッチ)への存在進化をな。あの時、あの場所に貴様達が来なければ、ワタシは今頃デイモスリッチと成っていたはずなのに』


 リッチ氏が静かに言う。


『それがどうだ……? いまのワタシはリッチでしかない。ただのリッチだ。滑稽だろう? 惨めだろう? あの時デイモスリッチになれたはずなのに。死者の王と成れたはずなのに……それなのに……』


 リッチ氏は怒りに肩を震わせ、嘆くようにガイコツな顔を両手で覆う。


『……だがいいさ。もう過ぎたことだ。ここまで長い年月をかけて準備をしてきたのだ。また長い年月をかけてデイモスリッチヘと進化すればいいだけのこと。それになにより』


 伏せていた顔をあげ、ヘンケンさんを見据えたリッチ氏。

 口をパカッと開け、笑い声を上げる。


『貴様たちを冥府へ送るには、この躰でも十分だろうからな』


「くるわよ!」


 ロザミィさんが叫び、みんなが戦闘態勢を取る。


『さて、どれほどの力を振るえるか試してみるか。むんっ』


 リッチ氏が腕を振るう。

 ただそれだけの単純な動きなのに、


「ぬぅッ」

「うわっち!?」


 俺とヘンケンさんは不可視の衝撃に吹っ飛ばされ、後ろの壁へと叩きつけられてしまった。


「マサキさんっ!」

「マサキ! いまヒールを――」

「俺は大丈夫です! それよりも気をつけてください。めっちゃ強いです!」

「リッチなんだから当たり前でしょ!」

「ですよねー」


 ロザミィさんからツッコミを頂戴しつつ、なんとか立ち上がる。

 腰がスーパー痛いけど、いまは我慢だ。

 涙目で腰をさすっていると、


「マサキ君、」


 同じように立ち上がったヘンケンさんが、小声で話しかけてきた。


「なんでしょう? アイツをやっつける作戦があるなら乗りますよ」

「すまないがそんなものはない。私が言いたいのは、君たちは逃げろということだ」

「ええっ!? このタイミングでですか?」

「そうだ」


 驚く俺に頷いて返したヘンケンさんは、話を続ける。


「私たちだけではアンデッドの王リッチをどうすることもできない。事は街の存亡を超え、王国の危機となった。誰かが国王に奴の存在を知らさねばならん」


「でも……だからって――」


「聞け、マサキ君。奴の狙いは私だ。私とカロッゾだ。私がここから逃げても必ず追ってくる。だが、君たちなら街を抜け出し王都まで辿り着けるかもしれん」


「じゃあ街は――街のみんなはどうするんですか?」


「……」


「ヘンケンさん!」


「人生にはどうしようもない事が起きることもある。それが今日だっただけだ」


「そんな……そんなことって――」


 ヘンケンさんの言葉に俺は項垂れ、


「どうしようもないこと……ねぇ。確かに、人生にはどうしようもないことはありますわねぇ」


 ドロシーさんは自嘲的に笑う。

 好きでもない人と結婚しなければならないドロシーさんにとって、ヘンケンさんの言葉は身に染みるのだろう。

 ドロシーさんは自嘲気味に笑い、言葉を続ける。


「ヘンケンさん、わたくしもここに残りますわぁ」

「ドロシーさん!?」

「ドロシー! あなた何言ってるのよ!?」


 驚く俺とロザミィさん。

 

「ダメだドロシー君。それは認められん。カロッゾに会わせる顔がなくなってしまうからな」


「あらぁ、わたくしはお父様の娘ですわよ。あそこの殿方が――」


 ドロシーさんはリッチ氏に視線を移す。


「わたくしを見逃してくれるとお思いかしらぁ?」

「……。わたしが時を稼ぐ」

「つまり見逃しはしない、というわけですわねぇ。ならわたくしが選ぶ道はひとつしかありませんわぁ」


 ドロシーさんは剣を構えたままヘンケンさんの隣に移動する。


「わたくしがマサキさんと一緒に逃げても、あの殿方はヘンケンさんを倒した後、必ず追ってきますわぁ。それではマサキさんたちに迷惑がかかります。それだけは……絶対に嫌ですわ」


