第35話 強行作戦
「うおおりゃぁぁぁぁぁ!!」
俺たちはあばよ涙号に乗り、中央区画から強行出撃。
ゾンビをばんばん撥ね飛ばしながら街を進む。
強化魔法に防御魔法。その上、精霊魔法により風で覆われているあばよ涙号はもう無敵だった。
ゾンビの破片がタイヤの隙間に絡むことなく、アンデッドの大群を突き進むことができたのだ。
「よし。いいぞあばよ涙号」
そう呟く俺に、
「……ねぇマサキ」
ロザミィさんが話しかけてきた。
「なんでしょうロザミィさん?」
「あなたのお友だち……タケマルだったかしら? なんでくるまの椅子じゃなくて、あんなところに座っているの?」
ロザミィさんの指摘はごもっとも。
なぜなら武丸先輩は、
「オラァ! タケマルサンノ“オトーリ”ダヨゥ!」
全開に開けた助手席の窓から身を乗り出し、絶好調に箱乗りしていらしたからだ。
「オラァ! シネ! オラァ!!」
箱乗りしてる武丸先輩は、バールのようなものですれ違うゾンビを文字通り叩き潰している。
これには車内のみんなもドン引きだ。
「えと……これはですね……その……あ、そう! そうです! 武丸先輩はす、少しでもアンデッドの数を減らそうと頑張ってくれているんですよ!」
「…………本当は?」
ロザミィさんがミラー越しにジト目で訊いてくる。
「どうにも破壊衝動が抑えらえないんだと思います」
「危ないやつじゃないのよっ!」
「あはははー。ま、まー……地元じゃ恐れられているひとですからね。あ! でもいいところもあるんですよ。俺にアンパン奢ってくれたり」
「彼の危うさはパンなんかじゃ釣り合わないと思うわ」
ロザミィさんがそう言うと、
「まあ、いいじゃねぇか嬢ちゃん」
ムロンさんが会話に入ってきた。
「旦那……」
「これからオレたちはイカレ野郎を倒しにいくんだ。こっちにも同じようなやつがひとりぐらいいてもいいだろう。なあ?」
「それは……そうかもしれないけど……でもっ」
なおも不満を口にしようとするロザミィさんに、こんどはヘンケンさんが。
「ムロンの言う通りだ。この騒動を起こしているのがアイツなら、彼――タケマル君のような存在はむしろ心強いとも言える」
「ギルドマスターまで……。はぁ、わかったわ。もう反対しないわよ」
「あはは、すみませんロザミィさん。武丸先輩のことがちょっとだけ怖いかもしれませんけど、しばらくガマンしててください」
「……ちょっとどころじゃないけど、マサキがそう言うならガマンするわ」
「ありがとうございます」
「おーーーっほっほっほ! わたくしはタケマルさんなんてぜんぜん怖くありませんわぁ!」
「あなたには訊いてないわよ!」
アンデッドを跳ね飛ばしながら、あばよ涙号は突き進む。
しばらくして、やっとアンデッドの群れを抜けた。
「奴さんも、さすがに街を埋め尽くすほどのアンデッド共は揃えられなかったってわけか」
「でも旦那、ここまでかなりの数だったわよ? ゲーツたち大丈夫かしら?」
「大丈夫に決まってんだろうがぁ」
ムロンさんはきっぱりと断言する。
「ゲーツにゴドジ。ライラと猫娘って腕利きがいんだ。それにマサキが持ってきた魔剣――なんつったっけ?」
「魔剣チェーンソーです」
「そう。そいつだ。簡単にバラバラにしちまう魔剣ちぇーんそーがあんだ。持ちこたえてくれるだろうよ」
最後にムロンさんはキメ顔で、
「オレたちがネクロマンサーをぶっ倒すまではな」
と締めた。
イザベラさんが見てたらきっと惚れ直したんじゃないかってキメ顔だった。
「マサキ君、地下墓地に行くにはそこを右に曲がってくれ」
後部シートのヘンケンさんが言ってきた。
「え? でも地下墓地へ行くにはこのまま真っすぐ行った方が早いですよね?」
「正面の入口から入るならそれでもいいだろう。だがこの自走式魔道具――なんといったかな?」
「あばよ涙号です」
「う、うむ。『あばよなみだごう』の大きさでは正面からは無理だ」
地下墓地は、入口を入ってすぐに階段がある。
その階段は人がふたり並んで降りる程度の広さしかなく、当然あばよ涙号では入れない。
俺は地下墓地まではあばよ涙号。
そこから先は徒歩で進むつもりだったんだけど――
