第36話 死守
「「「うわぁぁぁぁぁ~~~~~!!」」」
地下へと続く階段をあばよ涙号は猛スピードで降りていく。
当然ガタガタ揺れるもんだから、みんな頭や体のどこかしらをぶつけまくっていた。
階段が終わり、広いフロアへと飛び込む。
しかしあばよ涙号は止まらない。
まずい。
このままじゃ壁にぶつかってしまう。
俺は武丸先輩の足を払いのけブレーキを踏む。
「うおおお! 止まれぇぇぇぇ!!」
キキーッと、壁の直前でなんとか停止。
俺は武丸先輩に怒った顔を向ける。
「ちょっと武丸先輩! いまのヤバかったですよ!」
「クックック、ホントウニ“ヤバイ”ノハ、“コレカラ”ダゼ」
「マサキ! アンデッドよ!」
ロザミィさんが叫ぶ。
反射的に窓の外を見ると――
「クソッ、さっそく出やがったか」
「まぁ、せっかちですわねぇ。死んでるんだからもっとゆっくりされればいいのにぃ」
アンデッドがあばよ涙号を囲みつつあった。
地下墓地の中は当然真っ暗。
正面はあばよ涙号のライトで照らしちゃいるけど、横と後ろが心許ないぜ。
「マサキ君! 明かり魔法を頼む!」
「おっす! ライティング!!」
俺の明かり魔法を使い、四方を隙間なく照らす。
そしたら……まあ、アンデッドがいることいること。
墓地なのを差し引いても、すんげー数のアンデッドがいた。
「さーて、どうします?」
俺の言葉に答えたのは武丸先輩だった。
「“決マッテル”ダロゥ近江ェ。鏖にスルンダヨゥ」
そう言うと武丸先輩は勝手にドアを開け、バールのような物を片手にアンデッドへと襲いかかっていった。
てか武丸先輩。ちょっと異世界の言葉がうまくなりましたね。
「ムリして突き進んでも背後を突かれちゃ意味ないか」
「だな。マサキ、オレたちもあのバーサーカーに続くぞ。それとリリア、」
ムロンさんは後ろを向き、リリアちゃんに指を突きつけ、
「ここで大人しく待ってるんだぞ。なんでくるまに乗っていたのかはあとで聞く。いいな?」
「う、うん」
そう言ってからあばよ涙号から降りた。
「わたくしもいきますわぁ」
「はぁ……覚悟してたけどほんっとアンデッドだらけね。服や髪に臭いが付いちゃうわ。洗ったら落ちるかしら?」
「あはは、ロザミィさん、これが終わったらいい香りがするシャンプーを買ってくるんで、いまは堪えてください」
「え、ホント?」
「約束します」
「ならガマンするわ。さあドロシー、やるわよ!」
「ロザミィさん……急に張り切りますのねぇ」
ウキウキとロザミィさんが、やれやれとドロシーさんが降りる。
「マサキ君。私たちも行くぞ」
「あ、ヘンケンさんはここでリリアちゃんを守っててください」
「リリアひとりでへいきだもん!」
「ダメだよリリアちゃん。万が一があったら大変でしょ? それに――」
俺はアンデッドに目を向け、続ける。
「この程度のアンデッド、俺たちの敵じゃないよ。じゃあヘンケンさん、お願いしましたからね」
「致し方ない、か。いいだろう。リリア君は私に任せたまえ」
「ありがとうございます。じゃーいってきます」
「がんばってね、お兄ちゃん!」
「ああ!」
俺があばよ涙号から降りると、既にアンデッドの数は半分にまで減っていた。
主に、狂戦士武丸先輩のおかげだ。
「ゴアアアアアァァァァァァッ!!」
とか叫びながら、バールのようなもので連続ホームランを叩きこむ。
さすが武丸先輩だ。
伊達に地元じゃ米兵殴ってない。
「さて、いきますか。ターン・アンデッド!!」
そして五分後、このフロアのアンデッドを全て倒すことに成功。
俺は額の汗を拭いつつ、
「ふー。ここってまだ地下1階ですよね? アンデッドを操るネクロマンサーが最下層にいるとししたら……」
「へっ、各階層ごとにアンデッドがいるだろうなぁ」
俺の言葉をムロンさんが引き継ぐ。
「後退はありえねぇ。ならオレらが選べる選択肢は二つだ。このまま地下4階まで突っ切るか、各階ごとにアンデッド共をせん滅していくか、だ」
幸いというか、地下へと続く階段は天井も高く横幅も広い。
豊洲市場が羨むサイズ感だった。
ムロンさんの言うように、このままあばよ涙号で最下層までゴリ押しで突っ切ることも可能だろう。
しかし、その場合は他の階にいるアンデッドたちに背後を突かれ、挟み撃ちの形になってしまうかもしれない。
「マサキはどっちがいいと思うの?」
ロザミィさんが訊いてくる。
俺はみんなの顔を見回す。
「俺たちには時間がありません。いまこうしてる間にも、中央区画では仲間たちが命懸けで戦っているんです」
「ふむ。では最下層まで強行するということかね?」
ヘンケンさんの言葉に、俺は首を振る。
「いいえ。中央区画の仲間や住民のみなさんにとって、俺たちこそが最後の希望なんです。確かに時間はありません。でも、だからといって無茶をする理由にはならないと思います。だから俺は、各フロアごとにアンデッドをせん滅してから下に降りていくことを提案します」
再びみんなの顔を見回すと、
「ヘッ、言うようになったじゃねぇかマサキ」
「ふふっ、すっかり冒険者の顔になったわね」
「それでこそマサキさんですわぁ」