「勝てぬ相手だ。残ることに悔いはないか?」


 ヘンケンさんが静かに問う。

 ドロシーさんはきっぱりと。


「ありませんわぁ。どうせ生き残れたとしても、誰とも知らぬ殿方に嫁ぐ身。なればこそ、お慕いする殿方のため命を散らすのが女としての幸福ですわぁ!」

「ふふ。カロッゾの娘だな。頑固なところがアイツにそっくりだ」


「マサキさん、お父様に伝えて下さいまし。ドロシーはお父様の子に生まれ幸せだったと」

「……」


 俺は、何も言うことができないでいた。


「さあ、戦いますわよヘンケンさん」

「うむ。私たちがここで命を落とそうとも、マサキ君たちが必ずやリッチを滅ぼしてくれる。なにも恐れることはない!」


 ヘンケンさんとドロシーさんは頷き合い、リッチ氏へ斬りかかった。


「はぁぁぁぁ!」

「いやぁぁぁぁ!」


 リッチ氏は嗤いながら応戦。

 まるで、自分の能力を一つひとつ調べているみたいだった。


「……マサキ今のうちに行くわよ。クルマを使えばいくらリッチでも追ってこれないわ」


 ロザミィさんが言う。

 しかし俺は首を振る。


「すみませんロザミィさん、あのリッチにどうしても試してみたいことがあるんです」

「っ!? ……本気?」


「はい。リッチはいくら強くてもアンデッドなんですよね? なら回復魔法でダメージが与えられるはずです」

「そうね」


「俺、回復魔法には自信があります。だから俺の持つ最大級の回復魔法を――全力の回復魔法をあのリッチに放ってみたいんです。逃げるのはそれからでも遅くないじゃないですか?」


 俺の言葉にロザミィさんは「はぁ」とため息をひとつ。


「わかったわ。後悔したくないのはあたしだって同じよ。マサキが戦うならあたしも戦う」


「すみません。つき合わせちゃって」


「いいわよ。これは女のプライドを賭けた戦いでもあるんですから」


「へ? 女のプライド?」

 

「なんでもないわ。ほら、あたしたちも続くわよ」


「はい!」


 こうして、ヘンケンさんとドロシーさんが戦う戦列に俺たちも加わった。


「マサキ君!?」

「マサキさん!? ロザミーさんまでっ」

「話は後です。俺が全力で回復魔法をぶっ放します。援護を頼めますか?」

「っ……。承知した」

「わかりましたわぁ」

「ロザミィさんは神聖魔法でふたりの武器の強化をお願いします!」

「任せて!」


 ロザミィさんが神聖魔法で聖なる加護を、剣士ふたりの武器に付与する。

 剣が淡く輝く白い光を帯びる。


『ヌゥ……』


 加護を受けた剣で斬られたリッチ氏が僅かに呻く。

 どうやら多少なりともダメージを与えられたみたいだ。


 ロザミィさんは本職の神聖魔法の使い手。

 やっぱ本職はなんちゃっての俺とは違うな。


「あらぁ、痛そうですわよぉ」

『この程度で増長したか下等種』

「貴様こそさっきまでその下等種だったではないか、ふんっ!」

『グゥゥ』


 やたらと硬かったスケルトンドラゴンとは違い、リッチ氏には加護を付与された剣ならダメージを与えやすかった。

 この辺はドラゴンの骨と人間の骨の差だろう。

 しかし、斬りつけた躰の傷はすぐに修復されていく。

 まるで鼬ごっこだ。


悪霊(レイス)よ』


 床から怨嗟の声を上げながらレイスが湧き出てくる。


「ちっくしょう! ターンアンデット!」


 こんな感じで、俺が全力の回復魔法を使うため魔力を貯める暇がない。

 クソ。さっき感覚を掴んだあの回復魔法(・・・・・・)ならリッチ氏だってなんとかなりそうなのに……。

 俺が焦り始めたそのときだった。


『遊びは終わりだ。魂をワタシに捧げるがイイ』


 リッチ氏が魔力を解き放つ。

 黒い光がリッチ氏を中心に広がっていき、俺たちは膝をついてしまう。


「こ、これは……?」

「力が……抜けていきますわ……」


 そうなのだ。

 黒色の光を受けた俺たちは全身から力が抜け落ちていき、立ち上がることさえ難しい。


『貴様たちの命、ワタシの力とさせてもらうぞ』


 生命力だけじゃなく、魔力も吸われている感覚だ。

 やばいやばいやばい。


『まずは、目障りな貴様から魂を奪ってやろう』


 リッチ氏が俺を見て言う。

 なんか第1号に選ばれてしまったみたいだ。

 平静を装っていたけど、さてはスケルトンドラゴンを倒されてめっちゃ怒ってるな。


『ククク……小僧。慈悲を請うてみるか?』

「……こ、小僧呼ばわりは心外ですね。俺はこう見えても33ですよ」


 リッチ氏の動きがぴとっと止まる。

 なんか俺の実年齢にびっくりしたみたいだ。

 でもすぐにまた動き出し、俺に近づいてくる。


「マサキ!」

「マサキさん!」


 女子たちから悲痛な叫びがあがる。

 俺の身を案じてのことだ。

 でも……うん。

 俺でよかった。最初が俺でよかった。


『……見た目より老けていたか。食えん男だ。だが33年も生きたのなら十分だろう』


 ついに目の前にまでやってきたリッチ氏。

 立てずにいる俺に手を向ける。


『さあ、ワタシの人形にしてや――』


 リッチ氏が勝ち誇ろうとしたそのときだった。


 パラリラパラリラッ!!


 あの音が聴こえてきた。

 次いで、


「お兄ちゃーーん!!」

「マサキ!」


 リリアちゃんとムロンさんの声。

 そして――


「コノエェェェッ!!」


 武丸先輩の声がフロア中に響き渡るのだった。

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