第37話 対決
地下墓地の最下層、そこにネクロマンサー氏はいた。
ネクロマンサー氏の足元には魔法陣が描かれ、薄く光を発している。
「まさか……ここまで来るとは、な。少々驚いたぞ。だが、嬉しくもある」
ネクロマンサー氏が口を開く。
「やはりお前だったか、」
前へ出たヘンケンさんが、続けてネクロマンサー氏の名を呼ぶ。
「マシュマー!」
「ククク……久しいなヘンケン。貴様に再び会うことが出来て私は嬉しいぞ。ああ、とても嬉しい」
ネクロマンサー氏改め、マシュマーと呼ばれた男は、にたりと口角をあげる。
「……なぜこんなことをした?」
「なぜ、とは?」
「とぼけるな! これがお前の復讐だということはわかっている。だがなぜズェーダの街を――住民たちをも巻き込んだ! 復讐なら私とカロッゾだけを狙えばよかろう!」
「なに、この状況は支援者が望んだだけのこと。まあ、私としても貴様の憤る顔が見れて非常に愉しいがな」
「支援者だと? これほどの数のアンデッドだ。お前単独犯ではないと思っていたが……やはり協力者がいたか。言え! 支援者とはいったい誰のことだっ?」
「それを答えるとでも? 貴様も、貴様の大切な家族も、貴様の仲間も、貴様が住まう街の者共も、みな今夜死ぬのだぞ。別に知る必要などあるまい」
ネクロマンサー氏は両手を広げ、地下だけど天を仰ぎ見る。
ローブのフードがずり落ち、ご尊顔が露になった。
ネクロマンサー氏は青い髪をし、整った顔立ちをしている。
普通にしていればイケてるおじさん、略してイケおじだったんだろうけど……いかんせんその眼は狂気に染まっていた。
「街の住民たちは守ってみせる。そのために私は――私たちはここに来たのだからな!」
ヘンケンさんがすげぇ物語の主人公っぽいことを言う。
これに便乗しない俺ではない。
俺はヘンケンさんの隣に立ってファイティングポーズ。
シュッシュとシャドーボクシングしながら口を開く。
「そうです。俺たちはあなたの凶行を止めにきました。それが例え、力づくになったとしてもです」
「マサキさんのおっしゃる通りですわぁ」
こんどはドロシーさん。
「貴方がこちらのヘンケンさんとわたくしのお父様にどんな恨みを持っているかは知りませんし、そもそも興味もありません。だってわたくしは――わたくしたちは、貴方を倒しに来たんですからぁ!」
ドロシーさんは剣の切っ先をネクロマンサー氏に向け高笑い。
「というわけです。投降するならいまのうちですよ。抵抗するなら容赦はしません。俺たちはあなたを絶対に倒します。街のひとたちだって誰ひとり死なせません」
「いいや。死ぬさ」
ネクロマンサー氏はきっぱりと。
「そう……死ぬのだ。死んで、死んで、死んで、みんな死んで私の人形となるがいい」
ネクロマンサー氏が血走った眼をこちらに向ける。
「当然貴様らも死ぬ。そして私の従順なる僕となり、貴様たちの大切な者たちをその手にかけるのだ」
「言わせておけばっ」
ヘンケンさんが駆け出した。
両手を腰にやり、同時に2本の剣を引き抜く。
そしてネクロマンサー氏との距離を詰め――
「最早容赦はせん!」
双剣を振るう。
しかし――
「馬鹿が。私がなんの準備もしてないとでも思ったか」
ヘンケンさんの双剣が『何か』によって阻まれる。
それはとても大きな骨の腕だった。
「まさかそれは……それは――」
ヘンケンさんの声が震える。
ネクロマンサー氏の背後に視線を向け、その名を呼んだ。
「スケルトン・ドラゴンか……」
「ククク……その通りだ」
ネクロマンサー氏の背後で巨大なスケルトンが立ち上がる。
形状はまさに骨でできたドラゴン。
博物館に展示されている肉食恐竜の骨格標本に、翼部分を加えた感じだ。
体長は10メートル以上。
まさかここにきて怪獣クラスのスケルトンと相まみえることになるとは……。