「お兄ちゃんかっこいい!」
「勇気と無謀の違いがわかる者は存外少ない。そういった意味でマサキ君は模範的な冒険者ともいえる」
好意的な反応ばかりだった。
……ただひとりを除いて。
「何“ツマラネー”コト言ッテンダ近江ェ」
「武丸先輩……」
「俺タチハ“カチコミ”に来タンダゾォ?」
「それはそうですけど――」
「なら頭ノトコマデ“特攻”シネェデドースルヨォ?」
「っ!?」
「ケンカハヨォ……先ニ頭ヲ潰シタ族ガ勝ツンダヨォ。“グシャ”ッテナァ」
武丸先輩はそう言って凄むと、当たり前のようにあばよ涙号の『運転席』へと座る。
「乗レ。テメェラニ“本当ノケンカ”ッテヤツヲ“教エテ”ヤンヨゥ」
武丸先輩があばよ涙号のエンジンをうならせる。
短気な武丸先輩のことだ。
このまま乗らなかったらお一人様でも行くに違いない。
「ナンダァ? 乗ラネーノカ? ナラ――」
「乗ります乗ります! いま乗ります!」
俺は慌てて助手席に乗り込む。
それを見てほかのみんなも乗り込む。
そして――
「クックック……“行ク”ゾォ」
あばよ涙号は走り出した。
ガタガタと階段を走り降り、地下二階にいるアンデッドたちを轢きながら強行突破。
そのまま地下3階へ。
地下3階にもアンデッドはぎっしりだ。
だが武丸先輩の駆るあばよ涙号は止まらない。
「邪魔ダァァァァァァァァッ!!」
アクセルベタ踏みでフロアを突っ切り、地下4階へ降りる階段の前で停車する。
「武丸先輩? なんで止まって――」
「……近江ヨゥ」
「は、はい!」
武丸先輩は運転席のドアを開け、バールのようなもの片手にあばよ涙号から降りる。
そして俺を振り返り、にたりと笑いながらこう言ってきた。
「ココハ“死守”シテヤンヨウ。テメェハサッサト頭ヲ潰シテコイヤ」
「武丸先輩……」
武丸先輩は、アンデッドたちを食い止める殿を申し出てきたのだ。
戦いは慎重さも大事だが、早さも同じぐらい大事だ。
各フロアのアンデッドをせん滅していたら時間がかかる。
場合によってはネクロマンサー氏に逃げられてしまう可能性もあるだろう。
それでも俺は仲間の命と確実性を取ってせん滅作戦を取ろうとしたんだけど……武丸先輩は違った。
自分がアンデッドを食い止めることで、『早さ』を取ったんだ。
多分、これは計算ではなく本能。
哺乳瓶の代わりにバールのようなものを握って育った武丸先輩のことだ。
きっと本能で早さが大事だとわかったんだろう。
「行ケェ近江。後ロハ“無敵”ノ武丸サンニ任セナ」
「――はいっ!!」
「チッ、しょうがねぇ。オレもバーサーカーに付き合ってやんよぉ」
「ムロンさん」
武丸先輩に続き、ムロンさんもあばよ涙号から降りる。
「マサキ、アンデッドは俺とバーサーカーで食い止める。お前さんたちは安心してネクロマンサーのクソ野郎をぶっ倒してきな」
ムロンさんは剣を抜き、武丸先輩の隣に立つ。
「旦那、相手はアンデッドよ。実体を持ったゾンビやスケルトンならともかく、レイスが出てきたらどうするつもりなのよ」
ロザミィさんが呆れたように言い、あばよ涙号から降りる。
「あたしも残るわ」
「嬢ちゃん……ったく、しょーがねぇな」
「先に言っておくけど、あたしはレイスしか相手にしないわ。ゾンビとスケルトンは旦那と狂戦士タケマルに任せるからね。頼んだわよ」
「がはははっ! おう! 任せときな!」
「クックック。コノ女“イイ面構エ”シテルジャネーカ」
ロザミィさんを見て、ムロンさんと武丸先輩が心底楽しそうに笑う。
「みなさん。ポーションを置いていきます。危なくなったら使ってください」
俺はポーションが山盛り入ったカバンを床に置く。
回復ポーションはケガはもちろんのこと、アンデッドにぶっかけても効果がある。
「それと、ここまで来ればもうあばよ涙号も必要ありません。マジでヤバイときはあばよ涙号に乗って逃げてくださいね。あ、リリアちゃんは車の中で待っててね」
「はーい」
不満そうな顔をしながらも頷くリリアちゃん。
俺、ドロシーさん、ヘンケンさんの3人はあばよ涙号から降りる。
「あんがとよマサキ。ありがたく使わせてもらうわ」
「ククク。近江ェ……コイツハテメェの“女”カ? イイ女ジャネェカ」
武丸先輩が小指を立ててピコピコ動かす。
これを俺は全力で否定だ。
「ち、違いますよ!」
「ムキニナッテ否定スルト“墓穴”ヲ掘ルゼェ。マアイイ……サッサト行キナァ!! オウラァ!!」
「オレたちに任せて行け、マサキ。――ふん!」
「頼んだわよ!」
武丸先輩とムロンさんがアンデッドと戦いはじめた。
ロザミィさんは杖を手に、いつでも魔法を使えるよう備える。
これ以上ここに留まることは、3人の想いをムダにすることになる。
意を決した俺は武丸先輩たちに背を向け、叫ぶ。
「行きましょう! 最後のフロアヘ!!」
最後の階段を降りていこうとする直前、ロザミィさんがぽつりと。
「ねぇマサキ、最後にいまタケマルが言った『スケ』ってどういう意味なの?」
「…………」
「ねぇ、教えてよ。ねぇってば」
ロザミィさんの質問には答えず、俺は地下に続く階段を降りていくのだった。




