第16話 大ピンチ! 敵は悪徳商人 前編
俺がムロンさんと一緒に(ついてきてくれた)ジーンさんの家に入ると、そこにはふたりの男が向い合せに座っていた。
「ま、マサキさん。お待ちしておりましたぞ」
ひとりはジーンさん。
イスから腰を浮かせ、困ったような顔を俺に向けている。
「ほお。あなたがジャイアント・ビーを退治した方ですか」
そう言ったのは、テーブルを挟んでジーンさんと向かい合ってる小太りな中年男。
こっちはジーンさんとは違い、口元に嫌らしい笑みをたたえていた。
「ぼくは行商人のデニムと申します。どうぞお見知りおきを」
「……マサキです」
俺はデニムさんに名乗ってから、ジーンさんに話しかける。
「ジーンさん、ジャイアント・ビーを買い取れないってどういうことなんですか?」
「そ、そうなんですよマサキさん。いまデニムさんと商談をしていたのですが――」
「おやおや、人聞きの悪いことを言わないでもらえますかね?」
ジーンさんの言葉に被せ、デニムさんが会話に割り込んできた。
「ぼくは別に買い取らないなんて言っていませんよ。ただ……そちらの提示された値段では少々難しい、と言っているのですよ」
「ジャイアント・ビー1匹につき、金貨が1枚。こ、これが高いというのですか!?」
肩をすくめるデニムさんに、ジーンさんが食い下がる。
なるほど。状況はわかった。
つまりジーンさんは適正価格での取引を望んでいるのに対し、デニムさんは安く買いたたこうとしているのだ。
「残念ながら……そうなってしまいますなぁ」
「おいおい、ふざけたこと抜かしてじゃねぇぞ。ジャイアント・ビーの相場は金貨1枚って、昔っから決まってんだろうが!!」
「……あなたは?」
「俺はムロン。狩人の前は冒険者をやっていた。現役の時には仲間とジャイアント・ビーを仕留めたこともある」
ムロンさんがデニムさんを睨みつける。
しかし、デニムさんは軽薄な笑みを浮かべたまま。
「おやおや、そうでしたか。ジャイアント・ビーを倒すのは大変だったことでしょう」
「まあな。なんせ危険なモンスターだからな。こっちは命がけだったぜ。だけどよぉ、金貨1枚の価値はあったぜ」
「そう、そこですよ。ぼくが言いたいのは」
「ああん? どいうことだ?」
怒りで顔が真っ赤になっているムロンさんに構うことなく、デニムさんはニタニタと意地の悪い笑みを浮かべたまま、ゆっくりと説明をはじめた。
「いいですか、ジャイアント・ビーの素材には確かに金貨1枚の価値があるでしょう」
「なら――」
「ぼくの話を最後まで聞いてもらえますか。コホン、話を戻しましょう。なぜジャイアント・ビーに金貨1枚の価値があるか? それはジャイアント・ビーの素材は、めったに手に入らないからです」
デニムさんは一度言葉を切り、この場にいるみんなの顔を見まわしてから続ける。
「ぼくたち商人の間でこれを『希少価値』と呼びます。ムロンさんでしたっけ? 宝石になぜ価値があると思いますか?」
「そ、そりゃおめぇ……キラキラ光ってるからだろうが」
「違いますね。宝石の価値が高いのは、まず原石を掘り当て、職人が加工し、磨きあげてやっと完成するからです。わかりますか? 数が少ないうえに手間がかかるから価値が高いのです。もし宝石が道端の石ころようにたくさん溢れていたら、いまと同じ価値を保ってはいないでしょう。つまり、」
ニタリ、と意地の悪い笑みをデニムさんは浮かべた。
「ジャイアント・ビーそれ自体に価値はありますが、あまりにも数が多いため、希少価値が低くなってしまったのです。早い話が、退治しすぎたんですよ。そこの――マサキさんがね」
「俺が……ですか?」
「そうですよ。ずっとこの村に住むあなた方には理解できないかもしれませんが、物には相場というものがありましてね。必要とする者と提供する者との間で、天秤が釣り合うようにできているのです。ジャイアント・ビーの素材が多く手に入ったとしても、それを必要とする人の数が釣り合っていなければ、価値は下がってしまうのですよ」
デニムさんはひとしきり説明を終えると、「ほっほっほ」と嫌らしく笑った。