「地下墓地には裏口があってな。棺や葬儀台、鎮魂の儀に必要な様々な装飾品を運び込むために裏口は大きく造られている。我々もそこから入ろう」
「おお! そんなところが。わかりました。裏口に向かいます。ヘンケンさん、案内をお願いしますね」
「うむ。任されよう」
俺はナビゲーターとなったヘンケンさん指示に従いあばよ涙を走らせ、地下墓地へとたどり着いた。
◇◆◇◆◇
「あれが地下墓地……」
地下墓地の見た目は二階建ての建物。
しかし、地下には四層にわたるフロアが存在するそうだ。
そしてヘンケンさんが言ったように、確かに裏口が広い造りとなっていた。
縦が2メートル半。
横が4メートルってとこか。
これなら余裕であばよ涙号も入れそうだ。
問題は……
「やっぱり見張りがいましたわねぇ」
裏口の両サイドに、ミノタウロスゾンビとオーガゾンビが立っている。
目の前にいる俺たちに反応しないってことは、一定の距離に近づいたら襲いかかってくるタイプなんだろう。
「さーて、どうしましょうか?」
みんなの意見を求める。
「1体でも厄介な大型アンデッドが、2体とはな」
ヘンケンさんが腕組をする。
「遠距離から攻撃するのはどうかしら? ほら、この距離なら襲いかかってこないタイプなわけじゃない?」
とはロザミィさん。
これに難色を示したのはドロシーさんだった。
「あらぁ、攻撃を受けたらアンデッドといえでも反撃してくると思いますわぁ」
「ドロシー君の言う通りだろう。あの男がただ立っているだけのアンデッドを見張りに使うとは思えん」
ドロシーさんの言葉にヘンケンさんが同意する。
ヘンケンさんとネクロマンサー氏の間には、浅からぬ因縁めいたものがあるっぽいから、アンデッドに詳しいのかも。
「マサキ、なにかいい考えはねぇか?」
ムロンさんが訊いてくる。
「そうですね……あ、なら俺が囮になってアンデッドを――」
俺が二手に別れ、見張りゾンビを引き付ける作戦を言おうとしたら、突如武丸先輩にぐわしと頭を掴まれる。
「コノエェ……イツマデ“チンタラ”シテンダ。サッサト“ブッコム”ゾォ
」
「おうしっと」
「ケンカハサキニ“アタマ”ヲツブシタホウガ“カツ”ンダヨゥ。オマエがイカネェッテンナラ……オレガヤッテヤル!」
箱乗りを止め、助手席に座った武丸先輩のおみ足が俺の足元へ伸びてくる。
「ソウラッ!!」
そしてあろうことか、武丸先輩ったら俺の足ごとアクセルを踏んだじゃありませんか。
「ブッコムゾォ!!」
「ちょま――――ッ!?」
急発進するあばよ涙号。
「「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
ロザミィさんとドロシーさんが悲鳴をあげる。
裏口まであと5メートルというところで、
『ウモモ……ゥゥモ……』
『ゴ、ガガ……グガァ……』
見張りをしていたゾンビコンビが動きはじめた。
手に持つ巨大な武器を振りかぶる。
しかしあばよ涙号は止まらない。
それどころか、武丸先輩が痛いぐらいに俺の足ごとアクセルを踏み込むじゃないですか。
「ちょーーー!! 武丸せんぱーーーい!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「正気ですのぉぉぉぉぉぉぉ!!」
女性陣が悲鳴をあげる。
「シンジマイナクサレヤロウッ!!」
『ブモ――』
『グガ――』
正面に立ち塞がるミノタウロスゾンビを撥ね飛ばし、オーガゾンビはスプラッタだ!
そしてそのまま裏口の扉をぶち破った。
強い衝撃が車体全体に伝わる。
直後、
「いたっ」
とどっかで聞いたことのある可愛らしい声が聞こえた。
「ん? ……今の声はまさか――」
「リリアかっ!?」
ムロンさんが後ろを振り返る。
後部シートのもいっこ後ろ。
荷台には養生用の毛布を敷いてあったんだけど――
「えへへ」
いま、毛布からちょこんと顔を出したリリアちゃんがぺろっと舌を出していた。
「ええっ!? リリアちゃん!? なんで乗って――ちょ、武丸先輩いっかい停めて――」
「クックック。タケマルサンノ“オトオリ”ダヨォ」
あばよ涙号は地下墓地の階段をガタガタ降りていく。
車内では、事件が渋滞しているのだった。