「貴様たちのためにドラゴン・ゾンビを用意しようかとも思ったのだが……残念ながら地下墓地には入らなくてな。仕方なくスケルトン・ドラゴンにしたが……まあ、貴様たちを屠るには十分だろう」
わざわざ骨を分割して運んだってことかよ。
地味な努力はもっと別のことに向けて欲しかったぜ。
スケルトン・ドラゴンはネクロマンサー氏を背に守るようにして前へと出てくる。
ネクロマンサー氏を倒すには、まずスケルトン・ドラゴンを倒さなくてはいかないってことか。
「マサキ君! ドロシー君! やるぞ!」
「おっす!」
「わたくしは最初からそのつもりでしたわぁ!」
事前に打ち合わせていたようにヘンケンさんとドロシーさんが前へ。
俺は後方に下がり、魔法で援護だ。
「まずは……ターン・アンデッド!!」
死人返しの魔法を放つも、
『ギ、ギ、ギ、ギ……』
スケルトン・ドラゴンの動きがちょっとだけ遅くなるだけで、
あまり効いているようには見えない。
「無駄だ。そのスケルトン・ドラゴンは私が数年がかりで術を施した最高傑作だ。倒したければ神官をあと100人は連れてくることだな」
「ご忠告感謝しますよ……っと!」
スケルトン・ドラゴンが尻尾を振るう。
ヘンケンさんとドロシーさんはジャンプして、俺はしゃがんでこれをギリギリ回避。
ぶおんと突風を纏った尻尾が頭上を通り過ぎた。
一撃でも喰らったらドえらいことになりそうだな。
「はあっ!!」
「やぁぁぁっ!!」
着地したヘンケンさんがダッシュ。
ヘンケンさんは上から、ドロシーさんが下からすくい上げるように剣を振るう。
しかし――
がっきぃぃぃぃんんん…………――
ドラゴンの骨だけあってべらぼーに硬いのか、有効打にはなり難いご様子。
「ぬぅぅ……硬い」
「手が痺れてしまいましたわぁ」
「ククク……良いことを教えてやろう。ソレはブラックドラゴンのスケルトンだ」
「なんだとっ!?」
ネクロマンサー氏の言葉にヘンケンさんが驚く。
「ヘンケンさん、ブラックドラゴンて強いんですか?」
「ああ」
俺の質問にヘンケンさんは頷き、続ける。
「ブラックドラゴンはドラゴンのなかでも上位種にあたる。地水火風のあらゆる魔法に耐性を持ち、その体は他のドラゴンよりも強靭だ。おそらくはそれを支える骨格も――」
「強靭、ってことですわねぇ?」
「……その通りだ」
悔しさから歯噛みするヘンケンさんを見て、ネクロマンサー氏の口が愉しげに笑う。
「それだ……私は貴様のその顔が見たかったのだ。悔しいか? ん? 悔しいか? 届き得ぬ敵を前にして、絶望を感じ始めているか?」
「ほざけっ! スケルトン・ドラゴンが相手だろうと私の心が折れることはない! はぁぁぁっ!!」
ヘンケンさんの双剣が光りはじめる。
闘技を使うつもりだ。
「ツイン・レイジングエッジ!」
双剣が煌き、鋭い斬撃がスケルトン・ドラゴンに叩き込まれる。
斬撃を受けた後ろ脚にヒビが入る。
「わたくしもやりますわぁ。やぁぁぁぁぁっ!」
間髪入れずにドロシーさんの闘技がさく裂。
ヒビの入った個所に連続して突きが放たれた。
『ガ、ギ、ガ……』
ヒビが広がりスケルトン・ドラゴンが僅かによろける。
効いてる証拠だ。
「ファイア・ボルト!」
俺も魔法でピンポイント爆撃。
どおん! と音を響かせヒビをさらに広げることに成功。
「よっし! いけますよヘンケンさん。ドロシーさん。確かに硬いですけど、ダメージが通らないほどではないです! 力を合わせてコツコツ削っていきましょう!」
片足を破壊するだけで移動力はがくっと落ちるはずだ。
スケルトン・ドラゴンの動きが遅くなれば、その隙にネクロマンサー氏を倒すことだってできるかもしれない。
そう希望を感じていたんだけど――
「ククク、やるな。なら――」
ネクロマンサー氏が片手を天にかざし、ブツブツと呪文を唱え、
「もう一体追加してやろう」
ネクロマンサー氏の背後で、別のスケルトン・ドラゴンが身を起こすのだった。
「……わーお」