もったぶって話していたけれど、つまるところ需要と供給のバランスについて説明していたのだ。
「……クソ」
ムロンさんが悔しそうに悪態をつく。
「価値が……さがる……」
ジーンさんは椅子に深く腰をおろし、俯いてしまった。
「やっと、おわかりいただけたようですね」
ムロンさんもジーンさんも口を噤んでしまった。
それに満足したのか、デニムさんは楽しそうに笑うと、交渉の詰めに入ろうと身を乗り出してきた。
「いやはや、ぼくだって最初聞いた時はジャイアント・ビー1匹につき、金貨1枚で買い取らせていただくつもりでしたよ? 村長であるジーンさんにはお世話になってますしねぇ。ですが……あまりにも数が多い。多すぎます」
デニムさんは、やれやれとばかりに首を振る。
その仕草はどこか芝居かかっていた。
「さすがに1000匹近くとなると、その価値は大きく下がってしまいますよ。ですから、そうですねぇ…………ジャイアント・ビー1匹につき、銀貨20枚。これでいかがでしょうか?」
「――なっ!? 銀貨20枚だと!? おめぇふざけてんじゃねぇぞっ!」
ムロンさんはテーブルに手を叩きつけ、怒鳴り声をあげた。
「やれやれ、別にぼくはふざけてなんていませんよ。いたって真面目ですって。むしろ、銀貨20枚で買い取ることを感謝してもらいたいぐらいなんですから」
「相場の5分の1じゃねぇか!!」
「ですから、あれだけの数があるとその相場が下がるんですよ。わからないひとだなぁ~」
「ってんめぇ……」
「おわぁ!! ストップ! ムロンさんストーップ! 落ち着いてくださいっ!」
「はなせマサキ! このクソ野郎を1発ぶんなぐってやる!!」
俺はムロンさんの腰に手を回し、デニムさんから引き離す。
「き、気に入らなければ暴力ですかっ!? まったく、これだから田舎者は……」
「なんだと!? もういっぺん言ってみろっ!!」
「ひぃぃっ」
修羅となったムロンさんの形相に、デニムさんは頬肉をプルプルさせて縮みあがる。
「む、ムロンさんって、いいから落ち着いてください。ここは俺がなんとかしますからっ」
「なんとかって……マサキよぉ」
「大丈夫です。俺に任せてください。ジーンさんも、俺に任せてもらっていいですか?」
「は、はい。もともとあのジャイアント・ビーを退治したのはマサキさんですからな。全てお任せします」
「よかった。なら……」
俺はジーンさんの隣に腰をおろし、デニムさんを見据える。
デニムさんはやっと落ち着きを取り戻したのか、冷や汗をぬぐいながら俺を見返してきた。
「ここからの商談は、俺としてもらってもいいですかね、デニムさん?」
「ぼ、ぼくとしては構いませんよ。そこの、乱暴者じゃなければね」
「ああんっ!?」
「ムロンさん、ここは俺に。ね? お願いしますよ」
「チッ、」
俺の言葉を聞いてくれたのか、ムロンさんは不機嫌オーラを全身から出しながらも、黙ってくれた。
よーし。これで商談に集中できるぞ。
デニムさんもムロンさんが落ちついたのがわかったのか、余裕を取り戻してきたみたいだ。
顔に嫌らしい笑みが貼りついている。
「さて、では気を取り直して……。デニムさん」
「なんでしょうか? 言っておきますが、1匹につき銀貨20枚。これは譲れませんからね」
「いや~、それだとちょっと困るんですよねー」
「ほっほっほ。なにを言うかと思えば……。さきほども説明しましたように――」
「ああーっと、その説明はもう十分です! バッチリ理解してますから」
「理解していただけてるなら、もう話すことはないと思いますけどねぇ?」
「は、はぁ」
「銀貨20枚、これは変わりません。それでよければ買い取ります。そうでないなら、ぼくも暇ではないのでね、帰らせてもらいますよ」
デニムさんは、俺に見下すような視線を向ける。
さっさと言い値で納得しろ、とその目は語っていた。
「そう……ですね。買い取り額が変わらない以上、もう話すことは……ない、ですよね……」
「やっと理解してもらえましたか。では銀貨20枚で――」
「じゃあ、もう話すことはないみたいなので、お引き取り願えますか?」
そう言った瞬間、デニムさんの顔色が変わったのを俺は見逃さなかった。




